右手に握られしは希望の大剣だ。
持ち手はどこまでも白く、底から鍔の部分まで天使の羽のような装飾が伸びている。それは何色にも染められていない、無垢な赤子のような清らかさがある。
剣の腹の部分には、どこまでも続く星海と、見たこともない一つの惑星が映し出されている。それは一つの理想郷、美しく純粋な世界は人々の心を惹き、区別なく受け入れるであろうと直感する。
刃の部分はどこまでも透き通っており、意識しなければ見えないほどの透明度だ。清らかな水よりもより清らかで、どのような鉱石よりもしっかりと芯をもって主張している。
それらの要素すべてが、これが戦いの武器であるということを忘れてしまいそうなほどの美しさを醸し出している。強力な力さえなければ、きっと美術館に保管されているほうが似合っていただろう。
左手に握られしは絶望の錫杖だ。
柄の部分は骨と肉で構成されている。主に脊椎で構成されており、ほかの部分との間を醜悪な肉塊で繋ぎ止めている。骨の隙間からは青白い、緑がかった炎がかすかに漏れている。
石突の部分には人間の頭蓋骨が取り付けられており、青白く緑がかった炎と悪臭が漏れ出している。その頭蓋骨は骨だというのに悍ましき悪意を凝縮したかのような人相が浮かび上がってくる。
杖の先、杖頭はいくつもの骨で構成されている。骨盤のような骨の輪になっている部分に、小さな骨が醜悪な肉塊によって繋ぎ合わされた複数の輪が通っている。その輪は揺れるたびに不快な音を鳴らし、周囲の心をかき乱す。
その先には先ほどまで槍として使われていた名残である唯一加工された部分である刃が残っており、この部分から最も勢いよく青白く緑がかった炎が噴き出している。
それは錫杖にして呪具、槍にして薙刀。この世の邪悪を煮詰めたかのようなそれは、戦場が一番似合っているように感じる。
そして、それらを握り振るう者、『赤い霧』ゲブラー。
もはやその顔に取り付けられている仮面には、もはや最初の面影はなかった。仮面の表面の灰色の部分は完全に開き切り、その下の赤いラインの入った黒い仮面が顔をのぞかせる。
その仮面は、その下の怒りを映し出しているように赤く猛り狂っている。もはやその怒りを止めるすべはなく、理性はすべてその怒りで燃やし尽くされてしまった。
E.G.O.の力を100%引き出すことができるその怪物は、ついに動き出す。目の前の獲物を屠るために。
「壊れろ」
気が付けば、もう目の前に錫杖を振り下ろさんとするゲブラーがいた。今までとは比べ物にならないほどの速さ、もはや一瞬の気も抜けない。
錫杖による攻撃をスーツケース、『T-09-i87』*1で受け流しながら右手の“墓標”を構える。しかしすぐに大剣による薙ぎ払いが飛んできたので、体勢を低くしながら“墓標”で下から殴ってかちあげる。
するとそのまま回し蹴りが飛んできたので、スーツケースで受け止めながら床を蹴って後方へ飛ぶ。
後方に飛んでことで勢いを殺そうと思ったが、俺が吹き飛ばされているそのスピードにゲブラーが追い付き、大剣を振るった。
「なっ」
必死に身をひねって“墓標”を大剣にたたきつけ、自分の体を無理やり方向転換させる。
地面にたたきつけられてはねたところを空中で体勢を立て直し、踏ん張って勢いを殺しながらゲブラーのほうを向くと、すでに彼女はいなかった。
「殺してやる」
もはや直感で体を動かす。前に向かって全力で体を転がしてその場から逃げると、先ほどまでいた場所が断ち切られていた。
「速すぎるっ」
転がりながら体勢を立て直し、ようやくゲブラーを視界内に収める。しかしその一瞬でも彼女は距離を詰めて錫杖で攻撃を仕掛けてくる。
「ちっ」
錫杖による突きをスーツケースでずらし、“墓標”で突きを放つ。胸を狙ったそれはゲブラーが動いたことで思うようにはいかず、肩に突き刺さった。
それと同時に俺の肩にも衝撃が走る。ゲブラーの大剣が左の肩に食い込むが、何とか断ち切られずに済んだようだ。
“墓標”を抜き取ってゲブラーの右手を切りつける。それと同時にゲブラーの蹴りが飛んでくるが、それをスーツケースで防いで無理やり攻撃を当てる。
蹴られた衝撃で吹き飛ばされそうになるが、何とか踏ん張って一メートルほど後方に下がるだけで済んだ。
「壊してやる」
さらにゲブラーが距離を一瞬で詰めて錫杖による突きを放ってくる。
