千棘達に先んじてファルカノの行き先を断じていた楽と小咲は最寄りのバス停から凡矢理神社へと向かっていた。
「今年の正月以来だな」
「初詣に来たり巫女さんのアルバイトしたり…、いろいろあったよね」
鳥居をくぐって境内に入ろうとしたその時、小咲がふと足を止めた。それに気づき楽が声をかける。
「………」
「…小野寺?どうかしたのか?」
「…!?ううん、なんでもないよ。それより千棘ちゃんに連絡は?」
「さっきメールしたら向こうもこっちに来てるって返信が来た、あっちもどっかで聞いたみたいだな」
「そっか、それにしても…、休日なのにあんまり人いないんだね」
行事毎以外ではそれほど騒がしくはないが、特に今日は境内に人の気配が無く不気味な静けさが漂っていた。
特に気にせず入ろうとする楽に続く小咲、二人とも入り口近くの至る所に張られたお札には気がつかなかった。
(…なんだろう、息がしづらくて…ゾワゾワする)
「とりあえず入ろうぜ、ここで話聞くっつったらやっぱあの人しかいないか…」
「神主さんだね」
「あの人苦手なんだよな…」
参道を並んで歩く楽と小咲、足取り軽く進んでいる楽とは対照的に小咲はどこか足取りが重く額に汗を浮かべ軽く息を切らしていた。
「小野寺!?どこか具合でも悪いのか!?」
「ハァ…、ハァ…ごめんね、何だか急に…、疲れちゃったのかな…」
「悪い、俺があっちこっち連れ回したりしたから…、社務所の近くにベンチがあるからそこで休もう。歩けるか?」
「…うん」
楽は小咲を連れて、境内を進み目的地である社務所を目指す。
着いた楽はとりあえず小咲をベンチに座らせ、近くの自販機に飲み物を買いに行った。
残された小咲は顔色を青くし、胸元をギュッと押さえ全身に走る悪寒を堪えていた。
そんな小咲の元に、社務所から見慣れた人影が現れた。
「おや、いつかのベイビー達じゃないか」
「…神主さん、ご無沙汰してます。…ハァ」
「よく来たねと言いたいところだが…、今日は生憎日柄が悪いねぇ」
「…?」
「悪いことは言わない、早く帰りな」
額の汗をハンカチで拭う小咲に神主はやや疲れた顔で言う、そこに飲み物を買ってきた楽が戻ってきた。
「お待たせ、温かいお茶買ってきた…、あ、神主さん、お久しぶりです」
「それ飲んだら早く帰るんだよ、ベイビー達」
「どうかしたんですか?」
「どうしたもこうしたも…、ここら一帯…、いやそれどころか市外まで巻き込んで霊的磁場が乱れに乱れているんだよ。こんな小さな神社に数え切れないほどの地縛霊や怨念が集まってきてるんだよ、こんなの数百年に一度あるかないかの現象だ。歳はとっとくもんだね」
神主は腕のいい霊媒師である、その神主がここまで焦っているということはよっぽどの事態であると思われる。
「な、なんでそんなことに…」
「チリも積もればなんて言うけどね、なにかに突き動かされるように一気に動き出したのさ」
「何か…って、なんすか!?」
「今朝、変な男がやってきたのさ」
“男”というワードに楽は目を見開いた。
「ふらっとやってきては境内を物珍しそうに見てたんだ、それだけならよくある外国人観光客なんだがね」
「それって…、髪が長めで後ろに纏めた」
「そう、筋肉質な男でね、知り合いかい?」
「知り合いっつーか…」
「その男の通った後に尋常じゃ無いほどの悪霊や邪気が入り込んできてね、ありゃぁよっぽどの取り憑かれ体質だね」
「で、その人はまだいるんですか?」
「ああ、あんな取り憑かれまくった男を霊験あらかたなこの神社から出すとどうなるか分からないからね、適当に仕事押しつけて居残ってて貰ってるんだ」
ファルカノの行き先を探し当ててやってきたのに、えらいことになったもんだと楽は周りを見渡す。
すると進んできた方向とは逆からお探しの男の人影が見えてきた。
「お~い、バーさん!片付け終わったぞ、まだ何かやることあんのか…あれ?お前、ラクじゃねぇか」
「ファルカノさん!!捜してたんだよ。…なにその格好」
現れたのはファルカノだった、クセのある長髪を昨日より低い位置で纏め、全面にラーメンの絵が描かれ、背中に“完食御礼”と書かれた黒いTシャツを着ていた。
ネタTシャツのようだが妙に様になってるのが浮かれた外国人観光客みたいなのが面白く、楽は口角を引き攣らせた。
