【完結】誰も知らないアブノーマリティー   作:名無しの権兵衛

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EX-Story-9 『あなたが私のことを愛しているのはちゃんとわかっていますよでもそれはそれとして私以外の女に対して優しくすることも愛を囁く事も不要なはずですだからそんな目はいらないですよね?』

 グシャ

 

 ……肉のつぶれる音だ。この施設の中でよく耳にする、いつまでも聞きなれない不快な音だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゴキャ ベキベキ

 

 ……骨が砕け、軋み、重なり合って一つになる音だ。ここまでの音はさすがに、今まで聞いたことがない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 グキャ

 

 ……人の、息絶える音だ。もうすでに死んでいたかもしれないが、たとえ息が続いていたとしても確実に葬られる一撃の音だ。

 

 

 

 

 

 

 

 ア゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛!!!!

 

 怪物の声だ。昂っているのか、憎悪を燃やしているのか、少なくとも人間には理解できない精神の声だ。常人ならこの声を聞いてだけで恐怖し、身を動かすことができなくなるような悲しい声だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 グチャッ グチャッ グチャッ

 

 ベチョ グチュ ベチャ

 

 クチャ クチャ クチャ

 

 音はどんどんと激しくなっていった。

 

 何度も何度も叩きつけられ、肉がつぶされていく音だ。その音はどんどん柔らかくなっていき、ミンチ肉をこねてハンバーグでも作っているかのような軽快な音に代わっていった。

 

 音はどんどん軽くなり、先ほどまでのような不快感はなくなり、まるで台所で夕食の準備でもしているかのような音になっていく。こんな状況でなければ、普通に勘違いしてしまいそうだ。

 

 そう、ここは地獄であり、恐ろしい攻撃を受けている最中なのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ジョシュア、大丈夫か!?」

 

「ジョシュア先輩、目が大変なことになってるっすよ!!」

 

「あぁぁ…… な、何が起こっているんだ……?」

 

 視界が真っ赤に染まった後、何かの叫び声とともに、大きな振動が伝わってくる。

 

 いまだに目は見えないが、そんな俺を心配して誰かが俺のほうに駆け寄ってくる。

 

 ……この声は、リッチとジェイコブか?

 

「とりあえずここは危険だ、ジェイコブ、ジョシュアを連れて『T-09-i97』*1へ連れていけ!」

 

「わっ、わかりました!!」

 

 おそらくジェイコブに肩を担がれ、立ち上がってこの場から逃げ出す。このままでは足手まといだ、早く回復をしなければ。

 

「ジョシュア、あとは任せろ」

 

「……リッチ、頼んだぞ」

 

「……あぁ」

 

 

 

 

 

「……いったか」

 

 ジェイコブがジョシュアを連れて行ったことを確認し、改めて目の前の怪物に目を向ける。

 

 それは醜悪な化け物だった。

 

 筋肉の塊のところどころに腐りはてた肉塊が付着し、人間の上半身のみを模倣して形作られている。下半身はちぎれたかのように途中で途切れ、断面からは臓物がドレスのように広がっている。

 

 上半身は六つの腕がそれぞれ足のように体を支え、前二本を振り上げて目の前のミンチに殴りかかっているさまは、ゴリラやカマキリのようにも見える。

 

 その中でも前の左腕にある薬指は異様に肥大化しており、根本だけかなり細くなっている。よく見れば肉に埋まるように銀色の何かが見える。

 

 そして顔面には口もなく、鼻もない。そこにあるのはつぶらできれいな一つの目玉だけ、だがそれも顔の大きさに対して不釣り合いに大きく、すべてを台無しにしている。

 

 目の前の怪物は、俺たちになんて興味のかけらも抱かず、目の前のタチアナだったものにその憎悪の限りをぶつけていた。

 

 すでに原型なんてとどめていもいないそれに対して執拗に攻撃を加えた後、満足げに顔を上げると周囲をきょろきょろと見まわし始めた。

 

