「さて、今ならだれの邪魔も入りません」
「……なんで?」
最後の一日、あのつらい戦いを終え、ようやく訪れた平穏な終わり。
しかしそんな幻想は今粉々に砕かれてしまった。
最後の日、管理人と一緒にもう一度だけ会おうと約束をしていたためいつもよりもかなり早めに食堂に訪れた。
しかしそこには待ち人はおらず、ただ彼女だけが立っていた。
彼女は世界から切り離されたかのような存在感を放っていた。
空色の髪、陶磁器のように無機質な白い肌、鋭く冷たい表情。
この施設の最上位AIにして、実質の最上位者、アンジェラ。
今まで管理人との食事で彼女に何かしらの介入をされたことはない、渋い顔はされたが。
それ何のなぜこのタイミングで彼女がやってくるのか? 一応目はつけられないように注意して行動してきたはずだし、彼女の怒りを買うようなこともしていない。
そうなると、この日だからというのが一番の理由だろうか?
しかしこいつもここで油を売っていていいのだろうか?
「えーっと、アンジェラさんだよな? いったいどんな理由でここにいるんだ、仕事は大丈夫なのか?」
「えぇ、そこはご心配なく。もうすべきことは終わっています」
うわぁ、さすができる女は違うなぁ……
しかし本当に目的が分からない、管理人もいないし、いったいどうなっているのだろうか?
「それで、俺に何か用事でも? 正直目を付けられるようなことはしていないつもりですが?」
「……本気ですか?」
「えっ」
「えっ」
しばらくの間沈黙が広がる。正直空気が重い、誰か助けて。
「さて、先ほどの質問ですが……」
あっ、スルーして続けた。さすがのスルー力だ。
アンジェラはそこらへんに落ちていた謎の置物を手で弄びながら会話を続ける。
「あなたは何もしていません、しかしあなたはなにかをしました。故に最後に少しだけ言葉をかけてあげようと思っただけです」
「……なんだそりゃ?」
何を言っているのかわからない…… なんて、言うつもりはない。
つまり何度目かの俺が何かをやらかしてしまったということだろう。それがアンジェラの目に留まったと…… よく生きてたな俺、下手したらガリオンルートじゃないか。
しかしそうなると、本当に時間が余ったから話をしに来たのだろうか?
「あなたは理解しなくていいことです、本当にあなたには手を焼かされました」
「……なんかわからないけどすまん」
あっ、ちょっと不機嫌になった? あーもうこれだからあんたとは会いたくなかったんだよ、地雷がわからん!
「しかしあれほど面倒であったあなたがああなったのは、少し愉快でした」
そういうとアンジェラは意地の悪そうな顔をする。これはどう見てもろくな目に合ってないな俺。
「その結果がこれだというのなら、貴方にとっても悪いことではないのでしょうね」
「……いや、どういう意味だよ?」
「理解しなくてもいいといったはずです」
「……はい」
いや、本当に怖いなこいつ。正直いつ機嫌を損ねてこの世からおさらばするかわかったもんじゃない、頼むから変なことはしないでくれよ……
「さて、それでは失礼します」
「あぁ、お疲れ様……」
何とか祈りは通じたようで、彼女はこの部屋の出口へと向かっていった。これなら何とか最後まで生き残れそうだ。
「あぁ、そういえば」
「ふぇっ!?」
そこで彼女は意地悪そうに振り返って微笑んだ。
やめてくれよ、まじで心臓が止まるかと思った……
「あなたのあれで、望みどおりになりそうでよかったですね」
「……いやいや、最後に意味深なことをいって消えていかないでくれよ!!」
思わず突っ込みを入れるが、もうすでに彼女はいなかった。
畜生、本当に意地の悪い奴だな。
「ジョシュア、大丈夫?」
「あぁ、なんとかな」
「疲れているなら少し休むか?」
「いや、もう少しで終わるんだ。せっかくだから最後まで頑張るさ」
ついに最後の作業、最後の業務だ。
すでに職員たちにも伝えられている。これが最後の大仕事だと、しかしその後については何一つ言われていない。そこは隠すなよ管理人……
「それより、そろそろあれの時間」
「あぁ、それじゃあ記録部門に行くか」
シロとリッチと一緒に記録部門へと向かう。
気が付けば、彼女たちとも随分と長い付き合いになる。
正直初期のこの三人でこの日を迎えることができるとは思っていもいなかった。
今までいくつもつらいことがあった、くじけそうなことがあった、正直死んでしまったかと思ってしまうことだってあった。
だけどこうして最後まで一緒にいられるのは、すごく幸運なことなんだと思う。
本来なら最高戦力のこの三人が一緒に行動する機会はあまりないけど、今日くらいは大目に見てもらおう。
「それにしても長かったな」
「そうだな」
「これが終わったら長いお休み、ジョシュア一緒に遊びに行こう」
「遊びに行くって言ったって、どこに行くんだよ?」
「うーん、外郭?」
「そこは遊びに行く場所じゃないだろう……」
三人で他愛のない話をする。
この後どうするか、外に出たらしたいこと、今までの話。
懐かしいあいつらへの追悼とか、こんな施設でもあった面白い話、パンドラのやらかした話、とにかくいろいろなことを語り合った。
もう戻ることはできない、歩き続けるしかない、だけどこうやって思い出を振り返るのは悪くない。
「さてと、ついたな。それじゃあ……」
だけど、そうやって気を抜いていたのが悪かったのかもしれない。
『記録部門にて、原因不明の異常事態を観測。職員の皆さんは至急現状の確認をお願いします』
「おい、いったい何が……」
きっとその気のゆるみが、最悪の結果を招くこととなったのだ。
しかし、もう止めることはできない。
『それ』を収容した時点で、我々の未来は閉ざされてしまったのだ。
『記録部門にて、『O-07-i99』*1が脱走しました。エージェントの皆様は至急鎮圧に向かってください』
それは使えば使うほど、境界を曖昧にする
『教育部門にて、『正体不明の門』が出現しました。エージェントの皆様は至急鎮圧に向かってください』
世界と世界のやり取りをもって
『懲戒部門にて、『正体不明の門』が出現しました。エージェントの皆様は至急鎮圧に向かってください』
普通なら決してつながることのない世界を繋げてしまう
『福祉部門にて、『正体不明の門』が出現しました。エージェントの皆様は至急鎮圧に向かってください』
やがて世界と世界はまじりあい
『記録部門にて、『正体不明の門』が出現しました。エージェントの皆様は至急鎮圧に向かってください』
その境界が溶けて消えてしまったその時に
「おい、いったい何が起こっている!?」
「……待って」
「何か来る、気をつけろ!」
最後の一日
もはや何も起こることはないと思っていた
だがそんなものはこの施設において幻想で
儚くあっさりと砕けてしまうものであった
故に悪夢は現実となり
『まずこの契約書にお名前をサインしていただき、不要なものを思い浮かべながら不要なものリストにその名前を書くだけ!』
これより我々は
『それだけでどんな面倒事からもおさらばです!』
この身をもってして
その契約の意味を知るだろう
Emergency! Emergency! Emergency!
Risk Level ALEPH
崩海の潮騒が聞こえる……
O-07-i99 『崩海の門』