未踏召喚://ブラッドサイン 蟲毒の姫   作:白滝

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第1話

 商品展示会があったので人を殺しました。

 

 

 

 

 某月某日。

『――――――続いての商品はァ、こちらぁぁああああああああああ!!な、なーんと!!あの「1000を超える者(サウザンドイーター)」殺しで有名な「痩身暗器(パーフェクトドラゴン)」が今年も出展だーーーーッッ!!』

 (リュー)娘藍(ニャンラン)の耳に嵌めたイヤホンから、そんな熱狂的な煽り台詞が響いた。

 思わず顔をしかめそうになって、慌てて笑顔を取り繕う。

 今の彼女は表情1つでさえも"商品価値"になる。にっこり笑顔でキャラを作る。いつの時代も"強い"と"かわいい"は正義なのだ。

『なんと今回は「痩身暗器(パーフェクトドラゴン)」量産計画の第32体が出来上がったそうで!今回はそのお披露目を兼ねてのオリジナルの登壇だそうです!いやー、楽しみですねえ!!』

 召喚儀礼の商品展示会と言っても、天下の『ガバメント』のように地下闘技場を丸々建造してのコロシアム!なんていう漫画じみた舞台などさすがに作れない。

 基本的には大きな拠点を作りたがらない『イリーガル』は、このようなイベントがあっても基本的にはリモート参加だ。

 つまるところ、彼女がいる場所もまた一般人と同じ。

 一般人で混雑する大型ショッピングモールの只中。

 ここに数十人もの召喚師が勝手に集い、一般人に隠れて勝手に開かれたリモート商品展示会。

「(頑張れよ。良い殺し期待してる)」

 (リュー)娘藍(ニャンラン)とすれ違った男女がひっそり耳に囁いてきた。彼らも耳にイヤホンを嵌めており、実況アナウンスを拝聴している観客の一人なのだろう。

(……ふざけやがって…)

 耳へとがなり立てられる実況主の解説を無視して、彼女は自分のやる事だけをもう一度整理した。

 自分の量産規格の1つが完成したので、その宣伝としてオリジナルである自分がパフォーマンスを行う事。

 パフォーマンス内容は至極単純。

 『イリーガル』の指名手配犯を"彼女"らしく暗殺する事。

(……魅せプレイ重視、って……ったく、本当に嫌になるわ……)

 となれば、否応にも彼女を有名にしたあの"毒殺"を披露しなければならない。

 最近滅多に使わなくなった手癖を脳内で反芻する。もはや忘れてしまっている技さえあった。いやはや、一体いつから自分はあの"毒殺"を使わなくなったのか。

(……恭介ちゃんと本気でやりあった、あの日以来かしらね……)

 と、回想に耽る暇もなかった。

 彼女の眼前を過ぎ去る1組の男女が目に入った。

 タンクトップに金髪、ピアスだらけの顔面とタトゥーを刺繍したいかにもな恰好な不良外国人の男。そして、文学部に所属と言わんばかりに毛糸の藍色セーターに黒のロングスカートを履いた清楚な少女。

 ターゲットの指名手配犯だ。

 あの『フリーダム』アワード903『不殺王(アリス(ウィズ)ラビット)』に壊滅させられた『ガバメント』招宴派…と裏でこっそり手を組んでいたとされる裏切り者。

(『イリーガル』で身内が粛清されるのなんて日常茶飯事。普段ならこんな安い仕事なんて突っぱねるけど、まぁ恭介ちゃんの後始末ならしょうがないか)

 足音を消して、まず三歩。

 次の六歩は光から消えた。

 人混みで溢れる休日のショッピングモール。その通路で、誰にもぶつからず誰の意識からも外れ、(リュー)娘藍(ニャンラン)は滑る影となる。

 人間の視界は上下が約130度、左右が約100度。けれど、実際に正確に対象を認知できているのは中央の"有効視野"と呼ばれる約20度であり、それ以外の"周辺視野"は意識から外れやすい。

