あに、いもうと   作:ゆうびん

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長い間お待たせして申し訳ありません、話の切り上げどころわかんなくて長くなっちゃった。

それでは第九話、お楽しみください。


第九話『恩人の娘』

「…ねぇ、ホントに二人きりにしてよかったの?」

 

「俺たちがいると気ィ使わせるだろ、いたら話すことも話せなくなる」

 

「アンタもちゃんと説明できなかったもんねぇ」

 

「…人のこと言えないだろお前だって」

 

「…うるさいわよ」

 

 

盛大なブーメランが自分に突き刺さり、千棘は顔を強張らせる。

楽達は鶫とファルカノの二人を食堂に残し少し離れた石段に腰掛けていた。

ファルカノの頼みに鶫を預け、信じることにしたのだった。

 

 

「でも、やっぱりお兄さんも言えなかったわね、“自分が義兄(あに)だ”って」

 

「いや、その可能性が高いってだけでまだ決まったわけじゃ…」

 

 

ファルカノはあの場では自身が日本に来た理由と、鶫を呼んだ理由については事細かに話すことはしなかった。

その理由は何となく察することができた、当人にもやはり言い出しにくいところもあったのだろう。

素直になれない所があるのも自分達には痛いほど分かる話だった。

二人揃って俯いて苦笑しているところに集が話しかけて来た。

 

 

「そういえばさぁ、気になってることがあるんだけど」

 

「何だよ、集」

 

「あのお兄さん、なんで日本に来たのかなって」

 

「なんでって…、妹を捜しにでしょ?」

 

「いや…、それはわかってるんだけど、どうやって日本に来たのかってこと」

 

「どうやってって…、飛行機に決まってんだろ? 泳いでくるわけ無ェじゃねェか」

 

「だから、それはわかってるって!なんなの二人とも、そんなにボケるキャラだった?」

 

「さっきから何が言いたいんだよ」

 

 

散々はぐらかされた集、咳払いを一つして話を進めた。

 

 

「捜してる妹さんが誠士郎ちゃんなのかそうじゃないのかは一旦置いといて、広~い日本のこの町にやってきたわけでしょ?あのお兄さん」

 

「そうだな」

 

「でも誠士郎ちゃんの事は今日初めて知った素振りだった、だったらちょっとおかしくない?」

 

「どういう…、あ!そっか」

 

 

“なるほど”といった様子で千棘が手をポンと叩いた。

 

 

「さすが千棘ちゃん、つまりあのお兄さんは捜してる人物の情報を以てここに来たワケ。言っちゃなんだけどここで誠士郎ちゃんに会うこと自体予想外だったんじゃないの?」

 

「そういえば昨日、手掛かりは他にもあるって言ってたしな…」

 

「あぁ~、何話してるか気になる~!」

 

 

顎に手を添え、思案する楽と恨めしそうな目で食堂を眺める千棘。

それぞれの様相を表わしてる中で、るりの発した声に注目が集まった。

 

 

「そんなに気になるなら聞いてみる?(食堂)の声」

 

「宮本?一体何言って…」

 

 

そういってポケットから携帯電話を取りだした、るりのではなく側にいた小咲のものであるが。

 

 

「るりちゃん!?それ私の…、なんで…」

 

自分の携帯電話が無くなっているのに気づき今更自身のポケットを探る小咲、当然だが何か出てくる筈がなかった。

 

 

「さっきお兄さんが二人で話したいって言ったときにアンタのポケットから拝借したの、もっと危機感持っときなさいよ」

 

「もう…るりちゃん…」

 

 

改めて楽達の方を向くるり、手に持っている小咲の携帯電話には『着信』の文字とるりの名前の表示がされていた。

 

 

「私のケータイで小咲のに着信かけて置いてきたの、通話にすれば聞けるわよ。どうする?聞く?」

 

 

るりがあやしげな笑みをうかべた。

 

 

◇◇◇

 

 

ところ変わってこちらは食堂。

 

 

「あいつら…、奢ってやるっつったのに全員コーヒー置いて行きやがった」

 

「………」

 

 

やれやれといった様子で机から缶コーヒーを集め自分の前に置くファルカノと、それを黙って見ている鶫。

目線を落とすと目の前にパイプを咥えた有名なオジサンの顔の絵が描かれた缶が目に入る、目の前のファルカノが差しだしたモノだ。

 

