「『捕食展衣』、だって……?」
目の前で少女が纏ったそれに、九十九は瞠目する。
『捕食展衣』。
それは、内に宿る獣の力に形を与え、使役する『捕食展招』とは根本的に異なる発展術式。
内なる獣の力をその身に纏い、己の四肢として扱う術である。
それは、ただ形を与え、使役するだけの捕食展招とは難易度も、性質も全く違う。
元々、『捕食展招』は『獣憑き』を体外で使役する事で術者の負担を減らし、制御をやり易くする為に作られた術式である。
だが、『捕食展衣』は憑き物との同調率を高め、己の意識と半ば融合させる事でその力を己がものとして振るう術式である。
ハッキリ言って、迂闊に試せば一瞬で獣に自意識を乗っ取られる、危険極まりない術式である。
扱える者は、一級の喰物狩りでもそうはいない。
それを、喰物狩りとして目覚めたばかりの少女が行使した。
明らかな、異常。
それが、目の前で起こっていた。
「しかも、『白面』だって……? まさか、彼女が象ったのは……っ!」
展衣のモチーフからして、彼女に憑いているのは九十九と同じ『狐霊型』に間違いない。
そして、狐霊モチーフであり『白面』と名の付く化生など、一つしか有り得ない。
名を、『白面金毛九尾の狐』。
かつて現世に姿を見せた時には、術者を喰らい破壊の限りを尽くした災厄の化身。
明確な自意識を持つ数少ない『獣憑き』にして、禁忌の象徴。
それが、少女の降ろした獣であった。
(記録によれば、術者であった玉藻の前は即座に意識を支配され、成り代わられたと聞くが────────彼女は、あれを制御しているというのか……?)
少女を一目見た時、素質は感じていたが。
まさか、此処までのものとは思わなかった。
千年に一度の、逸材。
それが、彼女なのだ。
「九十九さん」
「え……?」
ふと、少女がこちらに顔を向ける。
その瞳の色は変わらず、紫。
少女自身の意思で、その言葉を紡いでいる。
「すぐ、終わらせます。待っていて下さい」
それから、と少女は告げる。
「わたしの名前は、葵です。嬢ちゃんじゃ、ありません」
少女が、にこりと微笑む。
それが、合図だった。
少女は、否。
葵は、その手を掲げ、言の葉を紡ぐ。
「捕食展装────────『三尾・
祝詞と共に、葵の手に炎が集まり、形を為す。
現れたのは、彼女の背よりも長い、薙刀。
燃え盛る焔色に染まった、真紅の大太刀。
それが、少女の手に顕現していた。
『捕食展装』。
それは、『捕食展招』の発展術式の一つ。
内なる獣の力を武器と化し、顕現させる特殊呪法。
捕食展衣と比べればまだ難易度は下がるものの、それでも適正なくば扱えぬ高等術式。
葵は、それをいとも容易く実現していた。
無論、最高クラスの難易度を誇る捕食展衣を成功させているのだ。
この程度、本来であれば驚くに値しない。
その規格外さは、最早言うまでもない。
終わらせる。
その言葉は、確かな現実味を帯びていた。
『何q@、何q@c;f。何ukq@33333333333333333333333333333333333333333!!??』
怪異が、咆哮する。
それは、己が威容を示す為の声ではない。
理解不能の存在に対する、怯えだった。
怪物が、原種が、明らかな怯えを見せた。
取るに足らぬ、小さきもの。
そう侮っていた存在が、いきなり天上の力を手に入れた。
その鮫型の原種には、そうとしか映らなかった。
故に、混乱して襲い掛かる。
強大な力を持っていても、その本質は獣そのもの。
否、それ以下だ。
喰物は、己が本能を、食欲と憎悪を何より優先する。
故に、撤退という選択肢が存在しない。
野生動物であれば、勝てない相手からは真っ先に逃げる。
だが、喰物は野生動物が持つその本能────────生存本能よりも、己が根源である本性をこそ優先する。
勝てる、勝てないという話ではない。
獲物を、憎い相手を、喰らう。
その本性が形となったものが、