 (リュー)娘藍(ニャンラン)は、そうした他人の"周辺視野"に潜る。

 人混みをぬるりとかき分け、一気に滑る。

 周囲に行き交う人々の視線が同時に外れたタイミングを図り、ターゲットの背後に迫って呼吸一拍。

 繰り出されたのは暗器ではなかった。

 無手。

 しかも、狙いまでおかしい。

 急所の集中する正中線とはかけ離れた手足を狙い澄ました、ただの指先での刺突である。

「――――――ぎ、!?」

 ただし、敵召喚師の男は激痛に呻いてその場で痙攣した。

 指で手足を突いただけだ。物理ダメージなんてあるはずがない。

 しかし、眼前で痙攣する男を襲う現象は紛れもなく服毒死であった。

『いきなり決まったああああああああああああああああああ!!これは最初から十八番が飛び出ましたー!!「痩身暗器(パーフェクトドラゴン)」を世に知らしめた『秘毒の百殺』と言えば、その代名詞とも言えるのが64番目の生存種「(シーヅゥ)」!!相手の秘孔を突き、分泌ホルモンを過剰分泌させて心停止に追い込む即死攻撃です!急所ではなく敢えて末梢神経が集中する手足を狙い、内臓を間接的に刺激する極悪マッサージ攻撃!いやぁ、鮮やかに決まりましたーーーー!!』

 秘毒にして非毒。

 毒薬を用いずに毒殺する彼女の奥義の象徴とも言える十八番。

(……ふぅ。成功して良かった。最近はほとんどやってなかったのよね、これ……) 

 蟲毒という古代中国の呪法がある。

 ヘビ、ムカデ、ゲジ、カエルなどの百種の蟲を同じ壺で飼育し共食いさせ、最後に生き残ったたった一種から毒を抽出する儀式だ。

 本来たった1種のみ生まれ落ちる希毒を、投入した100種の蟲の全生存パターンを解析・網羅し殺害方法に転化した暗殺技術が彼女の『秘毒の百殺』だ。

「――――――ッ!?」

 慌てて背後を振り返って依代の少女が反応を返すが、遅い。

 契約する召喚師の男が毒殺された時点で、励起手榴弾(インセンスグレネード)の起爆条件を満たせない。

 この時点で詰みだ。

 召喚儀礼さえ行われなければ(リュー)娘藍(ニャンラン)は最強だ。

 血眼で飛び掛かってくる依代の少女を見て、呆れたように溜息をつく余裕すらあった。

 少女が懐から取り出したのは、その大人しそうな外見とは不釣り合いなかぎ爪のように何かを掴むための鋏だった。

 「スペインの蜘蛛」と呼ばれる拷問器具であり、主に女性の乳房を挟んで天井から吊り下げ自重で引き千切る事を目的とした拷問全盛期を象徴する狂具である。

 一体何の記号を狙ってチョイスしたのか分からないが、しかし実用性のない武器だ。

 いや、そんな次元の問題ではなく、純粋に(リュー)娘藍(ニャンラン)に向かって近接戦を挑んだという判断が既に致命的だった。

 避ける事もできたが、魅せプレイを意識して敢えて拳でかぎ爪状の鋏を弾く。それも、弾いた武器が天井の蛍光灯の光を反射して少女の目を眩ませられるように。

 どんな人間でも脳を介さない脊髄反射の行動は制御できない。

 瞼を閉じた一瞬。

 その刹那に、捩じり込むように放たれた掌底が少女の鳩尾を穿つ。

 尚且つ、音は立てない。

 打ち込む勢いのまま、吹き飛ぶ相手と一緒に(リュー)娘藍(ニャンラン)も前のめりに倒れる。ベクトルを同方向に逃がして衝撃音を殺し切る。

 周囲を行き交う一般人は誰も気付かない。

 ここまでやって『痩身暗器(パーフェクトドラゴン)』。

 イヤホンから拍手喝采が沸き上がった。

「結果は上々、かしらね」

 宣伝には十分な効果があっただろう。

 眼前の召喚師の男と依代の少女の死体は商品展示会の"運営側"がやってくれるだろうし、万が一一般人に発見されようとも、召喚師である彼らはそれほど大きな問題にもならない。

 そう考えてその場を歩き去り、

「――――――いやだわ、全くもう」

 背後から聞こえた少女の声に、(リュー)娘藍(ニャンラン)は初めて動揺を示した。

(な―――――!?)