 

「ツグも飲むか?」

 

「はい、…あ」

 

受け取ろうとした彼女の目に別の缶が映った。

TVでCMをしていた有名デザイナーとコラボしたファンシーな動物のイラストが描かれた可愛らしい缶だ。

ファルカノは知る由もないことだが、自分が買ったこの絵柄は数十種類あるなかの一つである。

別段レアものというわけでもないが、鶫はCMを一目見てから気になっていた。

 

 

「なんだ、こっちのほうがよかったか?」

 

「あ、いえ」

 

「いいっていいって、ほら」

 

「ありがとうございます…」

 

 

平静を装ってるが、目当ての缶を受け取って内心ニヤケてるのが目にみてとれる。

口角を僅かに吊り上がる様子やそれを見られて慌てて取り繕う様子、それら一つ一つを男は感慨深げに眺めていた。

 

 

「ホントにそっくりだな…」

 

「どうかしましたか?」

 

「いや、何でもない」

 

 

「……?」

(この男…、お嬢や一条楽が目的じゃないのか…?)

 

 

少し慌てるようなファルカノの態度に鶫は眉をひそめる、貰えたことは嬉しかったが目の前の男は相変わらず得体が知れないままだった。

 

 

「あの、何度も言うようですが昨日はありがとうございました」

 

「ん?」

 

「あの時貴方に助けて頂けてなければどうなっていたか」

 

「ああその話、そういや足痛めてたな。もう大丈夫なのか?」

 

「はい、足首を少し痛めてしまっていたのですが今朝にはもう痛みも治まりました」

 

「そうか、そりゃ好かった。…ごめんな」

 

 

笑顔から一転、謝罪の言葉とともに申し訳なさそうな様子を見せるファルカノ。

鶫は当然困惑した。

 

 

「え!?」

 

「俺がもうちょっと早く気づけてりゃツグもケガしないで済んだかもしれなかった」

 

「そんな、やめてください!見ず知らずの方に頭を下げさせるなんて」

 

「けど」

 

「私一人ではあの女の子を助けることが出来ませんでした、貴方がいなければ私は何の成果も出せなかったんです」

 

「成果って…、そういやあのちびっ子は知り合いなのか?」

 

「いえ、あの子は…」

 

「“ミズシラズ”なのか、俺と一緒だったんじゃないか」

 

「…はい」

 

「それにな」

 

 

缶コーヒーを開けて中身をグビリと呷り、一息ついて缶を置くファルカノ。

 

 

「情けねぇ話だが、ツグが動き出さなかったらあのちびっ子があそこにいたことも確認できなかった」

 

「………」

 

「ツグがいたから二人とも助けることが出来た」

 

「…私が?」

 

「あのちびっ子が助かったのは紛れもなくツグのおかげだってことさ。誰にでも出来ることじゃねぇ、大したモンだ」

 

「…ありがとうございます」

 

 

なんだかよくわからない感覚に鶫は困惑していた。

無関係の人間を助けようとしてケガまでした自分はギャング組織で働く身としては到底褒められたものではないだろう。

だが目の前の男はそんな自分を労い称賛までしてくれた。

おべっかやおためごかしで下手に出てくる人間はこれまでにもいたが、そんな気が目の前の男からは微塵も感じられなかった。

助けられた気恥ずかしさと褒められた僅かばかりの嬉しさで胸にむず痒いモノが広がる。

 

 

(私の気にしすぎだったか、この人は…)

 

 

昨日今日と慣れないことばかりだったが、それを悪くないと思ってしまう自分がいることに鶫はまだ気づいていなかった。

 

 

◇◇◇

 

 

 -ツグがいたから二人とも助けることができた-

 

 -…私が?-

 

 

 

「今さらだけど、あのお兄さんなかなか褒め上手だよね」

 

「確かに、会話してて気持ちいいというか悪いところを感じないというか」

 

 

小咲のケータイから聞こえる二人の会話に耳を傾ける外の五人、何か揉め事でも起きないかとハラハラしていたが目立ったトラブルもなく進む様子に楽と小咲もほっと胸をなで下ろしていた。

 

 

「どうかしらね、あのお兄さん。安心するのはまだ早い気がするけど」

 

