陽だまりシリーズ:小日向未来<異聞> -帰ってきた立花麻由-   作:ヨザリイコイ

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あのライブの生還者の中から、十中八九第二、第三の立花響が出てきたでしょうね。
しかし響のように、身内の他に支えてくれる人がいるとは限りませんし、いたところで焼け石に水でしかないのかもしれません。普通、あんな状況で生きるのを諦めない事の方が、絶対に難しいです。また例え諦めなかったとしても、自棄を起こしてしまうかもしれませんから。
今回は、そんな人達が出てきます。


生き延びたところで…。

「5年前の悪夢再び! ライブ会場にてアルカ・ノイズによるテロ発生」

「死者凡そ7万4千人」

 図書館に行き朝刊を漁ると、記事は何処の会社もこんなのばかりだった。あんな事件が起きれば、無理もない。しかし7万4千人も死んだとはねぇ……。

「人気歌手のコンサートとはいえ、そんなに人が押し掛けてくるのも驚きだよ。それにしても……」

 この「5年前」というフレーズは何だ。この歌手のどちらかのコンサートで、過去に同じような事件が起きたとでもいうのか。

「ちょっと調べてみるか」

 新聞を置き場所に戻して、備付けのコンピュータで調べる。

「ショッカーのコンピュータもこんな感じだったっけ。40年前にこれと同じようなものを作ってた事に関しては、尊敬に値するよ……」

 

 

 

 

「5年前に青い方が当時の相方とコンサートをしていて、その時にノイズが出てきて暴れ回り、1万3千人の死者が出た……」

 これが朝刊のいう「5年前」の正体らしい。更に詳しく調べると、犠牲者の3分の2は、パニックを起こした群衆が引き起こした暴行などの人災で出たものだそうだ。余程、生きるのを諦めたくなかったとみえる。ある意味、生き物の本能ともいえる。

 しかも話はこれだけにとどまらない。通常、ノイズの被害に遭った人間や遺族には、国から見舞金が支払われるらしい。大した補償にならないと思うが、この制度や犠牲者の殆どが人災で出た事を知り、猛り狂った人間が生存者をバッシングしたとの事だ。言葉、手紙、インターネットの掲示板、ソーシャル・ネットワーキング・サービス、該当人物の身体への暴行や財産等の損壊と、方法は選り取り見取り。個人で直ぐに実行出来る攻撃手段を殆ど総ざらえしている。

 その結果、生存者だけでなく、その家族までもが一種の迫害を受ける事になり、結果、彼らの自殺や家族を含む人間関係の崩壊が相次いだとの事だった。

 ここまで来ると、頭が痛くなる。偶々生き延びただけでこの有様。しかも機能不全家庭や自殺者の数は、この年は凄まじい数を弾き出している。犠牲者が生きるのをやめたくなるのも無理はない。

 しかもノイズという出現の予想もつかない存在が襲来してきたとはいえ、警備面で責任を持つ運営陣は、被害者に対して何らかの支援をした様子もなければ、一連の誹謗中傷を止めるそぶりすら見せていない。この辺のアフターケアを誰もしないのでは、如何にもなるまい。

「激情に任せた人間がよってたかって、折角生き延びた命を粉々に破壊した。怪人よりも普通の人間の方が、ずっと恐ろしいな。いや、若しくは怪人の持つ残酷さは、人間が元々腹の中に持っていたものを引き摺り出しただけなのやもしれない」

 考えてみれば、私も彼らも覆面を被って殺し合いをする訳である。お互いにお互いの表情は見えないから、如何に相手を効果的にぶちのめすかという事を考えるのに、歯止めが効かなくなる傾向があったことは否めなかった。相手が苦しむかどうかなんて、見ても分かりはしないのだから。データ上のやりとりもその時は顔が見えないのだから、同じようなものだろう。

「その場で顔が見えないってだけで、残酷になれるものなんだな……。私も人のことは言えないが……」

 

 

 