「俺を?ってオイオイ、昨日の今日でちがう女の子連れてんのか。進んでんなぁ~」
「あ、いや、これはあの…」
からかうようにニヤけたファルカノに慌てて言葉を取り繕おうとし、小咲の方を向いた。
「ああ、そうだ、紹介しようか。小野寺、この人が…、小野寺!?」
小咲は青白い顔で俯いて一言も喋らずぐったりとし、手からは先ほど楽から受け取ったペットボトルのお茶が滑り落ち地面を濡らした。
「……ハァ……ハァ……」
「小野寺?しっかりしろって、一体何で…」
「いけないね、あぶれた霊気にあてられたか!すぐに祓ってやる、ちょっと待ってな」
神主は何か道具が必要なのか一度社務所に戻っていった。楽はどうしていいか分からず小咲の背中をさすったり声をかけている。
「小野寺…、なんでこんな…」
「ラク、この子は持病か?よくこうなってるのか?」
「いや、こんなの初めてだよ。見たことないし…」
「よし、ちょっと見せてみろ」
言うや否やファルカノは小咲の前で片膝をついてポケットから十字架のネックレスを取り出し自身の首に掛けた。
「ちょ…何するんだよ」
「いいから、黙って見てろ。君、これ見えるか?」
ネックレスを握って十字を切ると、小咲の目の前に左手の二指を目の前にさしだす。
小咲は顎を上げて精彩を欠いた瞳で前を見ると、力なくこくりと頷いた。
ファルカノは小咲の目の前で二指を左右に8の字に動かし、それを追うように小咲も自身の両目を動かす。
何巡目かの指の動きを急に変え左上に上げ小咲の目線をそこに誘導し、顔を上げた小咲の死角となった右手側から手を差しだし顔のすぐ側でフィンガースナップ、いわゆる指パッチンを鳴らした。
「………あれ?私…」
「小野寺!よくなったのか!?」
先ほどまで真っ青になっていた顔色はすっかり瑞々しさを取り戻し、目線もしっかりとしていた。
「一条君…、そうだ!私さっきまで…」
「急にぐったりしだして大変だったんだよ」
「息苦しくなって目の前が暗くなって…、あ、お茶こぼしちゃってゴメンね…」
「そんなのどうでもいいよ、無事で何よりだ。ありがとうファルカノさん。今のって一体」
安堵した表情から一転、ファルカノの方を向き直した楽。
当のファルカノも立ち上がり、一安心という表情を見せていた。
「そこのお嬢さんはまぁいわゆるパニック症状ってやつで、俺がやったのは軽い暗示みたいなもんだ」
「…あの、ありがとうございます。一条君、この人が話してた…?」
「ああ、この人がファルカノさん。やっと見つかったよ」
「俺を捜してたのか?…なんで?」
憮然とした表情を見せるファルカノ、よもや自分が捜されている立場だったとは考えていなかったようだ。
「…それなんだけどさ、あの、昨日の俺と一緒にいた千棘って女の子いたじゃん」
「ああ、いたな」
「あいつももうすぐ来るっていってたからさ、ちょっと待ってて貰っていいかな?大事な話があるんだ」
「急だな…、まぁいいけどさ。今更だけど、この娘も楽のお友達なのか?」
無理矢理納得したファルカノは興味を小咲に移し、当の小咲は目をパチクリさせた後慌てて先のトラブルで乱れた髪や襟元を直した。
「あ、あの…、小野寺小咲っていいます、さっきはありがとうございました」
「気にしなくていいよ、俺はファルカノ・エス・ペレグリ。ブラジル生まれの28歳、好きな恐竜はディアブロケラトプス、昨日食べたラーメンで一番気に入ったのは鶏白湯…」
「ああ、長くなるから自己紹介はみんな揃ってからにしよう」
「…そうか」
「待たせたねベイビー達、さぁお祓いの時間だよ…って!!もう元気になっとる!!」
項垂れて落ち込むファルカノ、そこに全身霊的な重装備で固めた神主が現れた。
顔色のよくなった小咲を見ると、よく分からないお札やら錫杖やらを振りまきながら派手なリアクションで驚いた。
「神主さん、すみませんもうよくなっちゃったみたいで…」
「信じられないね、一体何が…」
「まぁまぁ、じゃあ後はこのお嬢さんはバーさんに任しとこうか、よくわかんね―けど待たなきゃいけないんだろ?楽、ちょっとつきあえよ、おもしろいモン見つけたんだ」
「おもしろいモノ?」
ファルカノはパンと膝を叩いて立ち上がり、そのモノがある方を指さし楽を誘導する。
