それは、夏も過ぎ去り少しづつ秋の風が吹き始める頃だった。
「おーい!!盟友、いるかい?」
そう言って珍しく二柱のいない守矢神社にやってきたのは、沢の下に住む河童達のリーダー。
「あれ?にとり?」
独り居間でくつろいでいた俺は、にとりの姿を視界に収めて頭に疑問符を浮かべる。
「やぁ盟友。元気にしてるかい?」
「その盟友って呼び方やめてって言ってるじゃんか……まぁ、こっちはいつも通りだな」
「そうか……苦労してるんだな……」
「まるで俺がいつも苦労してるみたいな言い方やめてくんない?」
同情的な視線を送ってくるにとりに引きつった笑みを浮かべながら返す。
……まあ否定しきれんのが悲しいところではあるけれど。
「で?何の用だよ?俺は今忙しいんだよ。用があるなら手短に頼む」
「いつもの君ならすんなりと受け入れられる言葉だけど、そんなだらけきった格好で言われてもね……まあ別に君の安寧を侵す気は無いよ。ただほんの少し盟友の力を貸して欲しいだけさ。そうほんの三時間ぐらい」
「思いっきり侵してんじゃねぇか」
思いっきり良い笑顔でそうのたまう馬鹿野郎に三割ぐらいの本気の殺意を込めて睨みながら返す。しかし予想通りと言うべきかにとりには一ミリたりとて効いている様子は無い。
このアイアンメンタルが。
「まあ、そんなに難しいことじゃないさ。ちょっとだけ君の『力』を貸して欲しいだけだよ」
「テメェの言うちょっとが、本当にちょっとだったことが今までにあったか?」
「あったさ。少なくとも私の中では」
「自己完結してんじゃねぇよ。そのメンタル外に出せ外に」
相変わらず食えない性格だなこいつは。その上憎めないときたもんだからタチが悪い。
にとりはいつものように俺をからかってはにやにやと笑う。その笑顔は純粋に楽しそうで、それを見たら怒る気力も失せてしまった。
「はぁ……で?今度は何をして欲しいんだ?」
「ふふっ……盟友は最終的にはそうやっていつも承諾してくれるよね。そういうところはいいなーと思ってるんだよ?」
「うるせー。そう言うのは良いから」
「つれないなぁ……」
口では色々言いながらも、その表情は楽しげなのを隠し切れていない。多分隠す気も無いのだろう。確実に俺をからかって楽しんでやがる。
「別に難しいことを頼むつもりは無いよ。一つだけ、君のその力を使って雛を助けてやって欲しいんだ」
「鍵山を?」
にとりは、その種族故か嫌う者も多い少女の一番の親友でもある。だからにとりが少女のために動くことは別に不思議では無いのだが……
「別に良いが……俺に出来る事なんてあんのか?」
雛は曲がりなりにも神の一座だ。俺に出来るような事なんて無い気がするが……
「それは向こうについてから説明するよ。勿論来てくれるよね?」
「どうせ拒否権はないんだろ……行くさ」
「ありがとう。大好きだ、盟友」
「盟友っつー呼称使ってる時点で巫山戯てんのは知ってる」
「残念だ」
こいつは、本当に真面目に喋るときはちゃんと一樹と呼ぶ。盟友って言ってくるときは巫山戯ているか、テンパっているかのどちらかだ。
「じゃあ行こう。天下一武闘会優勝を目指して」
「テメーはどこに向かってるんだ」
いつものノリでツッコミを入れつつ、俺たちは河童の沢に向けて歩いて行った。
2
守矢神社を出て約15分。妖怪の山に流れる巨大な滝のほとりでその少女は蹲っていた。
『……ア……ア”ァ”……ア…………アァァ……』
「と言う訳で、雛をこの厄の塊の中から救い出して欲しいんだ」
「いや何が難しいことを頼むつもりはないだ!?なんだよこのルナティック級の難易度誇りそうなクエストはぁぁ!?」
蹲っている少女、厄神 雛はその全身を厄の塊で包まれ、触るだけでも、いや近づくだけでも呪われそうな雰囲気を醸し出していた。
正直言ってこれをどうにか出来る気が、一ミリもしないんだけど。
え?なんなの?俺を殺しに来てるの?この馬鹿ガッパは。
「大丈夫だろう?君の能力を使えば」
「あのなぁ、あれ使ったときの副作用どんだけ強いか知ってんのかお前?10分使っただけで三日寝たきりだぞ?」
「たった三日の寝たきり生活で神を一人救えるんだ安いもんじゃないか?」
