彼は、1年前の発言を記憶している。
『ロシア帝国に侵攻します』
、、、国家のためには殺戮したっていい。
ここ最近、彼は物騒だった。
彼の予想通り、ヨーロッパ、コーカサス(ドン・クバン連合)の、戦線を持つロシアは、物資がない、と悶絶中。
師団も足りんと言わんばかりに、トランスアムール国境には、軍人は見られない。
、、、今が、好機。
今、攻めれば、呆気なくシベリアを押さえられる。
陸軍では、そう囁かれ始めた。
1941年4月20日
大日本帝国、ロシア帝国に宣戦布告
これを受けて、過敏に反応したのは、インド自治領、ロシア帝国、ドイツ帝国であった。
ードイツ、日本不可侵条約締結。
インド自治領、ロシア帝国は抗議。
戦線は、トランスアムール国境だが
、相手は5師団、我が国50師団。
この数の暴力で、1つ突破すれば、
あとは、無人の森林。
勢いに乗り、イルクーツクを侵攻した辺りで、インド自治領が大日本帝国に宣戦布告。
“インド奇襲”でインドを陥落させ、
傀儡国のネパールを落とされてもなを日本軍は進軍し、ついにロシアが折れた。
ロシア帝国、トランスアムール共和国に、シベリアの大地を割譲し、講和。
・・・・・・
奉天からの来日客が、戦勝祝賀会の日に、妙川と会っているのが、記録にある。
その客人は、軍人、親日派だった。
妙川と人払いをして、言った一言目が、
「張作霖の息子、張作良抹殺の支援を」だった。
やや驚きながら、話を聞いた。
張作良は反日で、日本に宣戦布告する気で、父の張作霖は反対していること。
張作霖は先が長くないこと。
自称『親日派』彼らは、良とは敵対的だということ。
これを聞いて、即決した。
良を殺し、奉天政府の実験を握ることに対し、大日本帝国は共犯になる、代わりに日本の下に付け、と。
直ぐに、陛下にその事を伝えると、
皇家の者が、発言するのは、民主主義に反する、とおっしゃった後に、好きなようにするように、とお言葉を頂いた。
、、、中華維新政府、ねぇ。
明治維新の韻を踏んでるのかねぇ。
まぁ、いい。
せいぜい、大東亜共栄圏完成のため、期待はしよう、期待はね。
勝つために、、、。
白人国家没落の為に、、、。
1940年6月
張作良が暗殺された。
父の張作霖はカナダに亡命しようとするも、“不幸な事故”で、死亡。
うーん、やっぱり、スパイって怖い。
1940年9月
ロシア帝国降服。
モスクワ条約により、ドイツ帝国の傀儡国になった。
旧ロシア帝国皇帝一家は、貴族に。
新皇帝は、ドイツ帝国ヴィルヘルム2世の甥に。
ーモスクワ某所
私はここで、ドイツ帝国の内閣と密約を締結させることに成功。
条約内容は、
・日独は技術交流をする。
・日本が、オランダ領東インドに宣戦布告し、インドネシアからオランダを一掃した2週間後に、ドイツはオランダに宣戦布告。
(オランダ領東インドは、日本
オランダ本土は、ドイツが分割する
)
・ドイツは日本が、インド自治領を壊滅させてから、120日後に協商と開戦する。
・日本は、ヨーロッパにおいては、ドイツの優越権を認め、
ドイツは、アジアにおいて、優越権を、認める。(講和会議では、カナダ領南アメリカ、南アフリカ連邦、インド自治領、オーストララシア連邦は、日本の勢力圏下、他は、ドイツの勢力圏下)
・日独は、最低限、終戦後10年間は、不可侵条約を維持する。
、、、まぁ、世界分割だ。
ただ、これが成功すれば、今後、約30年は平和になると思う。
1940年11月
3年前から、別邸に住んでいるが、
本邸にいた、兄夫婦に長女が誕生した。その時、登は先月、少佐に昇進した事を伝えてきた。
登がデスクワークに強いのも、昇進の一助になったが、何でも、駆逐艦の砲雷長の時、敵艦隊に見つかった時に、返り討ちにしたらしい、この事や、論文の一件もあり、凄まじく速い昇進に繋がったらしい。早く、結婚すればいいのに。
こんちゃ、失礼します。
します。
あー、総力戦辛かった。
結末はお楽しみ。