まだ2月14日の47時30分なのでぎりぎりセーフです。
「ジョシュア、どうしたんだ? 今日はやけに気が浮ついているぞ?」
「えっ!? そ、そんなことはないと思うけどな……」
「そうか、ならいいんだが」
リッチの突然の指摘に思わず動揺しかけたが、何とかやり過ごすことができたようだ。
さすがに今日こんなにそわそわしていることを知られてしまうと恥ずかしいからな。できる限りばれないようにしたい、期待していると思われたら死にたくなる。
「だけど作業中だけは絶対に気を抜くなよ」
「そんなことするわけないだろう、大丈夫だって」
「あぁ、そこだけは信用しているからな」
「いやいや、そこだけかよ……」
まぁ信用されているだけましというわけだけど。
なぜ今日俺がそわそわしているのか、それには理由がある。
なぜなら今日はバレンタインデー、つまりはチョコレートとともに素敵な気持ちをもらえる日なのだ。
前世では子供のころに神羅●象チョコを祖母にねだってから毎年箱で送られてくるだけのイベントであったが、今は違う。
今までは路地裏でそんなことを考える暇もなかったが、ここは腐っても翼の企業だ。正直シロからもらえたらうれしいから、ちょっとワクワクしている。
「あっ、ジョシュア……」
「ようシロ、おはよう」
そんなことを考えていると、さっそくシロがやってきた。現状仲のいい女性職員はシロくらいしかいないから、できれば義理でもいいからチョコをもらいたい。
「ジョシュア、おはよう」
「ようシロ、俺もいるぞ」
「……むぅ」
「どうした?」
「……なんでいつも一緒なの?」
「なんでって、そりゃあなんだかんだでずっと一緒にやってきているからな。それを言うならシロもそうだろ?」
「……そういう意味じゃない」
「まぁまぁ、それよりも飯にしようぜ」
とりあえずいつものように三人で食事を始める。仕事前の雑談だが、これが結構この施設では大切なものだったりする。
こういった他愛のない日常が、精神を安定させるんだと思う。だからこの施設で長続きするやつは、こうやって限られた時間でできる限りコミュニケーションをとっている。
「それでこの前な……」
「ふふっ」
「そういえばこんなことも……」
だが楽しい時間ほど早く終わるものだ。気が付けば就業時間が近づいてきた。
「さて、そろそろ仕事にいくか」
「うん」
「さて、準備があるから俺は先に行かせてもらうぞ」
「おう、またなリッチ」
「また夜に、ジョシュア」
何やら準備があるそうなので、リッチは先に行ってしまった。
残るはシロだが、なんかちょっと気まずい。
「ジョシュア、行こう」
「あぁ、そうだな……」
「……? 何かあった?」
「い、いや、今日って何の日だったかなって……」
「うーん…… なに?」
「いや、なんでもない」
そういえばシロって浮世離れした感じがあるし、そういった行事を知らなくても仕方がないのか。まぁちょっと期待していたけど、そういうことなら仕方がないな。
「さて、それじゃあ今日も頑張るか!」
「……だめだぁ」
もう終業間際だというのに、今日は本命どころか義理チョコ一つもらうことができなかった。
そこそこ仲のいいサラやマキなんかにもあってきたが、残念ながらこの有様だ。
「はぁ、いったい今日はどうしたんだよ?」
「いやぁ、なんでもないよ」
「嘘つけ、絶対何かあっただろ?」
露骨に残念がっている俺を心配して、リッチが声をかけてくる。正直情けないが、ちょっと愚痴ってもいいだろうか?
