こっちが正しい分です、何事も予定通りにはいかないものです。
え、予告?知らないなぁ…
相撲
それは日本に古代以前より伝わる庶民の祭りである。
天下泰平・子孫繁栄・五穀豊穣を願う儀式であり、現在ではスポーツとして国際的に認知されている神事である。
その競技場となるのが土俵である、中央に二本の仕切りが敷かれた直径4.55メートルの円で力士達は火花を散らしあうのである。
かつては多くのお寺や学校などに設けられていたが、近年ではあまり見かけなくなった。
そしてそんな土俵を見下ろす男が二人、楽とファルカノである。
「これってあれだろ?スモウで使うドヒョウってやつ」
「まぁ…、そうですけど…。この神社にこんなのあったんだ…」
面白そうなオモチャを見つけた子供のような顔で楽に話しかけるファルカノ、楽は何となく察したのか疲れた顔をしていた。
「つーわけでよ、スモウしようぜスモウ」
「子供かアンタは!!」
楽のツッコミを聞き流しながら、ファルカノはTシャツの肩を捲り逞しい上腕筋を露わにすると肩をグルグル回しながら土俵に入ろうとする。が、それを楽が慌てて止めた。
「ちょっと待った!土足はダメだって、確か」
「そうなのか?じゃあしょうがないな…」
一旦下がると履き古したスニーカーと靴下を脱いで、裸足になるとジーンズの裾をめくり土俵に改めて上がる
「よーし!これでOK、さぁやろう!」
「………ハァ」
ニッコニコの笑顔で振り返るファルカノに楽は言い返すことが出来ず、渋々裸足になり土俵に上がる。
二本の仕切りをまたいで向かい合う二人、楽は改めて正面のファルカノをまじまじと見つめた。
(しっかし、ホントにすごい体してるな…)
外国出身の身の丈188㎝の体は自身の頭ひとつ、いやふたつ分大きく見上げる形で相対している。相撲はあまり詳しくない楽だが、ふと思い出したことがあった。
「あ、そうだ」
「なんだよ、まだ何かあんのか?」、
「相撲やるときは四股
「なんだそれ」
四股、または醜足
ケータイから情報を得た楽から教わったファルカノは、立ったまま両足を肩幅より広げて股を割り片足に体重をのせ反対の足を浮かせ、それを地面に下ろす。
それを数度繰り返すのが四股である、鍛えられた体のファルカノは股を180度開き片足を天高く直角に突き上げる。
ケータイを土俵の外に置き直した楽が見たのはそんな光景だった。
「こんなんでいいのか~?」
「いいんじゃないすか~」
「わかった~」
(そういえば…)
ケータイで情報を見たときに興味深い一文があるのを楽は思い出した。
古来四股を踏むことは“邪気を払い、大地を踏み鎮める”という意味を持つ、とあった。
この男は先程、小咲があてられた霊気(神主談)をいとも容易く祓ってみせた。そんな男が邪気を払うなどという神事を行なえば一体どうなってしまうのか?
(なんて…、考え過ぎか)
苦笑を漏らし、伏せていた顔を上げた楽の目には数秒間滞空させていた片足を今まさに下ろさんとするファルカノの姿が写る。
その片足が地面についた瞬間、楽は我が目を疑う光景に出くわすことになった。
ドン!と勢いよく地面に足が叩きつけられた瞬間、土俵を伝って地面越しに得体の知れない衝撃が自身の足下から頭の天辺まで届き脳髄を緩やかに揺さぶった。
予期せぬ一時的な覚醒を促された楽の脳は普段とはちがうモノの可視化を許した。
(なんだ…あれ…)
両足を地面につけ腰を深く落とした姿勢のファルカノの後ろに、揺らいだ景色に混ざって黒い影のようなモノが見える。
ここで楽は先程神主が言っていた“霊的磁場が乱れて、霊が集まっている”という言葉を思い出した。
この黒い影の正体が神社に集まった霊だというのなら、影が
影達は金縛りにあったように身じろぎ一つせず怯えたような目を向けていた、目の前でゆ~っくり片足を上げるファルカノに。
(目の前の景色がスローになるって…、ホントにあったんだな)
ファルカノがゆっくり動いていたのではなく、脳が極限状態を感じ受容器官をフル稼働させたのである。
その結果、聞こえてくる周りの木々のざわめきや目に写る景色が脳が処理しきれる限界まで引き延ばされたのだった。
(あ…、目と耳がもとに戻ってきた…)
体を張った荒事に慣れていない楽にはほんの数秒間の出来事であった。もとの日常にあわせたレベルまで目と耳が引き戻されたが、本当に驚くのはこれからだった。
