ゲブラーの右手に握られているのは、青白い不気味な戦槌だ。
青白い触手はタコやイカのような吸盤がいくつもついており、動いていないというのに今にも動きそうだと錯覚する。
その触手がいくつも複雑に絡み合い、一つの塊となって持ち手の先に鎮座する。
その戦槌の纏う雰囲気は、今までのE.G.O.とは比較にならないほどの恐怖を感じる。その一撃を食らえば、絶対に逃さないとでもいうような圧力が俺たちを襲う。
そして、左手に握られているのは白濁の骨の槍だ。いくつもの骨が絡み合い、一つの槍となって形成されている。
刃の部分のみが加工されており、それ以外のすべては本来の形そのままで作られている。その骨の正体は何かはわからないが、どうせろくなものではないはずだ。
常に死の気配を振りまきながら、何かを待つように静かに眠っている。
……そうだ、それは俺の持つ“墓標”であった。
死の象徴であるPダメージのALEPH武器であり、俺の愛用の武器でもある。その恐ろしさは俺自身がよく知っている。そんなものを一撃でも食らってしまったら、さすがにもうだめだろう。
未知のE.G.O.と凶悪なE.G.O.、そのどちらもが恐ろしい気配を纏い、おそらくは強力な力を持っていることだろう。
ゲブラーはそのうちの一つ、“墓標”の穂先をこちらに向け、口を開く。その仮面は、上下に少し開き、その下から赤いラインがこちらを覗いていた。
「さあ、E.G.O.の本当の使い方を見せてやる」
その行動に、どれだけの人間が反応できるだろうか?
今まで以上の速度による“墓標”による薙ぎ払いにより、その斬撃がこちらに向かって飛んでくる。その斬撃をなんとか俺の“墓標”で受け止める。
直接でない斬撃だというのに、受け止めただけで少し後ろに押されてしまう。これだけでわかる。俺のE.G.O.の使い方とは、次元が違う。
そして、その攻撃もただの一撃だけのはずがなかった。
「これが貴様らの墓標だ!」
ゲブラーによる“墓標”の斬撃が全方位に飛んでいく。リッチが“簒奪”で受け止め、マオが“手”で弾いて何とか逸らす。メッケンナの腕が“鬼退治”とともに吹き飛んでいき、シロが身をひねって何とか避けるも肩にかすっただけで血が噴き出した。ルビねえは“種子”に身を隠したことでなんとか直撃を免れたが、その衝撃で吹き飛ばされてしまう。
「焼き尽くせ!」
さらなる斬撃が飛んできたため、腕の吹っ飛んだメッケンナの襟をつかんで何とか範囲外まで投げて自分も逃れる。
たとえ範囲外へと逃れても、威力の弱まった斬撃が部屋の端まで飛んでくることがある。たとえ弱まっていたとしても、食らえばひとたまりもないだろう。
「メッケンナ、大丈夫か?」
「ジョ、ジョシュアさん、すいません……」
「もうしゃべるな、離脱しろ」
「すいません……」
何とか止血だけして、自分の足で部屋から脱出する。他のみんなも何とか範囲外に逃れたようだが、たとえそこでも安心はできないだろう。
「ルビねえ、そこから“種子”で攻撃できるか?」
「うぅぅ、え、えぇ…… やってみるわ」
怒りに呑まれたゲブラーは、俺たちとの距離感が分からなくなっているのか一歩も動かずに斬撃を飛ばしてくる。ここから攻撃できるなら楽に倒せるはずだが……
「これでどうかしら!!」
「喰い散らかせ!」
ルビねえの“種子”による砲撃は、ゲブラーの触手戦槌によって破壊されてしまった。やはり、一筋縄ではいかないようだ。
こうなったらやるしかないか。
「ルビー、シロ、俺が懐に入って隙を作るから、その間に攻撃を仕掛けてくれ」
「おい、お前ばっかりがいいところを奪ってんじゃねえぞ」
「そうだな、ジョシュアばかりに任せてはおけないからな」
「二人とも……」
一人であの死地に向かおうとすると、リッチとマオが一緒に立ち上がってくれた。正直心強い、来てくれるのであれば生存率も成功率もぐっと上がるはずだ。
「わかった、行くぞ二人とも!」
ゲブラーが攻撃を終えた直後を狙って一気に接近する。これといった隙ができない彼女に対して、これくらいしか付け入るスキがなかった。
「気をつけろよ!」
「わかってる!」
飛んでくる斬撃を、交代交代に受け流し、防御しながら近づいていく。少しでも掠れば致命傷、その攻撃を何度も受けながら何とか回避していく。
「潮騒となれ!」
触手戦槌による攻撃を大げさに距離をとって回避する。あの戦槌から放たれる衝撃波を食らうのは、まずい気がする。絶対に当たってはいけない。
「行くぞ!」
「任せろ!」
何とか射程範囲内まで近づき、攻撃に入る。ここからが本番だ。
「追剥」
「任せろ!」
“墓標”による斬撃を“墓標”で受け止める。たとえ個人での戦闘力に劣っても、こちらには仲間がいる。そう簡単に負けてたまるか。
俺が斬撃を受け止めている間に、マオが接近して“手”による一撃を腹部に叩き込む。しかしそれを触手戦槌で止められ、その隙にリッチが“簒奪”を叩き込む。
「数多の躯!」
「ならこっちだ!」
“墓標”によるゲブラーの一撃をリッチが受け止め、その間に再び俺が“墓標”を叩き込む。
ゲブラーの太ももに“墓標”が突き刺さり、マオが横腹を狙う。
「崩れ行く世界!」
「なんの!」
そこを俺たちを巻き込むように触手戦槌を叩き込まれそうになるが、シロとルビーの狙撃が炸裂した。シロの攻撃がゲブラーの手に直撃し、ルビーの砲撃が頭にぶつかる。
「ぐっ、静寂をここに!」
「一気に叩き込め!」
ゲブラーは自分の傷口から芽が生えてくることを気にも留めず、灰色の槍を取り出した。ゲブラーの血がしたたり落ち、その場から結晶が成長する。そしてそれを俺に向かって投げてくるが、それをすれ違うように避けて背後から“墓標”を突き刺す。さらにそこを反対からマオが殴り掛かり、槍が腹部を貫通する。マオが射線上から逃れると、槍が放たれた直後にリッチが“簒奪”で肩を切りつける。
「贖罪の時間だ!」
“墓標”による斬撃が再び襲い掛かる。雨のように襲い掛かる斬撃を躱しながら再び攻撃を加える。何とか形勢はこちらに傾いた、このままどうにか押し切ってしまいたい!
