原作ではジャンプの表紙からハブられ、あんまりキャラが掘り下げられず、メインヒロインのオマケで終わっちゃったあのキャラに焦点をあててみました。
時系列としては楽たちが三年生の、鶫の楽への気持ちに踏ん切りがついた五月頃ということにします。
追記
5月30日大幅修正しました。
男は夢を見ていた、忌まわしき炎の記憶だった。
「…ハァ、…返せッ!……返してくれ…」
18年前のあの日、炎が少年の全てを奪い尽くしていった。
治安の悪い土地の生まれ故、奪われた奪い返したりの生活は慣れっこだったが目の前のコレはそんなレベルでは無かった。
気管を焼くような熱気と鼻につく悪臭から目を背けるようにただひたすらに、がむしゃらに足を動かしていた。
まだ火の手の回っていない道を恨みとも後悔とも取れる言葉を呟きながら…
「…ハァ、…ここまで来れば大丈夫か…、また俺一人になってしまうなんて…」
弱り切った体を引きずるように火の回りきっていない開けた土地に出た少年は擦り傷だらけの片膝を地面に付け両の手を合わせて胸の前に持ってくる。
主への祈りである。
ラテン系の特徴を色濃く残した少年の右腕には手首から肘にかけて大きな裂傷が出来ていた、逃げ回っている時に出来たものである。その傷から血がポタポタとしたたり落ちるが、それに気にも留めないように唇を震わせ祈りの言葉を紡ぐ。
「天におられる私たちの父よ、み名が聖とされますように。…」
溺れる者は藁をも掴むという言葉があるが、普段あまり信心深さを見せない少年もこのときばかりは縋り付くしかなかった。
「…悪からお救い下さい…。…ウゥッ…」
言葉を唱え終わると精根尽き果てた顔で少年は地面にうつ伏せで倒れ込んだ。
「返して…、返して下さい…」
前に放り出された手で土を掴んで体を震わせる少年が訴え続ける“返して”とはこの大火事で喪ったものであるということは想像に難しくないだろう。
「俺の…、俺の家族を返して下さい…」
少年が望んだものは“家族”、実の母を亡くし放浪の果てに傷心と孤独に苛まれ、つぶされそうになっていた自分を拾い育ててくれたかけがえの無い宝物。
貧しい人の為に昼夜駆け回り仕事をしていた誇り高き義父
いつもおおらかで明るく周囲に元気を振る舞っていた太陽のような笑顔の義母
その両親から愛情を一心に注がれ育まれていた、まだ小さく本を読むのが好きだった人見知りな義妹
そして近々
「グスッ、俺の命を全部、ゥッ上げます、どんな罰でも受け、ます…だから、ハァ、だから…」
握りしめた拳から土がパラパラと落ち、少年の声に涙と嗚咽が混じる。
「俺の家族を返してくれよ、神様ァァ~!」
少年の叫びは未だ夜空を赤く染める炎の揺らめきに消えていった...