俺はそれを最小限の体の動きで避けようとして、カウンター気味に“墓標”を顔に突き立てる。
「ぐっ」
錫杖は避けきれず、俺の脇腹を浅く切り裂いた。“墓標”はゲブラーを顔を捉え切れず頬の部分を掠らせるだけであった。
「貴様のような」
大剣の振り下ろしが再び左の肩に食い込む、それと同時に俺の“墓標”をゲブラーの右腕に突き刺す。
その斬撃は寸分違わずに先ほどの傷を切りつけ、ついに骨の半分まで届いてしまう。だが、この体はすでにひっついていればどのような状態でも酷使できるようになっている。たとえ骨が折れようが、神経が断絶しようが、いつも通りに体が動く。
体が激痛に悲鳴を上げ、疲労による活動の停止を訴えても、そのすべてを拒否される。この悪魔の装置に手を出した瞬間、体を止めることは許されないのだ。
「E.G.O.の使い方を知らぬ」
「くらえっ」
さらに一歩踏み出して“墓標”を胸に突き刺そうとするが、錫杖ではじかれてしまう。
その隙に大剣で胸を切りつけられるが、傷は浅い。もはやこのスーツケースのおかげで、たとえ『赤い霧』の攻撃であってもそう簡単には倒れることは許されなくなった。
「未熟者に」
そのまま“墓標”の石突でゲブラーの腹部に突きを放つ。痛みを意にも介さないゲブラーはそのまま錫杖による薙ぎ払いを行い、柄の部分で体をたたきつけられ吹き飛ばされてしまう。
「私を倒せると思うな」
転がる体をすぐに起こしてゲブラーをにらみつける。再び両者の距離は離れ、仕切りなおされる。
一瞬の沈黙、しかしこの場に予想外の音色が鳴り響く。
「……これは、『T-09-i84』*2の音色か」
「もういい、終わりだ」
雄大な音色のおかげで、体の奥底から活力がわいてくる。体は軽く、動きも軽快だ。誰が吹いているかはわからないが、その思いは確かに受け取った。
ゲブラーが距離を詰めて大剣を振り上げる。相変わらず化け物じみた速さだ。
「確かに俺は未熟者だが」
ゲブラーの攻撃が迫りくる。その動きは今まで以上のはずなのに、とてもゆっくりに見えた。
左手に持つスーツケースから、早く動け、働けと命令が来る。そうせかすな、すぐに望み通り動いてやる。
「俺には共に戦う仲間がいるんでな」
その言葉に、ゲブラーはさらに怒りのボルテージを上げた。
大剣による神速の振り下ろしは、ただ床を切りつけるだけで終わった。
ゲブラーをすれ違うように背後に回った俺は、そのまま“墓標”でゲブラーの背中を切りつける。ゲブラーは背後に俺がいることに気が付いて、振り向きざまに錫杖を振るう。
俺はそれを“墓標”の石突ではじいて再び切りつける。ゲブラーの攻撃はだんだんと鈍り、俺の攻撃は逆に軽快になっていく。
「止まるわけにはいかない」
「俺だってそうだ」
大剣による切り払いを弾き、錫杖の突きを避けて“墓標”を突き立てる。
そのまま“墓標”は仮面に吸い込まれ、突き刺さる。暴虐の嵐を抜けて、ただただまっすぐに。
そして、仮面はその効力を失って、ばらばらに剥がれ落ちた。
「……そうか」
ゲブラーは、信じられないといった顔をしている。だがそんな感情に付き合っている暇はない。
ゲブラーに対して“墓標”による突きを放つ。だが、その攻撃は大剣による一振りではじかれてしまった。
そこで、ゲブラーが初めて距離をとる。そのあり得ない行動に、思わず足が止まってしまう。
彼女はこちらを見据える。それは怒りに呑まれた獣ではない、一人の人間としての目の輝きだった。
「……ならば、貴様が仲間を救えるか、絶望に立ち向かえるか」
彼女の言葉が俺に突き刺さる。これは、さらなる試練だ。
「今私が確かめよう」
ならば、その試練、受けて立とうじゃないか。
そういうと、ゲブラーはおもむろに大剣と錫杖を地面に突き刺す。
そして、その手に握られるのは不思議な形をした刀であった。
その刃は四つあった。
青き刃は優しき、誕生を祝う輝きを放つ。始まりの温もりが刃から漏れ出ている。
朱き刃は燃えるような情熱の輝きを放つ。その生命力に溢れた刃は、近くにいるだけで活力が上がりそうだ。
白き刃はどこか儚さを感じる輝きを放つ。恵みと同時にどうしようもない悲しみを運んでくる。
玄き刃は冷たい終わりの輝きを放つ。他と違い与えず、奪うのみの感情、だがそれはいずれ終わり新たな温もりが訪れる。
青、朱、白、玄、それぞれの刃が背を預けるように二組ずつ並び、西洋の大剣のような形をとっている。
