(何らかのエネルギーによって、通信が途絶している……)
ガルヴァスによって、空の彼方へ飛ばされた13班。
風さえも切り裂く速度で飛ぶのは、これが強制的なものでなければ爽快であっただろう。
一気に高度が下がり、地鳴りを響かせ着地する。
これが並の人間であったなら、まともに着地できず即死しかねん勢いである。
もっとも、並とはかけ離れた13班に、怪我人などいるはずもないが。
「な、なんだ? ル、ルーラか?」
「こんな街の真ん中で……あ、ああ!?」
土煙の向こうから、悲鳴混じりの喧騒が聞こえる。
周囲の状況をトウコたちが確認できだした頃、土煙は収まり……本当の悲鳴が上がった。
「ま、魔族だぁぁ!?」
「魔王軍だ、殺されるぞ!!」
「いやぁああ!!」
トウコたちの姿を……否、イクラの姿を見た人々が、恐怖に震えて逃げ惑う。
本家魔族のハドラーに間違われたように、イクラの外見は魔族に該当するらしい。
「よ、よく見たらガキじゃねぇか!! 俺が仕留めてやるぜぇ!!」
イクラの容姿は、けっして恐怖を煽るようなものではなく、むしろ愛玩動物の類である。
だが、その姿を弱者と捉えたのか、武器を片手に幾人かの戦士たちが襲いかかってきた。
「はいはい、顎ジャブ顎ジャブ」
近寄った端から、チェルシーの鋭いジャブで脳を揺らされ昏倒する襲撃者。
「あ、あの魔族、人間を操るのか!?」
「いや、あいつらも魔族が化けてるに違いねぇ!!」
それを見た戦士たちも逃げ、とうとう人っ子一人居なくなってしまった。
「くそ、何なんだイキナリ……ああいう手合いは、久しぶりに見るとイラッとするな」
「デルムリン島の皆は、気の良い奴らばかりだったからな」
完全に敵視された反応ではあったが、13班はそれほどの衝撃は受けない。
イクラは流石に多少へこんでいるようだが、元の世界でも似たようなことはいくらでもあった。
国会議員には血税を食い潰す暴力装置と罵られ、市民からはドラゴンすら殺すバケモノ扱い。
共に戦う自衛隊との間にすら、かつては深い隔たりがあったものだ。
「しかし、こうもイキナリ好戦的なのは困ったな。ほら、どうやら本隊のご到着のようだ」
先ほどの襲撃者たちとは違う、統一された武装の集団。
「おおっ、本当に魔族が……!!」
「魔王軍め……いつの間に城下に侵入しやがった!!」
兵士らしき男たちは、やはりこちらを完全に敵だと認識している。
「……言うことは変わらんか」
「待ってほしい、こちらは話し合いを望んでいる。どうか剣を収めてはくれないか?」
「ふざけるな、魔王の手下が!!」
トウコは先頭に立ち、両手を上げて抵抗の意志がないことを示した。
しかし、既に倒れた人々がいる状況……兵士たちは騙されるかと、怒号を上げる。
「落ち着かんかぁ!!」
そんな兵士たちが、その背後から張り上がった声にビクリと震えた。
兵士たちの波を割って現れたのは、片目に深い傷がある男。
鎧だけではなく、その放つ闘気からして他の兵達より格上であることは明白だった。
「私はリンガイアの将、バウスン! まずはそこに倒れた人々を回収させていただきたい」
「構いません」
トウコの言葉に、バウスンと名乗った男は兵士に仕草だけで指示を下す。
数名の兵士たちが恐る恐る倒れた人々を担ぎ、離れていく。
「きゅ、救助完了しました!!」
「や、やってしまいましょう将軍! 民間人を救助した以上遠慮は……」
「馬鹿者ぉ!! あの者たちが敵ならば、なぜ救助した彼らは生きている? 気絶していただけではないか」
「し、しかし、こんなタイミングで魔族が現れるなんて、魔王軍しかありえません!!」
バウスンは兵士たちを諌め、13班に向き直る。
「申し訳ない。あなた方にも事情があるのでしょうが、我がリンガイアは魔王軍と交戦中。魔族と行動する者を野放しにはできないのです。最低限、身柄を拘束するのが決まり……抵抗するならば、残念ながら力づくでも取り押さえねばならない」
申し訳無さそうに言うバウスン。
おそらく、可能な限りの譲歩なのだろうとトウコは察する。
突然空から魔族らしき女と降ってきて、正当防衛とはいえ何人も返り討ちにした。
反対の立場であれば、相手を無力化するのは必須……同じ対応をするだろう。
「イクラ……あなた方が魔族と呼ぶ仲間に、手荒な真似をしないと約束していただけるなら、お受けしましょう」
「それは約束し「いけませぬぞ、将軍!!」な、デスカール殿!?」
ようやく争いの火種を消せるかと思った矢先、先ほどのバウスン将軍同様……いや、新たな軍勢を引き連れて、横槍を入れる人物が現れる。
「その者どもは間違いなく魔王軍の尖兵! 早く討つのだ!!」
