Days-06 T-04-i13『その果実は幸せそうだった』
今日から情報チームの解放だ。なんと言うか、薄々感じてはいたが、俺は情報部門に異動となって新人を見ることになった。正直面倒でしかない。
「ふん、湿気た野郎だ」
「ジョシュア先輩、なに辛気臭い顔してるんですか?
先輩の今日の運勢は悪いんですから、そんな顔してたらもっと運が逃げていきますよ」
口が悪いのがマオ、筋骨隆々でスキンヘッドの厳ついやつだ。正直あまりかかわり合いたくない。
もう一人はカッサンドラ、どうやら占いが好きらしい。俺も会っていきなり占いをされた。
「とりあえず、二人は早速コントロール部門にいって『T-01-i12』*1の作業を行うことになっている。気を引き締めて行け」
「はい!」
「……ちっ」
それだけ伝えると、二人は早速コントロール部門に向かっていった。 ……マオくん、返事くらいちゃんとしなさいな。
「はぁ、俺は一人でいつものか……」
今からの業務に嫌気がさす、どんな存在かもわからないアブノーマリティーの一番手をさせられるのだから、いつ死ぬかわからない恐怖と戦わなければいかないのだ。
もしもステータス反応で即死とか食らったら目も当てられない。どうか来ないことを祈りつつ、扉に向かう。
覚悟を決めて中にはいると、生温い空気が流れてくる。臭いのに、どこか引かれる感じのする臭いは、収容室の中に佇む異形の存在から漂っていた。しかも2つ…… いや、一つと一人か?
片方はタコのような頭を持つ人の姿をした異形だ。猫背になっているから俺と同じぐらいに見えるが、背は2メートルはありそうだ。頭はツルツルで、口元からタコの足のような触手が生えている。しかしいっちょまえに紳士が着るような高級そうな燕尾服をきている。
もう片方は、植物のような姿をしている。黒く今にも折れてしまいそうな細い枯れた茎には触れただけでボロボロになりそうな葉。根元はスタンドランプの足のようになっており、先程の異様な臭いもこちらから出ているようだ。
そして、茎の先には大きな柘榴の実のようなものがぶら下がっている。表面は硬質なようで、縦に裂けたぶぶんか らは
か お? かかおがの
ぞいてえがおす
てきなに
これい
いな
うらや ま……
……今、俺は何を考えようとした?
自分のさっきまでの思考を振り払い、深呼吸をする。不快な空気が肺にたまるが、無視していったん気持ちを落ち着かせる。
完全に落ち着けるわけではないが、何とかパニックにならないように気を持ち直すことはできた。こんなところさっさと終わらせてでなければ確実に持たない。
デッキブラシをもって収容室中の掃除を始める。さっきまでは気が付かなかったが、床は謎の粘液で汚れていた。この汚い空間を少しでも良くしようと無心でこすり続ける。そうしている間にも、何かがうめくような声が聞こえてくる。
とにかく早く終わらせたい気持ちで掃除をしていると、何かが動く音が聞こえてきた。警戒して物音のする方を見てみると、植物の隣にいた存在が、柘榴に手を伸ばしていた。
タコ人間は柘榴の中にある果実を一つもぎ取ると、それを口元まで運んで行った。
俺は、その光景から目をそらして作業を続ける。もがれた果実の嬉しそうな嬌声、待ち続ける果実の羨望と落胆の声。その声だけで俺の精神を深く傷つけていった。
むしゃぶりつく様な咀嚼音と歓喜の歌、悲嘆と怨嗟の合唱はもはや芸術のようだ。
作業が終われば、逃げるように部屋から出ていく。全身が汗でびっしょりと濡れて肌に張り付く不快感なんて気にもならず、とにかく人のいるところへ向かっていく。
「おい、ジョシュアどうした?」
「……あぁ、よかった」
情報のメインルームにはなぜかリッチがいた。とにかく仲間に出会えた安堵で腰を抜かしそうになるが、何とか気を持ち直して立ち続ける。
「いや、ようやく『T-04-i13』の作業が終わったところでな、今から『T-01-i12』のところに行って癒されようと思ってな」