「果ての海!」
だからだろうか、その一瞬の油断のせいで触手戦槌の衝撃を受けてしまった。その瞬間、俺の体は時が止まったかのように動きを止めてしまった。
意識だけははっきりとしているのに、体はどうやっても動かない。それは金縛りにあった夢のようで、全く現実感がない。
だが、そうしている間にゲブラーは再び触手戦槌を振り上げてこちらにたたきつけようとしてくる。
あっ、これはまずい……
「ジョシュア!」
来るなと叫びたくても声すら出なかった。眼球すら動かせないまま吹き飛ばされ、しばらく転がってようやく体が動かせるようになる。
「ぐっ、リッチ!」
「かつての温もりに浸れ」
俺のせいで陣形は崩れ、ゲブラーが再び灼熱の籠手を構えて突進する。ゲブラーは灼熱を纏ってどこまでも突き進み、そのまま途中にいたルビねえを熔かして走り去っていった。
「ル、ルビねえ…… リッチ……」
ルビーは完全に熔けて床にこびりついてしまった。そこに彼女の面影はない。リッチは下半身がつぶれてピクリともしていない、息はまだあるようだがもう長くはなさそうだ。マオもシロも、斬撃を受けたのか傷だらけで動けそうにもない。
もう、うごけるのはおれだけのようだ。
『ゲブラーは福祉部門に向かった。ジョシュア、もう動けるのはお前だけだ。いけるか?』
「……あぁ」
折れそうになる膝を何とか伸ばして、福祉部門に向かう。ここまできたのだ、絶対に負けてなるものか。
体を必死に動かしながら、福祉部門にたどり着く、ここのメインルームに、彼女はいる。ならば今度こそ、絶対に仕留めてやる。
そこで、とある収容室の目の前でふと足を止める。
「……すまない」
心の中で謝罪をする。どうやら約束を守れそうにない。
「灼き尽くせ!」
「くっ」
福祉部門のメインルームに入った瞬間、ゲブラーの“墓標”による斬撃が飛んできた。俺はそれを身をひねって回避すると、次は触手戦槌による打撃が繰り出される。しかし、それは俺のところまでは届かない、距離が離れすぎている。
「すぐに片付ける」
そのまま、ゲブラーに向かって全速力で接近する。ゲブラーはそれに反応して再び“墓標”で斬撃を飛ばしてくる。俺はそれを避け、弾き、時に食らいながら接近して“墓標”を突き刺す。
「ぐっ、崩海!」
触手戦槌が振り下ろされるのを察知して背後に回る、そしてそのまま“墓標”で切り上げて背中に傷をつける。
もうすでに手傷を負わせているはずだ、この体がもっている間に早く終わらせなければ。
「……貴様、何のつもりだ」
「……」
「そうか……」
もう止まることはできない、迫りくる“墓標”の攻撃をかわしつつ、攻撃を加える。攻撃の威力も早さも相手のほうが上だが、動きが単調なおかげで何とかついていける。
「結晶の花を咲かせろ」
ゲブラーの投げる槍が頬を掠り結晶が飛び散る。そのままがら空きの体に“墓標”を突き刺すが、触手戦槌が振り下ろされる。
「しまっ」
欲張りすぎた、俺は再び触手戦槌の衝撃を浴びて動けなくなる。そのまま振り下ろされる触手戦槌の一撃をもろに受けて、吹き飛ばされてしまう。
「……そのツールの力か」
「……あぁ、何とか助かったよ」
そういって、左腕にもっているスーツケースを握りしめる。『T-09-i87』*1、それは回復できなくなることを代償として超人的な耐久力を得る悪魔のツール。
これを使えばもはや体を休めることはかなわない、この一日を終えるまで酷使され続ける。
再び接近して“墓標”を突きつける。ゲブラーの猛攻を躱し、『T-09-i87』を盾にしながら攻撃を続ける。この化け物相手に長期戦は不利だ、一気に片をつける。
「なめるな!」
ゲブラーの大ぶりな攻撃を避けて、胸に“墓標”を突き立てる。
「ぐっ」
あれほど激しかった攻撃が止み、ゲブラーが膝をつく。その行動の意味を理解し、距離をとる。
すると、ゲブラーはその手に持っていた触手戦槌を地面にたたきつけ、今までで一番の衝撃が部屋全体に響き渡る。
「よくここまで私を追い込んだ」
ゲブラーは左手に持っている“墓標”を一振りすると、そのまとわりついていた骨が四散し、内部が露わになる。
「だが、もう眠るといい」
それは、青白い炎を纏った錫杖であった。すべての悪意に包まれた絶望の錫杖。
「おいおい、嘘だろ……」
今までにない強力な圧力を受けて衝撃を受けていると、ゲブラーはさらに大剣を取り出した。
どこまでも続く星海と、見たこともない世界を内包する希望の大剣。
それは、ゲームですらなかった最終形態での二刀流だった。