今回は随分と本気で挑んだ。
事前に『T-09-i96』*1と『T-09-i91』*2による強化を全員に施している。
さらにマオは『T-09-i86』*3を、リッチは『T-09-i94』*4を装備しているし、俺は最初から『T-09-i87』*5を装備している。
だが、それほどやっているにもかかわらず、目の前の怪物に対しては、それでもまだ不足であると感じるほどであった。
「ふむ、昔の感覚が戻ってくる」
それは金色の文字の入った黒い外套を纏い、同じく金色の文字の入った黒い仮面をかぶった、女性の姿をした怪物だ。
抽出部門のセフィラにして、かつて『調律者』であった女性。彼女はその能力を惜しげも無く披露して、俺たちを追い詰めていた。
特殊な暴走を引き起こし、それに対処しなければまともに攻撃が通らない。場合によっては成功率も下がるし、暴走を抑制できなければ通常の場合と同じペナルティを受けることになる。さらに収容室の前を通れば通常のクリフォト暴走も引き起こす始末だ。
「くそっ、化け物め!」
「黙れ」
また、彼女自身の戦闘能力も非常に高い。『頭』の実働部隊である『爪』の一員であり、調律者と呼ばれていたのだ。その能力は非常に強力で厄介だ。
罵声を浴びせるマオに対して手を伸ばすと、彼の足下に黒いもやが集まってきた。
いや、そこだけで無く俺の足下や、ここには居ない他の職員の足下にも現れているはずだ。それは作業中の職員ですら対象で、もしも収容室で作業中に狙われたら逃れることが出来ない。
さらにこの攻撃の後、先ほど述べた特殊暴走が発生するのだ。
つまり、彼女、ビナーとの戦いは、戦闘と作業を同時に行う文字通り総力戦となるのだ。
「くそっ!!」
「マオ、大丈夫か!!」
「てめぇも大丈夫かジョシュア!」
マオがとっさによけるも少しかすってしまう、そういう俺も完璧に避けられたわけでは無くかすり傷を負っている。『T-09-i87』を使用している関係から傷を負わなければならないため、このかすり傷は逆に幸運であった。
「さて、今度は彼女の力を借りずに私を止めてみろ、管理人」
「……いや、今回は君が居るんだったな」
先ほどの一撃を終えて、余裕を持ってこちらに振り返る。どうやら俺のことを言っているらしい。
「さぁジョシュア、一緒に楽しもうじゃ無いか」
「ふざけるな、嫌だね」
ビナーがこちらに手を向けると、今度はその手が光り始めた。俺の記憶が正しければ、この動作はまずかったはずだ。
「くそっ!」
攻撃の射程圏内から逃れるために必死に横に飛び退く、するとさっきまで俺がたっていったところを見えない何かが切り裂いた。
「ほう」
「くそっ、全員油断するなよ!」
「了解!」
今度は前方に石柱を出現させるビナーの射線上から逃れつつ、接近して攻撃を加える。しかし特殊暴走のせいで耐性が上がっているのか堅く、まる手応えがなかった。
「なんだこいつ、堅い!」
「暴走をなんとかすれば攻撃も通るようになる、他の奴らを信じて時間を稼げ!」
「……ふむ」
現在戦闘に参加しているのは俺とリッチ、シロとメッケンナ、そしてマオだ。現状の最高戦力でこいつと戦い、他の奴らで作業を行っていく。
本来ならパンドラも戦闘に参加して欲しかったが、彼女はこの施設で一番自制が高い。戦闘よりも確実に作業に成功できるように向こうに行ってもらっている。特に福祉は魔境なので、彼女にいてもらわなければ結構辛い。
「どういうことだ?」
「足止めするぞ!」
何か考え込むような仕草をするビナーに、全力で攻撃をたたき込む。
いくら耐性が高いからといってこちらの攻撃が効かない訳では無い。特に今回は強力な武器が存在している、例え0.1倍であろうとそこそこのダメージが入るはずだ。
石柱を飛ばすビナーにリッチが“超新星”を振り下ろし、マオが懐に入って“手”で攻撃を加える。