「はははっ、今日はバレンタインデーだっていうのに、一個もチョコがもらえなかったからな」
「……? バレン? なんでチョコなんだ?」
「……あれ?」
なんだこの反応? そういえば、チョコを渡すのは日本式と聞いたことがあるな。いや、この反応はそもそもバレンタインを知らないって感じだ。
……ってことは、もしかして。
「まさか、バレンタインはなくなっていたのか?」
「なくなるも何も、そんなもの聞いたことすらないな」
クリスマスが残っているのだからバレンタインもあるものだと勝手に考えていた。だがよくよく考えればこの世界はあれだけやばいことになっているのだ、すべてがすべてあの頃と同じなわけではないのだろう。
くそっ、路地裏にずっといたからそこら辺の話は全然分からなかった。
「……なんか疲れた、最後に『T-01-i12』*1のところに行ってくる」
「あぁ、行ってこい…… 本当に大丈夫か?」
「大丈夫になりに行くんだよ」
なんというか残念な感じになってしまったが、もう仕方がないので最後に『T-01-i12』に癒されにいくことにした。
なんというか、完全に独り相撲だったな。正直かなり恥ずかしくなってきた……
「はぁ、やっぱりお前はいいよなぁ」
チョコレートで体を構成されている少女型のアブノーマリティー、『T-01-i12』。彼女は俺たちに友好的で無害という極めて珍しいアブノーマリティーだ、まぁ現状ではというだけだが……
そんな彼女は俺の話をよく理解していないのか小首をかしげている。本当にこういうところがかわいいよなぁ。
「あーあ、なんていうか今日恥をかいてしまってなぁ」
「バレンタインなんてないのにさ、今日チョコがもらえるって無駄にワクワクしてしまっていたんだよ」
「あーあ、恥ずかしくって仕方がないよなぁ」
とりあえず誰にも言えないような愚痴を『T-01-i12』に伝える。
彼女はやっぱりわかっていないような雰囲気を出しているが、俺が悲しんでいることだけはわかっているようだ。
「おい、どうしたんだ?」
すると彼女は、いきなりごそごそし始めたかと思うと、何かを俺に差し出してきた。いったい何だろうと思って受け取ってみると、それは少し予想していなかったものであった。
「これは、チョコか? しかもハート形の……」
彼女が渡してくれたのは、いつも渡してくれる不完全な形のチョコレートではなく、ハート形の少し大きめのチョコレートであった。
しかも少し色の違うチョコのリボンでラッピング? までされている。なんというかこんな話は聞いたことがない。
「俺にくれるのか?」
俺の問いに対して、『T-01-i12』は満面の笑顔でうなずいていた。どうやら俺が元気づいてうれしいようだ。
「ありがとう」
もう純化が始まったので、『T-01-i12』の頭をなでてから収容室から退出する。俺が収容室から出る時、彼女は珍しく最後まで笑顔で手を振ってくれていた。
「さて、それじゃあそろそろ……」
「あっ、ジョシュア」
収容室から出ると、なぜかそこにはシロがいた。
彼女は俺が退出したことに気が付くと、何かをもって小走りでかけてきた。
「シロ、どうしたんだ?」
「ジョシュア、これ上げる」
「えっ、これって……」
彼女が手渡してくれたのは、購買で売られているチョコレートだった。しかも、彼女のお気に入りのものであり、結構値の張るものだ。
「シロ、これどうしたんだ?」
「だって、ジョシュア、元気なかったから」
「えっ」
確かに元気はなかったが、まさかここまでしてくれるなんて思ってもみなかった。
それに、彼女が俺を心配してくれたことが、何よりもうれしかった。
「ありがとう、シロ!」
彼女からもらったチョコレートを一口いただく。
そのチョコレートは、蕩けるような甘さだった……
「はぁ、結局ジョシュア先輩にチョコ、渡せなかったなぁ」
彼は不思議な人だ
この場所に来る人は、気が付けば来なくなっていることが大半だった
それなのに、彼は最初からずっと、私に会いに来てくれた
私は外のことはほとんど知らない
けれど、誰もかれもが外を恐れていることから、きっと危ない所なんだと思っている
ここに来る人は、なんだか疲れている人が多い
だから私は彼らを精一杯癒すことにした
だって彼らはとっても優しい人たちだから
そして、その中でも特に優しい人が彼
彼は色々言っているけど、結局優しい人なんだ
もう顔すら思い出せない思い人の記憶
あの人と彼は全然似ていない気がするのに、なぜか二人はそっくりな気がするんだ
なんでだろうって考えてみると、あの人と彼は、一つだけ共通点があった
それは、困っている人がいたら助けちゃうこと
私は外には出られないけど、外からくる人たちから聞く彼の話はほとんど優しいお話だ
そんな共通点とも言えない共通点
だから私は、彼に恋してしまったのかもしれない
そんな彼が悲しんでいるから、少しでも力になってあげたい
たとえその理由がどうであれ、彼が悲しむ姿は見たくない
だから私は、このバレンタインという日に、特別なチョコを彼にプレゼントする
Be my valentine
蕩ける恋を、どうかあなたに