守矢家の日常記録 Re:record   作:宮橋 由宇

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用事があり投稿遅れました。すみません。
今回は少し長いです。


Memory.5『魔法使い達、罪の名前』

 明朝、見渡す限りの青空を尻目に清涼な山の空気を目いっぱいに吸い込む。

 それに合わせて伸びをして体の凝りを解すように右へ左へ肉体を曲げる。

 

「ふわぁ~ぁ……朝早いのね。一樹」

「ああ、霊夢。おはよう。そっちこそ」

 

 屈伸をしていたところに、起きてきた霊夢が寝惚け眼をこすりながら近づいてくる。

 縁側に出てかんらかんらと下駄を鳴らしながら歩いてきて、日差しを遮るように手をかざす。

 

「今更だけど……悪いわね。急に泊まることになっちゃって」

「ん?別にいいよ。泊って行けって言ったのは諏訪子様だし……早苗も喜んでたしね」

 

 昨晩、なぜか済し崩し的に霊夢、魔理沙、萃香を交えて夕食を囲んだ。

 普段見ないようなメンバーがいたというのもあって、結局深夜まで卓を囲んでの雑談は続き、最終的に諏訪子様の提案で霊夢、魔理沙の両名はここ、守矢神社に泊まることになった。萃香に関しては、何か用があると言って最終的には帰ってしまったが。

 

「ならいいわ。……それにしても、魔理沙の取ってきたきのこ、本当に美味しいとは思わなかったわ……」

「ああ……あれね……ほんとにね……見た目はどう見ても毒キノコだったのに」

 

 昨晩魔理沙が持ってきた『魔法の森一旨いと評判のきのこ』は、その毒々しい鮮やかな紫の見た目からは想像もできないほど美味しかった。諏訪子様がそのキノコを気に入ってしまい半分以上食べつくしてしまうほど。

 

「霊夢も普段からは考えられないくらいがっついてたね」

「……不覚だわ」

 

 頭をかかえ、やれやれと左右に振る霊夢。その姿がなんだか妙に面白くて俺は小さく笑ってしまった。

 

「……何よ」

「いや、なにも」

 

 霊夢はそんな俺の姿を見逃さずに、キッとこちらに視線を向けてくる。俺はそれを苦笑でかわして──後ろを振り向いたところでその影に気付いた。

 

「あ、早苗、魔理沙。おはよ」

「んー……おはようございます。一樹、霊夢さん」

「おはようなんだぜ……」

「眠そうね、あんたたち」

 

 二人とも先ほどの霊夢のように、眠気が残るといった顔で縁側に出てくる。

 

「私は顔を洗ってきます……」

「行ってらっしゃい」

 

 早苗は神社裏の井戸へと歩いていく。魔理沙は縁側にドカッと座り込んで大きなあくびをした。

 

 ──因みに、今俺以外は全員寝間着である。それも唐突な泊りだったので自分のではなく早苗の寝間着を着ている。おそろいの薄緑の服に身を包んでいる二人がなんだか妙に新鮮で、帽子やリボンをしていないというのもあり、別人のようにも感じるほどだった。

 

「あ、そうだ一樹。昨日の話覚えてるんだぜ?」

「昨日……?」

 

 だんだん意識がはっきりしてきたのか、さっきまで眠そうにしてた魔理沙が唐突に思い出したというように俺に話しかけてきた。

 

「……ごめん、なんだっけ」

「ほら、諏訪子がまたあのきのこ食べたいって言ってたじゃんか」

「あー……え、今日行くの?」

「ああ、どうせ香霖とアリスのトコに行かなきゃだからな。どうせなら一緒に済ませたほうがいいじゃないか?」

「ん…………まあいいか。優先するようなことも特にないし」

 

 

 考えては見るが、特に重要な用事は無かった。それこそ、にとりに文句を言いに行く。や、文に文句を言いに行く。ぐらいのものだ。

 

(なんかクレーマーみたいだけど原因全てあいつらなんだよな……)

 

