何の変哲もない一幕
「さて、ようやくこの時が来ましたね」
「いきなりどうしたんだ、アンジェラ?」
いつものようにジョシュアとの語らいを終え管理人室へと入ると、いつものようにそこで待っていたアンジェラが私に声をかけてきた。
彼女はこの施設を管理するAIであり、機械らしい言動の中に、どことなく人間のような何かが見え隠れしている。なんというか、不思議な存在だ。
彼女が何であるかを知り、自分が何者であるかも知ったが、いまだにわからないことがある。私は彼女について、いまだにわかっていない。
「この長き物語も、ようやく終わりに向かおうとしています」
「そう、なのか。やはり実感がよく湧かないな」
「そうですね、いまだにあなたは、バラバラのパズルでしかありません」
「……」
自分が■であるということ、そのことについてもいまだに疑問が残る。今までの自分は、すべてが繰り返しの偽物でしかなかったのだろうか?
ジョシュアとの語らいも、日々懸命に生きていく職員たちの姿も、パンドラのやらかしに笑う皆も。
こうしてアンジェラと言葉を交わしている今も、すべてが……
「何か考え事でも?」
「いや、私は今までもああやってジョシュアたちと語らっていたのだろうかと」
「……」
その言葉に、アンジェラは何も答えなかった。
そして、その時になってようやく口に出してはいけないことであったと思い出した。
「何を慌てているのですか? もしかして、私が気が付いていないとでも?」
「えっ、いや…… 気が付いていたのか?」
「もちろんです」
そういえば、この施設について一番よく知っているのは彼女であった。施設の中では、彼女に隠し事なんてできないのだろう。
「そうか、そうだよな……」
自分でもおかしいと思えるくらいの見落とし、なんというか私らしくない。
そこで、何となくこちらをあきれた目で見ているような気がするアンジェラが、再び口を開く。
「本来ならここで、この施設には彼らの手が回るはずでした」
「しかし、そうはならなかった」
唐突に彼女は、わけのわからないことを言い始めた。
確かに今までも、彼女はなんというか迂遠な言い回しをよくしていたが、ここまで唐突で脈絡のないことがあっただろうか?
「何の話だ?」
「様々な異物とめぐりあわせと、天文学的な確率によって、この
「その結果、世界は歪み、すべてが狂ってしまった」
「そして我々が地の底から飛び立たんとする前に、世界が正しくあらんと動き始めました」
「いや、
「いや、待ってくれ。いったい何の話をしているんだ、アンジェラ?」
彼女はいつものように無表情に、しかしどことなく嬉しそうに語り続ける。
「本来なら振るわれる爪も、自ら手を下すまでもないと判断されたのか引っ込められました」
「あなたは、これから更なる試練に見舞われることでしょう」
「私は、これからあなたがどんな苦難に藻掻くのか、楽しみでなりません」
「アンジェラ……」
「失礼、久しぶりの大きな変化に、少し高揚してしまったようです」
少し間を置くと、彼女はいつもの調子で語り始める。そこに少し安心し、どことなく不安も感じる。
「さて、バラバラなあなたを繋ぐ、最後の欠片を集めましょう」
「あなたを待つ、最後のセフィラがお待ちです」
彼女は微笑む、得体のしれない何かのように。
「さて、言いたいことは数多くありますが、この一言だけは伝えましょう」
「どうか今度こそ、成功するといいですね」