 それから13日後の土砂降りの雨が降る日の昼下がりの事だった。三浦市の公園で、こんな天気なのにベンチにぐったりと横たわっている子供がいた。

 ただ事ではないと思い、声を掛けてみると、この前最後に逃した女の子だった。

 東屋まで連れて行き、自販機でジュースを買い与えて、あんなところで寝ていた訳を聞くと、自分が生き延びた事への嫌がらせに耐えかねて蒸発した父親を探しているうちに、疲れて眠ってしまったらしい。5年前の事件の被害者の再来が、ここにいた。人間が地上から絶滅しない限り、必ず出てくるとは思っていたが、こんなに早く見つかるとは思わなかった。

 この子が迫害を受けたのは、何でもクラスメートの弟が、逃げ出した人の波に踏み潰されて死んだのが、事の発端らしい。その事に関して犯人呼ばわりされ、この子は勿論否定したのだけれども、証明する事なんか出来るはずもなく、一気に下手人呼ばわり。クラス中のバッシングを浴びたそうな。担任やその他の教員も我関せずの日和見主義者ばかりで、全く防波堤としては使えなかったらしい。

 話はそれだけに止まらない。利用していたソーシャル・ネットワーキング・サービスからも、見ず知らずの人間が雨霰の如く罵詈雑言を浴びせかけるものだから何処に行こうと攻撃される羽目になる。

 そのサービスの利用を止めたら止めたで、この子の身辺を嗅ぎ回った連中が住所を突き止めて、それをインターネットで大っぴらに明かしたものだから直接嫌がらせを受ける羽目になったとのことだ。

 そしてとうとう耐え切れなくなった母親が9日前に川に身を投げ、父親も取引先の上役(この人も子供が犠牲になったらしい)が契約を打ち切ったせいで、責任を取らされて1週間前に解雇され、3日前に置き手紙を残して何処かに行ってしまったそうな。

「今日もお父さんを探しに行ったけど……、行きそうな場所にはいなかったんだ……」

「何処まで行ったの?」

「今日は東京……。昨日は横浜……。その辺りでお仕事探すって言ってたから……」

「かなり遠くにまで探しに行ったんだね。お金は足りたのかい?」

「置いていってくれたお金と私名義の通帳があったからそれを使って……」

「ああ、なるほどね」

 しかし幾らもないだろう。まだ子供料金で乗れる年頃とはいえ、長距離移動を繰り返す事ができる程の余裕は無い筈だ。生活費だってかかるもの。

「ご飯はまともに食べてるの?」

「少しは……」

「学校は……?」

「行けると思う……?」

 愚問だった。話に聞くような状況の学校なんて行けるはずもない。

「生き延びたってこれじゃあ……、何の意味もないよ」

 うんざりしきった様子で話すこの子に、何て声をかけたら良いものか、私には分からなかった。気に食わない事があれば、見境もなく相手を叩きのめす世の中になっていた事を知らなかったとはいえ、生き延びた場合のリスクも考えずに助けたばかりに、裏目に出て生き地獄への橋渡しをしてしまう結果を生んでしまった。

 一体何やっているのだろうか。ただ単に助けたら良い訳では無いのに。

 

 

 

 

「これは酷い……」

 住所をインターネット上に晒されているせいで、女の子、羽風木霊ちゃんの自宅の壁や窓には、投石や落書きの痕が大量にある。何ということを……。

「いつ石を投げ込まれるか分からないのもあって、あそこで寝ていたの」

「なるほど。警察には連絡したの?」

「したけど、来る前に逃げられた。ここ、少し警察署や交番から離れているから」

 そうなるとかなり不利か。警官が警邏するにも人数に限りがある以上、限界は有る。

「ここを荒らしに来る連中は、何時ごろ現れる?」

「特に決まってない」

「見回りをしようにもキリが無いな。よし……」

 左腰のホルダーから飛ばせなくなった故障品のV3ホッパーを取り出す。

「麻由さん、それでどうするの?」

「犯人の顔を拝んでやるのさ」

 

 

 

 

