「一樹、早苗いるかしら?」
ある日の夕暮れ、さてそろそろ夕飯の準備でも、と立ち上がったところに玄関から声がかかった。
「あれ?霊夢さん?」
「本当だ」
そこにいたのは、その身を紅白の巫女服に包んだ少女だった。
少女――
土足で。
「いやせめて靴脱ごう!?」
「いいじゃない、めんどくさいわ」
「あのな?ここは博麗神社じゃないんだ、あんまり好き勝手にされるのも困るっていうか……」
「私の神社を土足で上がり込んで汚すわけないじゃない。馬鹿じゃないの?」
「……」
うん、まぁ。霊夢がこういう人だっていうのはわかってるからそこまで怒りもわかないんだけど……どうにかなんないもんかね。
「それで!霊夢さん今日はどんな御用で?」
早苗の言葉にああ、そうだった。という風に我に返る霊夢。
「いえ、大したことじゃないのだけど。夕飯でもご馳走になろうかと思って」
「え、なにそのまるで奢るのが普通みたいなノリの言い方」
なんでこの人ナチュラルに他人の家に(文字通り)土足で上がり込んで晩飯たかろうとしてるんだろう。
「……まぁ……いいですけど……」
この人とももう長い付き合いになる。
俺も、早苗も、こういう脈絡もない無茶ぶりにも慣れたものだ。
「悪いわね」
微塵も悪いとは思ってなさそうな声音でそう言い放ち、さっきまで俺が座っていた所に座って饅頭を食べ始める霊夢。
いやそれ俺の饅頭…………
「もう……いいや……」
もはや言葉もない俺であった。
「それじゃあちょっと食材の買い足しに行ってきますね。20分ほどで戻りますので」
早苗はそういって玄関から出ていく。二柱のいない今、この神社にいるのは俺と、俺の饅頭をもぐもぐ食べている傍若無人な巫女だけだった。
「……さて、早苗もいなくなったことだし、本題に入りましょうか、一樹」
「ああよかった、本当に晩飯たかりに来ただけかと思った」
饅頭を食べ終え、やけにキリッとした顔でそうのたまう
「そんなわけないでしょう。まぁ晩御飯は食べて帰るけど」
やっぱりそれが主目的ではなかろうか?
俺の中でそんな疑念が顔を出すが何とか飲み込んで、霊夢に話の続きを促す。
「それで?なんなんです?本題って」
「一樹、あなた力を使ったわね?」
「……」
ああ、うん。その話かぁ……。
霊夢の言葉に、俺の持っていた立場上の優位性が音を立てて崩れ去る。
直前まで家主と客人という関係だったのに、今では、罪人と裁判官の如き様相だ。
「……使った」
「でしょうね」
まあ、分かっていたことだけど。と呆れ顔の霊夢。
「あなた、五ヶ月前にも能力使って死にかけたばかりでしょう。それなのにまたおんなじこと繰り返して……馬鹿じゃないの?」
「……返す言葉もないです」
霊夢の咎めるような言葉に何も言い返せない俺。
「まあ、あなたの力の行使にまで強制権はないから、お咎めがあるとかそういうことではないけれど……自分で分かっているでしょう?その力の危険性には」
「……ああ、分かってる」
ああ、そうだ。わかってる。わかっているのだ、言われなくとも。自分自身の立場も、力の危険性にも、俺が、
「それに、忘れたとは言わせないわ。あなたの幻想入りの際に交わした契約のこと」
「……『力の暴走の兆候が見られた場合には、問答無用で処分する』」
神すら殺す力を前に、誰が、どうやって……なんて、考えるだけ烏滸がましい。神すら凌駕する力の持ち主など、
「そうよ。私は別にあなたが処分されたところでどうとも思わないけど……それでもあなたがいなくなることで悲しむ人物はいるでしょう」
特に早苗とかね。そう付け足す霊夢。口調も言葉も厳しいが……心配して、くれているのだろう。
「ごめん。それと……ありがとう霊夢」
「……いいわよ。あなたがいなくなったところで私には関係ないけれど、あなたの力で
貴方ではなく幻想郷のためだ。そう言って視線を逸らす霊夢、それも紛れもない彼女の本心ではあるだろうが……それでも、すべてではあるまい。ぶっきらぼうな口調と態度で冷たいと取られがちな霊夢だが、本当は、やさしい少女なのだ。
「……なんか、変なこと考えてないでしょうね?」
「めっそうもないです、ハイ」
なんて考えるのもやめにしておこう。霊夢は勘が鋭いから。
「まあ、いいわ、言いたいことは言ったから。それで治らないようならもう不治の病ね」