リッチを危険と判断したのか、ビナーがリッチに手を向ける。そこでメッケンナが向けられた手に“エンゲージリング”をたたき込み、シロが顔面に“調律”を放つ。
「むっ、これは……」
「よし、今だ!」
攻撃をしようとしていたビナーの動きが突然止まる。おそらく他の奴らが成功したのだろう、この好機を逃す手は無い。
俺は手に持つ“儺追風”を回し、自身も回転するように回りながらビナーを切りつける。この武器は回転が速ければ速いほど強く、激しくなる。刀身に風が纏わり付き、鋭い刃となってビナーの体を切り裂く。
「くっ」
“儺追風”の攻撃でビナーがうめき声を上げる。先ほどと違って確かな手応えを感じる、おそらくは特殊暴走の抑制に成功したようだ。この瞬間に全力で攻撃をたたき込む。
「おらぁぁぁ!!」
「くらえぇぇぇ!!」
回転を強めながらビナーを切り裂いていく。リッチが“超新星”を振り下ろし、シロが“調律”をたたき込む。
「この体は制約が多すぎるな」
ビナーが再び立ち上がると、彼女の足下から黒い波が発生した。それは生き物のように大きな口を開いてこちらに向かって進んでくる。これは避けるのが大変だった覚えがあるな。
「くそっ」
迫り来る波に攻撃を加えてみる物の、予想通り手応えは無くかき消すことも出来なかった。そのまま波は“儺追風”をすり抜けて俺を飲み込み、存分に苦痛を与えてから俺の後ろへと通り過ぎていった。
「ぐっ、面倒くさい攻撃だな」
「ジョシュア、大丈夫?」
「あぁ、大丈夫だ。それよりも援護を頼む」
「うん、わかった」
シロが“調律”を構えて攻撃を加える。その間に再び接近して攻撃を加えていく。
その間に俺も再び回転をして勢いをつけていく。これ、意外と楽しいぞ。
「それにしても、未熟者ばかりだな……」
「うるせぇ、てめぇと比べてるんじゃねぇぞ!」
「全く……」
『記録部門にて『T-04-i57』*6が脱走しました。エージェントの皆様は至急鎮圧に向かってください』
再び懐に入ってビナーに張り付きながらボディーブローをたたき込むマオに対して手を向ける。するとその手に再び光が集まり出した。
「ぐっ、くそ……」
マオはなんとか逃れようと飛び退くが、ビナーに近づきすぎたせいで射程圏内から逃れられそうに無い。俺もなんとか“儺追風”でビナーの腕を弾いてそらそうとするが、間に合いそうも無い。
このままではだめかと思ったその瞬間、どこからともなく飛んできた斬撃が彼女の腕を弾いてなんとか軌道がそれた。
「なっ、パンドラ!」
「わりぃ、助かった!」
斬撃の飛んできた方向を見ると、そこにはここに居るはずの無いパンドラが居た。彼女はすでに“すごいパワー”状態で“魔王”から斬撃を飛ばして、ビナーからマオを救ってくれたのだ。
しかし、なぜか肩に『T-o2-i03』*7を乗っけていた。
「ちょっとこっちに寄った帰り道で大変そうだったので助太刀に来ました!」
「助かった!」
「……何の冗談だ?」
ビナーはパンドラに向けて手をかざすと、石柱を出現させた。
パンドラは横に避けながら斬撃を飛ばして応戦する。その間にマオはその場から抜け出して体勢を整え、シロが援護射撃をする。
「消えろ」
「うわっ、気持ちワル!!」
今度は足下から黒い波が周囲に押し寄せる。パンドラはそれを見るなり全力で回避行動を取り始めた、その甲斐あってかなんとか攻撃を受けずにすんだようだ。
「こっちも攻撃を仕掛けるぞ!」
「了解!」
こちらも黒い波をやり過ごして、攻撃を加えていく。そうしている内に、ビナーの動きが止まった。再び攻撃を加えていくチャンスだ。
「くらえぇ!」
「おぉらぁぁぁ!!」
再び回転しながら攻撃を加えていく。腐っても全属性の攻撃だ、“超新星”での攻撃もあり火力は申し分ない。どうにか今のうちに削りきっておきたい。
「よし、今のうちにぶっつぶしましょう!」