 トラブルメーカーと言うか、台風の目と言うか……何かトラブルが起きたときには大体あいつらが関わっていることが多い。にとりは当事者として、文は野次馬として。

 

「よっしゃ、そうと決まれば早速出発だぜ!」

「せめて普段の服に着替えてから言いなさいよ」

 

 寝間着姿のまま立ちあがり勢いよく宣言する魔理沙に霊夢が冷静に突っ込む。

 

「それもそうだな……よっしゃまずは腹ごしらえだぜ!一樹」

「ここで食べるのは既定事実なんだな……いいけども」

「悪いわね」

 

 やっぱり微塵も悪く思ってなさそうな声で、霊夢がお礼を言うのを尻目に、俺は今日の朝の献立を考え始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

「と、言うわけで、魔法の森到着だぜ!」

「……空を飛べるってやっぱりずるいよなぁ……」

 

 魔理沙の箒でひとっ飛び。10分もしない間に山を下り、魔法の森の入り口に降り立った。

 

「一樹もやれば飛べるんだぜ?」

「できるわけないだろ……俺はもともとただの人間だぞ?」

「…………」

「信じられねーって顔をするな」

 

 そりゃまあこっちに来た時には既に"こう"だったから信じられないのも無理はないけどさ……

 

 

「ともかく、そろそろ行くぜ」

「そうだな」

 

 魔理沙の後を追って魔法の森に入っていく。入り口を超えた瞬間空気の質感が湿度の高いじめッとしたものに変わった。

 

「相も変わらずここはじめじめしてるな」

「光が届かないから仕方ないぜ。その分きのことかがよく生えるからそう悪いことばかりでもないぜ」

「そのきのこも普通の人間にとってはいいものじゃないことも多いしなぁ……」

 

 魔法の森に生えるきのこは幻覚、幻聴作用のある瘴気を放つきのこが多い。それが、まるで魔法をかけられたようになることから魔法の森と名付けられたほどだ。

 

「まあ魔法使いにとっては居心地はいいのかもしれないけど──」

「別に居心地はよくないぜ」

「即答じゃん……」

「魔力を高めるのに最適なだけで、生活環境としてはあまりよくないんだぜ……」

「……まあ」

 

 二人で雑談しながら魔法の森を進んでいく。道なき道を歩いて行っているように見えるが、場所を知っているのは魔理沙しかいないのでこの道があっているのかどうかはわからない。

 

「そういや、今はどこに向かっているんだ?」

「普通にきのこのある場所だぜ。多めにとってアリスにもおすそ分けしてくるつもりだぜ」

「ああ、なるほど」

 

 この魔法の森に住む魔法使いの一人、人形遣い アリス・マーガトロイド。

 同じ魔法使い同士、魔理沙とよく話しているところを目にする。直接の面識は数えるほどしかないが、早苗が結構仲がいいので顔を見る機会は比較的多い。

 性格的には魔理沙と正反対の魔法使いらしい魔法使いだが、正しくは彼女は"人形遣い"。魔力の糸で多くの人形を操って戦う稀有な魔法の使い手だ。身の回りのこともすべて人形にやらせているのを見たときは正直その利便性の高さに自分も習得しようかと思ったほどだが、その人形は全てアリスが一体一体操作しているというのを聞いて驚いた記憶がある。

 

「よし、着いたぜ」

 

 気付いたら魔理沙が足を止めていた。促され前を見ると見覚えのあるきのこが群生している。

 

「因みにこのきのこってどういう生態なんだ?」

「あー、私もよくわかってないぜ。魔法使いしか食べることなかったならあんまり知られてないんだ……」

「まあ人も妖怪も入んないもんなぁここ」

 

 魔理沙と一緒にきのこを採集しながら雑談を続ける。採集するきのこは昨日食べたものと同じもので……紫の傘を持つあまりにも毒きのこ然としたその見た目には本能的な嫌悪を催すが、その見た目とは裏腹に毒など一切ない。

 おそらくは毒を持っていると錯覚させることで生き残る為のきのこなりの生存戦略何だろうが……もう少し普通の色だったなら食べやすいのにと思わなくもない。

 

