陽だまりシリーズ:小日向未来<異聞> -帰ってきた立花麻由- 作:ヨザリイコイ
草木も眠る丑三つ時の閑静な住宅地。そこを大柄な人影が歩いて行く。住民は寝静まっており、すれ違う通行人はいないが、人影は辺りを見回しながら歩いている。どうやら人目につく事を憚っているようだ。
それはある一軒家の前で足を止め、周囲を確認してから塀を飛び越え、壁に取り付き二階へと登った。そして窓を一つ一つ覗き込み、目当ての人物がいる部屋を見つけると、左手の手の甲にあるレーザーバーナーで窓を焼き切り、作った穴から眠っている女の首元へと長いロープ状の物を巻き付けた。
その感触に、標的が違和感を感じて目を覚ますも、人影は声を立てられる前に彼女を絞殺し、目的を遂げたのを確認してヒタヒタと壁を這ってから街路に飛び降り、何事もなかったかのようにその場を去っていった。
「さてと……、夜明けまでに後2人は始末しないと……」
図体に似合わぬ少女らしい声の呟きを遺して。
今朝の朝刊に、千葉県佐倉市のある住宅地で一晩のうちに4人が犠牲になった連続殺人事件が起きたことが報じられた。手口や犯行現場の近さから犯人が同じ人間である事は推定されているのだけれど、問題が一つある。手口だ。
窓が丸くくり抜かれていて、被害者が全員絞め殺されていたというのは共通しているのだが、その窓に出来た穴が人1人が侵入するには余りにも狭く、凶器も太い物である事までは予想できるのだが、ロープやワイヤーを使ったと考えても痕跡が無いなど、不可解な点が目立った。
私としては、凶器はともかくとして、その穴というのが気になる。人間が侵入出来るほどの穴でないということならば、凶器を放り込むくらいしか使い道は無いはずだ。しかしながら仮にロープで輪っかを作って首を絞めたとすれば、死体は窓に押し付けられたような姿になる筈なのに、皆ベッドの上で息絶えていたそうだ。そもそも凶器を被害者に引っ掛ける事自体、狭い通し穴から出来ることでもない筈だ。
ともなれば犯人の正体は、人間以外としか思えない。
「一つ調べてみるか。それにしても……」
新聞を読んでいて一つ首を傾げた事がある。
「前の一角獣事件の事があるのに、改造人間の仕業と疑わないのはどういう事だ?」
たった今読んでいた物にも、他の新聞にも改造人間による犯行と仮定するものは無かった。改造人間が起こしたテロや騒動のうち、人目につくような事件にまで発展したものは、吸血鬼や一角獣以外にも2件ある。だがその割に、話が表に出てくる気配はない。吸血鬼や一角獣も錬金術師によるアルカ・ノイズを使ったテロという何がなんだかさっぱり分からない話が、新聞やテレビのニュースに出ただけである。前者に関しては、部分的には間違ってはいないのだが、後者に関しては全くの出鱈目なのは、見るからに明らかである。現場であるリディアン音楽院の学生の口から真実が漏れそうなものなのに、その気配も無い。評判が落ちれば息の根が止まるような私立の学校なので、箝口令が敷かれているのかもしれないが、それでもSNSに真相が流れそうなものである。ところがそんな動きは全くない。
「何というか……、誰かが事の次第を隠そうとしているような気がしてならない」
「彼」の組織、正式な名前は知らないから仮にショッカーとしておくけど、ショッカーが情報操作をしようとしていると考えるのは、あまり適当とは言えない。
それならどう見ても関わり合いのない吸血鬼の情報は出回っている筈だし、一見しただけでは何処で作ったのかも分からない一角獣の事も本来なら放置しても差し支えないのだ。
そもそも「彼」は、これまで一度たりとも自ら情報操作に乗り出す事は無かった。総統である彼自身に、累が及ぶ事が絶対に無いからだ。誰の前にも姿を現さず、何処からか私達をじっと見ているだけだから、探しようが無いもの。
