ホロゥハウス〜FPSアカウントで異世界IN〜 作:くぼさちや
『どうにか脱出してこっち引き返してこれへんのか? もう後一キロちょいのとこまで来とんねん。後退しながら合流したら......うーん』
一旦自分で口にしてみて、その提案が現実的でないと悟ったのかカナメは唸り声をあげる。
「無理じゃないかな。対物とはいえ狙撃銃だろ? あれならニ百メートル先の犬の頭だって撃ち抜ける。遮蔽物もほとんどないメインストリートで逃げ切るのはちょっときついよ」
『ほな、オレンジはどや。近くに居てるんやろ? どうにか注意惹かれへんか?』
『いいっすけど、あたしの火力じゃあ建物ごと吹っ飛ばしちゃいますよ? 先輩、建物の下敷きになってデスペナくらっても恨みませんか?』
「やだよ。それじゃあ手持ちのハンドグレネードで自爆特攻するのと変わらないじゃないか。自分でどうにかするから、カナメは急いで助けに来て」
俺は静かに、深く大きく息を吸うと八分のところで止めた。こうなったら応戦、場合によってはこっちで全滅させる他ない。
じきに扉も突破されるだろう。それが気配でなんとなくわかる。
(とか思ってるうちに来たし)
おそらく扉の蝶番が弾け飛んだのか、派手に扉が倒れる音が聞こえた。
「......」
敵の足音の他に、自分の心臓の鼓動が徐々に大きくなっているのが聞こえるようだった。
そんな中、俺が隠れている柱に一人まっすぐ近づいてくる奴がいた。数で勝っている。武器で優っている。あとは追い詰めてキルするだけ。そんな甘い考えが透けて見える頭の悪い足音だ。
どうせならとギリギリまで誘い込む。そして俺が隠れている柱の真横にそいつが足を踏み込んだ瞬間、あご先に銃口を突きつけて引き金を引いた。
「グッドアフターヌーン...」
声を上げる間もなく頭頂部から弾が貫通し、ポリゴンになって散る敵プレイヤー。このゲームはゲームオーバーからしばらくの間は装備していた火器類がフィールドに残るルールになっている。死んだプレイヤーの武器を拾って使うことができるという意味ではありがたいが、持ち主を失って自由落下した短機関銃とライフルを見て俺は毒づいた。
(ツイてないなぁ。どうせ不意打ちで仕留めるなら貫通力のあるアサルト装備のやつがよかったのに)
こっちの居場所に気がついた三人の銃口が柱の影越しに向いた。
俺はスタングレネードのピンを抜くと体勢を低くして素早く隣の柱へと駆ける。途中で投擲したスタングレネードが柱の物陰のむこうで閃光と耳障りな音とともに爆散したことを確認すると、間髪入れずに敵の横っぱしらに躍り出て二つの銃口を向けた。
左右の拳銃で二発ずつ発砲。ライフリングによる回転が加わり、火薬によるマズルフラッシュとともにバレルから飛び出た銃弾が吸い込まれるように目の前にいた二名の頭と胸をそれぞれ打ち抜く。
どちらも一撃で死亡判定が出る箇所だ。多少当たりがずれても完全にHPを削りきれる。
「くそっ!」
そう毒づいた最後の一人の手にはショットガンが握られている。
ろくに撃つ相手を選ぶ暇もない状況で、アサルトライフル装備を二人削れたのだから上出来だろう。ショットガンから打ち出される弾は12ケージ。貫通力のほとんどない散弾ではゼロ距離で撃ったって俺のボディーアーマーは抜けない。
〝余裕〟そんな思いがふとよぎるものの、男がジャケットのインサイドホルダーから取り出した拳銃を見て俺はその場から飛び退くように逃れた。さっきまで立っていた場所の後ろで爆弾みたいな音を立てて弾丸が壁に衝突する。
『なんや今の音! そっちどうなっとんねん』
「アサルト装備は全員殺したよ。残りはショットガンだけど、そいつポケットからとんでもないモンスター出してきた」
『なんや?』
「でっかいマグナム」
『...しばき倒すぞ?』
「いやいや、そういうセクハラ的な意味じゃなくてさ。リボルバー式の50口径。名前なんて言ったっけな...」
物陰に隠れて撃ち返す。しかし相手のハンドガンの威力が馬鹿にならず、弾が飛んでくる度に隠れているコンクリの柱がどんどん砕けていく。
『...? S&U社のM500とかちゃうか?』
「うん、どうもそれっぽいんだよね。あれって俺のルガーとどっちが強いと思う?」
俺は柱からわずかに顔を出すと左手に握った45口径のルガーの銃口を正面に向ける。
しかしすでにどこかに身を潜めたのか、相手の姿はない。とはいえ隠れる場所なんてほとんどありはしないのだから、だいたいの位置は絞れる。おそらく部屋の真ん中に積み上げられた資材の後ろだろう。
『そんなん相手さんのM500に決まっとるやろ。ついでに、同じ50口径でもあんたが今右手に持っとるデザートイーグルより威力はずっと上や』
「え、こっちよりも?」
俺は我が本命武装の大口径ハンドガン、デザートイーグルを見た。さすがにコンクリート越しに撃ち込むようなことはしてこなかったから分からないけど、状況によっては足音を頼りに照準して壁の向こうにいる敵を撃ち抜くような使い方だってするのだ。
「これより上って、そんなの相手にレベル5のボディアーマーなんてベニヤ板みたいなもんじゃないか」
『しゃーないやん。同じ口径でも弾の重量が圧倒的にちゃう。その代わりに装弾数が五発しかないねんけど...弾切れのタイミング狙って一気に片付けられへんか?』
「なにその命懸けのダルマさんが転んだ...」
俺は音を忍ばせて柱から身をさらした。
おそらく隠れているであろう資材の裏に回り込むように移動していると、不意に足元に黒い物体が転がってくる。
(こんな閉所でグレネード!?)
