多忙&スランプで遅々として筆が進まず、時間がかかってしまいました。
UA5200越え、お気に入り72件ありがとうございます。
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ゆっくりですが頑張りたいと思います。
鶫は千棘からの連絡を待っていた。
昨夜の千棘の“会って欲しい人がいる”という言葉を受けて相手が誰かは敢えて聞かずに承諾し当日は千棘に連絡を受けてすぐに動けるよう街中で時間をつぶしていた。
「私に会わせたい方、一体誰…?」
「ねーねー」
「………?」
考えを巡らせながら歩いていると背後から聞き慣れない声が自分に掛けられるのとともに小さな手に自身の袖を引っ張られ、足を止めた。
「きのうのおねーちゃん!」
「貴方は…」
声を掛けてきたのは、昨日自分が助けた少女だった。
少女の母親も後から数歩遅れてやってきて、目に涙を溜めて頭を下げた。
「昨日はうちの子を助けて頂いて、ありがとうございました。なんとお礼を言えばいいか」
「いえ、私はそんな…、頭を上げて下さい」
ハンカチで目尻を拭い、顔を上げる母親。少女を側に立たせ、愛おしそうに頭を撫でる。
「あなたがいなかったら、この子はどうなっていたか。あなたは命の恩人よ。ほら、お礼を言って」
「うん!おねーちゃん、きのうはたすけてくれてありがとう」
当人としても色々言いたいことはあったが、少女の純粋な瞳を見て言葉を飲み込みその代わりに膝を曲げ少女と目を合わせ…
「…どういたしまして」
優しく微笑んだのだった。
「それでは、私たちはこれで…」
「ばいばい、おねーちゃん」
大きく手を振る少女と会釈して去っていく母親を、鶫は小さく手を振りながら見送る。
二人が見えなくなったところで手を止め、静かに手を降ろした。
「私は…私には礼を言われる資格なんて…無いのに…」
さっきの母親は自分が少女を助けた命の恩人といっていたが、事実は必ずしもそうでは無かった。
少女を助けるために最初に動き出したのは確かに鶫自身だったが、事態の大きさを測り損ね少女を自身もろともまた別の危険にまきこんでしまった。
それを思い出したせいか、幾分か治まったはずの昨日痛めた足首がチクリと痛んだ。
「何も出来てはいない…、そればかりか危険な目に遭わせてしまった。なのに…」
そんな折にふと思い出したのがそんな二人を助け出した男、自分はその男に満足に礼も言えてはいなかった。
優れた判断と迅速な行動で窮地を脱し、顔を拝むことは出来なかったが自分と少女を軽々と担ぎ上げた男の逞しい腕と厚い胸板が頭をよぎった。
「………」
心臓がドキドキと高鳴り、全身の血液が頭に集まったかと思うほど顔がカーっと熱くなってきた。
「あ、あんな風に男の人に抱きかかえられたことなんて今まで…。いや、済んだことを気にしてもしょ、しょうがないか」
ブンブンと頭を振って雑念を追っ払う鶫、過ぎたことを気にして職務を蔑ろにしていては本末転倒である。
「私もまだまだ鍛錬が足りないな!うん!」
自分の役目は護衛対象である千棘を守ること、そしてビーハイブの為に働くこと。
そう思っていた所に自身のケータイに着信が入った。
着信は千棘からだった。
『鶫?ゴメンね待たせちゃって』
「お嬢、とんでも無いです。今どちらにおられますか?」
『うん、それでね。今から学校の方に来て欲しいの』
「学校…ですか?」
『そう、鶫に会って欲しいって人も来るからなるべく早くね』
「了解しました、…それで私に会わせたい方とは…」
『あ~…、来てくれれば分かるから。宜しくね』
「はぁ、分かりました。それでは失礼します」
『ああ!ちょっと待って、前もって言っておかなきゃいけない事があるの』
通話を終えようとしていた鶫を、電話越しに慌てて千棘が引き留めた。
「なんでしょうか?」
『あのね………』
「……承知しました、すぐにお伺いします」
通話が切れたのを確認すると、ケータイをポケットに仕舞い込み一路、学校に向けて歩を進めた。
◇◇◇
「へぇ~、コサキも妹がいるのか。妹っていいもんだよな~」
「わかります!!私の妹もすっごく可愛くて~」
凡矢理高校の食堂に案内されたファルカノは、座席の椅子に腰掛け隣の小咲と“妹好き好きトーク”に華を咲かせていた。
一行は落ち着いて話せる場所…ということで、休日も飼育係の関係で出入りをすることが多い楽の伝手で凡矢理高校に立ち入りを許され、特別に食堂を開けて貰ったのだった。