「だからイニシアチブそのものが無いんだよな。そもそも私を襲いに来た怪人しか身元が分かる物を持ってないもの」
人目に触れた案件では、組織のベルトを巻いていない改造人間が犯人だった。なればこそ、余計にやる意味が無い。尻尾を出すような事になりかねないからだ。
「つまり別のプレイヤーが、何かしらの操作をしている可能性がある」
ここで考えられるのが、お上や吸血鬼のパトロンである。しかしパトロンになりそうな組織といえば、それこそお上しか考えられない。開発元と思われるイルミナティは壊滅し、残党が見境も無く摘発されている状況で、錬金術師そのものが弾圧を受けていると言える状態である。そんな中でまともな保護を受けるには、やはりお上に頼るしかない。
「しかし何処の国かは分からんが、御偉いさんが彼奴を囲って、あんな事件を引き起こさせたとしたら……」
ショッカーが幾つもあるような状況と変わらないじゃないか。
「その分、私の延命に繋がるのかもしれないが……」
その御偉方の尻拭いをさせられていると考えると、この仕事を続けるのが嫌になってしまう。
事件現場は何の変哲もない住宅地だった。あちこち見て回ったが、これといってテロの対象になりそうなものはない。
「こんな所を荒らしてどうするんだ?」
これまでも、戦略上重要にはとても思えないような場所を襲う事が無かった訳ではないが、あくまでもそれは大規模な災害を起こす事を目的としていたのであって、何も使えそうなものが無い場所を襲うような事はしなかった。
「そもそもショッカーの仕業とも限らないし、そうだとしても再生怪人は、私を襲うか遺跡荒らしくらいしかしていない。となると吸血鬼もどきの仲間か、横浜の犠牲者が下手人だろう……」
出来れば前者であって欲しい。後者の相手をしても気が滅入るだけだから。
「通っているのが同じ中学校ってだけで、特にそれ以外の共通点は無いな……」
休憩に腰掛けたベンチで1人情報の少なさに嘆息する。
被害者について、それとなく聞き込みをしたところ、それしか共通点は見つからなかった。あの日、横浜に行ったという記録もない。ただ行った学生は、他に居たようだ。
「やけに物々しく囲まれていた学生が、5人居たな……」
近くの文具屋に聞いたのだけど、どうも過去にあの学校に在籍していた生徒が、ツヴァイウィングのコンサートから生き残った事から苛めに遭ったという事があったらしい。その反省からどうやら横浜で被害を受けた生徒を職員でガードしているそうだ。ただ学校では守れても、登下校までカバーしきれる訳ではないから、実効性は怪しい所だ。
「怪しいといえば、その生徒からは何も妙な気配は感じられなかった。一角獣の事があるから正体を疑っていたのだけれど……」
もしかするとそれに託けた輩の仕業なのかもしれない。あの事を何処からか聞きつけた人間が居ないとも限らないから、有り得ない話ではない。
「こんな事を疑わねばならないなんて、気分の悪い話だ」
公園を離れて見回りを再開すると、下校途中の学生の群れを見つけた。何と8人の学生が人だかりを作って、その中心にいる子を周りが寄って集って痛めつけていたので、そいつらを追い散らして倒れていた女の子を助け起こした。
顔を見ると職員が守っていた学生さんの1人で、体のあちこちに切り傷と打撲の痛ましい痕が出来ていて、鞄も刃物で切り裂かれていた。
座席に乗せて病院へと連れて行く途中、事の経緯を聞くと学校を出て少し離れた所であの連中に捕まり、暴行に遭ったそうだ。理由は勿論、横浜の一件である。
「職員がガードしきれない所を狙われたのか……。親御さんに送り迎えしてもらう事は出来ないの?」
「2人とも海外に出張していて、お姉ちゃんも仕事が立て込んでいるから無理なんだ。おまけに最後まで庇ってくれた親友もこのところ病欠していて……」
