商品展示会があったので人を殺しました。
某月某日。
『――――――続いての商品はァ、こちらぁぁああああああああああ!!な、なーんと!!あの「
思わず顔をしかめそうになって、慌てて笑顔を取り繕う。
今の彼女は表情1つでさえも"商品価値"になる。にっこり笑顔でキャラを作る。いつの時代も"強い"と"かわいい"は正義なのだ。
『なんと今回は「
召喚儀礼の商品展示会と言っても、天下の『ガバメント』のように地下闘技場を丸々建造してのコロシアム!なんていう漫画じみた舞台などさすがに作れない。
基本的には大きな拠点を作りたがらない『イリーガル』は、このようなイベントがあっても基本的にはリモート参加だ。
つまるところ、彼女がいる場所もまた一般人と同じ。
一般人で混雑する大型ショッピングモールの只中。
ここに数十人もの召喚師が勝手に集い、一般人に隠れて勝手に開かれたリモート商品展示会。
「(頑張れよ。良い殺し期待してる)」
(……ふざけやがって…)
耳へとがなり立てられる実況主の解説を無視して、彼女は自分のやる事だけをもう一度整理した。
自分の量産規格の1つが完成したので、その宣伝としてオリジナルである自分がパフォーマンスを行う事。
パフォーマンス内容は至極単純。
『イリーガル』の指名手配犯を"彼女"らしく暗殺する事。
(……魅せプレイ重視、って……ったく、本当に嫌になるわ……)
となれば、否応にも彼女を有名にしたあの"毒殺"を披露しなければならない。
最近滅多に使わなくなった手癖を脳内で反芻する。もはや忘れてしまっている技さえあった。いやはや、一体いつから自分はあの"毒殺"を使わなくなったのか。
(……恭介ちゃんと本気でやりあった、あの日以来かしらね……)
と、回想に耽る暇もなかった。
彼女の眼前を過ぎ去る1組の男女が目に入った。
タンクトップに金髪、ピアスだらけの顔面とタトゥーを刺繍したいかにもな恰好な不良外国人の男。そして、文学部に所属と言わんばかりに毛糸の藍色セーターに黒のロングスカートを履いた清楚な少女。
ターゲットの指名手配犯だ。
あの『フリーダム』アワード903『
(『イリーガル』で身内が粛清されるのなんて日常茶飯事。普段ならこんな安い仕事なんて突っぱねるけど、まぁ恭介ちゃんの後始末ならしょうがないか)
足音を消して、まず三歩。
次の六歩は光から消えた。
人混みで溢れる休日のショッピングモール。その通路で、誰にもぶつからず誰の意識からも外れ、
人間の視界は上下が約130度、左右が約100度。けれど、実際に正確に対象を認知できているのは中央の"有効視野"と呼ばれる約20度であり、それ以外の"周辺視野"は意識から外れやすい。
人混みをぬるりとかき分け、一気に滑る。
周囲に行き交う人々の視線が同時に外れたタイミングを図り、ターゲットの背後に迫って呼吸一拍。
繰り出されたのは暗器ではなかった。
無手。
しかも、狙いまでおかしい。
急所の集中する正中線とはかけ離れた手足を狙い澄ました、ただの指先での刺突である。
「――――――ぎ、!?」
ただし、敵召喚師の男は激痛に呻いてその場で痙攣した。
指で手足を突いただけだ。物理ダメージなんてあるはずがない。
しかし、眼前で痙攣する男を襲う現象は紛れもなく服毒死であった。
『いきなり決まったああああああああああああああああああ!!これは最初から十八番が飛び出ましたー!!「
秘毒にして非毒。
毒薬を用いずに毒殺する彼女の奥義の象徴とも言える十八番。
(……ふぅ。成功して良かった。最近はほとんどやってなかったのよね、これ……)
蟲毒という古代中国の呪法がある。
ヘビ、ムカデ、ゲジ、カエルなどの百種の蟲を同じ壺で飼育し共食いさせ、最後に生き残ったたった一種から毒を抽出する儀式だ。
本来たった1種のみ生まれ落ちる希毒を、投入した100種の蟲の全生存パターンを解析・網羅し殺害方法に転化した暗殺技術が彼女の『秘毒の百殺』だ。
「――――――ッ!?」
慌てて背後を振り返って依代の少女が反応を返すが、遅い。
契約する召喚師の男が毒殺された時点で、
この時点で詰みだ。
召喚儀礼さえ行われなければ
血眼で飛び掛かってくる依代の少女を見て、呆れたように溜息をつく余裕すらあった。
少女が懐から取り出したのは、その大人しそうな外見とは不釣り合いなかぎ爪のように何かを掴むための鋏だった。
「スペインの蜘蛛」と呼ばれる拷問器具であり、主に女性の乳房を挟んで天井から吊り下げ自重で引き千切る事を目的とした拷問全盛期を象徴する狂具である。
一体何の記号を狙ってチョイスしたのか分からないが、しかし実用性のない武器だ。
いや、そんな次元の問題ではなく、純粋に
避ける事もできたが、魅せプレイを意識して敢えて拳でかぎ爪状の鋏を弾く。それも、弾いた武器が天井の蛍光灯の光を反射して少女の目を眩ませられるように。
どんな人間でも脳を介さない脊髄反射の行動は制御できない。
瞼を閉じた一瞬。
その刹那に、捩じり込むように放たれた掌底が少女の鳩尾を穿つ。
尚且つ、音は立てない。
打ち込む勢いのまま、吹き飛ぶ相手と一緒に
周囲を行き交う一般人は誰も気付かない。
ここまでやって『
イヤホンから拍手喝采が沸き上がった。
「結果は上々、かしらね」
宣伝には十分な効果があっただろう。
眼前の召喚師の男と依代の少女の死体は商品展示会の"運営側"がやってくれるだろうし、万が一一般人に発見されようとも、召喚師である彼らはそれほど大きな問題にもならない。
そう考えてその場を歩き去り、
「――――――いやだわ、全くもう」
背後から聞こえた少女の声に、
(な―――――!?)