「もうるりちゃん、またそんなこと言って…」

 

「いい人かどうかは別として、すんなり事が済むとは思えないわ。一条君もそう思わない?」

 

「まぁ、多少は…」

 

 

相変わらず毒づくるり、小咲がそれを宥めるが楽はそんなるりの気持ちも何となく分かってしまうのだった。

良くも悪くも目立ってしまう人間とはどこにでもいるものだ。

そんな男がヤクザやギャングひしめくこの街にやってきていい予感はあまりしない。

 

 

「何もなきゃいいとは思ってるんだが…」

 

「けどねぇ、よりにもよって誠士郎ちゃんを攻略しようっていうんだからあのお兄さんも相手が悪いよねぇ」

 

「攻略って…、そういう下心とかじゃないだろファルカノさんは」

 

 

軽い口取りの集に楽がつっこむが、集は“違う違う”とかぶりを振る。

 

 

「そうじゃないって、誠士郎ちゃんに取り入ろうとするならその裏にコワ~いオジサマがいるでしょ。それを放ったらかしには出来ないって話だよ」

 

「あぁ…」

 

 

“オジサマ”とは誰のことか楽にもよく分かる、楽自身そのオジサマには何度も煮え湯を飲まされており、いい印象など勿論有るわけがなかった。

 

その時一人黙って電話の会話を聞いていた千棘が声を張り上げた。

 

 

「皆!ちょっとこれ聴いて!!」

 

 

◇◇◇

 

 

食堂で話し込んでいる二人、昨日ファルカノが楽と千棘に話したのと大体同じような説明をすませた後だった。

 

 

「それで義妹(いもうと)さんを捜されているわけですか…」

 

「ああ、かれこれ10年以上な。世界中をあっちへ行ったりこっちへ行ったり」

 

「…苦労されてるんですね」

 

 

それは自分と似た境遇だからか生来の生真面目さからだろうか、感慨深げに零しながら目線を落とした。

それを聞いてファルカノはフッと笑い傷だらけの腕を擦るように反対の腕を撫でた。

 

 

「まあな、おかげでこの体も随分イジメちまった」

 

 

そんなファルカノの様子を見て鶫は背筋に冷たいモノを感じた。

確かに自分の周りの体力自慢筋肉自慢とは一線を画する体をしている。

おそらくジムやプロテインなんかで効率よく短期間で作り上げたモノではない。

こうして落ち着いてじっと見れば修練に身を置く鶫にはよくわかる、雰囲気、密度、どれをとってもきっと長い長い時間をかけて身についたものなのだろう。

 

 

「…グ、ツグ‼」

 

「ッ‼ハ、ハイ‼」

 

「どうした?急にボーっとして」

 

「いえ、失礼しました」

 

「ノド乾いてるのか?もう一本飲むか」

 

「いえ、結構です」

 

「そ、そうか」

 

「「………」」

 

 

見入ってしまっていた鶫とコーヒーのお替りを断られたファルカノ、なんとも言えない気まずい空気が流れる。

そんな空気を破るようにファルカノが口を開いた。

 

 

「それで…ここからが話のキモなんだが…」

 

「はい」

 

 

男の手に力が入り握っていたカラになったスチールのコーヒー缶が“ミキ…”と音をたてる。

それと呼応するかのようにファルカノの目に一層気が漲り、それと目が合った鶫も背筋が強張る。

 

 

 

「医者だった親父(義父)が20年くらい前にこのあたりで働いてたって情報(ハナシ)を聞いたんだ」

 

「…え!?」

 

「海外で活動している日本人医師にたまたま知り合う機会があってな、その人が俺の義父(親父)…“オウサカトキオ”っていうんだがその人と面識があったみたいで、何か知ってるかもと思って聞いてみたんだが、20年近く前にお互い日系ってことで色々話してたみたいで、『俺のカミさんはボタンのほつれだけじゃなくて赤い糸まで紡いだんだぜ』なんてバカな話しばっかりするからウンザリしてたみたいなんだが、その時に凡矢理(この街)で働いて…」

 

「あ…、長いです」

 

「おお、スマンスマン」

 

(お嬢が言っていたのはこういうことか…)

 

 

鶫は千棘が食堂から出ていく際に言っていた“あの人話長いから気を付けてね”という言葉の意味を理解した。

 