「デスカール殿、そのような証拠はありません!! ここは話を聞いてからでも遅くはないのでは?」
「何を悠長な! まだ魔王復活の報が飛んで数日だというのに、北の強国オーザムが我々に救援を要請してきたのだぞ!? 魔族は見つけ次第皆殺しにせねば、リンガイアも魔王軍に踏み荒らされてしまうぞ!!」
突如現れたデスカールという老人が片手を上げると、背後に控えていた増援が杖を構え飛び出した。
ローブを羽織った外見からしても、バウスンの指揮下にいないらしく、彼の静止など聞いてさえいないようだ。
「ギラ!」
「メラ!」
見た目通り魔法使いであったらしく、呪文を唱え攻撃を仕掛けてくる。
だが、幾人もいる誰もが大した呪文ではなかった。
はっきり言ってブラスにさえ及ばない。
容易く回避したイクラは、それが悪手であったと気がついた。
背後の民家に、魔法で引火してしまったのだ。
慌てて氷で火を消し止めるが、その間にも魔法使いの魔法は止まる気配を見せない。
「何をしている! 国を自ら焼くつもりか!?」
あまりに無策な魔法乱射に、バウスンは魔法使いを一人取り押さえる。
「離せ! あいつらを皆殺しにすれば、デスカール様が大いなる力を与えてくださる!」
「何を言っている? おい、お前たちもこいつらを止めろ!」
言われるまでもなく、自分たちだけでなく家族や友人も住む住居である。
バウスンの言葉がかかる以前に、兵士たちも魔法使いたちを拘束する。
「邪魔をするなぁ!! ガ、グアアア!!」
「お、おい、どうし……ウ、ウワアア!?」
羽交い締めにされた魔法使いの突然の叫び。
直後、全身から黒い煙を上げ、その体が骨だけ残し溶け出した。
その恐ろしい光景に思わず手を離した兵士に、骸骨となった魔法使いが振り向く。
「メラミ!!」
「ぎょえ~~!!?」
骸骨の唱えた呪文で焼き尽くされる兵士。
それと同じような光景が、他の兵士たちの間にも発生していた。
「こ、これはいったい……デスカール殿!?」
「なぁに、魔導の深淵に少しでも近づきたいという、彼らの願いを叶えたまで……もっとも、アンデッドになった瞬間、自我など消し飛んでしまったでしょうがな」
骸骨の魔法から逃れたバウスンの問いかけに、デスカールは笑いながら答える。
「デ、デスカール殿、まさか!?」
「グハハハハ!!」
デスカールの体が宙に浮く。
全身が暗黒の炎に包まれ、収まって中から出てきたのは、骨の仮面を被ったローブ姿の怪物。
「ま、まさか……デスカール、貴様魔族に魂を売り渡して!?」
「魔王軍のおかげで、脆弱な人間の体を捨てる禁呪を完成することが出来た! そして手に入れたのだ、寿命に縛られぬ体と、溢れんばかりの魔力を!!」
憤るバウスンへ、配下の骸骨たちが魔法を叩き込む。
放たれたのは、アンデッド化したことで使えるようになったらしい、メラミなどの中級魔法。
他の兵士よりも優れた力を持つバウスンであるが、とても耐え切れるものではない。
風前の灯火となった彼の命を救ったのは、その全てを払い落とした13班であった。
「き、君たち!?」
「愚かな……先程まで貴様らを殺そうとした人間どもを庇うのか?」
「全て、あのガルヴァスという魔族の脚本通りの展開なのだろう? 彼らに義理無くとも、舞台の上で踊るつもりもない」
「馬鹿め、貴様らは兵どもを引きつける撒き餌。ノヴァがオーザムへ向かっている今、やっかいなバウスンがここにいる時点で計略は成功しておるのだ」
その言葉を待っていたかのように、離れた複数箇所で爆発と煙が上がり始めた。
「まさか、既に魔王軍が城下に!?」
「新生魔王軍参入の手土産として、リンガイアは滅ぼさせてもらおう。このまま、超竜軍団の手柄にされてしまうのも惜しいからな」
「超竜軍団?」
「おそらく、このリンガイアを襲っている魔王軍のことだろう……ドラゴンを中心とした強力な軍団が、領地で暴れまわっているのだ」
バウスンの言葉に、トウコはある程度を把握した。
アバンも言っていた、この世界最強の生物であるドラゴン。
そのドラゴンの群れと、このアンデッドでは構成が違いすぎる。
命令系統が別なのだろう。
「同じ敵を相手にしながら、仲間同士で競い、足を引っ張り合う派閥争い……いや、手柄の取り合いか」
「ハッ、昔のムラクモ機関とSECT11のようなものか……どこの世も変わらんなぁ?」
「無駄話は終わりだ。貴様らを倒し、この国を火の海に沈めてやろう!!」
デスカールが、そして周囲の骸骨が一層殺気を高まらせる。
13班、バウスン、生き残った兵士たちも構え、迎え撃つ姿勢を整える。
だが――
「ぬぅ?」
空に一筋の影が走った。
