「だからな、お前はもう少し周りを見て行動すべきなんだよ」
「完全である僕に向かって説教するなんていい度胸だな」
「……はぁ」
勝手な行動するアセラに注意をするが、この調子だ。
先ほど脱走したアブノーマリティーを鎮圧する際に勝手な行動をしたせいで、その場にいたパンドラを危険にさらした。一度ならまだしも、何度もそんなことをしているのはさすがにダメだ。
しかし彼にとっては自分の邪魔をするやつが悪いらしい。ここまで自己中心的だといっそすがすがしいな。
「大体お前こそ何様のつもりだ、その女を尻に敷いているじゃないか」
「あぁ、これはお仕置きだから別だ。お前もこっちのほうがよかったか?」
今回の鎮圧騒動の下手人はパンドラだったので、ついでにつぶしておいた。面倒だったので雑に処理したが、確かにこの格好はこの場に合わないな。
「ふっふっふっ、ジョシュア先輩はこれでお仕置きのつもりかもしれませんが、残念ながら今の私にとって徐々にご褒美にぶべらっ!?」
「……よし」
「うわぁ……」
復活してすぐに元気になったやばい奴を黙らせて、再びアセラに向き直る。正直引かれるのはきついんだが……
「まったく面倒だな、お前もさっさと仕事しろよ」
「おいまてアセラ、まだ話は……」
「さっき聞いた、次から気を付ければいいんだろ?」
そういってアセラはどこかへ歩いていく。俺は彼を呼び戻そうと後を追うが、彼はマキにつかまっていた。アセラはあんな感じだが、マキには弱い。どうやら話を聞いていたらしいマキにあとは任せて、俺も次の仕事へと向かうとしよう。
今日追加されたアブノーマリティーは、『O-04-i55』と『T-04-i59』だ。変なのでないことを祈るが、そううまくはいかないだろう。
「さて、ここもずいぶん増えたな」
しばらく歩いていると、今から作業を行う『O-04-i55』の収容室の目の前にたどり着いていた。
俺はいつものように扉に手をかけ、お祈りをしてから扉を開く。部屋の中からは、何やら不気味な気配がした……
「なんだこいつは……?」
収容室にいたのは壁に張り付いたトカゲのような、クモのような何かだった。
それは全身が影のように真っ暗だった。八本の足は人の腕のような形をしており、その手で収容室の壁をしっかりとつかんで張り付いていた。
胴体も人の体のような形をしているが、人ならば腕と足のある場所の間からも足が生えており、見た目はクモのようにも見える。
頭もシルエットだけを見たら人の頭のように見える。しかしその顔に人間らしさはない、そこにあるのは縦に裂けた大きな口だけである。
それは大きな口をカチカチと鳴らし、チョウチンアンコウのように額の真ん中から提灯のような物をぶら下げている。
しかし、それは光もしなければ気を引くような形もしていない。それは体と同じように影のような色をして、先端はしずくのような形をしていた。
そして、それは大きかった。明らかに俺よりも大きい、壁に張り付いているため正確にはわからないが、俺が3人分くらいはあるかもしれない。
『O-04-i55』は壁に張り付いたままこちらの様子をうかがっている。そしてこちらに顔を向けながらそいつは、口を開いた。
「あぁんだぁおぉいつあぁぁあぁ?」
「っ!?」
その時、俺は自分の失態に気が付いた。
聞き取りずらかったが、今確かにこいつは言葉を話した。しかもそれは、さっき俺が話した言葉に聞こえた。
おそらくこいつは、俺の言葉を模倣した。もしかしたら『なにもない』のように言葉を学習するのかもしれない。そう考えると、もうこれ以上こいつの目の前で言葉を発するのは危険だろう。
そうとなれば、これ以上の長居は危険だ。早く終わらせよう。
「あんだぁおいぃつぅぅあぁあぁぁ?」
『O-04-i55』がこちらに顔を向けながら再び口を開く。それは何かを確かめている行動にも見え、余計に不気味に感じる。
とりあえず見た目から本能作業を行っていく。餌を与えると『O-04-i55』は嬉しそうにえさに群がり、捕食した。意外に滑らかな動きだったので、見た目的にも結構不気味だったのはうれしくない。
「あぁぁんんだあぁぁおいつぅぅぅあぁぁぁぁ?」
そして作業を終えてすぐに収容室から退出する。あの一度だけとは言え、一瞬で模倣されたとなると警戒して損はないだろう。