 彼女に夢中になっている間に、もうすでにここにいた全員が退避済みだ。あとは俺だけだ。

 

「かかってこい怪物、俺は決して甘くはないぞ」

 

「ア゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛!!!!」

 

 目の前の怪物、『T-05-i11』は俺を見据えると、雄たけびを上げた。

 

 そしてそのまま……

 

 

 

 

 

 反対方向へと走り去っていった。

 

「なっ、どういうことだ!?」

 

 俺のほうでもなく、ジョシュアの逃げた方向でもなく、反対方向へ、いったいそっちに何があるというのか。まさかあれほどの憎悪を込めた怪物が、今更逃げ出すとも考えにくい。

 

「くそっ!」

 

 急いで追いかけるが、ありえないほどに速度が速い。もしかしたらジョシュアと同等くらいの速さかもしれないそいつは、中央第二へと向かっていった。

 

「なんて速さだ」

 

 今自分が使っているのは近接武器の“簒奪”だ。こういう逃げる相手の時にはどうしようもない、それも俺よりも圧倒的に早い奴が相手だ。

 

 急いで追いかけるが、もうすでに悲鳴が聞こえてくる。俺は全力で走り、中央第二へと続くドアをくぐった。

 

 

 

「いやあぁぁぁ!! 助けてぇ!」

 

「Β209! やめてくれぇ!」

 

「くそっ、何なんですかこいつは!?」

 

「パンドラさん、危ないですよ!」

 

「いやっ!?」

 

「パンドラちゃん、大丈夫?」

 

「ルビねえさん、ありがとうございます!」

 

 そこは、すでに地獄と化していた。

 

 『T-05-i11』は職員、いや女性だけを確実に頭部を握りつぶし、床にたたきつけることで殺し、その死体を一か所に集めていた。そしてある程度の山になれば、周囲のことなんてお構いなしに叩き潰し、肉の池になるまで叩き潰した。

 

 周囲にいるパンドラやメッケンナ、ルビねえが攻撃しようとも叩き潰すことに専念し、それが終わるとまた女性を狙い始める。

 

 この場にいる女性がパンドラだけになり、パンドラが執拗に追いかけられるが、何とか紙一重で避けていく。だが、相手のほうが早くついに捕まってしまった際に、何とか耐えてルビねえに助けられた。

 

 だがそうしている間にも、この怪物は待ってくれない。周りの男性には一切目もくれず、徹底的にパンドラを狙い続ける。

 

「もう、私には目もくれないってどういうことよ!」

 

「そりゃあルビねえに襲い掛かるなんて滅相もないからじゃないか?」

 

「あらリッチちゃん、それどういう意味?」

 

「それよりもそろそろパンドラがまずいぞ!」

 

「あらやだ!」

 

 ルビねえが“種子”を放ってパンドラに伸びる手を爆撃する。黒いもやがかかっていることから、『T-09-i91』*2を使っているのだろう。

 

 『T-05-i11』は一瞬ひるむと、そのすきにパンドラが何とかこの場から逃げる。するとまた、俺たちのことなんて目もくれずにパンドラの後を追いかけようとした。

 

「今度は逃がすか!」

 

 俺とメッケンナで、『T-05-i11』の左後ろ腕二本に同時に攻撃を仕掛ける。それと同時にルビねえが顔面に“種子”をブチかますことで、何とかこかすことができた。とはいえ一瞬だけのことだ、俺たちは奴の進行方向に立ちふさがり、もうこれ以上パンドラのほうへ向かわないようにする。

 

「さぁ、第二ラウンドだ」

 

「ア゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛!!」

 

 どうやら彼女を追いかけるためには俺たちを倒さなければならないと認識したようだ。

 

 目の前の怪物が腕を振り上げたかと思うと、一瞬にしてその腕が消えた。

 

「むっ!?」

 

 勘を頼りに何とかその一撃を防ぐ。あまりにも早く、重い。その一撃が終わっても、また次の攻撃が飛んでくる。

 