 首を振って回避する、その挙動が既に捉えられていて、回避先を狙って振るわれた「スペインの蜘蛛」が彼女の頬を浅く割く。

 その傷口へ、吐血した依代の少女が口から血を拭い、指先で血を塗り込んできた。

 咄嗟に懐から取り出した針で頬を刺し、塗り込まれた血を体外へ排出する。

(……この技――――ッッ!?)

 彼女は知っている。何故なら彼女も使える技だから。

 これは相手の傷口に自身の血を塗り込み、免疫拒絶による肝不全で死亡させる奥義。

 またの名を、『秘毒の百殺』32番目の生存種『(シンワァ)』。

 そして、この技を習得している人間も限られてくる。

「……貴女、もしかして、」

「――――――TTT(トゥワイス・トランス・ターミネイター)、って言えば分かるかな?」

 『痩身暗器(パーフェクトドラゴン)』の劣化量産計画とは、詰まるところ、彼女の100種の内の1種を切り取り先鋭化させただけの個体に過ぎない。

 そして、彼女の量産型は、たった1種だけだが『痩身暗器(パーフェクトドラゴン)』のオリジナルと同等の技を習得している。

「……あら、私の劣化個体だったのね。なるほど。商品展示会っていうからてっきり私のパフォーマンスかと思ったけれど、オリジナルの私と下位互換の貴女、どちらが活躍しても宣伝になってた、って訳ね」

「劣化量産体だの、下位互換だの、ひどい言い方するなぁ。私、あなたきらーい」

「あらそう。私は貴女みたいな顔立ちの男の子、可愛くて好きだけど?」

「……ふーん…よく分かったね」

 鳩尾を放った時点で、TTT(トゥワイス・トランス・ターミネイター)の骨格を把握した。紛れ間もなく男性体で、胸の脂肪の厚さから突き込みの強さを図り間違えた。彼女…いや、彼が気絶しなかったのはそのせいだろう。

 大人しい文学少女へと女装した少年。

 男でありながら(リュー)娘藍(ニャンラン)として完成した個体。

 得物である「スペインの蜘蛛」なども含め、女性性への否定が彼なりの『戒めの象徴』なのかもしれない。

 興奮気味にがなり立てる実況が鬱陶しく、イヤホンを外して投げ捨てる。

 ここからは、(リュー)娘藍(ニャンラン)も本気になる必要がある。

「悪いけど、ここで死ぬ訳にはいかないの」

「下位互換の貴女が、オリジナルの私から逃げられるとでも?」

「できるけど?」

 TTT(トゥワイス・トランス・ターミネイター)が近くのドレスショップへ飛び込んだ。

 もはや人目も気にせず、商品棚の上を跳ね飛んで店内の奥へ逃げる。

 対する(リュー)娘藍(ニャンラン)は、人間という障害物が多い地を疾走する。

 特殊な走法として有名なものに古武術の「縮地」があるが、一方でこれは一対一を想定する間合いの攪乱であり、実用性は薄い。

 この場合はむしろ、ラグビーやアメフトといったスポーツ走法の方が効果的であった。上半身を振っての特殊な挙動でTTT(トゥワイス・トランス・ターミネイター)の意識を上半身へ注視させた上で、体を一気に振って猫のように四つ足で低く床を蹴る。