 

「まぁつまりだな、ここに来れば誰か当時のこと知ってる人間に会えるんじゃないか、遺された子供の行方もわかるんじゃないかと思ってな」

 

「そうなんですか…、ですが私は二年ほど前にここに来たばかりであまりそういうことでお力には…」

 

 

ファルカノの言葉を受けて驚きと申し訳なさそうな顔を見せる鶫、ファルカノはそれを“まぁまぁ”と宥める。

 

 

「いや、そこは仕方ないとは思っているんだ、ツグもまだ生まれる前のことだしな」

 

「ではファルカノ殿はその義妹(いもうと)さんを探すために御義父君の痕跡を辿ってここに来られたということですか!?」

 

「ああ、赤ん坊が一人で生きていけるわけもないからな、縁者…つってももう親父(義父)は亡くなってるからその親、兄弟、親戚なんかに引き取られてるんじゃないか…、なんてずっと考えててな。それで昨日は目についたここらのデカい病院片っ端から回ってたんだ。流石に働いてた場所までは分からなかったんでな」

 

「片っ端から…」

 

「それで行った先々でこう聞いたんだ、『昔ここで“オウサカトキオ”って男が働いてませんでしたか?』って」

 

「そんな聞き方したんですか!?」

 

 

鶫は開いた口が塞がらず呆れた様子だった、目の前の男の荒唐無稽さここに極まれりといった所業のせいである。

それを見たファルカノは気まずそうに口を尖らせた。

 

 

「仕方ないだろ!?日本の勝手の違いなんて分からねぇし」

 

「それはそうかもしれませんが、もうすこし順序ってものを…」

 

「順序?」

 

「こういう場合は前もって電話をしてアポをとったりして…例えば聞き方一つにしても、『人を探していて、ここでの勤続歴の長い職員はおられますか?』って聞くとか…」

 

「おお!なるほど、ツグは賢いな!!」

 

「それでも昨日あらかた調べられたのならまた色々考えないといけませんが…」

 

 

目を輝かせて食いつくファルカノとは対照的に、まるで自分の事のように心配げな表情を見せる鶫。

そんな彼女を前にしてファルカノはポツリと零した。

 

 

「優しいなツグは」

 

「…え?」

 

「昨日会ったばかりの俺の話を真面目に聞いて悩んでくれてさ」

 

「それは、命の恩人の頼みは無下に出来ませんから…」

 

「…それだけか?」

 

 

その問いに鶫は射貫かれたようにビクリと体を震わせた、確かに今までの自分なら恩があろうとそんな赤の他人の話に真剣に耳を傾けたりはしなかっただろう。

殺し屋(ヒットマン)として粛々と生きてきたこれまでの人生、それに影響を与えたモノは何かと考えると…

 

 

(…一条楽)

 

 

自分の主である千棘の仮初の恋人である生来のお人好し、一生胸に秘めていくと決めた初恋の男に知らず知らず自分も影響されてきたのかもしれない。

 

 

(私も随分毒されてしまったものだ…)

 

「さっき話したと思うけど、俺の探している義妹(いもうと)も今年でツグやラク達と同じくらいの年齢(トシ)なんだ、同じような境遇のツグがそんな思いやりのある女の子だと、上手く言えないけど俺も嬉しくてな」

 

 

照れくさそうに笑うファルカノにつられるように鶫も頬を赤らめる。

話を聞いたからかどうかは分からないが、鶫には目の前の男がどうにも他人のように思えなかった。

それは恩人への恩義や、異性への好意とも違う、それは…

 

 

「私も、貴方のような勇敢な方が兄だったら、きっと自慢に思っていたでしょうね…」

 

「!?」

 

 

いうなればそれは家族のような“親近感”というものなのかもしれない。

ポツリと呟いたその言葉がその感情を物語っていた。

 

 

「…こりゃぁとんでもねぇカウンター食らっちまったな…」

 

 

それを聞いたファルカノは目元をその大きな手のひらで隠すように覆い言葉を絞り出した。

自分が必死になって捜している妹に容姿も境遇もそっくりな鶫から向けられたその言葉は自身にとっての最大の賛辞で激励であり、その言葉にほんの少しでも報われたような気がしたのだった。

 

 

「し、失礼しました!!(何を言ってるんだ私は!!)」

 