「……」
五ヶ月前、似たような状況で似たようなことを言われて、そして今がある俺は何も言えない。
「と、早苗が帰ってきたみたいね」
そう言われて玄関のほうに意識を向けると、確かに足音が聞こえた。それも、複数。
「誰か連れてきたのか?」
何人かはわからないが、そこそこ人数のいそうな足音がトタトタとこの居間に近づいてくる。そしてガラガラと襖がひかれた。
「ただいま帰りました!一樹、霊夢さん」
「うぃーっす!邪魔するぜ!一樹!と霊夢もか!」
「やっほー一樹。久しぶりー」
入ってきたのは三人だった。一人は早苗、もう一人は魔法の森に住む魔女にして霊夢の親友である
「萃香?珍しいじゃない」
霊夢が驚いた声を上げる。それもそのはず。入ってきた三人目の最後は、本来なら地底にいるはずの鬼、その人(鬼)だったのだから。
「霊夢も久しぶりー」
「どうしたのよ?地底にいたんじゃないの?」
「いやそれがさあ、勇儀のやつがひどいんだよー。自分の仕事ぜーんぶ私に押し付けてどっかいっちゃったんだもん!二人分の仕事なんてこなせるわけないしさぁ……ほっぽって逃げてきちゃった」
てへ、とかわいらしく舌を出す萃香。
いや、ていうか逃げてきたって……
「呆れた……なにやってるのよ……」
「悪いのは勇儀だから怒るなら勇儀にねー!」
「……いや自分の仕事放棄した時点で同罪だろうよ……」
かたくなに自分は悪くないと言い張る萃香に呆れるやら戸惑うやら……
「別に私はあんたたちの保護者でもなければ上司でもないから何も言わないけど、向こうに帰ってからどうなるかは知らないわよ」
「んー……ま、そん時はそん時、どうにかなるよきっと」
「呆れるほど無計画ね……」
かんらかんらと屈託なく笑う萃香。本人がいいといってるならこれ以上は野暮か。
些か不安は残るが、とりあえず気にしないことにする。
「で?魔理沙はどうしたのよ?」
霊夢は萃香へとの問答を終え、そのまま標的を魔理沙へと変える。
「よくぞ聞いてくれました!……と、言いたいところだが特に理由はないぜ!人里で面白いものがないか探してた時に早苗を見つけて、今から晩飯だっていうんでご同伴に与りに来ただけだぜ!」
「ようはたかりに来ただけね」
「そうともいうぜ!」
「てことは、萃香もか……まったく図々しいのよ貴女たち」
「おいおい酷い言われようだぜ。ただ食べさせてもらうのもあれだと思ってせっかく魔法の森一旨いと有名なきのこを採ってきたっていうのによー」
「字面からもう怪しいわね……」
……因みに霊夢さん。あなたも魔理沙さんと同じ立場ということにはお気づきですか?
いや、何も持ってきてない分魔理沙よりたちが悪いな……
「まあいいわ……思ったより大所帯になっちゃったわね」
「そうですねー、ま、たまにはこういう食事もいいですけどね!それじゃ私作ってきますね」
エプロンをつけながら早苗はそういって笑う。
「あ、じゃあ私も手伝うぜ」
台所へと向かう早苗を慌てて魔理沙が追いかけていった。
「それじゃ私たちはおとなしく完成を待つとしましょうか」
「あ、じゃあさじゃあさ!マ○カーしようよマ○カー!確かあったよね?ここ」
「ああ、そこのテレビの下にWi○とマ○カーなら置いてるよ」
その言葉を聞くや否や、テレビへと駆け寄る萃香。
「ほらーやろうよ霊夢―!」
「しょうがないわねぇ……あら、一樹はやらないの」
萃香の呼びかけに仕方ないとばかりにのっそりと起き上がる霊夢。そして動き出さない俺を不思議に思ったのか、そう問いかけてきた。
「あー……俺はいい。今はあんまりそういう気分じゃないし」
「そ。なら二人だけでやりましょうか」
そうしてテレビの電源をつけWi○を起動する萃香と霊夢。
俺はそんな二人を尻目に、居間を離れ外に出た。
「ふぅ……」
外に出ると同時に吹き抜けた少し冷たい夜の風に小さく息を漏らす。
考えるのは自分の力のこと。
「……白雷」
ぐっ、と右掌に力を込める。
するとバチバチと白い雷のようなものが弾け始める。
「……あれでいいか」
適当に選んだ中くらいの石に向かって掌で弾けるその白を向ける。
石までの軌道を意識して明確に思い描く。指向性を持たされた雷は力の逃げ道へと向かって飛び出した。
白き雷は真っすぐに石へと向かって伸び、やがて到達してあたりに閃光を奔らせた。
パァン!!