 人やドレスの衣装棚、マネキンなどを隠れ蓑にして疾走する。

 彼の視界から消え、這うように床を滑る彼女が懐から毒針を投擲する。

 『秘毒の百殺』1番目の生存種『(シゥー)』。彼女の有する『秘毒の百殺』の中ではかなり珍しい、実際に本物の毒を用いる暗殺技だ。

 TTT(トゥワイス・トランス・ターミネイター)の死角へ投げ込まれた毒針を、しかし彼はロングスカートを大きくはためかせてカーテンのように払い取る。

「私が習得したのは『(シンワァ)』1種でも、だからといって他の99種に無知って訳ではないのよ?オリジナルのやり口は骨の髄まで沁み込んでるの」

 思考回路のフォーマットが同じなのだ。

 相手の手札が分かれば、自ずと対処法も分かる。その悉くを踏破してみせる。

 (リュー)娘藍(ニャンラン)が『秘毒の百殺』で以て対峙する限り、TTT(トゥワイス・トランス・ターミネイター)はその全てを攻略できる。

 決着はつかない。

 けれど、

「――――――あらそう、なら簡単ね。だったら貴女の知らない奥義を使えばいい」

 彼女は気軽にそう言った。

 言葉の意味をTTT(トゥワイス・トランス・ターミネイター)が理解するより早く、

 

 

「――――――『秘毒の百殺』101番目の生存種『(レン)』」

 

 

 (リュー)娘藍(ニャンラン)のこぼした言葉が意味を持つのは、1秒後。

 目でも耳でも鼻でも舌でも肌でもない、きっと五感ではない何かにとって劇物であるその毒は、何か白色をしていた。

 真っ白に輝く光が(リュー)娘藍(ニャンラン)の体を包む。

 いつの間にか、彼女の髪型はツインテールに結ばれ、その服も豪奢な真っ白なドレスに着替えられていた。

(その姿は、白き女お――――――)

 

 ズガン!と、胸にハンマーを打ち付けられたような衝撃が走る。

 幻覚だ。

 だって五感では何も感じていないはずだ。

 けれど、その白き女王が彼に迫り、追いつき、

「あらあら。わたくしのあにうえに面倒をかけた『ガバメント』招宴派の残党が、何を粋がっているのかしら?」

 その、蠱惑的な甘い声が脳ではなく魂を振るわせ、

 

「それ以上無様に生き延びようとするなら――――――殺すぞ」

 

 伸びた手がTTT(トゥワイス・トランス・ターミネイター)の胸をほっそりとなぞり、気が付けば握られていた心臓が目の前で潰されるのを目の当たりにした。

 

 

「――――――ぁ……!?」

 ひゅう、と。

 タイヤに穴が空いて空気が抜けるように、彼の肺から空気が抜けていった。体の熱とそれから液体がしとしと肌を伝って流れ出ていく。

「昔、私が『秘毒の百殺』を用いてもなお殺せなかった召喚師がいてね。その敵によって生み出された技なのよ、これは」

「……そ、な…バ、な……」

 言葉を紡ぐ機能は、もう失われていた。カクリと、その肉体が電源を落としたかのように力を失い四肢を投げ出した。

 種明かしすればなんてことはないただの手品だ。

 白き女王のコスプレをして、相手の魂を屈服させる。

 魂を蝕む恐怖という概念の服毒死。

 もちろん、彼女の被召物(マテリアル)としての存在感にリアリティを持たせるため、彼女の音階と同じ花弁専用に調香した化粧道具が必要になるが。

 技術体系としては第一の召喚儀礼のようなものだ。偶像による本物の喚起。ただそれだけの理屈に過ぎない。ただし、相手にしたのが極大過ぎたというだけの話だ。

「……結局、あらゆる理屈を超越する技術ってのは、あの女王に頼るしかないのよね…」

 既にこと切れた彼にはもう届かない。

 だからこれは彼女の独り言で、或いは回想だった。

 

「誰も殺さない毒殺を求めて結局白き女王に辿り着くなんて、どんな気持ちでやったんだろうな、恭介ちゃん」

 

 

 

 

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