 家に上がって、まずは道路に面したベランダのある部屋へと案内してもらった。

「私の部屋だけど……」

 条件に当てはまる木霊ちゃんの部屋には、割れたガラスが散乱していて、靴で入らなければ危険な状態だった。石も12個ほど、子供の握り拳ぐらいの大きさの物が転がっている。

「これは一度に投げ込まれたの?」

「いや、ここだけで5日間投げ込まれた……。昨日は来てないけど、今日は分からない」

「そうか……。それじゃあ危なくて部屋を片付けられないな」

 それでも箒と塵取りで破片を片付けて足の踏み場を作り、ベランダの手摺りにホッパーを取り付けた。

 そして外部出力用の端子に持ち歩きのコードを繋げ、部屋にあったテレビに接続する。

「テレビがあるのは、羨ましいな。しかも録画まで出来るなんて」

 ビデオデッキの類は無いが、テレビデオのようにブルーレイレコーダーが内蔵されているから、テレビだけで録画できる。必要なディスクもあるからお誂え向きだ。

「ホッパーは大丈夫かな……。よしよし……」

 テレビを点けて外部出力に切り替えると、しっかりと外の映像が映っている。成功だ。

「あれ、カメラなの?」

「ああ。風力で動く環境に優しい物だよ。それに石くらいじゃ壊れないから見張り役にはぴったりだ」

 こいつで証拠を掴めば、警察も動きやすくなる。嫌がらせ行為を排除するのは難しいかもしれないが、減らす効果はある筈だ。

 

 

 

 

 夜も更けた頃、件の無法者がやってきた。ただ落書きや投石をするだけでは、終わらなかった。何と玄関の扉を打ち壊し、中を荒らしに来たのだ。

 流石に危険なので、木霊ちゃんに警察へメールで通報する様に言いつけておき、二階に上がろうとしてきた人間を片っ端から突き落とした。勿論、過度に傷つけないように加減はしてある。死にでもしたら正当防衛扱いされにくくなるからだ。おまけに、そこから改造人間である事がバレでもしたら目も当てられない。だから殊更に慎重にやる。

 

 

 

 17分ほど戦っていると、サイレンを鳴らしたパトカーが6台駆けつけてきて、階段で伸びていた連中を捕まえてくれた。

 その時にホッパーで撮っておいた連中の犯行の映像を引き渡し、木霊ちゃんの父親が失踪して数日間1人でいる旨も伝えると、警察から児童相談所へと連絡をくれた。どうやら施設の方で預かってくれるらしい。父親の方も探してはくれるそうだ。

「ツヴァイウィングのライブ後に起きた事件と何ら変わらないケースが、まさかウチの近所で起きるとは思わなんだ」

 対応に当たってくれた顔見知りの警部補さんは、今回の事件のあらましを聞いて、頭を抱えていた。

「アンタが居なかったらあの子はどうなっていたか……。何せまだ小学生だからウチまで相談に来る事なんか考えつきやしないものなぁ……。助かったよ……」

 頭を下げられたが、かえって恐縮してしまう。そこまでしてもらうようなことは、何にもしていないから。

「いやいや、大したことはしてませんよ。それよりもあの子、一旦は施設に行く事になるんですか?」

「そうなる。父親が見つかれば良いが……」

「そうですね。あの若さで身寄りが無くなるのは、きっと辛い事ですよ」

「アンタの言う通りだ。それにしても、今の日本にあの子のような目に遭っている人間が、一体何人いることか……」

「きっと沢山居ますよ。今回のケースとて、所詮は氷山の一角に過ぎないでしょうね。何せ観客の数が数だ。一体幾つの支援施設や孤児院を作らにゃならんのか、見当がつきませんよ」

「今回のような事件を起こしたならず者を押し込める刑務所も必要になるな。ったく、ただでさえあの手の場所は、パンクしてるってのに……」

「その辺の事情を考えて暴れる程、テロリストは賢くありませんよ。それじゃ……」

 

 

 