「……そもそもの話、何で俺なんだよ……もっと他に適任いるだろうに……」
確かに俺の能力は相性が良いのかもしれないけれど、けど俺を呼ぶくらいなら他に呼ぶべき人物がいるだろ。身近なところで言うなら、早苗とか、霊夢とか。
浄化は巫女の得意分野なはずだ。早苗は風祝だが……まあたいした違いは無いだろう。
「いや、脇みこーずじゃダメなんだよ。神の使いたる彼女たちじゃあね」
「……俺も一応、戦神の使いなんだがね……」
「君は大丈夫だろう?『神殺し』の君なら」
「……」
……ったく……嫌なところをついてきやがる……
「はぁ……分かったよ。俺がやる」
「助かるよ」
覚悟を決め俺は一歩前に出る。にとりは何も言わずに後ろに下がった。彼女は理解している。俺がこれからやろうとしていること、その意味を。
ここから先は人あらざる物の領域。
越えることは厭わず、侵すことは叶わない。
純白の唯一たる神のみぞ進める神域の如く。
「…すぅ………はぁ……」
1度だけ、小さく息を吸う。
それで精神統一には十分だ。ここから先、一度でも息を乱せば恐らく死ぬ。敵にやられるのではない。己の力に耐えきれずに内側から破裂するのだ。
俺の力はそういう類いの物。脆弱なる人間には過ぎた神をも殺す力……
「……
その小さな囁きと共に、全身より溢れ出す純白の雷。雷撃は地面を削り、滝に穴を穿ち、木の葉を消し炭にし、そして厄を消し飛ばした。
厄は雷に振れたところ片っ端から消滅して行く。俺は、雛の体に当てないよう細心の注意を払って、纏わり付く厄のみを消していった。
『全てを殺す程度の能力』
それが俺に備わった能力だ。
森羅万象、何であろうと殺し尽くす。
人であろうと、妖怪であろうと、神であろうと、自分自身であろうと。それがそこに存在している限り絶対に殺す。その力は余りに強大だ。制御できなければ自分自身にすら牙をむく。
全てを殺すの名に相応しい。俺という宿主を殺し、力は自らをも殺す。
それが、俺が自らの力を忌避する理由だった。
「ぐ……!!」
歯を食いしばり全力でコントロールに集中する。雷は雛に当たることも無く、順調に厄を消していく。しかし、刹那の油断も許すことはできない。
雷と言う形を与え、制御しやすくすることで何とか持ってはいるが、それでもこれを使うときは常に死と隣り合わせの状態で居なければならない。こんな不安定な力。本来なら使うべきではないのだ。
「……ハァ!!」
最後の一撃とばかりに厄に向かって雷撃をとばす。束縛から解放された雛は地面に倒れ伏し、同時に俺も目眩と共に倒れた。
「ハァ……ハァ……」
ぐわんぐわんと揺れる視界の中、地面に仰向けに寝転がりながら荒い呼吸を繰り返す。
「お疲れ様。雛の厄は消えたよ。ありがとう」
そこに、にとりが近寄ってきた。その背には穏やかな寝顔を浮かべる雛を抱えている。
にとりの俺を見る目の奥には、怯えの色が見えた。それは正しい反応だっただろう。自ら命を容易く奪い去るような規格外な力が鎖にも繋がれずに野放しになっているのを目にして、怯えも警戒もしないのは頭のねじが外れている馬鹿か、何も理解できていない愚か者のどちらかだ。
だが、にとりは怯えながらも極力今まで通りに接しようと、その怯えを見せないようにしようとしてくれていた。
それはもちろんこの状況を生み出したのが、俺の力を借りるという自身の選択の結果であるというのもあったし、それに何より、ただ俺と『盟友』でいたかったからだと思う。
にとりの前でこの力を使うのは初めてではない。にとりはこの力を恐れながらも──けれどけして俺を恐れはしなかった。ただ「今まで通り」を続けてくれた。
それだけのことに、どれだけ救われたことだろう。その恩を俺が忘れない限り、こいつの願いはできる限り聞いてやろう、と。ただそう思ったのだ。
にとりは強いな……
心の中で小さくそう告げる。しかし口に出すことは無く、俺はにとりに質問した。
「……鍵山は?」
「大丈夫だよ。取りあえずは問題ない」
その返答に、ほっと安堵の息を漏らす。
「まぁ、生きてるなら良い。しかしやばいな……動けねぇ……」
「年かい?」
「殺されたいか?」
あ?やるか?あ?