首を振って回避する、その挙動が既に捉えられていて、回避先を狙って振るわれた「スペインの蜘蛛」が彼女の頬を浅く割く。
その傷口へ、吐血した依代の少女が口から血を拭い、指先で血を塗り込んできた。
咄嗟に懐から取り出した針で頬を刺し、塗り込まれた血を体外へ排出する。
(……この技――――ッッ!?)
彼女は知っている。何故なら彼女も使える技だから。
これは相手の傷口に自身の血を塗り込み、免疫拒絶による肝不全で死亡させる奥義。
またの名を、『秘毒の百殺』32番目の生存種『
そして、この技を習得している人間も限られてくる。
「……貴女、もしかして、」
「――――――TTT(トゥワイス・トランス・ターミネイター)、って言えば分かるかな?」
『
そして、彼女の量産型は、たった1種だけだが『
「……あら、私の劣化個体だったのね。なるほど。商品展示会っていうからてっきり私のパフォーマンスかと思ったけれど、オリジナルの私と下位互換の貴女、どちらが活躍しても宣伝になってた、って訳ね」
「劣化量産体だの、下位互換だの、ひどい言い方するなぁ。私、あなたきらーい」
「あらそう。私は貴女みたいな顔立ちの男の子、可愛くて好きだけど?」
「……ふーん…よく分かったね」
鳩尾を放った時点で、
大人しい文学少女へと女装した少年。
男でありながら
得物である「スペインの蜘蛛」なども含め、女性性への否定が彼なりの『戒めの象徴』なのかもしれない。
興奮気味にがなり立てる実況が鬱陶しく、イヤホンを外して投げ捨てる。
ここからは、
「悪いけど、ここで死ぬ訳にはいかないの」
「下位互換の貴女が、オリジナルの私から逃げられるとでも?」
「できるけど?」
もはや人目も気にせず、商品棚の上を跳ね飛んで店内の奥へ逃げる。
対する
特殊な走法として有名なものに古武術の「縮地」があるが、一方でこれは一対一を想定する間合いの攪乱であり、実用性は薄い。
この場合はむしろ、ラグビーやアメフトといったスポーツ走法の方が効果的であった。上半身を振っての特殊な挙動で
人やドレスの衣装棚、マネキンなどを隠れ蓑にして疾走する。
彼の視界から消え、這うように床を滑る彼女が懐から毒針を投擲する。
『秘毒の百殺』1番目の生存種『
「私が習得したのは『
思考回路のフォーマットが同じなのだ。
相手の手札が分かれば、自ずと対処法も分かる。その悉くを踏破してみせる。
決着はつかない。
けれど、
「――――――あらそう、なら簡単ね。だったら貴女の知らない奥義を使えばいい」
彼女は気軽にそう言った。
言葉の意味を
「――――――『秘毒の百殺』101番目の生存種『
目でも耳でも鼻でも舌でも肌でもない、きっと五感ではない何かにとって劇物であるその毒は、何か白色をしていた。
真っ白に輝く光が
いつの間にか、彼女の髪型はツインテールに結ばれ、その服も豪奢な真っ白なドレスに着替えられていた。
(その姿は、白き女お――――――)
ズガン!と、胸にハンマーを打ち付けられたような衝撃が走る。
幻覚だ。
だって五感では何も感じていないはずだ。
けれど、その白き女王が彼に迫り、追いつき、
「あらあら。わたくしのあにうえに面倒をかけた『ガバメント』招宴派の残党が、何を粋がっているのかしら?」
その、蠱惑的な甘い声が脳ではなく魂を振るわせ、
「それ以上無様に生き延びようとするなら――――――殺すぞ」
伸びた手が
「――――――ぁ……!?」
ひゅう、と。
タイヤに穴が空いて空気が抜けるように、彼の肺から空気が抜けていった。体の熱とそれから液体がしとしと肌を伝って流れ出ていく。
「昔、私が『秘毒の百殺』を用いてもなお殺せなかった召喚師がいてね。その敵によって生み出された技なのよ、これは」
「……そ、な…バ、な……」
言葉を紡ぐ機能は、もう失われていた。カクリと、その肉体が電源を落としたかのように力を失い四肢を投げ出した。
種明かしすればなんてことはないただの手品だ。
白き女王のコスプレをして、相手の魂を屈服させる。
魂を蝕む恐怖という概念の服毒死。
もちろん、彼女の
技術体系としては第一の召喚儀礼のようなものだ。偶像による本物の喚起。ただそれだけの理屈に過ぎない。ただし、相手にしたのが極大過ぎたというだけの話だ。
「……結局、あらゆる理屈を超越する技術ってのは、あの女王に頼るしかないのよね…」
既にこと切れた彼にはもう届かない。
だからこれは彼女の独り言で、或いは回想だった。
「誰も殺さない毒殺を求めて結局白き女王に辿り着くなんて、どんな気持ちでやったんだろうな、恭介ちゃん」
。