 警察署を立ち去り、マシーンを東に走らせる。特に当てはない。怪人が動かなければ、私も動くつもりはない。そこは昔と変わらない。

「変わったのは、人との関わりを極力減らしているくらいだ……」

 といっても無人島で暮らしている訳じゃないから、親しく付き合う相手をそこまで作らないというのが実情だ。木霊ちゃん相手のような自分のヘマへの贖い、警部補さん相手のような公的サービスでの助力申請、改造人間が起こしたテロの被害者との接触。何れもビジネス上での付き合い。それ以上は踏み込まん。

「下手に親密な関係の人を作るから巻き添えを作ってしまう」

 ならそんな人、作らなければ良いのだ。誰一人として自分に深入りさせない。誰にも改造人間として戦い続けている事を悟らせてはならないし、仲間を増やすのも駄目だ。

「そんな事よりも、あの吸血鬼の仲間を探さないと。『彼』との繋がりが無くとも、錬金術師と繋がっていたら事だ。錬金術師が、少し前までこの世界のあちこちでテロを起こしていた事を考えると、捨て置いたら何をしでかすか分からん」

 しかしながら未だにあの吸血鬼の物のような脳波を探知できずにいる。仲間をやられて隠れたからか、或いは他に何か理由があるのか、それは知る由もないが上手く潜り込まれてしまった。

「他の連中は、どんな姿形をしているのかも分からないからな……。そこもかなり痛い……」

 さっさと吸血鬼に手を掛けたのは失敗だった。生かしておいて背後関係を吐かせれば、手間を掛けずに済んだのに。

 

 

 

 次の日の昼下がり、とある私立高校の裏門近くに近づくと、Oシグナルが反応した。ショッカー系の怪人が、この中にいる。観測した周波数や校内の様子からまだ正体を現している訳では無いようだが、改造人間が1人いる事は間違いない。

「高校生を改造してどうする気だ?」

 イマイチ腹が読めない。進学校か体育系の名門校かと思いきや、何と音楽学校。こんな所に素材にしたくなる人間がいるとでもいうのか? 

 何とも言えないから近くの喫茶店に入り、ブレンドコーヒーを片手に学校を見張る。今日は水曜日だから早めに終わるだろうし、部活動の無い学生が居なくなれば、特定もしやすくなる筈。焦らず、ここで待機する。

「お客さん、ここは初めて?」

「ええ、まぁね。仕事で立ち寄ったので……」

「何度か学校から出た所を見かけた事があるような気がするのだけど……」

「人違いじゃないですか?」

 私はあの学校の生徒では無いし、そもそも自分が高校に通っていたのかも分からないのだ。きっと他人の空似だろう。

「その口振りだと、ここのお客さんは学生さんが多いんですか?」

「ええ。学校帰りの人が大勢いらっしゃいますよ。ああ、そうそう。お客さんの事で心配な事が……」

「何かあったんですか?」

「それがね、ウチの常連様の1人だった子なんですが、どうも風鳴翼のライブから生き延びた事で虐めに遭っているようで……」

 氷山の一角がまたここに出てきた。10万もの人間があそこにいたのだから、こういう所に被害者がいたところで何の不思議もないといえば無い。待てよ。まさか……。

「その人、集団から虐めに遭っているんですか?」

「はい。私の倅が見かけた所によると、面と向かって6人ほどの集団で暴言を浴びせかけるわ、持ち物を切り刻んでドブに投げ込むわと凄まじいものでしてね。私や倅が学校に通報したのですが、状況が改善されているようには見えません。事なかれ主義という奴でしょうかね……」

「それはまた酷い……」

 マスターの話に相槌を打つ一方で、脳裏に浮かぶ嫌な予感が次第に膨らんできた。ひょっとしたらさっきの「まさか」の事態になっているやもしれない。もしそうなっていたとしたら……。一個人としては放っておきたいが、ショッカーの作戦に従事している可能性がある以上、気が咎めるが放っては置けない。

 

 

 

 

 