「なぁツグ」

 

「は、はいッ!」

 

「ツグは…会いてぇか?自分の父ちゃん母ちゃんに」

 

「え?」

 

 

さっきまでアタフタしていた鶫はその質問に表情を強張らせ、言葉を詰まらせた。

 

 

◇◇◇

 

 -医者だった親父(義父)が20年くらい前にこの町で働いてたって情報(ハナシ)を聞いたんだ-

 

 

「医者!?この街に居たって」

 

「でも20年前…」

 

 

ケータイのスピーカー越しに聞こえてきたファルカノの声に食堂近くの石段に居た楽達は一様に顔を見合わせた。

なぜこの男が日本のこの街(凡矢理)にやって来たのか、その切っ掛けが分かったからだ。

 

 

「…すごい偶然ね」

 

「当たり前だけど、私たちが生まれるよりもずっと前だね」

 

 

意外な繋がりに感心するるりとその時間の長さに驚く小咲、

 

 

「だからこの街に来たのか」

 

「「「「「………」」」」」

 

 

そんな偶々もあったもんだ、とそこにいる5人は感嘆の息を吐いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「………鶫」

 

一人神妙な面持ちで千棘は携帯からの声に耳を傾けていた。

 

 

 

◇◇◇

 

 

しばしの間、鶫は黙ったまま俯いていた。

ファルカノの問いに答えられないのか、答えたくないのか、その真意は知る由もないが二人の間を沈黙が包んだ。

 

 

「………」

 

「あ~、いや、答えたくねえならいいんだ。ゴメン、デリカシーなかったよな」

 

 

申し訳なさそうに頭を掻くファルカノ。誰にでも言えない事というのはあるというもの、それを察したのだった。

 

 

「今更そんなこと言われても困るよな」

 

「考えたことがない…、というと嘘になりますが、正直仕方ないとも思っています」

 

 

俯きがちに答える鶫、それを見るファルカノはどこか吹っ切れた表情を見せた。

 

 

「でも、ツグにはいい友達もいっぱいいるもんな」

 

「友達…」

 

「つまんねぇこと聞いて悪かったな。みんな待ってるしそろそろ出るか」

 

「はい、…あ!」

 

「おっと!」

 

 

ファルカノがカラになったコーヒーの空き缶の山を手元に集めようとするが、その内の一本が弾かれテーブルに倒れそうになる。

飲み終えたとはいえ飲み物の容器が零れたとなれば後片付けの

手間が増える、それに気づいた鶫が取ろうと手を伸ばす。

ファルカノもそれに気づき同じように手を伸ばす。

 

 

「「………」」

 

 

その結果、一本の空き缶を挟んで男女が手を握り合うというなんとも珍妙な光景になってしまった。

 

 

「わ、悪いな」

 

「いえ…、倒れなくてよかったです」

 

 

握っていた缶を立てるとファルカノは鶫の手を感慨深そうに眺める。

 

 

「小さい手だな…」

 

「…ッ!」

 

 

思わず口から出てしまった言葉に鶫は思わず缶から手を放し、もう片方の手で自身の手を隠した。

だがそうすると覆った手が見えてしまい慌てて両手を机の下に隠した。

 

 

(そんな小さな手に、どれだけのもの抱えてんだ…?)

 

 

鶫の細くてしなやかな指先。

殺し屋(ヒットマン)として日々活動している彼女には単なる体の一部ではない大事な仕事の為の道具でもあるのだ。

 

 

「か、からかわないでくださいッ!」

 

「悪い悪い、俺から見れば誰の手でも大体小さいよな」

 

「………」

 

 

 

“ファルカノの手って大きいのねぇ、私より大きいわ”

 

 

 

鶫の手を見てファルカノは遠い記憶を垣間見ていた、自分を引き取ってくれた二人目の母親の言葉だった。

 

 

「それじゃ出ようぜ、両手ふさがってるから扉開けてくんね?」

 

「はい」

 

 

ファルカノは目元を拭うと、上手く両腕で空き缶たちを抱え立ち上がる。

 

 

◇◇◇

 

 

「お嬢、お待たせいたしました」

 

「鶫!!」

 

 

食堂前に座っていた楽達5人のところに2人が合流、鶫の姿を目にした千棘はところ構わず鶫に抱き着いた。

 