「よっしゃ。まあこんなものでいいか」

「そうだな」

 

 持ち寄った小さな背嚢が満杯になるぐらいにきのこを詰め、立ちあがりながら背負う。辺りを見渡してみればまだ半分以上のきのこが生えたままだった。

 

「結構いっぱい生えてるんだな?」

「その代わりそんなに生えてる場所は多くないけどな。大量に生えてるところがポツポツあるって感じだぜ」

「なるほどね」

「じゃあ、次はアリスの家に行くぜ」

 

 魔理沙に先導してもらい、アリス・マーガトロイドの家へと進む。もちろん俺は何か用事でもない限り魔法の森へ入ることはないのでアリスの家に行ったことはない。

 

「考えてみるとアリスも不思議な奴だよな。人間なのか妖怪なのかもよくわからんし」

「魔法使いなんて皆そんなもんだぜ。人間だって公言してる私の方が珍しいくらいだ。ただしもともと人間の魔法使いは多いぜ」

「ふぅん……?」

「魔法使いは種族じゃなくて、修行して成る職業のほうが近いんだぜ。食事しなくてよくなる捨食の魔法っていうのと、老化が止まる捨虫の魔法っていうのを使えば魔法使いになれるんだぜ」

「ああ、魔法使いが長命なのはその魔法のおかげか」

「そうだぜ。私は人間としての生を謳歌したいからどっちも使ってないけどな。アリスは……どうなんだろうな?捨食は使ってないかもだぜ」

「宴会とかでよく飲み食いしてるもんね」

 

 まあ食事は必要なくてもすることもあるし何とも言えないか。それこそ完全な魔法使いのパチュリーもレミリアと一緒に紅茶を飲んでたりするし。……あれはレミリアの方から誘ってるのかね

 

「ともかく魔法使いってのはそういうのだぜ」

「ん、まあ勉強になったよ」

 

 実際、魔法使いの定義も曖昧だったので勉強にはなった。此処、幻想郷で生きていく上でならそれなりに役に立つこともあるかもしれない。

 なんて話してたら、

 

「到着だぜ。ここがアリスの家だ」

「おお、これはまた……」

 

 辿り着いたのは、まさに魔法使いの家と言った風貌の洋風の一軒家だった。

 白かあるいはクリーム色にも見える壁と真っ青な屋根が特徴的な、平屋に小さな塔をくっつけたような家。陰鬱とした魔法の森の中、樹が伐採されぽっかりと開いた広場に佇むその姿は、どこか幻想的でもあった

 俺が物珍しく家の外観を見ていると、塔部分の窓を小さな影が拭いているのが見えた。よく目を凝らしてみるとそれは小さな人形だった。アリスがいつも連れているものと同じものだ。

 人形は俺たちに気付くと慌てたように家の中へと飛び去って行った。

 

「あの人形は、どういう風に動かしてるんだろうな?」

「糸で繋いで魔法で命令を飛ばしてるって聞いたぜ。最終的には完全に自立して動く人形が目標なんだと」

「へえ……」

 

 どうすればそんなものが作れるのかは皆目見当がつかないが、既に命令を飛ばしての自立行動ができているのならアリスの夢はそれほど遠い未来ではないのかも。

 

キィ……

 

「おっと……?」

 

 家の扉をノッカーでノックしようとしたところで、ひとりでに扉が開いた。見てみると、先ほどの人形がドアノブを握って扉を開いている。

 

「ああ、ありがとう」

 

 その人形に俺を言って中に入る。人形はお辞儀をして俺たちを迎え入れ、そのまま先導するように先を飛び始めた。

 人形にお礼を言うのも変な話だが、あまりに人間じみたその仕草にあまり違和感を覚えなかった。既に自我があると言われても不思議ではない。

 

 人形の後を追い、洋風の屋敷の中を進んでいく。窓が多く、魔法の森の中とは思えないぐらいに明るい雰囲気だった。

 

「よくきたわね魔理沙。……と、これはまた珍しいお客様ね」

「邪魔するぜ」

「久しぶりアリス。春の神社での宴会以来かな?」

「ええ」

 