この情報は一刻も早くほかのやつらを共有すべきだ。
「はぁ……」
「どうしたんですかジョシュアさん?」
「メッケンナか、いや、またな……」
「あぁ、『O-04-i55』のことですか?」
この前やつに作業を行うと、また語彙が増えていた。とはいっても、「だるい」とか「面倒くさい」などの独り言ではあるが、それだけでも恐ろしく感じる。
できればこのまま何もおこならければいいのだが……
「いったい誰ですかね?」
「別に詮索しても仕方がないさ、言葉を教えているわけではないからな」
「だけど気が緩んでるのは問題ですよ? それを……」
『設計部門にて、『O-04-i55』が脱走しました。エージェントの皆様は、至急鎮圧に向かってください』
「くそっ、どこのどいつだ!?」
「ジョシュアさん、急ぎましょう!」
メッケンナと一緒に、設計部門へと向かう。あれが脱走するとなると、嫌な予感がする。すぐにやつを鎮圧しなければ。
「ジョシュアさん、もうすぐですよ!」
「あぁ、わかっている!」
設計部門へと向かっている間に、やつは記録部門のほうに向かったらしい。目的には近くなったが、記録部門にいる職員たちが心配だ。
「だれか、たすけてくれぇ!!」
「いやぁぁぁ!! どおしてぇ!?」
「いやだ、かんりにん、かんりにん!」
「がはっ、ごほっ!!」
「いやぁぁぁ!! どおしてぇ!?」
「いやだ、かんりにん、かんりにん!」
「だれか、たすけてくれぇ!!」
「がはっ、ごほっ!!」
記録部門の廊下に近づくと、阿鼻叫喚が聞こえてくる。急いで扉を開こうとして、違和感を感じる。何か、まずい気がする……
「どうしたんですかジョシュア先輩、急がないと!」
「……だめだ」
「なっ、彼らを見捨てるんですか!?」
「いや、違う。もう手遅れだ」
「えっ」
メッケンナに扉の前に立たないように指示して、扉を開く。
すると黒い影のような何かが勢いよくこちらに飛び出してきた。
「なっ!?」
「……」
「いやぁぁぁ!! どおしてぇ!?」
扉から勢いよく飛び出してきたのは『O-04-i55』だった。八つの足で立ち上がり、何も食べることができなかったのを不思議そうに首をかしげる。
そして、顔をこちらに向けたとき、やつの異変に気が付いた。
あの時は何もついていなかった額から垂れる雫型の何かには、四つの口が付いていた。
「がはっ、ごほっ!!」
「いやぁぁぁ!! どおしてぇ!?」
「いやだ、かんりにん、かんりにん!」
「だれか、たすけてくれぇ!!」
その口はそれぞれに動き出し、言葉を紡ぐ。おそらくそれは、やつの犠牲になった者たちの口なのだろう。
メッケンナとアイコンタクトをとって一斉に襲い掛かる。
『O-04-i55』はそれをとっさによけようと飛び退くが、少し遅かったな。
“転生”を振って斬撃を飛ばし、『O-04-i55』の足を切り飛ばす。人の腕のような足が宙を舞って、血飛沫をあげながら床に落ちる。
「だれか、たすけてくれぇ!!」
『O-04-i55』が悲鳴を上げるが、その本体の口に、メッケンナが“エンゲージリング”を突き刺す。そしてもがき苦しんでいるところを“転生”で切りつける。
「あぁんだぁおぉいつあぁぁあぁ?」
“転生”と“エンゲージリング”に切り刻まれて、『O-04-i55』は倒れた。
念のためもう大丈夫かを確認して、一息つく。何とか倒すことができたらしい。
「ジョシュアさん、やっぱりちゃんと気を引き締めたほうがいいですよ」
「……そうだな」
やっぱりアブノーマリティー相手には、警戒しすぎるということはないのだろう。
おまえ、ここは初めてか?
ならここを調査するにあたって、注意することを教えてやる
いいか、ここからは絶対単独行動はするな、全員で一つに固まって行動する
そしてはぐれてしまったら最後、もうそいつは死亡扱いだ
いいか、絶対にはぐれたやつらの声を追って助けようと思ったりしたらダメだぞ
なぜかって? それは、もうここがやつらのテリトリーだからだ
ここでは、姿が見えないやつの言葉を信じるな
女の悲鳴、子供の泣き声、誰かを呼ぶ声
絶対に反応するな、気にするな
ここでは一人になったやつから消えていく
そしてやつらは、言葉を使って俺たちを一人にしてこようとする
なぜかって? それはな……
奴らは知っているんだ、その声の意味を
O-04-i55 『木霊蜘蛛』