 

「お、お嬢!何を…」

 

「ううん、なんとなくしてみたかっただけ!」

 

 

晴れやかな顔の千棘に困惑する鶫、いや、彼女は普段からこんなに奔放であったが今この瞬間では新鮮に感じられた。

 

 

「悪いな、長いこと待たせちまったみたいで」

 

(今のうちに…)

 

 

空き缶を自販機に備え付けのごみ箱に放り込んだファルカノも戻ってきた、そんな彼の背後からるりがこっそり入り口に回り自身の携帯電話を取るべく気づかれないように足を運ぶ。

 

そんな折だった。

 

 

「そういや誰かのケータイ置きっぱなしだったんだが、誰のだ?」

 

 

「「「「………!!」」」」

 

 

ファルカノがポケットからるりの携帯電話を取り出した、その挙動に鶫と千棘以外の4人の表情が強張る。

驚いた拍子に足音を立ててしまい、ファルカノが後ろにいたるりの方を向いた。

 

 

「ああ、ルリのだったのか。駄目じゃねぇか、ケータイなんて個人情報(プライベート)のカタマリみてぇなモンなんだから」

 

「え、ええ、そうね。うっかりしていたわ。ありがと」

 

 

ファルカノの大きな手にはまるでお守りサイズのように見える携帯電話を受け取るるり。

だがそこは鉄面皮に自信を持つ彼女、不審がられないように立ち振る舞う。

 

 

「ふぅん。わざわざ座ってた椅子の上に開いたまんまだったが、うっかりねぇ」

 

「………」

 

 

果たして見透かしているのかどうか、ニヤけ顔を見せるファルカノ。

 

 

(危機感無いのは私だったか…)

 

 

内心冷や汗をかくるりだったが、そんな空気を打ち破るように聞きなれない着信音が鳴り響いた。

 

 

◇◇◇

 

 

その聞きなれない着信音の正体は鶫の携帯電話からだった、それを聞いて鶫は慌てて電話に出る。

 

 

「…はい、はい、了解しました、すぐ参ります。失礼します」

 

「何だったの?鶫」

 

 

鶫は手短に通話を済ませると電話を切り、声をかけてきた千棘に何かを耳打ちした。

そしてファルカノ達の方を向いた。

 

 

「ファルカノ殿、それから皆さんも、申し訳ありませんが私たちは急用で帰らねばならなくなりました」

 

「そんなに忙しいのか?ボディーガードってのは」

 

「ゴメンね」

 

「あ~、あとのことは俺がやっとくから、千棘も鶫も早く行った方がいいって」

 

「おお、それじゃ引き留めるワケにはいかねぇな。大変だな、お嬢さまってのも」

 

 

楽の執り成しでファルカノをうまく黙らせる。

 

真摯に頭を下げる鶫と、その後ろで申し訳なさそうに両手を併せる千棘。

千棘はそのまま楽の方を向くと内心伝わるように目配せをした。

 

 

(あのお兄さんの動向掴めるようにしといてよね)ヒソヒソ

 

(わかった!!)ヒソヒソ

 

 

そんな二人をよそに仕方ない、といった風な様子を見せるファルカノ。

 

 

「そうだ、記念に写真撮っといてあげよう」

 

「お前懲りねぇなぁ…」

 

 

集が誰に聞かれるでもなくケータイのカメラを二人に向けて人知れずシャッターを切った。

画面の中ではファルカノとその隣で一輪の花のように笑顔を綻ばせる、普段とは違う鶫が写っていた。

 

そんな鶫がファルカノに一度深々と頭を下げた。

 

 

「ファルカノ殿、重ね重ね昨日は本当にありがとうございました」

 

「だから礼はもういいって、頭上げろよ」

 

「また会えた折には必ずお礼をさせてください、それでは失礼します。お嬢」

 

「うん!!」

 

「じゃあな」

 

「またね、千棘ちゃん鶫さん」

 

「誠士郎ちゃんも気を付けてね~」

 

 

去っていく二人を見送る楽や小咲、集は手を振っている。

ファルカノはそんな様子を見ながら静かに呟いた。

 

 

「…礼、か。もう十分すぎるほどもらったよ。“Graças a Deus por(グラシャス ア デウス ポル) este encontro ( エステ エンコントロ)(この出会いを神に感謝します)”」