「君が言うとシャレにならないね……生憎だけど遠慮しておくよ」
「残念だ」
にとりと軽口の応酬をしながら、動かない手足で、一枚の小さな紙を取り出す。
「それは?」
「式鬼。使い魔みたいなもんだ。」
紙を空に放った瞬間、まるで意思があるかのようにまっすぐとどこかへ向かって飛んでいった。早苗のいる場所に飛ばしたのだ。方向的に博麗神社のようだな。
「……とにかく、ありがとう。送っていこうか?と言いたいけれど……」
そこでにとりは言いよどむ。その背にはすーすーと寝息を立てる雛の姿がある。
「まあ鍵山つれてちゃ無理だわな。別に良いよ。このままで」
その意図を察して、そう声をかけた。にとりは助かったという風に笑う。
「ならここでお別れだね。ありがとう、助かったよ」
「あいよ」
にとりの姿が遠ざかっていく、そして数秒で視界から消えた。
「……はぁーー……」
深い、深いため息をつく。
疲れた。すっげー疲れた。
力使ったのなんか地底の異変以来だし。体中すっげー痛ぇ。
「やっぱ使うべきじゃねーわ。コレ」
毎回その結論に至って、それで毎回こんななってんだからどんだけ意思弱いんだよって話だが。
やはり、コレは人には過ぎた力だ。実際に、俺自身制御できてるとは言いがたい。もし完璧に制御出来てたんならあの時俺は──
「……いや、やめよう……こんなもん考えるだけ無駄だ……」
頭を二、三度振り痛む体に鞭打ちながらゆっくりと起き上がる。
すると視界の端にものすごい勢いで飛んでくる緑色の風祝が見えた。
……いや、あれ何キロ出てんの?ねぇ?はやすぎない?
「一樹ーー!!」
「え、ちょ、ま、うぉぉぉ!?」
時速100キロぐらいは出てそうな勢いで飛んでくる早苗を間一髪で避ける。
「避けないでくださいよ!!」
「死ぬわ!」
そしてそんなことをのたまう早苗に全力の怒号を浴びせた。
皆してなんなの?そんなに俺を殺したいの?良いぜやってやろうじゃねぇか。
あ、ちょっとそこのお値段以上さん。そんな機動兵器持ち出さないでくださいね。俺潰れますから。
「かぁーずーきぃー!!」
と、脳内逃避もここまでのようだ。頭の中で「コイツ、動くぞ!」とばかりに動き出した機動兵器を消し去る。
「今度という今度は許しませんからね!!勝手に力を使って!!」
「いや……それは悪かったけど俺にだって事情があったんだ。それに生きてんだからそこまで言うほどのことでも……」
「シャーラップ!!一樹に発言権はありません!!黙って怒られなさい!!」
「理不尽!?」
なんなの?俺に人権は無いってか?泣くよ?泣いちゃうよ?
