アウトプット能力を身に付けたい…
「遅くなりましたお嬢!」
閑散とした食堂内に鶫の声が響いた。
元々あまり利用することもなかったので平時はどのくらい混んでいるのか知らないが今日この時のために特別に開けてもらっているだけあってさすがに静かだった。
「鶫~!こっちこっち」
入り口から入ってすぐの角を曲がったところで椅子に座っていた千棘が立ち上がりブンブンと片手を振った。
そのまま千棘達の元に向かおうとしたが、一歩を踏み出す前にはたと足を止めた。
千棘が自分を呼んだ理由は自分に合わせたい人がいるから、そのためにここに来たのだった。
そして前を見ると椅子に座っているのは千棘に楽、小咲、るり、ついでに集、いつもの面々である。
見知った顔なら“会わせたい人”とは言わないはず…
「鶫?どうしたの急に立ち止まって」
「あのお嬢…、私に会わせたい方がいるとおっしゃっていましたがその方は今どこに…」
「ああ、その人ね。今ちょっと自販機にコーヒー買いに行ってる」
「…コーヒー?」
「“なんかノド渇いたな~、全員分俺が奢るからジャンケンで負けたヤツが買いにいくゲームしようぜ”って言って意気揚々とジャンケンに挑んだら一回目で一人負けしたの」
「…その方が私に会わせたいという方なん、…ッ!!」
ドンッ
「うぉっ!
拍子抜けしたような顔をした鶫だったが、その直後軽い衝撃と共に肩と後頭部に何かがぶつかったのを感じた。
痛みは無かったが頭からつま先までくまなく駆け抜けたその衝撃は鶫に危機感を抱かせるには十分だった。
「ッ!!」
「悪い、ケガねぇか?」
踵を返し鶫は即座に後ろを振り向いた。
反転した視界の先にいたのは、筋骨逞しい精悍な顔立ちのラテン系の男だった。
灼けた肌にクセのある黒髪を一本に纏め、両腕は大小様々な傷に覆われジーンズ越しの両足の逞しさも並のものではない。
先程自分はこの男のラーメンの絵が描かれたTシャツの向こうにある厚い胸板にぶつかったのだと鶫は瞬時に判断した。
ぶつかってもビクともしていないあたり体幹もしっかりと備わっているのだろう。
「………その顔…」
「……な」
自分の目をまっすぐ見てくる男の瞳に、鶫は体を強張らせた。
そして…。
「何者だキサマ!!」
声を張り上げた。
「………!?」
◇◇◇
「ちょ、ちょっと鶫!アンタ何言って…」
「お嬢は下がっていて下さい、このような得体の知れない男、接近に気づかなかったとは一生の不覚」
宥めようとする千棘もお構いなしに警戒心を剥き出しにする鶫。
相対してる得体の知れない男ことファルカノは何も言えなさそうな顔をしている。
「ねぇ一条君、あれちょっとまずくない?」
「あぁ…、そうだな…俺も行った方がいいかな」
ついでにそれを見ていた楽達4人も同じような顔をしていた。
「…なぁ、ちょっと落ち付けって…」
「………ッ」サッ
落ち着けるように缶を握った手を伸ばすファルカノ。
鶫はそれに思わず身構え、懐に仕舞い込んである銃に手を伸ばした。
「ちょぉぉおっとストーーーップ!!」
「お、お嬢!?一体何を…」
大声を出した千棘が二人の間に割り込み、懐に差し込まれた鶫の腕を両手で押さえ込んだ。
鶫は千棘が自分の方を止めたことに驚きを隠せない、そんな鶫に千棘はファルカノに届くか届かないかという声でこっそり耳打ちした。
「“何を”はこっちのセリフよ!!アンタこの人だれか覚えてないの?」
「…どなたですか?」
「昨日アンタを助けてくれた人じゃない!」
「…え、えええええーーーーー」
◇◇◇
「大変失礼致しましたーーー」
鶫は机に手をついて深深と頭を下げていた、命の恩人を不審者扱いして騒いでしまった自分の思慮の浅さ、恩を仇で返すとはこの事だと鶫は恥ずかしさと申し訳なさで真っ赤になっていた。
オマケに主である千棘やいつもの面々が見ていたことにもそれに拍車をかけた。
「もういいって、若いヤツの勘違いは笑って流すのが大人ってモンだ。頭あげなって」
対して向かいに座ったファルカノは陽気に笑い飛ばした。
「そういえば砂が舞ってちゃんと前も見えてなかったものね、まぁファルカノさんのナリ見たら驚くのも無理ないわ」