「八方塞がりじゃない」
「でもね、今日はその子なしでもへいき、へっちゃらだったんだ」
体や持ち物の傷の具合からして、とてもそうには思えない。だが少し表情が和らいだ事からして、この子にとって幾らかの助けになる事があったのは、間違いないようだ。
「何か気が楽になることでも?」
「まぁ、そんなところ……」
「教えてくれない?」
「嫌」
「そっか……」
これ以上の詮索は、もうしない事にした。誰にでも秘密にしておきたい事はあるだろうし、ましてやただの通りすがりの人間なんかに話したいなどとは、どんな人間でも思わないだろうと考えた為だ。私としても人の秘密を探る趣味がある訳でもないし、深く関わるつもりもないからそこで止めても別に困りもしないのだ。尤も改造人間が絡まないという条件が付くが、この子自身がその手の類と関わり合いがあるという確証は、今のところ全くない。ならばこの子の内情に関して、余計に踏み込むような真似はしないに越した事はないのである。
人通りが絶える深夜1時半に、駅前のコンビニを発ち、住宅街へとサイクロンを走らせる。また現れるという確信は無いが、行方不明者が出ている事も考慮して、ここに網を張ることにした。
しかしマシンを走らせて一通り見回っても不審な人影は未だ確認できない。
「見たところ、まだ平穏無事なようだが……」
「ちょっと、君」
路肩にサイクロンを止めて、自販機で缶ジュースを買って飲んでいると、制服を着た警察官に呼び止められた。職務質問らしい。この近くで重大な事件が起きたのだから、不審者対策に出張っていても何らおかしな話ではないので、運転免許証を取り出して素直に応じる事にした。
「こんな遅くに何しているの?」
「いや、何。これからツーリングにでも行こうと思いましてね」
まさか馬鹿正直に改造人間狩りに行くなどとは言えない。尤も言ったところで信じてもらえるとも思えないが。
顔からして、こんな時に無用心なやつと思われているようだが、別に怪しまれている訳では無いようで、あっさりと解放された。
「昨日起きた事件の犯人が近くに居ないとも限らないので、外出するなら気を付けてください」
「お気遣いありがとうございます」
こうして話を終えて、その場を立ち去ったのだが、後になってその事を後悔した。怪人が直ぐ近くに居たのに、全く気づかなかったのだから。
翌朝、自販機の隣で昨日の警官が倒れているのを見つけた。抱え起こして呼び掛けるも返事が無く、呼吸も脈もない。見ると左胸に10円玉ほどの大きさの穴が開いている。
慌てて近くの公衆電話から警察に電話して、到着するまでの間に穴の出所について考えた。
まず穴の周りについている焦げ痕から考えて、刃物で刺されたとは考え難い。そのことから銃器で撃たれたと考えられる。そして穴の縁が蝋のような溶け方をしていることから、レーザーによって出来たものと考えられる。
いかにこの世界でもレーザーによる攻撃を行うのは、大掛かりな装置を使った物でない限り不可能である。精々、宇宙条約違反のアメリカ製の人工衛星くらいな物だ。しかもそれだって、人間の心臓のような小さな標的へとピンポイントでの攻撃を行う事など不可能である。つまりは改造人間の仕業だと見て良い。
しかし昨日来た時には、それらしき反応は全く無かった。となると、向こうはこちらの測定可能な範囲の外から警官を狙撃したか、或いは隠密行動向けに脳波を予め測定できないようになっていたかの二つに一つである。近くにあるのが民家ばかりで、御世辞にも狙撃に向いているとは言えない立地であることやそもそもレーザーが、その視認性の高さから狙撃の用途には適さない事を考えると、恐らく後者であると考えて良い。
「Oシグナルでも感知できず、気配も感じられず……」