そして二人はその場から離れてしまい、後には小咲と神主が残された。
「ほんとにどうもないのかい?」
「はい…、さっきのファル…カノさん?って方のおかげで…」
「あの男、一体どんな手を…」
「でも…、まだこの神社ちょっと空気が悪いですよね…」
「ああ、知り合いの除霊師達に招集をかけてるところさね。これは長丁場になるかもしれないから、ベイビー達は早いところ出た方がいいね」
先ほどまでグロッキーだった小咲を窺っていた神主だが、なんともないような様子をみて安堵とファルカノへの疑念を見せた。
そこに小咲のケータイに千棘からのメッセージが着信したという軽快なメロディが流れた。
「千棘ちゃんだ!着いたんだって、一条君にも知らせてあげないと…」
立ち上がって周りをキョロキョロ見渡す小咲、視界には入らないところにいるのか見つからず態勢を変えようともう一度座り直す。
そのときだった
激しい突風とともに木々がバサバサと揺れ、一瞬体が浮き上がりそうに感じるほどの風と何かが怯えて逃げ出したかのような悲鳴が小咲と神主を叩いた。
グッと目をつむっていた小咲だったが、風が止んだのを感じたのを察知しゆっくりと瞼を開いた。
「大丈夫かい?」
「は、はい…、…あれ?」
神主に声をかけられ無事であると返事する小咲だが、何かを察知しハッと目を見開き顔を上げた。
◇◇◇
楽達に遅れること数分、千棘班も神社に到着していた。
「あ~あ、結局楽に先越されちゃった。つまんないの」
「ここに来るのも久しぶりだね~」
「でも前に来た時より少し空気が重くなってる…、気がするわ」
頭の後ろで手を組んで不貞腐れて参道を歩く千棘、その数歩後ろをるりと集が続いて歩く。
「ようやく誠士郎ちゃんのお兄様とご対面か~」
「ねぇ、舞子君」ヒソヒソ
「なに?るりちゃん」
「鶫さんのお兄さんのこと、ホントに信じてるの?」
「ううん、全然。るりちゃんもでしょ」
「それは…、そうだけど」
“まぁでも”と付け加えて集が言葉を続けた。
「楽はああ見えて他人
「だから?」
「きっとまた面白いことが起きる、絶対に」
「…そう」
ワクワクしながら話す集に、るりは呆れた顔を見せるのだった。
「二人とも~、早く~」
「あ、千棘ちゃんが呼んでるよ!早く行かなきゃ」
「ええ、……きゃっ」
歩調を早めたるりと集、そして千棘のもとに目も開けていられないような突風が襲った。
身を縮こませやり過ごそうとするが、一際小柄なるりは大きくのけ反り尻餅を突きそうになる。
「るりちゃん!」
ぐっと目をつぶって突風が過ぎるのを待つばかりだったが、しばらくして風が止んだのを感じて目を開くるり。
そこには心配そうな顔を見せる千棘と、自分の手を握って倒れないように引っ張っていた集が映った。
「るりちゃん、大丈夫?」
「すごい風だったね…」
「え、ええ…、それよりいつまで握ってるのかしら?」
「ん?ああ、無事でよかったよ」
るりは集の手を振って払い、フンと息をならした。
「…あら?」
「どうしたの?るりちゃん」
「…気のせいかしら、なんだか息が軽くなったような…」
「…そうなの?」
るりの懸念をよそに、気を取り直して進んでいくと社務所が見えてきてそこにいた小咲と神主が視界に飛び込んできた。
同じように小咲も千棘たちが目に映り、手を振りながらこちらに駆け出してきた。
「千棘ちゃ~ん」
「小咲ちゃん、暫くぶり~」
「さっきすごい風吹いてたよね」
「うん、そっち大丈夫だった?」
手を取って喜び合う二人、そこにるりが声をかけた。
「それで?件のお兄さんはどこにいるのかしら」
「ああ、そうだった」
「そういえば楽もいないね」
「あ、うん、それがね…」
三人の矢継早な質問に慌てながら答える小咲。
「二人ともこっちにいるよ、案内するね」
道案内をかって出た小咲に先導され四人は神社の参道を外れ、奥の方へと進んでいく。
するとそこには…
「ぃよし、来い!!」
「おらぁああ!!」
神社備え付けの土俵の上で裸足になってがっぷり四つを組んでいる楽とファルカノの姿があった。
前話の刑事ドラマみたいな謎解きパートは龍が如くの実況動画を見て思いつきました。
それだけ。
次回、第六話『土俵の戦士』