精悍な外国人青年と清楚な女子高生という違和感たっぷりの二人組だが、お互い妹がいるということで話が盛り上がっていた。
「何か仲良くなってるみたい、あの二人」
「ふふ、るりちゃんも妹が欲しくなったりした?あんなの見ると」
「そういうわけじゃないけど…」
少し離れたところからそんな様子を見ていたるりと千棘。
当初、辛辣な目でファルカノを見ていたるりも今の様子を見て毒気を抜かれてしまい千棘もほっと一段落ついた様子を見せている。
その向かいに座っている集は、ケータイの画像フォルダを見てニヤけながら隣の楽に話しかけていた。
「にしても、誠士郎ちゃんの家族か~、改めてみるとホントによく似てるよね」
「お前…、さっきの写真撮っていたのかよ。他人のプライベートだぞ、ったく…」
「まぁまぁ、でもこの写真のお母様、今の誠士郎ちゃんと比べると表情が柔らかというか母性があるよね」
「…まぁ、子供産んだのもあるんじゃねーの?そこに写ってるし」
画像に写っている女の子を楽が指さす。
「その女の子。鶫さんも小さい頃こんな風だったのかしら?」
「千棘はそうだって言ってたけど…、なぁ」
「3、4才くらいだったら私が物心ついた時…なん…だけど…、」
「…だけど?」
「それより前の鶫の写真あんまり無いのよ」
「………」
伏し目がちにもらした千棘の言葉に、その場にいた3人は一瞬で鶫の境遇を察し言葉を失った。
天涯孤独だった彼女はビーハイブの幹部のクロードに拾われた、だがそれは世間一般での真っ当な保護ではなくヒットマンとして教育するものである。
“そこにあるのは親愛の情ですか?”と聞かれて“はい、そうです”とは楽も千棘も首を縦に振ることは出来ないだろう。
それでもなお礼儀正しく品行方正に育ったのはひとえに彼女の人柄といえるだろう。
「クロードも鶫を拾った頃のこと聞いても“忘れた”とか“今忙しい”なんて言ってはぐらかすし、しつこく聞いたら私を使って聞き出そうとしたってことで鶫がもの凄く怒られちゃって、それ以来鶫もなんだかその話するのも嫌がるようになったの…」
いつしかヒソヒソと頭を突き合せ、4人で声が漏れないように周囲…というより離れたところで小咲と談笑してるファルカノに悟られないように気を配っていた。
「そんな事があったから、私もその話しないようにしてたんだけど、まさか今更家族が現れるなんて…」
「まぁ義理だけどな」
「そうだけど‼鶫に会わせてあげたいし、私も知りたいし」
「けど、鶫さんをあの人を合わせて、すんなりうまくいくかしらね?」
「小野寺とはうまくいってるみたいだけどね」
談笑しているファルカノと小咲を横目に流しつつ、集が茶化すようにボヤいた。
「にしても、この家族写真…いい写真だけど鶫がいないのが惜しいな」
「この時このお母さんのお腹の中なんだから、写ってないわけじゃないでしょ」
「そ、それもそうか…(迂闊だった)」
楽の失言にセンチな気分の千棘が辛辣に返す。
気まずい…そんな空気が流れる。
そこにフォローを入れたのはるりと集だった。
「まぁ、ここに鶫さんが生まれて写ってたらよく似た顔が三人ってことになってたのよね」
「このお母さんお若いからね、三姉妹でも違和感無いよね~」
「正直、母娘の方が不自然なんじゃない?ねぇ一条君」
「まぁその辺も含めて、聞けりゃあいいんだが…、あれ?」
頭を付き合わせて写真を見つめる四人、楽がふと何気なく頭を上げてファルカノの方に目線を向けるが当の本人が居なかった。
「居ない!?どこ行って…」
さっきまで座っていた場所から消えたファルカノを捜してキョロキョロする楽だった。
そんな楽とその隣の集の肩を、後ろに回り込んだファルカノがバシッと強かに叩いた。
「うおっ!!」
「痛ッ!!」
「義母
「後ろにいたのかよ…、脅かさないで下さいよ」
「ハッハッハ!悪い悪い、な~んかソワソワしちゃってさ!」
妙にテンションの高くなったファルカノにたじろぐ楽。
いつの間にか小咲もるりの隣に座っていた。
“ふむ”と顎に手を当てる素振りを見せたファルカノの次に発した言葉に一同は驚愕することとなる。
「…それもあるし、最初の子供産んだのが15の頃って言ってた」
「………」
「………」
「………」
「………」
「………?」
「「「「 1 5 歳 ! ? 」」」」
「お、おう…」
声を揃えて驚愕の声を上げる高校生5人組、その声に一瞬気圧されたファルカノ。
「まぁ、若く見えるというより普通に若いんだな。これが」