敵を炙り出す方法が思いつかず、腕を組んで考え込むも妙案が出ない。使う武器の一つが分かったところで、怪人の正体や目的も分からないのでは、どうやって手を付けたら良いものかも分からない。
「もうちと材料を集めん事には……」
どうにもなりそうにない。
その後、駆けつけた警官に連れられて警察署に赴き、そこで事情聴取を受けた。別に妙な物を持っていた訳でもなく、自販機の隣の電柱に付いていた監視カメラの映像からあの人が死んだ時に私が近くにいなかったことから、直ぐに用事は片付いた。
そして帰ろうとした時に、一昨日と同じ手口で殺された人間が、今日3人見つかった事を小耳に挟んだ。しかも1人は家族諸共皆殺しの憂き目に遭ったそうだ。
その場では、部外者ゆえに具体的な情報を聞き出せなかったが、コンビニで買った新聞記事に、被害者の顔写真と名前が載せられていたのを見つけた。なんとその3人、昨日私が追い払った無法者だった。
「まさかその4人……」
危険だが、思い切って警官に化けてあちこちで聞き込みをしてみたところ、一昨日の4人もあの子を甚振っていた連中に居た事が分かった。詰まるところ、彼女に何らかの危害を加えた者は、攻撃のターゲットにされてしまうようだ。それならば今日死骸が見つかった3人を除けば、残りは確か5人しかいなかったので、捨て置いても事件の終息は近いと思われるが、改造人間が下手人である以上、放置したらこちらに火の粉がかかりかねないので、それは不可能である。
「そもそも無関係の警察官を手に掛けたのだから……」
放っておくわけにはいかない。無法者を片付けるだけならまだ罪は軽いが、無辜の人間を殺したのでは、ただのショッカーの怪人と同じである。
「一先ずあの子の家に網を張ってみるか……」
「ただいま……」
「お帰り。郁美ちゃん」
その頃、昨日麻由が助けた少女、八女郷子は同居している親友の茗溪郁美の帰宅を玄関で出迎えていた。
「首尾はどうだった?」
郷子の問いに、ニヤリと笑い郁美は答えた。
「バッチリ。残りは今夜中に片付くよ」
「良かった。怪我はない? 警察に見つからなかった?」
そこで口籠る郁美に、郷子はそれ以上聞くことはなく、彼女を伴い居間に入ってソファーに腰かけた。
「怪我はしてないみたいだね」
「そうなる前にカタをつけてるよ。尤も少し危なかったけど」
「まさか警察に?」
郷子の懸念に郁美はかぶりを振って答える。
「警察は気づかれる前に片付けたよ。恩人から気を付けろと言われた改造人間が、近くにいたんだ」
「えっ、大丈夫だったの?」
「気づかれる前に何処かに行っちゃったよ。大丈夫、大丈夫」
笑って答える郁美を心配そうに郷子が見つめるが、彼女にとっては取るに足らないことらしく、少しも気にする様子は無かった。
「そんな事よりも私が留守の間、家に嫌がらせは来なかった?」
「無かったよ。郁美が暴れてくれたおかげで、このところここは平穏無事」
「なら良かった。わざわざこの身体になった甲斐があったよ」
右手をわざと変化させて胸を叩く郁美。そんな彼女を見て、郷子は申し訳なさそうに言葉を紡ぐ。
「私なんかの為にわざわざ怪物に……。それにこの件が済んだら、その恩人さんの所で暫く働かないといけないって……」
「気にしないで。大切な郷子を守る為ならこれくらい安い物だから……」
「ありがとう、ありがとう……」
2人はお互いに抱きしめ合った。窓の外から自身を覗き込むV3ホッパーがある事に気付くことなく。
ホッパーから受信したビデオの映像を確認して、今回の標的を確認した。案の定、昨日の学生とその友人だった。
人間の側に明らかに落ち度がある事とまだ2人が若い事を差し引いても、放置しておくわけにはいかん。警察の見張りの目がキツくなる可能性がある事を考えると、このまま放置しておけば、何人無辜の人間が死ぬ事か分かったものではない。そうなれば同じショッカー製の改造人間である私の立場も危うくなる。