先ほどまで逃げ回っていたパンドラも攻撃に加わり、攻撃が激化する。
すると、ビナーが立ち上がってこちらに顔を向けた。
「気がついているのか?」
「……何をだ?」
「ふふふっ」
「一体何だよ?」
「いやなに、結局何一つ気がついていないとは、あまりにも滑稽だ」
「相変わらず意味のわからない……」
俺の言葉を遮るように、ビナーはこちらに手を向ける。すると八本の石柱が放射線状に出現し、それぞれの石柱が輝き始める。
「くそっ、全員射線上から離れろ!」
全員が石柱から距離を取って射線上から逃れる。その分ビナーから距離が離れて攻撃が出来なくなってしまうが、この状態ではダメージを与えられないのでどのみち同じだ。
「パンドラ、お前は作業に戻れ」
「いや、でも私も戦った方が……」
「ここからは作業のほうが重要になるし、お前は肩に乗っている奴をどうにかしないといけないだろう?」
「そっ、それはそうですけど……」
そういって、俺が肩に乗っている大きめのアリを指さすと、彼女は渋々従った。さすがのパンドラでも死にたくは無いだろう。
「それじゃあ行ってきます!」
「頼んだぞ」
パンドラを見送って、再びビナーに向かい直す。
シロが“調律”で攻撃を行っているが、やはりダメージが通っている様子は無い。
「……だめ、やっぱり効いてない」
「おそらくあの状態だと攻撃が効かないな、他の奴らが特殊暴走を止めてくれるのを待つしか無いな」
しばらく遠くから成り行きを見守る。こういうときに何も出来ないのはなんとも歯がゆいものである。しかし、しばらくするとついにビナーが動き出した。
石柱が発射され、施設全域に飛び回っていく。そしてビナーが再び歩き始め、行動を再開する。
『中央第二で、『T-06-i30』*8が脱走しました。エージェントの皆様は至急鎮圧に向かってください』
『福祉部門で、『T-05-i11』*9が脱走しました。エージェントの皆様は至急鎮圧に向かってください』
『教育部門で、『O-02-i24』*10が脱走しました。エージェントの皆様は至急鎮圧に向かってください』
『中央第一で『O-04-i16』*11が脱走しました。エージェントの皆様は至急鎮圧に向かってください』
「くそっ、こんな時に!!」
おそらく特殊暴走の抑制に失敗したのだろう。その結果かなりまずい状況に陥ってしまった。
低ステータス殺しの『T-06-i30』と、女性に対して殺意の高い『T-05-i11』が同時に脱走してしまった。
ついでに残りの二体は連鎖脱走だろう。かなりまずい状況だ。
「くそっこうなったら速攻で潰すぞ!」
「了解!」
こうなったらゴリ押すしかない。これ以上長引けば何が脱走するかわかったもんじゃ無い、これ以上被害が拡大する前に全てを終わらせよう!
「くそっ、さっさと斃れろ!」
「ちっぽけなお前では止めることは出来ないさ」
回転数を上げながら攻撃を加えていく。この状態でも少しでも多くのダメージを与えなければ、次のチャンスで全てを終わらせよう。
「素晴らしい」
再び手を伸ばし、石柱が現れる。この攻撃を食らえばひとたまりも無い、だがここで引いても勝てるかわからない。ならばここで全力を出すしか無い。
ダメージが入らないとわかっていても回転数を上げながら攻撃を加えていく。仲間を信じて抑制できると考えて行動する。無敵が解除出来た場合は、この回転数のまま攻撃が出来る。
「ぐっ」
そこで、ついにビナーの動きが止まり、石柱が消えた。
そしてその瞬間に戦闘要員がビナーに殺到し、攻撃を加える。“儺追風”が、“手”が、“エンゲージリング”が、“調律”が、“超新星”が、ビナーの体を裂き、切りつけ、突き刺す。
そして、ついにその時は訪れる。
ビナーの膝が落ち、地に伏せる。
「これだけ出来るのなら、見守る価値はありそうだな」
最後の彼女の発言は、期待しているようにも、嘲笑っているようにも感じられた。