落日か、日の出か【完結】   作:ベルリン=モスクワ枢軸

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前回の題名は『熊絨毯を作りに』ですが、本当は『熊(ロシア帝国)絨毯を作りに』で、絨毯を作る為、熊は殺されるからです。
ん?それ以上考えるのは、止しては如何。


第2次世界大戦~各方向の話
終息したアメリカ内戦


1940年~1944年も、続いた戦いの事を見てみよう。

ドイツからフランドルの戦線は4年間

、互いに攻勢しては撃退される繰り返しであった。

北部イタリア(サンディカリズムの国家)の戦線は南部イタリア方面(国名、シチリア王国)のみであった。

こちらの戦線は、協商、帝国協定、連合軍の、フランス・コミューン上陸作戦の成功(何度も失敗)にともない、戦線の押し上げに成功。

フランス・コミューン上陸作戦は、ブルターニュ半島で何度も、行われた。

イギリス連合(サンディカリズム国家、亡命した国家は、カナダ)の戦線は、度々やってくる帝国協定軍の撃退(結局、上陸され降服)、スウェーデン戦線(ブリテン島陥落後も

、抵抗)である。

 

第二次日露戦争後、ドイツ帝国はロシアを叩き潰し(ちょっと、前に書いた)、ロシア戦線にいた軍を引き返し、フランス戦線に回した。

あのまま、ロシア帝国が粘れば、ドイツ帝国は敗戦していた、と言われている。

そして、この戦争は、欧州、アジアで終わると、1943年まで思われた。

1943年10月

イギリス連合降服

1944年4月

ブルターニュ半島上陸作戦成功

インド反抗作戦開始

妙川茂の長男誕生

1944年5月

オランダ領東インド(インドネシア)侵攻開始

1944年6月

インド自治領主力軍、ブータン付近で大規模包囲、9月には全部隊投降

1944年8月

オランダ領東インド降服

2週間後ドイツ帝国、オランダ侵攻

1ヶ月後、オランダ降服

オランダはドイツの傀儡国、

オランダ領東インドは日本領、

旧オランダ領東インド国民から独立要求、日本政府は終戦後独立を約束

1944年10月

インド自治領首都デリー陥落、

インド自治領、降服

 

一旦止めるが、この時点で第三インターナショナル(フランス・コミューン、イギリス連合所属陣営)は、

降服してはいないが、徐々に弱体化する。※フランス・コミューンは、ブルターニュ半島の敵を押さえきれず、支配地域が、三か月状になる。

既に、イギリス連合は降服。

 

1945年2月

ヨーロッパで珍事が起きる。

突如、ドイツ帝国が、フランス共和国軍に発砲、三つ巴になる。

帝国協定(ドイツ帝国が盟主)が、協商(フランス共和国、カナダが盟主)に宣戦布告。

1945年4月

ブルターニュ半島に展開していたフランス共和国、カナダ主力軍全滅、

第二次フランス・コミューン崩壊作戦開始。

大日本帝国、左派思想指導者拘禁、拘禁された人数約1000人、 殆どの左派思想指導者は2度と外に出ず。

人体実験されたと思われる。

ドイツ帝国も、国内、占領下問わず

、左派思想指導者を拘禁し、人体実験材料にする。

日独のこの蛮行は、

21世紀の医療が、飛躍する結果を生んだ。

 

 

1945年までには、第三インターナショナル降服(協商陣営は参加せず)

フランス共和国にて、民衆の蜂起発生トゥアレグ連邦等の国家が独立{因みに、ドイツ帝国傀儡の『ミッテルアフリカ(中部アフリカに存在)』も、フランス共和国と国境が繋がっており、戦争に参加していたが、大して意味がなかった。}することに。

また、アメリカ内戦(殆ど、代理戦争)も集結、アメリカ連合国が、アメリカを再統一した。

 




2時間でかいた。ひょっとすると、今月で終わるかも。
次回はもう少し、詳しく書きます。1940~1944をクローズアップしたいと思います。
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