「お嬢…、いえ、私の失態です。命の恩人にあのような無礼を働いてしまうとは…」
自分を責める鶫、さすがにいたたまれなくなったのか楽が間を取り持った。
「まぁまぁ、お互い気にしないってことでもういいじゃないか。な、千棘」
「そうよ、楽の言うとおりだわ。それにこれからもっとビックリすることが待ってるんだから」
「はい…、そうですね。…ビックリすること?」
二人に慰められどうにか鶫はいつもの調子を取り戻しつつも、千棘の含みのある言い方に違和感を感じた。
そしてそんな鶫の様子をファルカノは感慨深く見つめていた。
「…なるほど…。その顔、コトヴィアの面影を感じる」
フルフルと震える動揺を隠せない手で缶コーヒーを握るファルカノがポツリと零したその言葉を楽は聞き逃さなかった。
(コトヴィアって、写真に写ってたお母さんのことだろうな…)
「それで…、私に会わせたかったというのはこの方で間違いないのですか?」
「うん、そうなの。あ、そうだ、この人自己紹介長いから私が代わりに言うわね、こちらファルカノさん、ブラジル出身の28歳」
「ファルカノ・エス・ペレグリだ、よろしく。ジェラートはスプーンで掬って食べる派だ」
千棘に紹介されて砕けた敬礼のようなポーズで挨拶するファルカノ、それを見て鶫は張ってた気が抜けたのかふっと頬をほころばせた。
「じゃぁ、次は鶫ね」
「はい、ご紹介に預かりました、鶫誠士郎と申します」
「…セイ…、…シロ…?」
聞き慣れない名前に言いにくそうな様子のファルカノ。
それを見た鶫や千棘は“あぁ、またか”といった顔を見せる。
育ての親のクロードにずっと男と思われて育てられた鶫は名乗った相手に戸惑われるのもよくあることだった。
小さい頃は女の子らしくないと笑われることもよくあった。
「…分かりにくい名前ですよね、漢字ではこう書きます」
そういって鶫はメモ帳にフルネームを書いて切り取りそれを差しだした。
受け取ったファルカノはそれをまじまじと眺めた。
「悪いな、漢字はあんまり詳しくないんだ…が…ふむ」
「すみません、あまり女性らしくない名前ですよね…」
「いや、いい名前じゃないか」
「え?」
鶫は目を見開いた、今までは大体名前と見た目のギャップに驚かれて気まずくなるという流ればかりだったが、名前を褒められるのは滅多にないことだった。
「この“誠”って漢字、ジダイゲキ好きな知り合いが言っていたぞ、何とかってサムライチームが来てる青いジャケットの背中に書かれてるシンボルマークだよな」
「新撰組は侍じゃなくて浪士隊よ…」
やや遠くで頬杖つきながらるりがつぶやいた。
「シンセンなんとかはよく分からないけど、“
「そうですか?」
「この名前をつけた人の教養や人徳がよく分かる、きっと立派な人なんだな」
「立派…ですか」
「そうだ、大事にしねぇとな。君の名前」
「ありがとうございます…」
「………」
名前を褒めるファルカノとそれにはにかんだ笑顔を見せる鶫を見て千棘は複雑そうに唇を噛んだ。
誠士郎という名はそんなご大層な思いを込めて付けられていたものでは無かった、クロードが適当にそれらしい名前を充てただけのものだった。
もちろんそんな経緯を見抜けなかったファルカノへの悪感情ではなく、ちゃんとした名前も与えられなかった鶫の境遇に不憫さを覚えてのものだった。
「それにな」
「それに…、なんですか?」
話を切り出したファルカノは、先程の名前を書いたメモ紙の“鶫”の漢字を指さした。
「このファミリーネームの方だ」
「苗字ですがそれが何か?」
「ああ~君が小さい頃に保護されたってラクやチトゲに聞いてな、この鶫って名前はお世話になってる家の名前なのか?」
「いえ、そっちはお嬢につけていただいた名前です」
そういって鶫は千棘の方に手を向けファルカノの視線を移した。
「お嬢ってさっきから言ってるが、もしかしてチトゲの家で…ってことなのか?」
「…うん、そうなの。中々切り出すタイミングが見つからなかったんだけどウチで引き取ってるの。ね、鶫」
気まずそうに答える千棘に続く形で鶫が口を開いた。
「はい、そのご縁でギ…、お嬢のボディーガード兼世話係として傍に居させていただいております」