思い返したようにウンウン唸っている、それを見ながら周りの5人は面食らっていた。
「ということは、この写真のお母さんは…18歳!?」
「このお父さん、犯罪じゃないの?」
「私たちとほとんど変わらないね…」
「おまけにこの時もう1人おなかの中にいたのよね…」
人間の目とはゲンキンなもので、話を聞く前では同級生と同じ雰囲気だと思っていた画像に写った母親が少女のような可憐さから大人の女性が醸し出すある種の神々しささえ感じさせた。
「そんなに変な話だったか?」
「その…、そんなに若く子供産むのって日本じゃあんまり聞かないから…」
「日本でそれぐらいの年の子は大体就学してるし、その年で子供産むってあまり好ましくない場合が多いものね…」
るりの言うとおり日本ではローティーン、あるいはミドルティーンでの妊娠、出産というのはあまり歓迎される事象ではない。
一般常識からいうと就職して貯蓄や資産などの経済基盤を整え、所帯を持ってからのものとされることが通常である。
貞操観念の認識の甘さや生活環境の不備などで世間や周囲に白い目でみられることもある。
「悲しいこと言うなよ、命ってのはみな神に祝福されて産まれてくるモンだろ」
「「「「………」」」」
腑に落ちなさそうに鼻を鳴らすファルカノ、その表情からは決して軽くはないであろう経験と経歴が察せられる。
現代では十代で子を授かることは日本でも珍しいことではないが、現役高校生の楽達には同年代の女性の妊娠など馴染みのある話ではなくただただ面食らっていた。
ましてや自分たちより年下で出産したという事実が浮世離れ感をさらに加速させる。
「…どんなお母さんだったんですか?」
小咲が切り出した質問はそこにいた楽、集、るりも同様に感じていたものだった。
自分たちのクラスメイトの母親“かもしれない”女性と、その女性を娶った男性の話を聞いてその生き様が壮絶なものであっただろうことは想像に難しくなかった。
「………立派な人だったよ、俺に二度目の人生と名前をくれた」
思い返すは20年前、肌をジリジリと灼く南米の太陽の下で始まったファルカノの第二の人生。
傷ついた少年を保護したのは17歳の少女で一児の母親だった、その少女は異国の地で活動する医者の日本人と契りを結び家庭を持っていたのだった。
「あれ?ちょっと待って」
「…なんだ?」
不意にるりが待ったをかけた。
「写真を見る限りじゃこのお母さんも日本人なんじゃないの?、肌の色も白いし」
るりが疑問に思ったのは“異国の地で活動する”という一文だった。
「その国に来た人間と結婚したってことは元々現地に住んでた人なの?」
「おぉ~、ルリは頭が冴えるんだな」
「ッ! か、からかわないで!」
「確かお袋は4分の3日本人の血が入ったクォーターだっつってたな、国籍も名前も向こうに沿ったモンだけど」
面白そうな顔をするファルカノと顔を赤らめるるり。
しばらく考える素振りを見せたファルカノは、再び話を続けた。
「
「調査って、学者さんとか?」
「ああ、引っ越しとか拠点の移動が多い貧乏学者って言ってたからあんまり裕福じゃなかったみたいだが」
家族ごと移動しなければならなかったのだ、あまり強く出れる立場ではなかったのだろう。先ほどファルカノが言っていた、見た目が幼かった理由に合点がいき、楽達は黙って話を聞き続けた。
「そういう縁でお袋も小さいころから地理学の勉強をさせられてたんだ」
「ふぇ~、それじゃ医者と学者の夫婦ってやつですか」
「まぁそんなところ、尤もお袋は地質学より栽培学のほうが興味あったみたいだがな」
集の感嘆の声に相槌を打ってファルカノは話を続けた。
移動が多いせいで腰を据えた観察が出来ず、親と衝突することが多かったそうで少女は大変フラストレーションが溜まっていたそうだ。
そんな折、出会ったのが現地に派遣された医療チームにいた一人の日本人医師だった。
自分の知らないことや日本についてを詳しく知る男との出会いは少女にとってまさに宝箱のような存在だった。
小動物のように自分の周りをついてくる少女に、最初は困惑していた男だったが終いには根負けし限られた時間の中で少女の相手をするようになった。
どちらかというと男は少女を妹のように見ていたが、そんな二人の関係が劇的に変化したのは医師として働く男が過労で倒れたことだった。
少女は三日三晩付きっ切りで看病し男に寄り添い、献身的に介護をした。
そんな二人が心を通じ合わせ番となり、その愛の結晶を育むのはそれから数年後のことだった