視界が元に戻る際、最後に写ったのは天高く上げていた反対の足を、今一度地面に叩きつけるファルカノの姿。
そしてファルカノの後ろの影達が血相変えて逃げだそうとする姿だった。
“ズドン!!”という音とともに土俵を起点に衝撃が放射状に広がりそれは神社一帯にまで広がった。
二度目で要領を得たのか、一度目よりもキレも勢いも鋭くその真っ直中にいた楽は全身を気のようなモノで全力で叩きつけられるのを感じた。
「う、うわあああぁぁ!!」
大きく仰け反った楽は、土俵の段差から足がはみ出てよろけた末に転んで土俵の外で尻餅をついた。
「痛てて、…なんだあれ?」
尻餅をついてそのまま仰向けになり空を仰いだ楽は、言葉に出来ない歓喜の声が地面から聞こえてくるのとともに、澱んだ空が澄んでいくのを目に焼き付けた。
「お~い!そんな決まり手ないだろ、ハッキヨイしてないのに」
「あ、すんません…」
倒れた自身の顔を覗き込んできたファルカノの差し出した手を掴んで楽は立ち上がった。
(この人ホントに四股踏んで邪気払っちゃったよ…)
息苦しさから開放されるのを感じるのと同時に目の前の男に得体の知れない頼もしさと凄味を感じる楽だった。
当のファルカノがウズウズした顔で土俵の上で待っていたのを見て、あれこれ考えていた頭の中を取っ払って改めて土俵に入り直した。
「おっしゃ!やろうぜファルカノさん」
「へへ、ノリノリだな」
仕切りを挟んで向き合う二人、ファルカノは腰を落とし片手を土俵につけた。
「ハッキヨイはどっちが言うんだ?」
「相撲は両者の合意で取り組むからハッキヨイは開始の合図じゃないんですよ」
「そうなのか!?難しいな~、俺はいつでもいいからタイミングはそっちに任せるな」
(まぁまともにいって勝ち目は無いな…、とりあえず当たってまわしとるか、ベルトだけど)
開始のタイミングを譲られ、漠然と戦法を編みながら楽も腰を落とし片手を土俵につけもう片方もゆっくり土俵に近づける。
(………今だ!!)
「………!!」
両手を土俵につけて、ファルカノの胸に飛び込んだ楽。
元々勝ち目は薄かったが、この際勢いよくぶつかる事にしたのだった。
(か、固ぇ~、なんだこの体…、岩かよ!!)
薄手のTシャツ越しに頭から胸元にぶつかりがっぷり四つを組んだが、ファルカノは腰を落としたままベルトを掴まれても微動だにしなかった。
押しても引いてもびくともせず、その場に足跡を多く残すのみだった。
何よりその筋肉の頑強さに面食らっていた。
「なかなかいい当たりだが…、それじゃ足りないな」
「………うわっ!」
勢いよく片足を引いたことで楽はバランスを崩し、その隙にまわし(ベルト)を掴み後ろに投げそのまま両手を土俵につかせ黒星となった。
決まり手:波離間投げ
「くっそ~、もう一本頼むよ」
「おう、いいぞ」
仕切り直し、再び四つを組むが今度は自身が完全にまわしをつかまれ、軽く横に投げられ上手投げを決められた。
決まり手:上手投げ
「まだまだ!!」
「よし来い!!」
決まり手:上手出し投げ
「今度はこうして…」
「うぉっ!!」
「やった!初白星」
「やるな…」
決まり手:引き落とし
「もう一丁!」
「よっしゃ!」
「「うおおぉぁ~!!」」
◇◇◇
(こんな風に疲れるまで遊んだのって、何年振りかな…)
気がつけば合図も仕切り直しも忘れ、いつしかぶつかり稽古のように投げられては立ち上がり、立ち上がっては取り組み、取り組んでは転ばされを繰り返し二人して汗まみれになって肩で息をしながら土俵に座り込んでいた。
「ハァ…ハァ…、強いスね、ファルカノさん」
「まぁ色々と体使う仕事してるんでな」
楽は目の前の大きな子供のような男を見ながら昔に思い出していた。
思えば幼い頃から色んな人間に気を遣われてきた、その上自分の生来のお節介やきの性分で周りに気を配って生きてきた。
頼れる人間がいなかったわけではない、幼少の頃から若頭の竜を始めとする家の組員達も当時から姉代わりだった羽も常に自分の事を見ていてくれていた。
はじめのころは子供なりに一生懸命だった、何をやっても大袈裟に褒められ充足感を与えられてきた。だがそれは自分が組長の息子であるからに他ならないことを毎度痛感させられてきた。
組員以外の人達もそうだった、同級生や上級生も最初は対等に遊んでいたが自分の素性を知れば距離を置かれ腫れ物のように扱われてきた。