知恵はなく、ただ標的を喰らい殺す。
それだけの、存在である。
『喰o4、喰oZw7.444444444444444444444444444444444!!』
水面が脈打ち、沸騰する。
原種の巨体が、血の大海より現出した。
巨大質量が海から出た事による、大津波。
赤黒い血の津波が、全てを飲み込む波濤となって襲い来る。
「展装具現────────『荼枳尼天・焔』」
祝詞と共に、薙刀が振るわれる。
その、刹那。
薙刀より巨大な狐型の炎が噴出し、津波へと食らいつく。
そして、あろう事か、その大津波を、血の波濤を受け止めた。
否。
受け止めた、のではない。
炎の波濤を以て、
しかも、ただ押し返しただけではない。
炎に包まれた津波は、その根元から焼失していく。
水が、炎によって燃やされる理不尽。
それが罷り通った理由は、ただ一つ。
存在の、
名もなき鮫の異形では、伝承にすら名が残る神仏が如き化生には遠く及ばない。
確かに、原種は強力極まりない個体である。
大抵の喰物狩り個人ではまず歯が立たず、ただ存在するだけで全てを食い尽くす災害。
それが、喰物の原種である。
だが、この『白面』はただの獣憑きではない。
その名は恐怖と共に知れ渡り、日本であれば知らぬ者などいない著名な怪異。
信仰は、力だ。
ただその名を知り、簡単な概要を理解するだけでも、それは一種の信仰と見做される。
多くの者に記憶され、畏れられた存在は、その知名度に応じた力を得る。
『白面』という名には、それだけの意味がある。
彼女が捕食展衣の名を語った時、葵の肉体は伝承の九尾の狐と概念的に同一視された。
故に、葵がその力を振るえば、大抵の理は押し通る。
ただ喰らい、子を増やすだけの獣に何が出来よう。
相手は、伝説の化生。
破壊を齎す災厄にして、荒ぶる神仏が如き災害。
それが、白面金毛九尾の狐。
少女の身にその根を下ろした、規格外の存在である。
『殺r! 殺r! 殺r44444444444444444444444444444444444444444444!!』
怪物が、咆哮する。
勝てないという現実を否定しようとするかの如く、怪物の叫びが木霊する。
変化は、すぐに現れた。
自分たちが立っている、血の大海。
その水面の全域が泡立ち、地の底から怪物の咆哮が響き渡る。
「あ……」
ばくん、と水面が
水面は敵を喰らう顎となり、一息に全てを飲み込んだ。
そも、此処は喰物の原種の『捕食結界』。
文字通り、その全てが原種の胃袋に他ならない。
此処に捕らわれた時点で、その顎から逃れる術はなく。
全て、全て噛み砕かれる。
それが、喰物の原種。
抗う事など許されない、絶対の脅威である。
『t@Z、t@333333333333333333333333333333333333333333333333333!!??』
されど、その常識は覆る。
如何に原種の力が強大なれど、それは只人が相手であればの話。
災厄の化身、『白面』の前には。
その脅威すら、尾の一振りで吹き飛ばされる。
閉じた顎が内側から爆裂し、その中から九十九を抱えた葵がその姿を現した。
二人の周りには純白の炎がリングのように回転しており、薄い被膜が張られている。
その被膜によって原種の胃液すら克服した葵が、九十九を抱えたまま告げる。
「展衣顕現────────『荼枳尼天尊・
一閃。
薙刀が、振り下ろされる。
原種の巨体には、距離も
されど。
『g@E、g@'333333333333333333333333333333333333333333333333333333333333333333333333333333!!?? 有l得ue馬鹿u何故5555555555!!??』
────その一刀と共に、原種の身体が両断された。
否、原種の身体だけではない。
この場を構成する、空間そのもの。
それが斬り裂かれ、その断面が着火する。