「可哀想だが……、生かしておくわけにはいかないな……」
早速、昨日手に掛かった無法者のうちの1人に化けて、八女さんの家まで向かい、塀の上から家の中をじっと覗き込んだ。友達の方に気づかれる可能性があるが、特に気にしない。改造人間の正体までは、Oシグナルを持ってしても掴む事は出来ないからだ。精々、製造元と帰属先を割り出すのがやっとである。
5分も経たないうちに、友達の方が私に気付き、信じられない物を見るような目で見返してきて、それに気付いた八女さんもこちらを見て、歯をガチガチ鳴らし出した。確かに消したはずの人間がこんな風に顔を出したら、幽霊が来たとしか思えないだろうからね。
すくっと立ち上がった親友がこちらへと来たので、塀から飛び降りてその場から逃げ去り、変装を解いた。
「さてと……、これで1発目」
この後、3時間おきに人を変えて顔を突き出しに行った。こうやって揺さぶりを掛ければ、向こうからこちらの張った網にわざわざ出向いてくれる筈だ。
夜中の0時の人通りの絶えた住宅街の一角に、怪人は姿を現した。
近くに私や警察官が居ないことを確かめて、塀をよじ登って壁に飛びつき、窓を覗き込んだ。そして中に昨日仕留めた筈の人間がいるかどうか確かめた時に、口元が現れたのを向かいの空き家の塀越しに認めた私は、予め用意しておいた信号弾を打ち上げた。
それを見て驚いた怪人は、直ぐに屋根から裏道に飛び降りて逃げようとしたのだが、これがいけなかった。何せ壁の色そのままの姿で飛び降りたものだから、かえって目立ってしまう結果になったのである。
こちらも塀を飛び越えて、裏道に駆け込み、そいつ目掛けて3個のカラーボールを投げつけてから一旦引き上げた。幾ら擬態ができても、それは自分の肌を変色させることができるだけで、体についた塗料はどうにもできないからである。
「ちっくしょう……」
昨日仕留めた筈の奴が郷子の家を覗きに来て、そいつから改造人間特有の脳波が出ている事を感知したから、今度こそ仕留めないと拙いと思って襲いに行ったら妙な奴に襲われた。
傷こそ負わずに済んだが、背中にペンキをぶつけられてしまい、その所為で擬態のしようがない。警察官相手に遅れを取る身体ではないけれど、なるべくターゲット以外と事を構えるような真似はしたくない。
このままだと目立つので、一先ず人間の姿に戻ると、肌に塗料がへばり付いていて気持ち悪いったらありはしなかった。だがコートで汚れは隠せるから直ぐにはバレずに済みそうだ。尤も刺激臭だけはどうしようもないけど。
「とにかく逃げなきゃ……」
「おまわりさーん!! あそこに怪しい奴が!!」
後ろで聞こえたその声にギョッとして振り返ると、さっき私を襲った変な奴が騒いでいた。向こうも後ろを向いているから顔は見えないが、服装や背格好からしてさっきの奴なのは間違いない。
おまけにさっき奴が打ち上げた花火のせいで、警察官がぞろぞろと集まってきた。とても悠長なことなどしていられない。
近づいてくる警察官の足音やパトカーのサイレンから遠ざかる為に、私はがむしゃらに走った。
どこをどう逃げたのか、気がつくと森の中にいた。辺りに人影はない。
胸を撫で下ろして、木陰に腰を下ろしこれからどうするかを考えていた。その時だった。
前のめりに倒れるも体を横に転がせて相手の正体を確かめると、案の定というべきか、さっき私にペンキを浴びせた怪しい奴だった。
覆面をしていて顔は分からないが、一昨日仕留めた奴らだとは思えない。3人とも確かに警察病院で死んだ事が報じられていたし、恩人に確かめたところ、死骸を奪ったり、弄ったりした覚えはないとの返事がかえってきた。
「ま、まさか……」
「そのまさかさ」