ギャング…と言いかけたところで鶫はボディーガードと言い直した。
これが千棘からの電話であった“前もって言っておくこと”の指示であった。
千棘が鶫に課したのは“ビーハイブや自身の肩書について詳しく話さない”そして“銃や武器の類を取り出さない”の二つであった。
その二つを危うくもクリアした鶫にファルカノを除く一行はほっと胸を撫でおろした。
「ふーん、ボディーガードに世話係…ね」
(まぁそうなるよな、でも本当の事なんて言えるわけ無いしな…)
あまり嬉しくなさそうな声で返事をしたファルカノ、その心情は楽達も何となく察することができた。
「で、でも世話係なんて言ったってホラ、私もいい年だし自分のことはちゃんと自分でできるから。そんなのはただの形式上で私と鶫はもう一番の友達同士、だもんね」
「お嬢…!」
千棘の嘘偽り無い本心に鶫は頬を赤く染めて嬉しそうな表情を見せた。
「まぁでも、あんまり仕事でやってますって感じじゃ無いわな。君達見てると」
「でしょ、あんまり気にしちゃダメよ」
ハハ、と小さく笑ってファルカノは手にした缶コーヒーを呷った。
「ねぇ…、ファルカノさんはさっき鶫の名前を見て何て言おうとしたの?」
「ああ、いや、昔お袋が言っててな、“空に羽ばたく名前はいい名前だ”って」
「いい名前…」
場の空気を変えようと千棘の問いに懐かしむような顔で答えるファルカノ。
そんなファルカノの様子を不思議そうに眺めながら鶫がさらに問い返した。
「別に縁起がいいとかゲン担いだとかじゃないんだが、まあお袋は自由人だったからな…」
「お母さん…ですか」
(アンタのお母さんかも知れないのよ!!鶫)
自分に縁のない
「悪い、知らねぇ人間にこんなこと言われても気持ち悪いよな」
「いえ…、それでファルカノ…殿は私に何の御用なんですか?」
鶫は目の前に配られた缶コーヒーに目を落とし尋ねた。
鶫は初対面の相手でも余程ガラの悪い相手でない限りは基本的に謙虚で低姿勢であるが、同時に警戒心を悟られないように働かせている。
昨日のことはもちろん感謝しているし目の前の男があけすけな人間であることは分かったが、それでもまさか自分に礼を言わせるためにわざわざ呼んだとは思えなかった。
「…あ~、うん、それなんだが…」
「…はい」
さっきまでカラカラと笑っていた男が気まずそうに口ごもる。
相手の心情を探ろうとする鶫の目が悟られないように一層鋭くなった。
「ちょっと待って!!」
バンと机に手をついて千棘が勢いよく立ち上がった。
「な、なんでしょうか…?お嬢」
「やっぱり私が説明したい…、鶫は私と今まで一緒にいてくれたから…」
「いいのか?千棘…」
「うん、もしかしたらこれから色々変わっちゃうかもしれないから悔いなくやりたいの。いい?ファルカノさん」
心配そうに聞いてくる楽にも落ち着いた様子で返答する千棘。
千棘はそのままファルカノに目で合図を送るとファルカノもゆっくりと口を開いた。
「一番の友達に言われちゃ、譲るしかねぇな。頼むわ」
静かに頷くとスゥハァと深呼吸をする千棘。
「あのね鶫、このお兄さんね…
あんたの家族が20年前で医者のお父さんの写真が夫婦のブラジルに一人ぼっちの大火事で妹を探してるのがあんたでお義兄さんでお母さんなの」
「…はい?…あのお嬢、今のは一体…?」
まるでパッチワークのようにツギハギにされた千棘の意味の分からない告白に鶫は目を白黒させてしまった。
「…何だったんだ?今の」
「千棘!!説明下手がうつっちまってるぞ…」
「千棘ちゃぁん…」
「見てて飽きないなー」
「…………ハァ」
周りの冷ややかな視線が千棘に刺さる。
るりに至っては溜息しか出なかった。
「あれ?私なに言って…、ごめん頭がうまく働かない」
「もういっそのこと俺が言おうか?」
「う…、ごめん楽おねがい」
申し訳なさそうに俯いた千棘は、楽にバトンタッチした。
今度は楽が深呼吸した。
「鶫…、よーく聞いてくれ」
「な、なんだというんだ!?一条楽」
「ファルカノさんな、20年前に孤児になったところを当時ブラジルにいた日本人夫婦に引き取られたそうなんだ」
「そ、そうなのか…、だがそれをなぜ私に?」