その二組の刀が、黄色い持ち手の部分でつながり、一つの武器となってゲブラーの手に収まる。
ダブルセイバー、和風の刀と洋風の武器、そりが合わないようでどこか調和を感じる不思議な武器だ。
美しき、和をもった四刃は、一つとなって世界を包む。
「力を示せ」
ゲブラーが両手で四刃をもって振り回し、回転する。四刃は回転とともに風をうならし、その身にまとう。
「この攻撃に耐えてみろ」
風はやがてゲブラーを中心に暴風となり、この地下施設に竜巻を呼び起こす。
「儺追風」
回転が最高潮まで達すると、ゲブラーはその手から四刃を手放し、投げつけた。
「ぐっ、うおぉっ」
俺は、その攻撃を正面から受け止め、“墓標”を突き出した。
“墓標”は四刃と真っ向からぶつかり合い、火花を散らす。
その衝撃で、意識が飛びそうになるが何とか持ちこたえる。あまりの威力に体のすべてが引きちぎれそうになり、一瞬でも気を抜けば全身が掻き消えるであろう。
この恐ろしき、天災とでもいうような攻撃に対して、“墓標”では力不足であろう。
だが、絶対にここを引くわけにはいかない。仲間のためにも、彼女のためにも。
意識を俺の手に持つE.G.O.“墓標”に向ける。
決して負けないために、絶対にくじけないために。
今の俺には、力が必要だ。
たとえ彼女のように完全に力を引きだせなくても、少しでも力が必要なんだ。
―お前に俺は扱えない―
いいや 絶対に扱って見せる
―いったいどうして俺がお前に力を貸さなくてはいけない―
彼女にだって貸してるだろう
―そういっている間は絶対に無理だな―
そうか なら黙ってお前から力を引きずり出してやる
―ふふっ―
―あっはっはっ―
何がおかしい
―やっぱり人間はこうでなくては―
―いいぜ 貸してやるよ―
―だが そう簡単に扱えると思うなよ―
意識が戻ると同時に、“墓標”から強力な力があふれ出した。
その力は暴れ馬のように激しく乱れ、手からこぼれそうになる。
だが、それを絶対に離してはいけない。俺は“墓標”を握りしめて、四刃に対抗する。
その行動に、先ほどまでの絶望はなかった。
俺の、“墓標”のすべてが四刃とぶつかり、強大な嵐となる。この部屋全体に風が吹き荒れ、部屋全体にがれきが飛び交う。
しかし、そんな状況が長く続くわけもなく、すぐに終焉が訪れる。
「ぐあ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛!!!!」
力を振り絞って“墓標”を突き出し、ついに四刃ははじかれ後方に飛んでいく。
ここがチャンスだと思ってゲブラーに接近しようとすると、体のバランスを崩してこけそうになってしまう。
何とか“墓標”を杖代わりに地面について体勢を崩さないようにする。そして自分の左腕を見ると、すでに肩から先はきれいさっぱり消えてしまっていた。
もうスーツケースもない、これ以上は一撃でも食らえば終わりだ。
「……もう、ここまでだな」
そして、最後の一撃がやってくる。
ゲブラーは大剣を持ち直し、再び俺に接近しようとする。
だが、それはもうかなわなかった。
怒りにとらわれていた彼女は、自分の体力の限界にも気が付かなかった。
そして、その限界が今訪れた。
大剣を地面にさし、膝をつくゲブラー。
もちろんその隙を見逃すことはできなかった。
「届けぇぇぇぇ!!!!」
自分の両の足で立ち上がり、“墓標”から限界まで力を振り絞る。
そしてその場から全力で“墓標”を横なぎにふるうと、斬撃がゲブラーに向かって飛んでいく。
微弱だ、脆弱だ、それでも確実にその斬撃が飛んでいき……
ゲブラーの胸を切り裂いた。
「なっ」
そして、呆然とする彼女に近づいて、その胸に“墓標”を立てる。
その一撃は、今までの戦闘からは想像もつかないほど、すんなりと終わった。
「ゲブラー、終わりだ」
「あぁ、終わったのか……」
ゲブラーの体から力が抜け、彼女は俺の肩に顔を預ける。
「……あの場に、お前がいれば……」
「俺がいたって、悲劇は変わらないさ」
「だとしても……」
もうゲブラーが起き上がる気配はない。だが、まだ少しだけ口が動いた。
「あぁ…… 壊れていく……」
「だが、この体が粉々になろうとも、もう武器は放さない……」
そして、ゲブラーは力尽きた。
そして、その手から最後まで武器が零れることはなかった……