 案内された先はリビングだった、アリスがソファーに座って人形を編んでいる。先ほどの人形はダイニングの方へ飛んで行った。周りを見ると似たデザインの人形たちが飛び回っていろいろなことをしている。アリスの手伝いをしていたり、部屋の掃除をしたり、花に水をやったりしているのもいる。

 

「ほら、頼まれたもの持ってきたぜ。アリス」

「あら、ありがとう魔理沙。悪いわね」

 

 魔理沙が肩から掛けていた鞄を開き、中から一冊の本を取り出す。表面に書かれている文字を見る限り、魔導書の類のもののようだ。

 アリスは人形を編んでいた手を止めて、それを受け取り横に置いた。

 

「どうぞ。二人とも」

 

 アリスが向かいのソファーの方を指す。お言葉に甘えて、俺と魔理沙はソファーに座った。すると先ほどダイニングに飛んで行った人形がトレイをもって現れた。トレイの上には二つのカップとポット、それとお茶請けが乗っていた。

 

「悪いな、いただくぜ」

 

 人形が注いだ紅茶に舌鼓をうつ。紅茶の違いはあまりわからないが……癖の少ない味で美味しかった。

 

「それで、今日は何の用かしら」

「ああ、実は俺の方は特に用はないんだ。森の方にきのこを採りにって、此処に来たのは魔理沙の付き添い」

「ほら、アリスにもおすそ分けするぜ」

「あら、ありがとう……ああ、なるほどこれを採りにっていたのね……」

 

 魔理沙から例の紫のきのこをうけとるアリス。特に見た目についてコメントしない辺りアリスも食べたことがあるのだろう。

 

「私の方はこの本とこのきのこを渡して、ついでにお茶でもご馳走になろうと思ったんだぜ。この後はこーりんのとこにいくつもり」

「貴女はいつも通りね」

 

 魔理沙の物言いに小さく笑うアリス。先ほど魔理沙から受け取った魔導書ときのこを人形に渡して、置いてあった自分のカップに紅茶を注いで口に付けた。

 

「それにしても……一樹、あなたが来るなんて本当に珍しいわね。きのこを採りに来たって言ってたけど、どういう風の吹き回し?」

「ああそれな、なんてこともないよ、昨日魔理沙がこのきのこを持ってきて食べたんだけど諏訪子様が気に入っちゃってさ。魔理沙がアリスと香霖のトコ行くってんでついでに案内してもらった感じ」

「ふうん……?魔理沙が守矢神社に行ったの?」

「人里で買い物してる早苗を見つけてな。夕食の準備だってんでご相伴に与った感じだぜ」

「霊夢と萃香もいたよ。……そういえば萃香とはどこで合流したんだ?」

「守矢神社に帰ってる途中で気が付いたら混ざってたぜ」

「……萃香らしいな」

「……思ったより大所帯だったのね」

 

 クスクスとアリスが笑う。今の話のどこがツボに入ったのかはわからないが、楽しそうに笑っているから別に悪い気はしない。

 

「ああそうだ、そういえば早苗に伝言があったわ」

「早苗に?」

 

 アリスが唐突にそう告げる。

 

「ええ、彼女、たまに寺子屋に手伝いに行ってるでしょう?」

「慧音さんのところだよな?」

 

 それは知っている。慧音一人では手が足りない授業の時、早苗がたまにアルバイトとして手伝いに行っているのだ。子供たちからはそれなりに人気らしい。

 

「もしかしてまた手伝いの依頼か?」

「ええ、1週間後に」

「わかった。伝えとくよ」

 

 因みに、なんでアリスがそのことを知っているのかと言うと、アリスも慧音の依頼で寺子屋の子供たちのためにたまに人形劇を開催しているからだ。普通に人里でお金をもらって開いていることもあるが、慧音とは個人的な交流があるのか無償で開催している。

 