覆面を取った其奴の顔は、恩人に注意しろと言われていた女のものだった。
すぐにカメレオンの姿に変身し、舌を首に巻き付けようとするも、右腕を素早く首に差し込まれたものだから首を絞めつける事ができず、残った左手に握られていたナイフで舌を刺されてしまった。
「グアッ!」
痛みに対応が遅れた隙を突かれて、地面に叩きつけられた時に、向こうも変身を済ませて飛びかかってきた。
身体を転がしてこれを躱し、距離を取る為に着地点へとレーザーで威嚇射撃をする。向こうは被弾を避ける為に後退したので、こちらの目論見通りに事は運んだが、数発が周りの木に当たって燃え出してしまった。
「人目につくような事をしてどうするのさ!」
例の女が左腕の甲から発射した分銅鎖が左手の甲に直撃し、内蔵されていたレーザー砲が砕けてしまい、遠距離用の兵器が無くなってしまった。舌もさっき刺された所為で、伸縮機能が死んでしまい、だらりと伸ばすことしかできない。
「こうなっひゃら……」
伸びきった舌を両手で掴み、鞭がわりにして身構える。
奴も鎖を腕に仕舞い込み、右手を前に突き出して左腕を額の前に掲げる構えをとって、こちらの動向を伺っている。攻撃を仕掛けるにせよ、逃げるにせよ、隙がないから難しい。
睨み合っているうちに痺れを切らしたのか、向こうから走り寄り、私の腕を掴もうと手を伸ばしてきたのを舌で払い除ける。
しかし舌を掴まれた挙句、振り回されて燃え盛る木にぶつけられ、その衝撃で舌を噛み切ってしまった。
「グギャ!」
背中の大火傷と舌先からの流血が、一度に襲いかかってきた。これではもうまともに戦う事はおろか、口をきく事もできない。
ちくしょお、ちくしょお……。あと5人も残っているのに、これじゃあ、これじゃあ……。
「終わった……」
カメレオン怪人は、液状化して消滅した。後に残ったのは、彼女が首に掛けていたと思われるロケットだけ。
「第三者の被害拡大を防ぐ為にやったが……、本当にこれで良かったのか?」
後悔しない戦いなどこれまで一つもなかったが、いつにも増して自分の行いが失敗だったとしか思えなかった。この件が終われば、「彼」のもとで働くことになっていたなど、幾らでも言い訳はつくが、八女郷子の最大の庇護者を奪ったことには相違ない。
「取り敢えず、このロケットだけでも届けに行こう……」
そうしてロケットを手に彼女の家まで赴いた時だった。
「ああっ!」
彼女の家は、火の海と化していた。あの森のように。消防車が駆けつけて消火に当たったが、もう遅かった。
その後、郷子さんの遺体が焼け跡から出てきたのは、火が消し止められた30分後の事だった。
「どうすれば良かったんだ……」
迫害を受けた人間を護ろうとしたあの人と迫害に加わった人間や特に関係のない人間を守る事にした私。幾ら無辜の人間の命までも取ったとはいえ、手に掛かったのは殆どが明らかに非がある人間だったのに。そんな人達を助けるような真似をした結果、2人の人間を殺した。
「どっちを助けてももう片方を殺す事になるのは、絶対に避けられん……」
どちらも助ける事なんか土台無理な話だ。そう簡単に事が進めば、そもそも私の出る幕なんか無かったし、悪魔がつけ入る隙が出来ることも無かった。
「棍棒一本でどうにかなる問題じゃ無かった……」
結局のところ、私がいたところで大した解決には繋がらなかった。寧ろ場を引っ掻き回しただけかもしれない。
「どうすれば良かったんだ……」
如何でしたか。
この場合、どちみち麻由は火傷をする他ありませんでした。何せ事件が起きた事で、どちらにも問題がある形となってしまった訳ですから。どちらにも手を差し伸べたって、双方から白い目で見られるのがオチです。
ショッカーがメフィストフェレスのように、ライブ被害者やその関係者を誘惑する限り、こんな事はずっと起き続ける事でしょう。