思い出す
あの痛みを
「まったく、ちょっとコミュニケーションとっただけでひどいよな?」
「……?」
残念ながら『O-01-i42』*1の収容室を再び出禁にされた俺は、仕事のために『T-01-i21』*2の収容室に来ていた。
なぜか女性陣からの視線が一層厳しくなってしまい、こうして『T-01-i21』に作業ついでに愚痴を言っているのだ。視線が変わらなかったのはシロとパンドラくらいだよ……
『T-01-i21』は女性の形をした水銀の塊だ。どういうわけか体から水銀が分離したりはしないのだが、収容室の中は毒で充満している。
『T-01-i21』が頭を差し出してくるので撫でてやる。触れた感触は堅いのに柔らかい、何とも不思議な感じがする。あとひんやりしていて気持ちいい。
「それにしてもなんでなんであの子には効かなかったんだろうか?」
「……」
「おおっと、すまんすまん。ほかのこのことを考えていて悪かったって」
ほかのアブノーマリティーの話をしていたせいか、『T-01-i21』の機嫌が少し悪くなる。
……はぁ、なぜ俺は恋人もいないのにアブノーマリティー相手にこんなことをしているのだろうか?
「さてと、それじゃあそろそろ行こうかな」
そんなことを考えているうちに作業の終了時間がやってきた。正直この収容室にもあまりいたくはないので早めに退散することにする、息苦しいったらありゃしない。
「そう悲しそうな顔をするなよ、またな」
手を離すと悲しそうな表情を浮かべるので、最後にわしゃわしゃと『T-01-i21』の頭を撫でてやる。
すると『T-01-i21』も理解できているのか、ちょっと悲しそうな顔をした後、俺から離れて手を振ってくれた。こういうところは素直でうれしいな。
こちらも手を振り返して収容室から出る、ようやく外に出られたのでガスマスクを外して備品置き場に返しに行く。さすがに毒の充満している収容室に生身で入るほどのチャレンジャーではない、パンドラとは違うのだ。
「さてと、次はこの収容室か」
次の作業は『F-01-i26』*3の収容室だ。
前回はパンドラが勝手に入っていってよくわからなかったが、いったいどんな奴がいるのだろうか?
「……よし、行くか」
いつものように収容室の扉に手をかけて、お祈りをしてから入室する。収容室の中からは、冷たい風が吹いてきた。
「うおっ、さむ……」
収容室の中では吹雪が吹き荒れていた。決して広くはない空間の中で視界が悪くなるほどの吹雪の中心には、一つの人影。
それは、全身が雪でできたかのような、妙齢の美しい女性であった。
真っ白な体に冷たい薄水色の着物を纏い、どこか冷え切った表情をこちらに向ける。
その冷たい視線を受けて警戒していると、しばらくしてめをぱちくりとさせ始めた。
「……やっと来てくれた!」
すると突然彼女は花が開いたかのような満面の笑みを浮かべてこちらに突っ込んできた。
いやいや、こえぇよ! さっきまでのクールな印象はどこに行った!?
「あれからずっと変なのしか来なかったからもう来てくれないのかと思った! けどよかった、ちゃんとあなたみたいな男の人が来てくれたのね!」
「……ソウデスネ」
「えっ、ちょっとまって、どうしてそんなに警戒しているんですか? どうしてじりじりと私から距離をとっているんですか?」
「……ソンナコトナイヨ」
「そんなことあるじゃないですか! もっとこっち来てお話ししましょうよ!!」
「いやだやめろ、こっちに来るな!!」
こっちに抱き着いて来ようとする『F-01-i26』を引き剥がそうと必死に抵抗する。なんかこいつポンコツ臭がするけどそれ以上にやばい気がする。絶対関わらないほうがいい!
「何でですかー、一緒に結婚しましょうよー!!」
「ついに正体現したな、雪女!」
「……な、ななな、何のことだかわかりませんよ~!?」
わぁお、わっかりやすいくらい動揺してる。よし、今のうちに……
「悪い、もう時間だから行くわ。さよなら!」
「あ~待ってください~、時間の延長をお願いしますぅ~」
「当店ではそのようなサービスは行っておりません!!」
勢いに任せて収容室から退出する。……あっぶねぇ、あれあのままだったら確実に殺されてただろ。
本当にこういうところは勘がいいな、パンドラのやつ。
「ふぅ、とりあえず次に行ってくるか……」
さっきのも疲れたが、次のほうが行きたくなさすぎる……
「……さてと、久しぶりだな」
次の作業は『T-05-i11』*4、正直に言ってあまり相手をしたくない相手だ。
収容室の中心に置いてある指輪は、肉塊のリングと目玉の宝石で構成されていた。そしてその瞳は常にこちらに向いており、この存在のどす黒い欲望が伝わってくる。
このアブノーマリティーは男好きであり、女を徹底的に敵視している。
このアブノーマリティーに対してその日初めて作業を行った男性は、その後一日が終わるまで女性と接近することを禁止されている。それを破れば待っているのは地獄絵図だ。
「できれば関わり合いたくはないんだがな……」
正直気は進まないが、このアブノーマリティーに対して一番安定している作業は愛着作業だ。だから話しかけたり、撫でてやったりするといいんだが、正直小さすぎて撫でたりは難しい。
だからできることは多くない。
「お前は本当に美しいなぁ」
本心を隠しながら『T-05-i11』を褒めて綺麗に掃除してやる。すると『T-05-i11』は嬉しそうに脈動した。
「素敵な瞳だ」
こいつは意外と褒めるだけでも喜んでくれる。だがなぜか知らんがそういうのが慣れていないやつのほうが好みらしい、まぁあまり興味はないが。
「さてと、そろそろ…… いてっ」
作業が終わろうとしたその時、俺は左薬指に痛みを感じた。
左薬指を見ればそこには『T-05-i11』と同じ形の指輪がある。これで俺は今日女性と会うことはできない。全く面倒な……
「それじゃあな」
収容室から出て管理人に連絡する。これで女性に合わないように誘導してくれるはずだ。
「とりあえず次で最後だな」
この後は『O-01-i37』への作業で予定は終わりだ。もう純化も近いし早めに行ったほうがいいだろう。
「よう、元気にしてるか~?」
『O-01-i37』のギフトを持っているおかげか、彼女の収容室に入るときにヘッドホンをしなくてよくなった。本来はそうしなければかなりまずいことになるが、彼女のギフトは音の悪影響を無効化する能力を持っている。それはこちらとしてはありがたいことだ。
「それじゃあ今日mぎゃあぁぁぁぁ!!」
そして彼女の姿を見ようとしたその時、両の目に激痛が走る。
「アブノーマリティーでも反応するのかよ!!」
激痛にもだえそうになりながらも、何とか耐える。早くしなければまたまずいことになる、すぐに『T-09-i97』*5で回復しなければ……
しかしそんな時間など一つもなく……
虐殺の足音が聞こえてきた。