 

 

その呟きは誰の耳にも聞かれることなく春風にさらわれていった。

 

 

◇◇◇

 

 

千棘と鶫がいなくなりその場に残された5人。

 

 

「みんなありがとうな、会ったばっかりの俺のワガママにつき合わせちまって」

 

「会えてよかった?」

 

「当ったり前じゃねぇかバッカヤロー!!」

 

 

楽からの問いにファルカノは大袈裟なリアクションで答え、楽の頭をワシャワシャと撫でまわす。

 

 

「ちょ、やめてくれって…」

 

「会えたのも嬉しかったけどな、あの子に楽達みたいないい友達がいてくれたことが一番嬉しいんだ」

 

 

しみじみ答えるファルカノに楽達4人も満更でもない表情を浮かべる。

 

 

「あの子が本当に俺の義妹()かどうかは関係ねぇ、身寄りのない子供が真っ当な環境で生活できているってのが何よりありがたく思う」

 

(そういえばさっき世界中を回ってるって言ってたわね…)

 

 

るりはファルカノの言っていた言葉を思い返していた。

自分達にとっての当たり前を有難がる、ということはそこになかなか手が届かない環境を多く見てきたということを意味する。

 

 

「鶫さん、成績もいいし教えるのもとっても上手なんですよ」

 

「そうなのか、勉強も頑張ってるんだな」

 

「おまけにあんなにたわわに実っちゃって」

 

「そうそう、出会った頃の義母(お袋)と同じくらいの年だがあそこまでデカくは…、ってシュウ!お前なに言わせんだ!!」

 

「ちょ、待ってギブギブ!シャレにならないって!!」

 

 

ファルカノの逞しい上腕筋にコブラツイストをかけられ集が慌ててタップする様に見ている3人も苦笑いをしていた。

 

 

「じゃぁ、私達もそろそろ失礼しようかしら、一条君あとはお願いね」

 

 

るりが別れを切り出し、それを皮切りになんとか拘束を解かれた集が息を荒げる。

 

 

「ああ、ありがとうな、また明日学校でな~!!」

 

 

そしてそこには楽とファルカノの二人が残された。

 

 

 

◇◇◇

 

日が暮れて夜となった。

楽達と別れた千棘と鶫はビーハイブの屋敷に戻った、急な呼び出しの主であるクロードに合流する為である。

そして程なくしてその時は来た。

 

 

「む、戻ったか誠士郎、おやお嬢もご一緒でしたか。これは都合がよかった」

 

「お待たせいたしましたクロード様」

 

「呼び出しって何なの?」

 

「話というのはほかでもありません、見慣れない外国籍の男がこの街に現れたようで組員たちに警戒するように、と連絡をしていたところだったのです。よりによってそれを集英組に先んじられてしまうとは、このクロード一生の不覚…ッ!」

 

「「………」」

 

 

クロードが悔しそうに拳を握り語りだしたが、それを黙って聞いている千棘と鶫の二人は内心ハラハラしながら顔を見合わせた、その外国籍の男が自分たちが今日会っていた男と特徴が一致しているからである。

 

 

「というわけだ、そんな身元もわからん男がウロウロしてるのを見過ごすわけにはいきません、お嬢も十分お気を付けください。誠士郎、お前もそのような男を見かけたら逐一報告しろ、いいな」

 

「あのクロード様…、その男性の…」

 

「む、何か知っているのか?誠士郎」

 

「し、知らないから!!鶫は私と今日ずっと一緒だったけどそんな人見てないから!!ね、鶫」

 

「は、はい…」

 

 

千棘の雰囲気に圧され思わず同調してしまった、師であるクロードに嘘をついてしまったのだ。

そんな事情など知らぬとばかりにそれだけ聞くとクロードは足早に去ってしまった。

そのクロードが角を曲がって見えなくなった頃合い、鶫がぽそりと呟いた。

 

「あの方は…」

 

「…え?」

 

「ファルカノ殿は、この街で家族の手がかりを探すと言っておられてました」

 

「うん、そうね…あ!そうなの!へ~、そうなんだ!」

 

 

まさかさっきの話を盗み聞きしていたとは言えず、咄嗟に知らなかったように装う千棘。

 

 

「せめて私も何かお力になれれば…、と思っていたのですが、厳しいようですね」

 