「男の泣き顔ほど見苦しい物はないよ。一樹」
「ナチュラルに人の心読むのやめて貰えます?」
そう失礼なことを良いながら、諏訪子様が沢の中から現れる。カエル神……なるほど言い得て妙だ。
「溺死と呪殺……どちらがお好みかな?」
「前言撤回。ミシャクジサマバンザイ」
怖ー……マジ怖ー……
本人が祟りの神なだけにシャレにならない。これほど現実味の帯びた脅しは初めてだ。
俺が戦慄しているのを見てか、諏訪子様ははぁー…とため息を付いてから喋り始めた。因みに早苗の説教はさっきから雨のように降り注いでいる。全部右から左だけど。
「一樹。私は力を使うなとは言わないけれど、その結果引き起こされる最悪の事態によってどれだけの人間が悲しむのか、考えて欲しいな」
「……」
「もう君の体は君だけの物じゃないんた。私たちは……家族なんだよ?」
洩矢の神としてでは無く、守矢家の守矢諏訪子として話す諏訪子様。
その少し愁いを帯びた表情に、俺は何も言えなくなってしまう。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
するといつの間にか早苗の説教の雨はやんでいた。
「お説教は終わった?早苗」
「諏訪子様!?いつからそこに!?」
「気付いてなかったんだ」
熱中しすぎだろ……ではなくて。
肩で息をする早苗の方に向く。そして、なるべく真摯な声音で返した。
「あー……早苗……なんだ、その……悪かった。お前の気持ちを考えてなかった。自分のことだけでいっぱいになって俺が死んだらお前がどんな思いするか考えなかった。すまん……」
「…………分かればいいんです分かれば」
俺の言葉を聞き、怒ったようにぶっきらぼうに言い放つ早苗。いや、実際怒っていたのだけれど。
「まぁ、なんにせよ、帰らないとね。一樹歩ける?」
「ちょっときついですかね……」
「じゃあ早苗、頼んだよ」
「え、ちょ諏訪子様!?」
早苗に全てを押しつけて沢の中へ消え去る諏訪子様。さすが逃げ足が速い。
「はぁまったく諏訪子様ったら……」
「悪いな」
「……良いですよ。今回だけですよ?」
よいしょっと良いながら俺をおぶって飛ぶ早苗。
そのまま俺たちは守矢神社に向かって互いに無言のまま飛んでいった。
「その……悪かった」
「もういいですよ。一樹には言うだけ無駄みたいですし」
「う……」
沈黙に耐えられなくなって、そう口を開いたら、逆に墓穴を掘ってしまった。全部自分が悪いので何も言い返せない……。
「……別に私だって、一樹がその力をちゃんと制御できてるなら口を出すつもりなんてないですよ……けど、忘れたわけじゃないでしょう?それが暴走してどうなったのか」
「…………あぁ」
忘れるわけがない。あれは、俺の安易な行動が、愚かさが生み出した必要のなかった悲劇だ。今回のことも、一歩間違えればその再来になった危険だって十分にあった。
そのことはちゃんとわかっているつもりだ……なんて、口では何とでも言えるけれど。
「……悪い」
「もういいですって。ほら、見えてきましたよ」
罪悪感から、謝罪の言葉が止まらない俺に対して、早苗は呆れたように息を吐く。
そんなやり取りをしているうちに守矢神社が見えてきた。二人静かに降り立って、早苗の肩を借りながら、俺たちは神社の中へと入っていった。
『ただいま』
因みに、今回の雛の件、元凶はやはりと言うべきか、にとりだったらしい。厄をコントロールする機械を作ったらしいのだが、案の定暴走。逆に厄を制御不能なレベルに巨大化させ、ああなったらしい。
にとりも、雛のために作ったものだったのだろうが……取りあえずあいつは今度あったらぶん殴ろう。遠慮せずに三発ぐらい。