鶫は向かいに座ってる楽とその隣のファルカノを交互に見ながら問いかけた。
そして楽もゆっくりと会話を続けた、いつにもなく真剣なその表情がやけに目に訴えてくる。
「それでその両親も18年前に故郷の大火事で亡くなられたみたいなんだけど、その時まだ赤ん坊だった妹と離れ離れになってその妹を探してるんだって」
「………」
鶫は黙って聞き続けた、周りの視線が刺し貫くように自分に向けられているのもお構いなしだった。
「あの…、ほんとに荒唐無稽なこと、言ってると自分でも、思うんだが…、そのいもう…」
「俺が頼んだんだよ」
流石に言い出しにくかったのか核心部分を前にしどろもどろになっている楽の言葉を遮って、ファルカノが口を開いた。
全員の注目が一気にファルカノに集まる。
「頼んだって…、何をですか?」
「昨日、ラクとチトゲの二人に親切にしてもらってな。それでなんか気が合っちゃって、色んな話してる内に似た境遇だって君の話聞いて会ってみてぇって話したら気ィ使わせちゃったみたいでさ」
「お嬢と一条楽が…」
鶫は隣に座っている千棘と向かい隣の楽を交互に見た。
千棘は申し訳なさそうに俯き、楽も同じようだ。
(俺がフォローされてどうすんだよ…)
どうにもやりきれなく楽が明後日の方向を向くとそこには面白そうにニヤケた集と、心配そうな顔をした小咲、さらに口パクで“ヘタレ、ヘタレ”と連呼しているるりがいた。
「ごめんね鶫、ちゃんと言ってあげてもよかったんだけど昨日ファルカノさんもアンタ助けてあっという間に行っちゃったから、今日また会えるかどうかもわからなかったの。迷惑だった?」
「いえ、それは構わないのですが…」
俯いた千棘がら醸し出される申し訳なさを感じながら、鶫はまっすぐ前を向くと迷いのない目をしたファルカノと目が合った。
「………」
「………」
お互い無言で数秒向かい合うと、鶫はフッと緊張を解き目じりを下げた。
「…遅くなりましたが、昨日は助けていただきありがとうございました、お嬢たちにも気を使わせてしまって感謝のしようもありません」
「礼なんていいって、むしろ気を使わせたのは俺のほうなんだから、感謝してるのは俺も同じだよ、…あ、そうだ」
感謝の応酬を重ねる二人、何を思ったかファルカノバツが悪そうに頭を掻き出した。
「今更なんだが…、なんて呼んだらいいかな?“君”とか“お前”とかじゃ締まらないし」
「呼び方ですか?呼びやすいように呼んで…」
―じゃあ、いってくる。ツグも勉強がんばれよ―
唐突に昨日見た夢の中のセリフが頭に浮かんできた。
夢の中の顔の見えてこない兄が自分の頭を撫でたシーンだった。
「……ツグ」
「………?」
「………ッ⁉」
なぜか夢の中の兄が目の前の男と重なって見えた。
(…な、なぜ今になって夢の中の兄が…)
自分でも分からないような声でポツリと呟いた言葉に自分でも驚いた。
夢で見ただけのワンシーンがなぜここまで色濃く頭に浮かんだのだろうか。
(は、恥ずかしくなってきた…)
顔を真っ赤に染めてそれを隠すように手で口元を覆う。
「きの、…少し前に家族の夢を見たんです、その時にそんな風に呼ばれて…」
目の前の男と目線を合わせるのも恥ずかしくなり伏し目がちになり視線をあちこちに泳がせた。
「ツグって呼ばれてたのか、いい夢見たんだな。家族の夢か…羨ましいな」
「あ、あの!やっぱり忘れてください!!」
「いや、いいじゃないか。よし決めた!今からツグって呼ぶ」
「ちょ、ちょっと、……ッ⁉」
強硬手段に出たファルカノに困惑し、チラと千棘達の方を助け舟を求めるように向いた。
だが肝心の千棘達は滅多に見せないようなコロコロ表情を変える鶫を微笑ましい顔で眺めていた。
助けは期待できそうになかった。
「…もう、それでいいです…」
「よろしく、ツグ」
諦めるように座り込んだ鶫を見て、ファルカノもニッコリと笑った。
「…それで、何の御用で私を?」
「まぁ話してみてぇことはいろいろあるんだが…ん~」
散々イジられたせいかややツンとした態度で尋ねる鶫。
それを受けたファルカノは手元に視線を落とし、数秒考え楽達の方を向く。
「
次回もよろしくお願いします。