 時計の針が午後4時30分を指した頃、異変が起きた。

 校舎の1階の一部の壁が消えたんだ。崩れた訳ではなく、そっくりそのまま無くなってしまった。それと同時に、シグナルの反応が強くなった。怪人が暴れ出したようだ。

 お勘定を置いてから一旦人気のない空き地に移動して強化服を装着し、脳波を頼りに学校へと突入する。

 すると逃げてくる生徒を追って、白い角を額につけた馬が飛び出してきた。こいつが今回の怪人のようだ。獣そのままの姿をしている事から察するに、恐らく大佐のように、二つの形態があるタイプだと考えられる。

 標的を今にも踏み潰さんとする一角獣の横っ腹に、体当たりをかまして横転させ、足を掴んで植えてある大木へと放り投げる。

 背中から木に叩き付けられるも、一角獣は気にせず立ち上がり、ギリシャ神話のケンタウルス族を思わせる半人半馬の短髪の女性に姿を変えて、槍を構えてこちらには目もくれず、再び生徒目掛けて突撃をかけてきた。

 それを阻止する為に、ロープアームで槍の柄にロープを巻き付けて引っ張る。しかし相手も離そうとしないと思いきや、あっさり投げ捨て、どこからともなく取り出した棍棒を得物に生徒の群れに躍り込み、数人を棍棒による打撃と前脚の蹴りで灰に変えてしまった。さっき壁が消えたのは、これと同じ仕掛けに相違ない。

 武器を封じ込めるのは無駄だと分かったから、今度は胴体を抱え上げて飛び上がり、独楽のように回転させて投げ飛ばす。

 校舎の屋根に落っこち、そのままずり落ちて地面に叩き付けられたが、蹌踉めきつつも立ち上がり、再び獣の姿になって門の外へと逃げていった生徒を追いかけ出した。馬がベースなだけあって、かなり速い。

「止めろ!」

 空き地に待機させていたネオサイクロン号を呼び出して、ユニコーンに正面から体当たりさせて転ばせ、その隙に取り付いて太い首に両足を絡ませ絞めつける。

 一角獣は大暴れして振り払おうとするが、こちらも一歩も引かずに絞め続ける。

「離して! あいつらだけでも……、あいつらだけでも殺させて!」

「あいつら?」

「生き残っただけで私を痛めつけたあいつらだけは始末しないと! 折角この身体になったのに、死んでも死に切れない!」

 どうやらこちらの()()()の考えが、そっくりそのまま起きていたようだ。それならこのまま離してやりたいが、街中へ突入されては無辜の人間も傷つけかねない。そんな事になったら私もとばっちりを食う可能性が出てしまう。

 身体を捻って、植え込み目掛けて一角獣を投げ飛ばして着地する。

「ここが人間の国である以上、君の好きにさせる訳には行かないんだ」

 

 

 

「だとしても……」

 今度はケンタウルス化して、壁に持たれながらも立ち上がる一角獣。あれだけ痛めつけられてもまだ立ち上がれるのは、執念の為せる技といったところか。

「引き下がれるかァッ!」

 全速力で塀を飛び越えんとする彼女目掛けて飛び上がり、タイフーンから取り込んだ風の力を右腕に流し込み、一気にその腹をぶち抜いた。

「ヒギガッ……」

 しかし血反吐を吐きながらも、槍を杖代わりに一角獣は尚も歩く。

 その背中目掛けて体当たりをし、前のめりに倒れた所で彼女の右胸に左腕を突き入れる。流石にこれは堪らなかったと見え、ばたりと倒れて人間の姿に戻ってしまった。

 

 

 