(今思えば…、小さい頃から窮屈だったな)
中学、高校と進学を重ねるにつれ自身も社会性を身につけそれなりの“振る舞い方”を心得て来た。
きっと周りの人間も同じようなモノだったんだろう、自分の場合はそれがすこし特殊で他人より早かっただけだった。
高校生になってクセの強い女の子達に振り回され退屈してるヒマもないほど慌ただしい毎日を送っている内にそんなことを考える必要もなくなった。
きっとこれが“大人になる”ということだったのだろう。
(そう考えるとホント変な人だよな、この人)
昨日行き倒れから助けた男が、次の日何も知らない自分をいきなり相撲に誘ってきてこうして土俵の上で肌と肌をぶつけ合うこととなった。
そんな子供のような純粋で無軌道で、尚且つ絶対的な壁のようなファルカノの様子が、楽にはどうしようもなく楽しくて可笑しかった。
まるで昔に還ったかのようで。
「フ、フフッ、アハハハハ」
たまらなく笑いがもれた、楽は子供のように笑っていた。
「何だ?そんなに楽しいか?」
「いや、何だか小さい頃に戻ったみたいでさ」
「小さい頃?」
「こんな風に遊ぶのも久しぶりだなって思ったんだよ」
土俵を指でなぞって変な絵を描いていたファルカノが苦笑しながら楽の方を見る。
楽は疲れを見せているが充実した顔をしていた。
「よっしゃ、もう一本とろうぜ」
「いいですよ、ファルカノさんの動きは見切ったからもう負けないぞ」
「その言葉そっくりそのまま返してやるぜ」
仕切りを挟んで腰を落とし向き合う二人、どちらからともなく向かいがっぷり四つを組む。
ファルカノはどちらかというと楽しんでいる雰囲気だったが、楽は真剣だった。
「ぃよし、来い!!」
「おらぁああ!!」
まるで子供のように遊ぶ二人だった、そこに…
「…アンタたち、ナニやってんの?」
千棘達四人が合流したのだった。
◇◇◇
体に付いた土を払いながら乱れた服を直したファルカノは、社務所内へと案内された。
やけにニコニコした神主にお茶を勧められ一同は座卓を囲み、改めて顔を合わせることとなった。
一通り自己紹介が済んだ後。
「…で、俺に用って一体何だい?」
「え~っと…、それが…妹さんの事なんだけど」
「妹?」
湯気の立つお茶を啜りながら話を聞く目の前のラテン系の男の佇まいを初顔合わせのるり、小咲、集の三人は眺めていた。
(この人が鶫さんのお兄さん?部族の戦士に見えたわ…)
(どう見てもカタギに見えないよね~…)
(さっき助けてくれたし…、悪い人には見えないけど)
そんな視線を向けられている事を知ってか知らずか、ファルカノは前に座っている楽と千棘の方を向いて話を聞いていた。
「俺の妹?心当たりがあるのか!!」
目ン玉ひん向いて驚くファルカノ、楽と千棘はゴクリと息を呑んだ。
「昨日…、女の子を助けたじゃないですか?」
「あぁ、二人な」
((やっぱり気づいてない…))
「その内の年上のほうの…、いたじゃないですか?」
「君らと同じ年頃の、リボンつけてた娘?」
「そうそう」
「その娘がどうしたんだよ」
真意は読めないが、昨日会ったはずの鶫が自分の義母と義妹の面影を残している事に気づいていないファルカノ。
そこに業を煮やした千棘がバンと座卓に手をついて腰を上げた。
「だ~か~ら!その娘がお兄さんの探してる妹さんじゃないかって、私たちは考えてるの!!」
「おい千棘」
語気を荒げる千棘を諫める楽。
「ちょ、ちょっと待ってくれよ。あの娘が俺の
「あれは!目に砂が入ったから閉じてただけなの、あの娘は私たちのクラスメートでその…親の顔を知らない女の子なの!!あなたの探してる義妹さんに条件がピッタリ当てはまってるの!!」
「そうなのか?…じゃあなんで昨日知らないって…」
「それは…」
勢いを失いしどろもどろする千棘に代わり楽が会話を続けた。
「俺が変わるよ。ファルカノさん、ゴメン、先に謝っときます。さすがに昨日会ったばかりのアンタに全部言うのはさすがに躊躇ったんだ」
楽の言うことも尤もであった、楽たちにとって鶫は単なる友達という括りでは到底図れない、大事な存在であった。
「まぁ、そりゃごもっともだが…、じゃあ俺は昨日もう会ってたってのか…」
「そうなんだよ、でもファルカノさんは昨日助けてくれたからさ、その…信じてもいいんじゃないかって」
「それで、休日返上で俺を探して回ってたってワケ?」