「因みにアリスの方は?」

「私?……ああ、人形劇の事?……そうね最近は行ってなかったし人里の方でやりましょうか」

「なら、授業が終わった後の時間帯にしてくれ。どうせなら子供たちにも見せてやりたい」

「ええ、わかったわ」

 

 俺自身は子供たちとそう面識があるわけではないが、早苗がいつも楽しそうに語ってくれるので、個人的に悪い感情は持っていない。

 一度付き添いで行った時には、人だけでなく妖怪、妖精等もいたので全員が全員子供と言うわけでもないようだった。とはいえ、内面は似たようなものだろうが。

 

「と、もうこんな時間か、悪いそろそろ戻るぜ」

「そうね、確かこの後香霖堂に行くんでしょ?」

「ああ、それじゃまたなアリス。次来るときはまたなんか違うもの持ってくるぜ」

「ええ、楽しみにしてるわね」

 

 アリスとの雑談に花を咲かせていると、気が付けばそれなりに時間が経ってしまっていた。香霖堂に行く時間も含めて考えるとそろそろ危なそうなので、ここらへんでお暇することにする。

 魔理沙と共にアリスにお礼を言って家を出る。既に太陽は西に傾きかけており、あまり猶予はなさそうだ。

 

「それじゃ、急ごうか」

「ああ、日が落ちる前に行くぜ」

 

 魔理沙の先導で、香霖堂へ向かって歩を進めた。

 

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

「無事到着……と」

 

 特段道に迷うようなこともなく、無事茜色に染まり始める辺りで香霖堂に辿り着いた。そのまま店内へと入っていく。

 

「邪魔するぜこーりん!」

「ん?……ああ魔理沙か。いらっしゃい……と、また久しいね一樹」

「早苗よりも神社を出ることが少ないからね。久しぶり霖之助さん」

 

 香霖堂の店主、森近霖之助(もりちかりんのすけ)が店の奥から顔を出す。魔理沙を見て、その後俺を見て少し驚いたような表情になった。アリスの時と似た反応に微妙にデジャヴを感じる。

 

「ああ、久しぶり。今日は何のようだい?」

「俺は付き添い。メインは魔理沙だよ」

「そうだぜ。こーりん!こないだ言ってた魔道具って入ったんだぜ?」

「ああ、ちょっと待ってくれ今取り出すから……」

「……じゃ、俺は色々見てるよ。用事がすんだら教えてくれ魔理沙」

「わかったんだぜ」

 

 魔理沙に声をかけてから香霖堂の店内を見て回る。この店は雑多に道具を集め販売する古道具店だ。特に外界から流れてくる珍しいものを集めて店長である霖之助の裁量で販売されたりされなかったりしている。基本は霖之助が集めたものが多いが、外の世界の品物を販売しているのはここだけなので他の人が持ってくるものを買い取りもしている。

 かくいう俺も何度か利用したことがある。俺はもともと外の人間なので、用途を理解しているものも多いが、妖怪たちにわかるのか……と思っていたのだがそこは霖之助の能力でカバーしているらしい。

 

 霖之助の能力は『道具の名前と用途が判る程度の能力』。とはいえ万能と言うわけでもない。例えばドライヤーが幻想郷に入ってきたとして、その「ドライヤー」という固有名詞と、それが「温風を出すもの」と言うのはわかるがどうやって使うのかはわからない……そんな具合に。

 これは霖之助自身も悩みにしているらしく、たまに俺や早苗に相談してくることもあった。……ただ、幻想入りするような道具は基本的に古い忘れ去られたものばかりなので、分からないことも多かったが。

 

「改めてみてみると、なんでもあるなここ……」

 

 ジャンルは様々、大きさも様々、この店に入るサイズであれば何でも買い取るので、未だに使用用途がわからないものなんかも転がっている。どんなものかはわかっているので危険なものは置いていないそうだがそういう用途でなくても危険のものは多いので安心はできない。

 

「ある意味で魔境よな……」

 

 物珍しく、並べられたアイテムを眺めていると、その中に一つ奇妙なものがあった。

 

「なんだこれ……?」

 