「そ、そんな……、何で私が……、こんな目に……。折角、身体を……、作り替えたのに……」

 上半身を抱え起こすと、女の子は口と胸から血を流しながら己の不運を嘆き出した。

「ごめんなさい。君のやりたい事が間違っているとは、全く思えない。だがその体で生身の人間を殺そうとすることだけは、同じ改造人間として見過ごせなかった……」

「同じなら……、何で放っておいてくれなかったの……? あんな奴ら、生かしておいたって……」

 全くもってその通り。私としても本心では見逃したかった。でもそういう訳にはいかない事情が、こちらにはある。

「君の殺しによって、他の改造人間が身動きを取れなくされてしまうかもしれないからだ」

「そんなの……、知らないよ……! 彼奴らさえ居なくなれば……、後のことなんて……」

 そこまで言って、一際大きな血の塊を吐き出した。もう長くはない。

「嗚呼……、あの日、横浜に……、横浜にさえ行かなければ……!」

 こうならずに済んだのに、とまで言い切る事はなく、彼女は絶命した。

 ああ、氷山の一角が最悪の形で崩れ去ってしまった! その事に思わず、両目から涙が溢れてくる。

「ごめんなさい……。こんな目に遭わせる事しかできなくて……」

 絶望の淵にいた人の最後の悪足掻きを壊す事しかできないなんて、何と無力なことか。

 

 

 

 一角獣の絶命直後、私は彼女を抱え上げて、夕焼けの空を飛んだ。ピンクの強化服を装着した人が来たが、気にせず出発した。改造人間が死んだのなら、何よりも優先して、二度と生き返らされないように亡骸を破壊しないといけないからだ。

 普通に埋葬することなどできない。墓荒らしに遭って、迷い出るような事になりかねないのだ。

「迷わず成仏するのはとても無理だろうが……、せめて身体を悪用されないようにはしてあげる……」

 太平洋に面した岬に着地し、木切れを積み上げて、追いついてきたサイクロンから取り出した固形燃料と活性炭を仕込み、その上に一角獣の亡骸を乗せて火炎放射器で点火する。

 暫くして焼け残った骨を砕いて海に撒いた。後は、部品と動力源の太陽光電池を近くの工場の溶鉱炉に投げ込んで溶かせば良いだけだ。しかし……。

「あと何人を相手にこんな事すれば良いのか」

 できればもうこれが最後だと有難いが、そうはならないだろうし、なったところで私が今度は、今日の一角獣と同じ獲物の立場になりかねない。

「だからずっと続けなきゃ、私が生きていけない」

 しかし人間の自業自得で生まれた存在と戦うのは、もう勘弁して欲しい。ああいう人達には、本心で言えば自力で対処してもらいたい。だが放っておけば、こちらに飛び火する恐れがある。あぁ……。

「生き地獄はいつまで続く……?」

 目の前に広がる夕凪の海は、波の音を静かに立てるだけだった。




如何でしたか。
第5シーズンの第2話のライブは、相当な数の死者が出た一方で、恐らくですが生存者も少なからず存在していたものと考えられます。例えば非常口近くの席にいたならば、混乱する前に脱出する事も容易でしょうし、襲撃前に体調不良などで、ホールを離れた事で巻き込まれずに済んだ人もいた筈です。
更にこの作品では、麻由が数名の観客の脱出に手を貸していることから、少なくともその人達は生き残っています。
経緯はどうあれ、生き延びる事が出来たという事自体はとても良い事です。命あっての物種ですからね。
問題は、この人達がツヴァイウィングのライブの生存者のような扱いを周囲から受けなかったのかということです。
事実上、運営に関わっていたであろうS.O.N.G.が、その時の反省を活かして何らかの対策を取っていたとは思います。しかしながら観客が膨大な人数だった事などを考えると、その全てをカバーするのは無理があるでしょう。それにマスメディアが慎重な姿勢を見せても、制御が効かないSNSなどを利用されてはどうにもなりませんからね。結局、日本中でかつて起きたものの焼き直しが起きる事は、避けられなかったのではないかと、あくまでも私見ですがそう考えられます。 
それだけならまだしも、今作ではショッカーが迫害に遭った人の受け皿と化しているのですから、余計に始末が悪いです。同じ改造人間相手でも素体がこういった人ならば、幾らS.O.N.G.の職員でも戦う気を失くしてしまうでしょうから。
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