「さて、あんたから話なんて珍しいな。あの時の復讐か?」
「それはとうにあきらめた、それよりも少し話に付き合ってもらいたくてのう」
大きく背の曲がった、長いひげがチャームポイントの大きなエビ。肩に大型のライフルをかけて、言葉を流暢にはなすその姿は、エビという姿にミスマッチしているようにしか見えない。
もうすぐ業務も終了という時間に、『O-02-i23』*1の作業に行っていたエージェントに呼ばれて、今俺は『O-02-i23』の収容室の中でやつと対面している。
こいつとは以前悲しい事件*2があってから、ずいぶんと仲が悪くなってしまった。もともとこいつ等からは嫌われていたが、そのせいでさらに嫌われることとなってしまった。
だというのに、今回は話があるからと呼び出されるとは、それほど重要な話なのだろう。
「それで、要件はなんなんだ?」
「なぁに、少し老人の話に付き合ってほしいだけじゃ」
「はぁ、なんだよそれだけなら……」
「もうすぐ目覚めるようじゃのう、赤子が」
「……なんだって?」
こいつ、今なんて言いやがった。この収容室から出られない『O-02-i23』がほかの収容室のことを知ることはできないはずだ。以前『O-02-i24』*3と『O-02-i25』*4のことを知っていたのは、彼らが兄弟であるからと言っていたが、それとこれとは話が違う。
なら考えられる可能性は、他の職員が漏らしたか、あるいは別の要因か……
「誰から聞いた?」
「ふぉっふぉっふぉっ、鎌をかけただけじゃよ」
「それだけでここまでわかるはずはないだろう?」
「さあてのう、それよりもじゃ」
どうやらこれからが本題のようだ。これ以上の情報の流出は避けたかったので情報の出どころくらいは聞いておきたかったが、それも難しそうだ。
「もう赤子が目覚めるのは確定じゃろう、だが、それだけではないな?」
「なに、どういうことだ?」
こいつの言い方、どうやら厄介なのはそれ以外もいるようだ。あれが成長してどうなるかはわからないが、それ以外にやばい奴といえば…… まさか、三鳥枠か?
「すでにこの施設にはありえない存在が多数におる。そこに存在してはいけないもの、簒奪者、孤独な少女、魔王とその息子、そして無垢なる赤子……」
「じゃが、それ以上の災厄が訪れるやもしれん」
「……いったい、それは?」
『O-02-i23』の話は、今までの飄々とした態度とは打って変わって真剣なものであった。それは、今までのように茶化すでも誤魔化すでもない、彼なりの恐怖を感じた。それほどの何かが来るのであろうか?
『O-02-i23』は言葉を続ける、言葉を選びながら、慎重に……
「季節の風を統べるもの、大罪人、純粋な偏愛者、死者の呼び声、白き肉塊、神聖なる巫女たち、悍ましき支配者、不死身なだけの男、憎き巡礼者……」
「これらはわしの知っている危険な存在たちじゃ。詳しくは言えん、そうすることで縁ができて呼び寄せてしまうやもしれんからのう」
『O-02-i23』が必死に絞り出した言葉は、おそらくこいつの知る危険度クラスの高いと思われるアブノーマリティーたちだろう。
この情報があれば、もしかしたらある程度は選択の際の参考になるし、もし収容してしまっても警戒くらいはできるかもしれない。
だが、さっきこいつからずいぶんと聞き捨てならない言葉が出てきた。
「ふざけるな、ならなんでそれを俺に話す」
「少しでも知らなければならない。もしかすると、やつが来るかもしれないのだから」
「やつって、まさか以前に言っていた……」
「あぁ、異界の主じゃ」
異界の主、それは以前『O-02-i23』が言っていた、崩海にすむ恐ろしい存在。『O-02-i23』は寝ているところを見ただけで恐怖したと言っていた。ならそんなやつがこの施設に来てしまえば……
「そいつがこの施設に来るとでもいうのか?」
「それはわしにもわからん、じゃが今までの傾向を見るに来てもおかしくはないかもしれん」
「……だが、この施設にそんな凶悪な奴を収容できると思うか?」
「可能じゃろう、なにせ今でも恐ろしい存在をこれだけ収容できているのじゃからな」
「……そういわれると、何も返せないな」
確かに、現状だけでもALEPHクラスのアブノーマリティーが5体いる。もしも赤子までがそうであればさらにもう一体だ、これ以上は考えたくもない。
だが、何が抽出されるかは管理人の運と選択次第だ、俺たちが何かできるわけではない。ならば俺ではなく管理人にでも話せばいいのではないかと思ったが、よくよく考えれば管理人はここでの会話を知ることができるのか。ならば問題はないな。
「それで、俺に何をさせる気だ?」
「なに、簡単なことじゃ」
『O-02-i23』は俺の瞳をのぞき込んでくる。俺はその目から決して逃れず、見つめ返す。しばらくすると『O-02-i23』は再び口を開いた。
「力を身に付けることじゃ、おぬしの力はさらなる高みに登れるはずじゃ。とにかく力をつけて、もしもの時に備えよ」
「もちろん、その時が来ればわしたち兄弟も力を貸そう。おそらく、生き残りをかけた戦いになるはずじゃ」
その言葉は真剣そのもの、さすがにだますつもりはなさそうだが、それでも認識のずれで大惨事になる可能性はある。だからうのみはできないが、その可能性は記憶の片隅にとどめておいたほうがいいかもしれない。
「……わかった、どうせ力は身につけなければいけないと思っていたしな」
「そうか、よかった」
「あぁ、有益な情報をありがとう」
「きにするな、もしもそんなことが起これば、その時はよろしく頼む」
「あぁ、それじゃあな」
『O-02-i23』の収容室から退出し、今日の最後の作業に向かう。
最後の作業は福祉部門のアブノーマリティーだ、早くそこまで行くしかないな。
「さてと…… おっ、ケセドか」
福祉部門のメインルームを歩いていると、職員たちが嬉しそうにこの部門のセフィラ、ケセドと話していた。せっかくだから挨拶くらいはしようと思ったが、何やら盛り上がっているので気が引ける。また今度にするか。
「さて、どうやって強くなろうかな」
一番最初に思いつくのは、できれば一番とりたくはない選択肢だ。だがこんな状況だ、そうはいっていられないだろう。
「やっぱり、ゲブラーに頼んでみるか」
彼女が鍛錬に付き合ってくれるかはわからないが、コア抑制も終わった今なら可能性くらいはあるだろう。
そう思って後日に彼女のところに尋ねてみたら、地獄を見ることになったのは別の話だ……