デスカールが視線を移せば、そこには一匹のドラゴンの姿。
「超竜軍団か……我らの動きを嗅ぎつけたのか?」
しかし、とデスカールは自分の上空を飛び回るドラゴンを注視する。
知らぬタイプのドラゴン。
賢人として、リンガイアの大神官として長く生きてきたデスカールの知識にも無い姿のドラゴンであった。
とはいえ、魔界などには彼も知らないモンスターは多々存在するので、それほど不思議には思わなかった。
間も無く、二匹、三匹と空を飛ぶドラゴンの影は増えていく。
四匹、五匹、十匹……
空が、ドラゴンで覆われていく。
その一匹が、デスカール達の方角に飛んできて……
「なぁ!?」
デスカールへと、その牙を向けた。
「メラゾーマァ!!」
容赦などなく、デスカールは呪文でドラゴンを焼き払った。
困惑するデスカール。
単に知能の低いドラゴンの暴走か、それとも独断専行に対しての軍団長による制裁か。
しかし、それは余りにも的外れな考えだった。
「バウスン殿」
その言葉に、ドラゴンの襲来に驚いていたバウスンはトウコに視線を送る。
「(……どうしたというのだ?)」
彼女の表情に、バウスンの額に嫌な汗が流れる。
デスカールという強敵を前にしても、彼女たちはどこか余裕があるようにバウスンは感じていた。
未だ素性は知れずとも、戦士のカンが自分ではとても及ばないことだけは告げていた。
そんな彼女たちの顔色が、凍りつき、青ざめている。
「どうか、可能な限りの国民を、最も安全な場所に避難させてください。それが無理なら、国を捨てる準備を」
「何を言って」
「貴方が、守るべき民を一人でも救いたければ、今すぐに。もう時間がない」
まったく余裕が無い声。
それを聞いて、バウスンは大きく頷いた。
「全軍に通達! 国民を王城に避難させよ!! 責任はすべて私が取る!!」
本来、バウスンは先程の魔法で死んでいてもおかしくはなかった。
ならば、救ってくれた人物の言葉を信じる。
もしこれが彼女たちの演技で、国を滅ぼした道化となったのならば自刃し詫びるしかあるまい。
それがバウスンの下した決断であった。
「妙な真似はするな!! ぬぅぅ!!」
眼下での動きに、デスカールは彼らを焼き尽くさんと行動に移ろうとした。
だが、またもドラゴンがデスカールに襲いかかる。
空にはますますドラゴンが増え続ける。
その被害は、配下のアンデッドにまで及んでいる。
「ここは食い止める!! 構わず行け!!」
走るバウスンたちリンガイア兵にも襲い掛かるドラゴンたちを、13班が仕留めていく。
ドラゴンたちの興味も、障害となる13班に集中しだしたらしく周囲のドラゴンたちが徐々に集まってきた。
「させないよ! 発動!!」
その群れに向かい、イクラはサイキックのスキル、ヴォルテックスを発動する。
バギクロスとも違う空気の槍の投擲が炸裂し、ドラゴンたちが次々と落下していく。
「どうなっているのだ……? と、とにかくガルヴァス様と合流を」
デスカールは、異常事態にガルヴァスの指示を仰ぐことにした。
当初の予定では、ガルヴァスはモンスターを引き連れて王城を襲撃。
王を殺害し、リンガイアを滅ぼす手はずになっていた。
この想定外の事態、最悪撤退も視野に入れねばと暴れまわる13班からこっそりと離れる。
「……?」
その進路に、地面を割り花が咲いた。
地面から、芽ではなく満開の花が顔を出す……妙な光景であった。
怪しく、美しく、真っ赤に咲き誇る花。
壁に、花が生えた。
街路樹に、花が生えた。
人の死骸に、花が生えた。
「なぁ……!?」
複写を繰り返すように、真っ赤な花は中心をマグマのように光らせながら増えていく。
まるで、花の津波。
リンガイアの城下が、赤く飲み込まれていく。
気がつけば、もはや視界全体が、赤、赤、赤。
もはや美しいなどという感情は湧かない。
死さえ呑み込む、赤き破滅がそこにはあった。
「ひ、ひぃぃぃ!!」
デスカールは恐怖の悲鳴を上げ、ガルヴァスとの合流を急いだ。
「リーダー!! フロワロだ!!」
チェルシーの言葉を聞くまでもなく、トウコの視界も赤い花で覆われていた。
フロワロ。
この世界に、存在しない花。
存在してはいけない毒花。
その花は世界を創り変えるために咲き誇る。
全ては竜のため、あらゆる生命を死に絶えさせるために。
「何故だ……」
トウコの悲痛な叫びは、ドラゴンの雄叫びに消える。
それでも、叫ばずには入られなかった。
「何故現れた……ドラゴンッッ!!」
空を覆う、「竜」……かつて地球を襲ったのとまったく同一の姿をした無数のドラゴンたち。
この世界もまた、災害に見舞われたのだ。
竜災害……真竜の贄という、全生命滅亡の災害に……