「俺たちも…その、ファルカノさんが悪い人じゃないってわかったっつーか、助けてもらった礼っつーか。とりあえず会ってもらってもいいんじゃないかって思ってさ」
「…そうか、…ありがてーな」
ファルカノは座ったまま座卓に肘をつき大きな手のひらで顔を覆うように俯いた。
楽に会話のタイミングを譲ったままだった千棘が立ち上がり、声を張り上げた。
「よ~し、善は急げ!よ。早く行きましょ」
「そうだな」
「行くってどこにだ?」
「会いに行くに決まってるでしょーが!!察しが悪いわね!!」
「おい千棘!!」
ファルカノにキレかけた千棘だったが、そこに待ったをかける者がいた。
「ねぇ、ちょっと待って欲しいんだけど」
「宮本?どうしたんだ」
「その妹さんのご家族の写真、是非私たちも見せて貰いたいの」
「る、るりちゃん!ダメだよ、そんないきなり」
「俺たちまだ見てないからね~」
「まぁ、見る分には構わないけど…」
立ち上がったるりの突然の申しつけに集も続いた、小咲は止めたがそれを見てファルカノは面食らった面持ちでポケットからパスケースを取り出しるりに渡した。
「見てる間にトイレ行ってきていいか」
「またトイレすか…、部屋出ると案内あるからそれ見たら分かるよ」
「オッケー」
障子をピシャリと閉め、ファルカノが出て行った後には残った五人が座卓に顔をつきあわせて真ん中の写真を見下ろしていた。
「あのなぁ、あんまり野次馬根性出しておもしろがるんじゃねーぞ」
「そうだよるりちゃん、あんなタイミングで言ったらまるで疑ってるみたい…」
楽はジト目になってるりと集に苦言を唱え、小咲もそれに続いた。
「一条君は随分入れ込んでるみたいだけど、悪いけど私はまだ信じてないから」
「宮本…?何言ってるんだよ…」
「るりちゃん…」
「まぁ確かに、判断材料には欠けるよね~」
茶化すような集の言葉を皮切りに、一同の間に冷たい空気が流れた。
「さっきから聞いてると一条君は気のいいお友達ができたように思ってるみたいだけど、ちゃんとあのお兄さんのこと知ってるの?」
「うぐ…、それは…まだこれから…」
「まさか一緒に相撲とったくらいで全面的に信じきってるんじゃないでしょうね」
「だから…、それこそ写真とか見ていろいろ判断していこうってことなわけで…」
「捨てられたペットを拾うような感覚で厄介事に首突っ込むのは勝手だけど、あなたの自己満足に鶫さんを巻き込んでるの、分かってる?」
「………ッ!!」
「るりちゃん!!言い過ぎだよ!!」
「待って!」
るりに一方的に言い詰められうまく言い返せない楽、雰囲気は険悪だったがそこに千棘が割って入った。
「…ゴメンねるりちゃん、心配してくれてありがとう」
「千棘…」
「鶫を会わせてあげたいっていうのはあたしも言い出したことだから、あんまり楽を責めないで」
「…いえ、ごめんなさい。私も言い過ぎたわ」
我に返って頭を冷やしたるりは素直に頭を下げた。
「鶫さんは大事な友達だから、ちょっと神経質だったみたい」
「うん、分かってる。大丈夫よ、何かあっても鶫はそんなにヤワじゃないから。それに…」
「それに?」
「そのときはちゃんと助けてあげるんでしょ?楽」
「お、おう!任しとけ」
「とかいって、さっきは投げられまくってたんじゃな~い?」
「それは…、まぁそうだけど…」
再び和やかな空気が戻った瞬間だった。
◇◇◇
「………………」
社務所内のトイレに行くために部屋を出たファルカノだったが、障子を閉めた後トイレに行かず廊下の角を曲がったところで壁に背中を預けもたれながら室内の会話に耳を澄ませていた。
「…私はまだ信じてないから…」
「…何言ってるんだよ…」
「…判断材料には欠けるよね~…」
「…言い過ぎだよ…」
「…心配してくれてありがとう…」
「…大事な友達だから…」
「任しとけ」
黙って聞いていたファルカノだったが、嬉しそうな顔を浮かべて笑うように鼻息を鳴らし、
「………ありがてーな」
それだけ呟いて今度こそトイレへ向かったのだった。
ファルカノがトイレから出てきてすぐ、ファルカノに神主の老婆が声をかけてきた。
「お主!!」
「うぉ!なんだバーさん、どうした!?」
「この神社で宮司
「いや、ならねーよ!!」
「お主ならいい仕事が出来るよ」
「ならねーって!俺はキリストに仕える身だっつーの!!」
謎のスカウトを受けていた。
次回、第七話『あのコを待て!』
近日公開。