一晩燃え続けた炎は彼の故郷を黒いスミクズに変えてしまった。裕福で無くても人の声と活気に溢れた町も、義母が楽しそうに手入れをしていた農園も、緑溢れる一面の自然も、暖かい命が溢れていた風景はまるでいまだに黒い煙を上げ続ける地獄のような景色になってしまった。
運良く火の回らなかったところで目を覚ました少年は、よく通っていた台地の上から、焼け跡を死んだような目でそれらを見下ろしていた。
煤まみれの顔で食事を摂ることも水を飲むこともなく、生きることを諦めたかのように…
その翌日、少年のもとに聞き慣れた声の持ち主が足音とともに近づき、話しかけて来た。
「○○○!○○○じゃないか!生きてたのか、よかった。ウゥッ!」
少年より背の高いアフリカ系の血が入った黒人の青年は、息を切らしながら近寄り歓喜のあまり涙を浮かべた。
「お前か…、そっちは無事だったのか…」
「無事なもんか…!都市部もあちらこちらで焼死体だらけだ!俺の母親も…、最善は尽くしたんだが、駄目だったよ」
「そうか…」
「そっちは…ッ!…すまない」
「………」
青年は少年に彼の家族の無事を確認しようとしたが、少年の焦燥しきった顔を見て全てを悟った。
「…お前の義父
「………」
「生き残った奴らも都市部
「………俺は…」
「焼け跡から着れるものや食い物をかき集めてるんだ、ここに居るよりましだろ!」
「…俺は…、行かない…」
「お前…、いつまで腐ってるんだ!」
少年の燃え尽きたような態度に、青年は血相を変え襟を強引に掴んで立たせた。
「ここで!何も食わねぇでくたばって土に還るまで座り込んでますってか!月並みなこと言うようだがな、生き残っちまったヤツってのはそれなりの責任ってもんがあんだ!お前のやることはずっとここにいることだってのか!?」
「……ホントに月並みだな…」
「何だと!…グッ!?」
少年は襟を掴んでいた青年の手首を乱雑にボロ布を巻いて手当てした右手で掴み強引にねじりあげ、はじき返す。
「…勘違いするな、俺は生きる。生きて生き抜いてやる」
「そうか!じゃぁ早く行こうぜ!」
「悪いが…お前達とは一緒に行けない」
「何故!どうしてだ」
少年は青年に背を向け、強引に顔を拭う。
「もう誰も何も信じない、信じたそばから俺は全てを喪った」
「だが…、行くあてあるのか?」
「分からない、だが海岸部に行けば船の一つくらいはあるだろ。それを盗むなり密航するなりしてここを出る」
「お前…」
「なぁ、△△△…」
「な、何だ…」
最後に青年の方を振り返り憎悪に染まった目で少年はこう言い残して去っていった。
「神様なんてどこにも、どこにもいなかったんだな…ッ!」
そんな少年の背中を、青年は黙って見送るしか出来なかった。
(コイツ…、なんて目をしてんだ…)
そして時は巡り…
アメリカ発日本行きの飛行機の中、ラテン系の一人の男が悪夢にうなされていた。
青年の右腕には手首から肘にかけて大きな傷跡が見受けられる。
「…ハァ…、…ハァ…返して…」
出来ることならあまり思い出したくない、さりとて忘れることは当人の意志が決して許さない忌まわしい炎の記憶であった。
「お客様」
「…ハァ…、…待って…」
見かねたCAが声をかけるが男は一向に目を覚まさない、およそ半日の長時間のフライトが男を深い眠りへと誘ってしまったのだろうか?
「仕方が無いわね。…スゥー、“ お 客 様 ”ッ!」
「…!、ウオォッ!」ビクッ
息を吸って腹から声を出したCAに男は夢の中から意識を引き戻された、そのついでに座っていた座席からずっこけそうになった。
「お客様、目はお覚めになられましたか?」
「ビックリしたぁ~、到着は朝だろ?まだ機内真っ暗じゃん、大声出して起こすことないでしょ」
さっきまでうなされていたくせにやけに饒舌に話すもんだと感心したCAだが、突如男の顔に手を伸ばした。
「お客様、失礼致します」
「?何だよ?ッ眩しッ」
CAは男が顔に付けていた仮眠用のアイマスクを真上にずらした。
まだ夜だと思っていた男の網膜に突き刺さらんばかりの日光が降り注いだ。
「……アレ?」
「お客様、当機はもう目的地に到着しております。機内清掃に入りますので速やかにお降り下さい」