広がるのは、純白の炎。
それが、原種を、その世界を喰らい尽くす。
それは、捕食展衣として具現化した力を、捕食展装を媒介に出力する奥義。
『展衣顕現』。
それが、世界を焼き喰らうこの現象を形作った秘儀の名称。
世界を斬り裂き喰らう、禁呪である。
目の前に現出した原種の身体は、いわば影のようなもの。
原種の『本体』とは、即ちその『捕食結界』そのもの。
『捕食結界』の内部が原種の胃袋にあたる、というのは比喩ではない。
故に、目の前の怪異を幾ら倒した所で、意味はない。
原種の討伐とは、この空間そのものを無力化し、解呪する儀式。
本来であれば複数の一級喰物狩りが共同して行うそれを、葵はたった一人で成し遂げたのだ。
空間が、『捕食結界』が消えていく。
結界を蹂躙する炎が、その全てを喰らっていく。
それは、一つの世界の終わり。
鮫型原種、識別名称『リヴァイアサン』。
その世界が、異形が、文字通り食い殺された瞬間であった。
それを見届けた葵は、ふぅ、と溜め息を吐く。
「捕食展衣、解除。捕食、終了」
少女の祝詞によって、葵の纏っていた炎の衣が消え失せる。
葵の肢体を炎が撫で、巫女装束じみた服装が、元の洋装に変換される。
同時にその背から伸びる炎の尾も消滅し、瞳の色も元のそれに戻っていく。
完全に憑依を解いた葵は、その場にへたり、と座り込んだ。
「つ、疲れたぁ…………えっと、九十九さん?」
「なんでしょう?」
「わたし、気絶するので後はよろしくお願いします」
え、と九十九が戸惑う間もなく、ぱたりと、少女の身体が崩れ落ちる。
慌ててそれを抱き留めた九十九の眼に映ったのは、すぅすぅと寝息を立てる少女の穏やかな寝顔だった。
「…………参ったな。これ、どうしよう」
九十九は、ぽりぽりと頭をかきながら思案する。
災厄の化身、『白面』の依り代。
間違いなく、特級の厄ネタだ。
これを『
処刑か、封印刑。
間違いなく、そのどちらかだ。
どちらにせよ、自らの意思で未来を選んだ少女を待ち受ける末路としては、あまりに重過ぎる。
少女をこの道に誘った者として、何より少女に助けられた者として。
彼女がそんな結末を迎えるのは、断じて見過ごせない。
幸い、葵はどういうワケか『白面』の力をほぼ完全に制御出来ていた。
あれで完全な出力ではないのか、尾は三つだけであったが、その状態であっても『白面』の力は強力極まりなかった。
原種を単独で討伐するほどの力は、規格外にも程がある。
三尾の状態でもあれならば、本領である九尾となれば如何ほどのものになるか、見当もつかない。
間違いなく、危険因子。
そう見做されても、当然と言える。
だが、それでも。
葵が、一人の少女である事に変わりはない。
九十九は自分の善性に、否────────信念に従い、少女を全力で助けると決めた。
その為に必要なのは、力と実績。
少女に力の扱い方を習熟させ、その力を以て実績を積み、認めさせる。
葵の力が、有用なものである事を。
彼女が、災厄などではない事を。
幸い、当てはある。
こういう事態で頼りになる、偏屈者だが実力は確かな師匠がいる。
まずは、あの人の元へ連れて行こう。
そう考えて、九十九は葵を抱きかかえた。
「さて、鬼が出るか蛇が出るか────────まあ、私達の場合は、狐が出そうですがね」
自分の言葉がおかしくなり、九十九はくすりと笑う。
狐憑きの男は、狐憑きの少女を抱いて夜の中へ消えていく。
その行く先は、暗闇の中か。
否。
それを決めるのは、彼と、彼女自身である。
少女の道行きは、まだ始まったばかりなのだから。
<喰物狩り・終>
てなワケで異能バトル杯に参加した次第です。
前に考えたお蔵入りアイディアを出しただけなんで、特に連載する予定は今のところありません。
設定やら何やらも殆ど即興ですしね。
四話構成まで話が伸びちゃったけど、個人的には満足です。
こういうのも中々楽しい。