「……そうか」
リッチは何か不思議がっていたが、何かに気づくと眉をひそめて忠告してきた。
「別に『T-01-i12』のところに行ってもいいが、その恰好のままで行くのか?」
そういわれて自分の今の姿を再確認する。 ……さすがに汗臭すぎるし、同時に謎の匂いが染みついていた。ついでに全身がいつの間にか傷ついていた。どうやら作業中に受けていたらしい。
「……先に『T-09-i97』*2に入ってからにするか」
「そのほうが賢明だな」
「ところで、なんでお前がこっちに来てんだよ?」
「……別に、もう用事は終わった」
それだけ言うと、リッチはコントロール部門のほうへ帰っていった。
なんだ、もしかして俺のために来てくれたのか? なんというか素直じゃないやつだ。
「はぁ、とりあえずさっさと『T-09-i97』のところに行くか」
『T-09-i97』の収容室に行って利用する。体に染みついて取れないかと思っていたにおいは、『T-09-i97』に浸かると見る見るうちに消えていった。ついでに着ていたE.G.O.も、『T-09-i97』のお湯をためた桶に浸けておいたらきれいになっていた。本当にこいつは万能か?
「ふぅ、さっぱりしたな」
体をきれいにして『T-01-i12』の収容室に向かう、すると『T-01-i12』の収容室の中からロバートが出てきた。
「うお、どうしたロバート。お前のここの担当ってもっと前じゃなかったか?」
「いや~、気が付いたら結構時間たっちゃってました。次って先輩でしたか?」
「いや、もうすぐ昼食だから午前はいないぞ、だからちょっと癒されに来たんだ」
「へぇ、それじゃ俺は次のところに行って仕事してきます。ごゆっくりどうぞ」
それだけ言うとロバートはせっせと逃げるように言ってしまった。よく見ると手には警棒を持っている。あいつ自分のE.G.O.はどうした? あいつにはショコラがあるはずなのに……
「まぁ、いいか」
考えるのも疲れてきたので、『T-01-i12』の収容室に入って癒されに行く。
収容室の中に入ると、さっそく『T-01-i12』が俺に抱き着いてきて歓迎してくれた。彼女は俺が精神的につらいことを察知してか、いっぱい甘えてくれた。そしてしばらくすると俺の顔をじっと見て、頭を優しくなでてくれた。いつもなでる側だから、なでられるのはなんだか不思議な気分だった。
「って、言うことがあったんだよ」
「そうか、それはよかったな」
俺の感動的な話を、リッチは軽く聞き流していた。まったく、興味がないことにはとことん適当だなこいつは……
「……あれ? ロバートのやつ、ずいぶん時間がかかっているな」
「あぁ、それなら……」
リッチと一緒に他愛のない話をしながら食事をする。そうすることで『T-04-i13』への恐怖を少しでも和らげようとする。もうできればあの収容室には近寄りたくない。
こうして俺の情報部門での一日目が始まったのだった……
今日の仕事は簡単だ
『O-05-i18』*3の収容室と間違えて『T-04-i13』の収容室に入ってしまった愚かな新人の後処理だ
人懐っこい笑顔が特徴的な赤毛の青年だった、彼の死体の処理をしなければならないのは億劫になる
しかし、そうはならないとどこかで確信していた
『T-04-i13』の収容室に入ると、いつも通りの酷い臭いが漂ってくる
なるべく息を吸わないようにしながら、収容室の中心に居座る一対のアブノーマリティーたちを見る
部屋のどこにも彼の死体はないが、血痕だけは残っていた
あの柘榴の中身を覗く
いくつもの果実の中に紛れて、それは存在していた
人懐っこい笑顔は醜くだらしない笑顔と成り果て、その赤毛の髪だけが面影を残していた
それはうめきながら自分の順番を待っている
やがて隣の異形が動き、柘榴の中の果実を探る
そして赤毛の果実をもぎ取ると口元に運んで行った
やはり、その果実は幸せそうだった
T-04-i13 『魅惑の果実』