広い機内に乗客は男一人だけだった。
遠い昔の夢だった、気がつけば首筋に汗がジットリと滲み、着けていたアイマスクもびっしょり濡れていた。
「ああ、そういうことね。何ならもっと昔の夢見させてくれてもいいのに、いつもコレばっかりだ」
「お客様?」
一人で呟く男の元にCAが今度はホントに心配そうな顔を近づけてきた。
「あぁ、ゴメンね。もう降りるから、悪いね長居しちゃって」
「いえ、ありがとうございました。またのご利用お待ちしております」
「あ、そうだ!ねぇCAさん、ちょっと聞きたいんだけど?」
「何でしょうか?」
「神様っていると思う?」
「神様…ですか?」
男の珍妙な質問にCAは目を白黒させたが、数秒考えて口を開いた。
「あまりそういうのは信じる性格ではありませんが、安全な航行には最大限の注意を払っております」
「いいねその回答。百点満点!」
「はぁ…、そろそろ清掃に入りたいのですが…」
「そうだったな、ゴメンゴメン」
立ち上がり軽い足取りで出口へ向かう男。
機体入り口をくぐる前に最後にもう一度さっきのCAの方を向き…
「でもねCAさん、神様ってのはホントにいるんだぜ」
聞こえたのか聞こえなかったのかは分からないが、最後にそうささやき出て行ったのだった。
ボーディングブリッジを通り入国審査を軽々クリアすると出口をぬけ異国の地に降り立った。
初めての日本である。
「とうとう来ちまったか…、よしッ!一丁気合い入れっか!」
パンパンと顔を叩くと履いてるジーンズのポケットから編み紐を取り出すと肩まで無造作に伸ばしていたクセの強いロングヘアを一本に束ねた。
「待ってろよ…、今会いに行くから。Hey!タクシー!」
声高らかにタクシーを呼んだのだった。
◇◇◇
少女は夢を見ていた、未だかつて見たことがないような夢だった。
(ここは…?それにこの格好…)
少女の名は“鶫誠士郎”ギャング組織、ビーハイブに身を置くヒットマンである。
夢の中であることに気づいていないのか、自分のいる環境と服装に戸惑っていた、普段は主である千棘の護衛の為同じ学校に通っておりそこで男子用の制服を着ているが、今自分の着ている服は女子用の制服であった。
さらに自分がいるのは自分が住んでるマンションの一室でなく、さらにビーハイブの屋敷でもなく見たこともない一軒家の食卓であった。
(誰なんだ…?この人たち)
食卓を囲んでいるのは自分以外に4人居た、手前側右端に座る自分の横に自分より少し年上の女性、その隣にさらに年上の男性が座っていた。
そして正面の向かいにはニコニコしながら配膳している女性と壮年の男性が並んで座っていた。
自分の隣の二人は黙々と食べているが、向かいの二人は仲良く談笑しながら食べていた。
否、食べているように見えた。四人とも顔には靄がかかったように不透明になっていた。
《ふぅ、ごちそうさまでした!さぁ~て、歯磨いて出勤出勤!》
《待ってお兄ちゃん、駅まで送ってって》
《またかよ…、たまには歩かないと体に悪いぞ》
《いま大学も忙しくて…お願い!!》
《しょうがないな、バイクまわしてくるからそれまでに準備しとけよ》
《ありがと!お兄ちゃん》
《二人とも、お弁当忘れちゃダメよ》
《まったく、朝から騒がしいな》
《そうよねぇ~、お父さん》
二人の問答の末に兄と思われる男性が折れ、そんな二人に向かいの女性が声をかけ、その隣の男性が苦笑をもらした。
さらにそれを女性が相づちをうった。
(この二人は兄妹なのか…、向かいの二人は…夫婦…?)
鶫はだまってそれを見ながら分析を始める、完全に自分を俯瞰で見てる人物とみなしている。
だが、次に聞こえてきたセリフは予想を裏切るものだった。
《じゃあ、いってくる。ツグも勉強がんばれよ》
そういって男性は鶫の頭をワシャワシャと撫でて出て行った。
鶫はそれに体をビクッと震わせた。
(わ、私!?今…撫でられて…)
《ツグは勉強頑張ってるわよね~》
さらにその妹も鶫の両肩をポンと叩いてその場を後にした。
《気をつけてね、いってらっしゃ~い》
向かいの女性が立ち上がり手を振って見送った。
(私…、ここにいるのか?)