「……」
パラパラと粉塵が飛ぶ。やがて晴れた視界の先には先ほどまでそこにあった石の姿は影も形も見えなかった。
「やっぱり、これぐらいなら問題ない……か」
白雷を出した右の掌を握って開いてを繰り返す。
が、いつぞやの厄増幅事件のように全身に鈍い痛みが走ることもなければ、力が抜けて体が動かせなくなることもなかった。
どうやら一定の大きさ以上で力を行使したときに発生するようなのだ。あの全身の痛みは。
この程度の小さな雷であれば特に何か肉体にダメージが残ることもなければ、操作不能になることもない。
雷を体にまとわせて感電しないというのも不思議なものだが、あれはそもそも雷の形をした力そのものだ。見た目相応というわけでもないから感電の心配もないのだろう。
「というか、自分でイメージしてあんな形にしてるのに、それに感電って間抜けにもほどがあるだろ」
それがあり得るとするなら、最初から自分が感電することさえイメージして作り上げる場合だが……それこそ大間抜けだな。
「しかし……思い返せば、
思い返せばそれこそ物心ついた時にはすでに、俺はこの力と共にあった。
生まれ持ったものではないが……相応の刻は重ねている。
「なのに……いまだにこの力についてなんもわかってないってんだから、どうしようもないな、もう」
昔に比べりゃそりゃ力の扱い方もわかってきたし、キャパシティについても何となくだがこれ以上はヤバい、というのが感覚で分かる程度にはなった。
が、やはり根本的なところが何もわからないのはかなり痛い。
「そもそも自分の力なのかも怪しいもんだしな」
俺の生まれは平々凡々な一般家庭だ。妖怪とも幽霊ともそんな不思議生物とは一切何の関係もない普通の家庭。
だからこそ俺の存在が余計に際立った。……必然だったのだ。あの結末は。
「いや、それはもういいんだ」
過去のことは過去のこと。いつまでも引きずるのは格好が悪い。
「まあ、でも、この力がどんなものであれ」
今は紛れもない俺自身なのだ。何もわからなくとも、力を否定することだけはない。
「願わくば……暴れだしませんように」
おとなしくしてろよ、と内なる自分の力に語り掛けるように右腕をさする。
「……なんか、中二病みたいじゃね?これ」
そう気付いて、慌てて手を引っ込めるのも忘れずに。
なんてやっていたら、
「あーあ、また早苗が泣いちゃうよー?」
後ろからの唐突な声に驚いて振り返る。そこには岩の上に座ってにやにや笑っている諏訪子様がいた。
「諏訪子様、帰ってたんですか」
「うん、ついさっきね」
俺の質問に答えながら、諏訪子様が岩から降りてこちらに歩いてくる。
「神奈子様は?」
「神奈子はまだあっち。しばらくは帰ってこないと思うよ」
「そうですか」
諏訪子様と神奈子様は数日前まで地霊殿の主である古明地さとりに呼ばれ地底まで出張っていた。5ヶ月前の地底での異変の後始末で問題が発生したらしい。
「それはそうと一樹、ソレ使って大丈夫なの」
「……あー、まあこれくらいなら……」
「ならいいけどさ。あんまり心配かけちゃだめだよ?」
「ええ、わかってます」
本当に分かってるのかなー。なんて呟きながら、諏訪子様は神社の中へと歩いていく。俺はそれを追いかけながら、改めてこんな俺を拾ってくれたかけがえのない家族にこれ以上心配をかけないようにしよう。そう誓った。
──数日もしないうちに、その誓いは破られることになるのだが。