「ってな具合で出会ったのがナレソメ」
「「素敵~」」
「何それ…」
「まるで少女漫画ね」
「ブラックコーヒー飲みたくなってきた」
壁に背中を預け遠い昔に思いを馳せるファルカノ。
彼の義両親の馴れ初めを聞いた千棘と小咲は目を輝かせ、残りの三人は顔をひきつらせた。
「ま、今更だけどホントにギリギリの世界で出会った人たちだったんだよな…」
実父の顔を知らない自分にとってたった一人の肉親だった最愛の母親が亡くなり、行き倒れになっていて今にも消えて無くなりそうになっていた自分の命の灯火を再び点してくれた女性。
おおらかで優しかった包容力と時折垣間見せた子供のような無邪気さを併せ持ったそんな女性、それが2番目の母親だった。
「あ~、でもな。結構子供っぽいところもあったんだぜ」
「子供っぽいって…、実際年齢的には…」
「朝早くから日が暮れるまでメシも食わないで一日中アリの巣眺めてる母親っていると思うか?」
「え?」
「町に買い物に行くたびにお店でオマケ貰って娘より喜んでる母親って見たことあるか?」
「それって、このお母さんが?」
「そうだ、それが俺の
「「「「………」」」」
母親のトンでもエピソードに楽達は開いた口が塞がらなかった。
そして5人で顔を見合わせると思わず苦笑が漏れた、日頃から凜としたクールビューティな鶫と母親(かもしれない人物)とのギャップに。
が、急にファルカノは黙り込んで窓の方を向いて遠い目で外の景色を眺めていた。
それに気づいた楽が声を掛ける、当の本人は…
「ファルカノさん?」
「ちょっと…」
「………?」
「家族のこと思い出してたら泣きそうになってきた…」
「えぇ…」
目を覆って俯くファルカノにかける言葉を無くした5人だった。
しみじみとした態度で外を眺めていたファルカノだったが、一転して力強い目を見せた。
「
男の熱弁はさらに続いた。
「世界で二番目にイイ女だった」
「イイ女って…」
「言い方はちょっとアレだけど」
「いいご家族だったんですね…」
「…あんなにいい家族だったのに、俺はな~んも恩返しが出来なかった」
苦笑する男の顔から垣間見える無念、後悔、怒り、やるせなさといった言葉に出来ない感情、そしてそれを見ていた楽達5人も気まずそうにファルカノから目線を逸らしていた。
大事なものは無くして初めて気づくというが、一度家族を喪った辛さや寂しさを知った男がもう一度孤独となって受けた悲しみとはもはや一体如何ほどのものなのか。
重苦しい空気がその場を覆ったが、そんな空気を打ち破るようにファルカノが声を張り上げた。
「ゴメンな、なんか湿っぽい話しちまって」
「そ、そんな顔しないでくださいよ」
「そうよ!それに」
「それに…、なんだ?」
立ち上がった千棘にファルカノが問いかけた。
千棘は目尻を下げ、慈しむように微笑んだ。
「…そのお話、もっと聞かせてあげなきゃいけないコがもうすぐここに来るから」
◇◇◇
「クロードさん、今いいですか?」
「なんだ、どうかしたのか?」
ビーハイブ本部、組員の一人が幹部のクロードに問いかけていた。
「集英組から連絡があったんですが、見慣れない外国人が街をうろついていたとかで…」
「何?」
「うちの組員じゃないのか、と聞かれまして…」
組員の報告にクロードは忌々しげに整えられた頭髪を掻き舌打ちした。
「チッ!!あのボンクラ共め、こっちの組員のリストは向こうに渡してるだろう。百回目を通してからもう一度聞けと言っておけ!!」
「はぁ、了解しました。一応似た特徴の組員に確認したんですが全員別件で出払っていて誰も該当しなかったようなんですが…」
「………」
仕事中の手を止め面を上げたクロード。
「ついでに聞いておくがその外国人の特徴は?」
「え~、黒髪のオールバックを後ろで束ねたラテン系、履き古したジーンズに同じく履き古したスニーカー、ラーメンでモメ事に関わっていた…とかで」
「そんな恰好の外国人ならいくらでもいるだろう」
「あと…狙ってかどうかは分からないのですが追跡を撒くのが異様に上手いそうです」
「…分かった、どのみち何かあったら集英組の責任になるが一応こっちでも注意喚起はしておこう」
それだけ言い残し、再び仕事に手を始めるのだった。
◇◇◇
食堂前にやってきた鶫。
(思ったより時間がかかった、お嬢たちをお待たせしてしまったな)
服装に乱れがないか、襟や袖を見直し息を整え…
ゆっくりと食堂の扉を開いた。
次回、第八話『君の名前』
今度こそ、本当に今度こそ…
お楽しみに!!