《…ツグちゃん?さっきからどうしたのボーッとして》
そのまま席に着いた女性は机に手をついて身を乗り出し、鶫の顔をのぞき込むように近づけてきた。
「ふわッ!な、何ですか?(声が出ちゃった…)」
《早く食べないと遅刻しちゃうわよ》
《母さん、いい年して行儀悪いぞ》
《はぁ~い》
壮年の男性が食器を片付けながらやんわりと注意し、そのまま食器を台所に持って行った。
《じゃ、俺も仕事の準備しようかな。鶫も学校遅れないようにな》
《頑張ってね、お父さん》
「お、お父さん…?」
《ツグちゃん?ホントにどうしたの?具合悪いの?》
「あの…、ひとつお聞きしたいのですが…」
《な~に?あらたまって》
「ここはどこで…、あなたは…誰なんですか?」
震えた声で問いかけてくる鶫に、女性はキョトンとした顔を見せ、そして…
《ここはあなたのお家で、私はあなたのお母さんに決まってるじゃない》
頬に人差し指を添えて微笑みながら答えたのだった。
「お、お母さん!?あなたが!?」
《そう、お母さん♪》
「それじゃぁ…、さっきの人たちは…」
《もちろん!あなたのお姉ちゃんとお兄ちゃん、それから私の旦那様!つまりあなたのお父さんよ》
「か、家族…、私の…家族」
《そう!近所で評判の仲良し家族!》
(そうか…これはきっと…)
母と名乗る女性から目線を下げ、肩を震わせる鶫。
《ツグちゃん!?どうしたの、何かあったの?》
「合点がいきました、これは夢であなたは幻なんですね」
《夢…?》
「私に家族はいません、いないんです」
《………》
「この部屋もきっと…、脳の深層心理的な、拡大解釈的な何かが働いて偶然見るに至ったもので…」
《………》
「脳の分野は詳しくないので分かりませんが、気持ち的にいろいろ落ち着いた後だったのでこんな奇妙な夢を見たんです」
《…ツグちゃん》
「…へ?ッふわっ」
女性が鶫の自問自答を遮り彼女を抱き寄せた。
《そっか、ツグちゃんはまだ知らないのね》
「え?知らないって…」
《あなたの家族のこと、そしてあなた自身のこと》
そんなこと知らなくて当たり前である。
知ってたらこんなに戸惑うことも無いだろう。
《あなたはいずれ知るべきときが来るわ》
「知るって…、何をですか?」
《あなたの知りたいこと、…もしかしたら来ないかもしれないけど》
「えっ?」
《冗談よ♪》
そうニシシと歯を見せて子供のように笑いながら鶫の肩を掴んでやさしく突き放すと周りの景色が砂のように崩れていく。
《ごめんなさい、急にこんなこと言って混乱させちゃったわよね。でも、会えてうれしかったわ》
「わ、私は…、」
《いずれ大いなる運命と向き合う時が来る》
「え?…どういうことですか」
《今言えることはこれだけ、でも願えばきっとまた会える》
「……・・」
《また会うことが出来たら、その時は…》
とうとうその女性も足下から消え始める、最後に鶫の方に向き合ったその目尻からキラリと光る一筋の光が見えた。
《その時はまた…、“お母さん”って呼んでくれる?》
「待って、待って下さい!」
伸ばした手が届くことなくその女性は光と消え、見えなくなってしまった。
そして辺り一面も同じように消え、真っ暗闇に包まれ…
「………ハッ!」
鶫は目を覚ました、いつもの起床時刻よりも早くまだ陽も昇っていなかった。
「私は…、なんて夢を……」
言葉を失ってしまっていた、天涯孤独で親の顔も知らずギャングに拾われあまつさえヒットマンとして名を馳せている自分が今更会えもしない家族の夢をみるなど荒唐無稽もいいところだ。
ふと横を見ると、同居人のポーラが布団から両手を放り出して大口を開けて眠りこけていた。
「まったく、風邪をひいてしまうぞ」
布団をかけ直してあげるとふと目線を部屋の隅に移す。そこには、楽や千棘、小咲や万里花といったクラスの友人達と移っている写真が入った可愛らしい写真立てがあった。
「家族なんかいなくたって…、私には大切な仲間がいる。それだけで十分じゃないか」
ポーラの乱れた前髪を撫でながら、自分を納得させるようにそう言い聞かせるのだった。
次回、第一話『兄が来る街』
評価、感想お待ちしております。