しかも俺がさっき使った非殺傷性のスタングレネードではない。炸薬で相手を吹き飛ばす目的で作られた、いわゆる〝手榴弾〟だ。
「こしゃくな真似をーっ!」
俺は窓から身を乗り出してメインストリートに飛び出した。その瞬間、背後で起こった爆発に身体を突き飛ばされる。せっかくのボディアーマーも三階からの落下によるダメージペナルティの前では意味はなく、グンと減ったHPを見るより先に俺は未だ煙の立ち込める三階のフロアを見た。
「やばいね...」
そこには窓際に立ち、拳銃の皮をかぶったハンドキャノンを手にした男が俺に照準を合わせている。あんな馬鹿デカイ弾を食らったらボディアーマーごと残りHPが吹っ飛ばされる。
俺はつかさず左手の45口径ルガーを男に向けて引き金に指をかけた。
外せば撃たれる。撃たなきゃやられる早撃ち勝負だ。しかし次の瞬間、窓際に立った男の頭がレンジで加熱したトマトのように四散した。
『目標、クリアや』
俺は引き金を引いていない。ともすれば銃声ひとつ聞こえなかった。
考えられるのは銃声が聞こえないような距離からの狙撃くらいなものだ。
「さすがだ。ずいぶん到着が早かったね。今どこ?」
『さっき連絡した場所と変わってへんよ。そっちから800m離れた山間の木の上から撃ったった』
「長距離射撃じゃん珍しい。普段はあんだけ嫌がるのにさ」
『こっちやってこんな距離で、しかもこんな不安定な足場で狙撃しとうないわ。しゃーないやろ。装甲車でそっち向かうよりスコープ越しに狙うほうが早かってん』
そうカナメは言うが、事前に地形を把握して、十分に狙う時間と安定した足場さえ用意さえすれば1000m越えの超長距離精密射撃、なんて神業もやってのける技術がカナメにはある。
しかしそんな神業にロマンを感じる俺は結局のところ素人考えでしかないようで、カナメに言わせれば、200〜400mというベストポジションをいかにして作るかが狙撃手には重要なんだとか。華があるように見える1000mでの射撃も裏を返せば、そんな神業を余儀なくされる状況に陥ってしまったということで、狙撃手として詰めが甘い証拠なのだという。
「〝当てる〟技術より〝当たる〟状況を作る技術が重要ってことらしいけどさ、どうせ当てる技術を持ってるならそうやって有効活用すればいいのに」
『こんな狙撃年がら年中当たるもんとちゃうで。単なるラッキーをあてにしよんな』
「まあ、とにかくありがとう。これできっちり六人......」
〝全員仕留めた〟と言いかけて俺の口が止まる。
六人? はて、そんなに殺したっけ?
俺はアイテムストレージから各辺5cm程度の立方体を取り出した。探査系モジュールの一つ、レベル3の《X線》だ。起動とともに視界が緑色に染まり、建物の中でキルされたことで持ち主を失った武器と思われる金属反応がゴロゴロと落ちているのが見える。最初にヤった探査要員を除けば敵の人数は五人。
ひー...ふー...みー...よー...。やっぱりそうだ。
「一人足りなくない? こっちには四人しか来てないよ?」
「四人? 市街地に入ったときは六人やったんとちゃうん? 二人おらんやん」
「違うそうじゃなくて、最初に殺った索敵要員を除いて四人しか建物に入ってきてなかったんだよ。だから一人......オレンジ、聞こえてる? 残りの敵だけど、多分あと一人がどこかに―――」
そのとき、俺の真後ろでさっきの手榴弾なんて目じゃないほどの爆発が起こった。屋内戦をしていた建物からメインストリートを挟んでちょうど向かい側。空が真っ赤に染まり、まるで空爆でも受けているような派手な爆発エフェクトに包まれて五階建ての廃ビルが倒壊する。
「うーわ...」
こんな馬鹿みたいな火力持ちは俺の知る限り一人しかいない。
「おっしゃー! 別動してたラスト一人、オレンジちゃんがいただきましたー!」
ただの瓦礫と化した建物を白んだ目で見ていた俺の耳に妙にテンションの高い声が響いた。それは無線によるものじゃない。ここから20メートルも離れていないところでウェーブのかかった長い髪をたなびかせて六連装グレネードランチャーのMGL-140を掲げたオレンジがラストキルを宣言していた。
続いて800m先から様子を見ていたであろうカナメの馬鹿でかい声が鼓膜をぶっ叩く。
『っておいゴラァ! たったワンキルするために爆撃とかなに晒してくれとんねん! それ一回やるんにどんだけ炸薬代かかる思うてんねや!』
「いやー、せっかく今シーズン最後のチームマッチじゃないですか。どうせならド派手に、勝負決めたくなりません?」
『戦闘赤字やゆうとんねん! ほんまこれやからチームにバカスカ撃つ子がおると大変やっちゅうんや』
戦闘の勝利を通知するシステムメッセージとともに色とりどりの紙吹雪が頭上から降り注ぐのを見て、俺はそっと息を吐いた。
この世界で誰を何でどれだけ撃っても、現実は変わらない。
千の白星、万の白星を掲げても世界はなにも動かない。
それでも俺は撃ち続ける。
今日も明日も明後日も、変わらず俺は撃ち続ける。
千発、万発、億発撃てば、そのうち一発くらいはつまらない現実を撃ち抜いてくるんじゃないか。
そんなことを願って。