「鶫…」

 

 

こんな時でもファルカノのことを心配している、そんな彼女の誠実さ、献身ぶりに心が痛くなってしまう。

 

 

「写真…見せて貰ってないの?」

 

「一体何の話ですか?写真とは…」

 

 

本当に何も知らないそぶりの鶫、それを見て千棘は溜息を吐いた。

 

 

「やっぱり見せてないんじゃないの、あのチョンマゲ!!話長いくせに肝心なこと話さないんだから!!」

 

 

一人で勝手に呆れて怒り出す千棘を見て、鶫は訳が分からなかった。

鶫の両肩をガシッとつかむと千棘は真っ直ぐ鶫と目線を合わせた。

 

 

「鶫、落ち着いて聞いてね、今度はごまかさないから」

 

「は、はい…」

 

「あのお兄さんね、18年前に家族で撮った写真持ってたの。家族写真を」

 

「そうなんですか」

 

「…そうなの。それでね、その写真に写ってるお母さんがあんたにそっくりなの」

 

「ええ!?」

 

 

驚きを隠せない鶫、それに千棘はさらに畳みかける。

 

 

「だからね、ホントに滅茶苦茶なこと言ってると思うんだけど、…あのお兄さんの探してる妹さんってあんたじゃないかって思ってるの」

 

「ファルカノ殿が…私の………」

 

 

鶫は言葉を失い呆然としていたが、口角を引きつらせながら慌てて頭を振った。

 

 

「じょ、冗談はやめてください、私が家族のことを夢に見た話をしたからって…そんな話は出来すぎです」

 

「うん、そうだよね…、確かにそうかもしれない。でも偶然だとは思えなかったの」

 

「そんな…」

 

「楽にお兄さんと連絡とれるように言っといたから、また都合が合えば会えるようにしましょ!鶫が合いたくないならもう会わなくていいようにするから」

 

「そんな…お手を煩わせるようなマネは…」

 

「何言ってるのよ、友達でしょ!よし、早速楽に電話して今後の予定を聞いときましょ」

 

 

言うが早いか千棘はケータイを取り出しアドレス帳の楽の番号をタップした。

屋敷の廊下にコール音が静かに響く、そんな様子を見て鶫も“失礼します”と小声で呟いて千棘のケータイに自身も小耳をそっと添えた。

 

 

『もしもし、千棘か?』

 

「あ、楽、ごめんね。今大丈夫?」

 

『大丈夫だぞ、俺の方からも電話するつもりだったし』

 

「そっか、今日はありがとね」

 

『気にすんなよ、いつものことだろ』

 

「うん、それであのお兄さんのことなんだけど…」

 

「一条楽!!お前も知っていたのか!?あの方が探している家族が私だということに…」

 

『「鶫!?」』

 

 

待ちきれずに声を荒げた鶫に千棘も電話越しの楽も驚いた。

 

 

『ああ、正直半信半疑だったけどな。ゴメンな、結果的に隠すようなマネしちゃって』

 

「まぁそれを言ってもしょうがないが…、また会えるのか?あの方に」

 

「そうよ楽、それ聞きたかったの!鶫にももうあんまり無茶させたくないの」

 

「お嬢、無茶なことだなんて私は…」

 

『あ~、その件なんだけどな…』

 

「何よ、まさか連絡先聞きそびれたんじゃないでしょうね!?」

 

「もう日本から出られたのか!?」

 

 

通話口から流れる二人分の大声を捌きながら楽は辟易した様子で答える。

 

 

『違うよ。あの人な、しばらく日本で家族のこと探さなきゃいけないしもう少し居ることにしたんだって』

 

「…そうなのか」

 

 

ホッと胸をなでおろす鶫、だが次の楽からの一言でその安堵は驚愕に一変することになる。

 

 

『それで情報収集も兼ねてこの街で働くことにしたんだ、短期間だけど』

 

「働くぅ?一体何処でよ!?」

 

『………』

 

「早く言いなさいよ!!」

 

『それが…』

 

 

 

 

 

凡矢理高校(うちのガッコ)の用務員…なんだ』




ちなみに千棘がファルカノの事を“お兄さん”って呼んでるのはちょっと照れくさがってるからです。(だからどうした)



次回もよろしくお願いします!!
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