「ア゛ァ゛ァ゛!!」

 

「くっ」

 

「くらえ!」

 

 左腕による攻撃を何とか防ぎ、その間にメッケンナが攻撃を仕掛ける。そして背後からルビねえが攻撃を与え続けることで、ダメージを当ていていく。

 

 確実にダメージは与えているはずだ。だが、この怪物は動きが鈍くなる様子もなく、いまだに元気に攻撃を続けてくる。

 

「くそっ、どうなっている!?」

 

「大丈夫よ! 表に見えないだけで、ちゃんと攻撃は通っているわ!」

 

 幾度と続く激しい攻撃、すべてが一瞬で致命傷のそれをよけ続けるのは、かなりの集中を要する。もちろん、そんなことを何度も続けれれるはずがなく、ついにその時が来た。

 

「ぐはっ!?」

 

「リッチさん! ぐあっ!?」

 

「ちょっと二人とも!!」

 

 攻撃を受けた後に体がふらついてしまい、その隙を突かれて『T-05-i11』のもう片方の腕による一撃を受けてしまった。

 

 その光景に動揺して、メッケンナまで攻撃を受けてしまい吹き飛ばされる。

 

 そしてそのまま、『T-05-i11』は動けなくなった俺のところまですさまじいスピードで来ると、その腕を振り上げ……

 

 

 

 

 

「悪い、待たせた!」

 

 その瞳に、“墓標”が突き立てられた。

 

「キ゛ア゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛!!!!」

 

「とどめだ」

 

 最後の一撃は、静かな憎悪が含まれていた。ジョシュアの一撃を受けて『T-05-i11』ははじけ飛び、その場に指輪だけが残された。

 

「……」

 

 そのままジョシュアの足もとに転がったそれは、無言のまま“墓標”によって砕かれた。

 

「みんな、遅くなって悪かった!」

 

「……別に、お前がいなくても勝っていたさ」

 

「あぁ、そうだな」

 

 ジョシュアに手を差し伸べられて、立ち上がる。とりあえずこの傷を治すために、『T-09-i97』に行かなくてはな。

 

 

 

 

 

「本当に不愉快だな、お前は」

 

 俺はまた『T-05-i11』の収容室に向かっていた。今度は何があっても大丈夫なように、この福祉部門から女性は別の部門に行っている。

 

 そして、収容室に向かえば、またあの不思議な感覚が襲ってくる。

 

 

 

 

 

 大丈夫よ、あなたは私だけを見ていればいいの

 

 ほら、あなたのためにこの指輪も用意したのよ?

 

 素敵でしょ、これがあればもうあんなことは起こらないわ

 

 だからこれを受け取って

 

 

 

 

 

 俺はこの指輪を……

 

 

 

 

 

 受け取らなかった

 

 

 

 

 

 なんでなんでなんで!?

 

 ……あぁそうか、私が悪かったのね

 

 そうよね、あなたは優しいから

 

 だから私のために言ってくれているのね

 

 うふふ、これも愛よね

 

 ありがとう

 

 

 

 

 

 すると、俺の左手の薬指に痛みが走った。

 

 よく見れば、それは彼女と同じ目の色をした宝石のついた指輪であった。

 

 俺はこいつを許せなかった、だからこいつを拒否した。

 

 だが、結局のところこいつから逃れることはできなかったようだ……

 

 

 

 

 

 どうして、私たち結婚するのにほかの女といるの?

 

 どうして私を愛してくれているのにそんなことするの?

 

 私のほうがあなたを愛しているのに、愛のかけらもないそんな女に……

 

 そうか、その見た目であなたを誘惑したのね

 

 そうか、その表情、しぐさ、その見た目のすべてがあなたを誘惑するのね

 

 

 

 

 そう、やっぱり目移りするのがいけないのね

 

 

 

 

 

 T-05-i11 鎮圧完了

*1
『極楽への湯』

*2
『七色の瓶』

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