 黒い……宝石のオニキスをそのまま拳大に大きくしたような塊。光の一筋も指さないような漆黒のその塊はなんだか見ていると吸い込まれそうな、不安になる謎のオーラがあった。

 

(けど……なんだ?なんか見覚えあるような……)

 

 ここ最近の記憶ではない。遠い昔俺がまだ幼かった頃、これと似たような雰囲気のものを見たような気がする。

 

「ああ、それね調べてみたんだけどよくわからないんだよね」

「霖之助さん」

 

 俺がその塊を手に持って眺めていたら、いつの間にか隣に立っていた霖之助が声をかけてきた。

 

「魔理沙の用事はもういいんです?」

「ああ、そっちはもう終わったよ。……で、それなんだけどチルノが霧の湖で拾ってきてね。僕も見たことなかったから鑑定したんだけど……何故か名前以外の情報が出てこなかったんだ」

「それは……」

 

 少なくとも、俺が聞いた中で霖之助の能力が不発に終わったことはなかった。つまりそれだけでかなりの異常事態と言える。

 

「名前はわかったんですよね?」

「ああ、それの名前は『罪の雫』と言うらしい。どうにも不吉な名前だね」

「!」

 

 

 

 

 待て。

 

 待て。その名前は

 

 

 その、響きは

 

 

 俺が、此処辿り着く前に……散々……

 

 

 

「一樹?」

「!!」

 

 気づけば、霖之助が不思議そうにこちらの顔を覗き込んでいた。

 

「っ……いえ、何でもないです」

 

 それで正気に戻れた。今、ここでこの事を話すわけにはいかない。それは一度諏訪子様と加奈子様に話してからだ。

 

「……霖之助さん」

「うん?」

「このアイテムちょっといただいてもいいですか?少し調べてみたいことがあるので……あ、もちろんお金はお支払します」

「ああ、別に構わないよ。お代も必要ない。そのまま持っていってくれていいよ」

「ありがとうございます」

 

 ああ、そうだ。これは放置していいものじゃない。諏訪子様にまた見せないと……

 

「おーい!こーりん!お、一樹もいたか!」

「魔理沙?」

 

 魔理沙が何か袋を背負ってやってきた。俺は罪の雫と名付けられた塊を懐にしまった。

 

「私は用も終わったしそろそろ戻るぜ!一樹はどうするんだ?」

「ん、じゃあ俺も戻るよ。霖之助さんそれじゃあまた。ありがとうございました」

「ああ、またいつでも来るといい」

 

 魔理沙と二人霖之助に挨拶をして店を出る。そしてそのまま店の前で別れた。

 

「それじゃまたな一樹!」

「ああ、また」

 森の中ならともかく、ここ香霖堂は魔法の森の入り口にある。ここからなら俺一人でも帰れる。

 

 すでに日は暮れ夜の帳が降りてくる空の下、妖怪の山をただ一人無言で登る。

 背中に背負ったきのこのことなどとっくに忘れて、意識するのは懐に入れた一つの黒い塊。

 ああ、忘れるものか。俺はこれに、これのために生まれ、ここにいる。

 

 

「ただいま」

 

20分少々をかけて、守矢神社へと辿り着く。

中から香る美味しそうな臭いを嗅ぐに、どうやら早苗が晩御飯の用意をしているらしい。神社の縁側では諏訪子さまが月を見ながらお茶を飲んでいた。

 

「ああ、一樹お帰り…………どうしたの?そんな真剣な顔して」

「諏訪子様……これを」

 

 挨拶も無しに、諏訪子様に罪の雫を差し出す。その瞬間、文字通り

 

 諏訪子様の目の色が変わった。

 

「…………一樹、なぜ……これを」

「……香霖堂で見つけました。チルノが霧の湖で見つけて持ってきたそうで」

「……そうか、それは……つまり」

「ええ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

シン(罪/神)が、此方に来ている可能性があります」

 

 

 

 

 

 嗚呼其れは、白雷(このちから)の──正しく生まれた意味の名前。

 

 

 現人神としての、俺のルーツ。




詳しいことは次の話に続きます。

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