「はぁ……」
このくそったれな世界に転生してから、行き着くところまで来てしまったようだ。
元々肥溜めみたいな路地裏に生まれて、必死になって生きてきた。人を殺めたことはないが、それ以外のことなら大体手を染めてきた。そんな場所で生活していて翼に所属できるわけがないと思っていたが、思わぬ転機が訪れた。
翼の企業であるロボトミーコーポレーションからの採用通知。普通の人間なら喜んで受けとるそれを、俺はどうしてもそう喜ぶことはできなかった。
そう、薄々感づいていたが、ここはロボトミーコーポレーションの世界だと確信できたからだ。
ロボトミーコーポレーションは俺の前世で散々遊んだゲームの一つだ。
簡単に説明すると、化け物どもに殺されないようにお世話をしながらエネルギーを溜めていくゲームだ。字面にしたら気を付けたら大丈夫だと感じるが、その恐ろしさは数多の初見殺しと管理の難しさにある。
まず初手で殺されて、慣れてきたら油断して殺されて、油断しなくても色々な事が積み重なってやっぱり殺される。
さらには最後のほうに慣れてきたやつ殺しが出てきたりする死に覚えゲーなのだ。
もう一度言おう、死に覚えゲーなのだ。ゲームではいくらでもやり直せたが、現実は俺の命は一つ、仲間の命も一つだ。絶対に失敗はできない、気を付けなければ。
さらには本編では意味不明な実験で理不尽に殺されていることが多々ある。そういったふざけた実験に参加させられないように祈るしかないことは、悲しいところだな。
「何やってんだよ、ジョシュア」
考え込んでいる俺を見かねてか、誰かが話しかけてきた。顔をあげると、スーツを着た二人の人物が見える。
一人はリッチ、もじゃもじゃの黒髪に切れ目の男性だ。少し鼻につくところもあるが、基本的にはいいやつな気がする。いい奴ほど長生きできなさそうだが、こいつとは長い付き合いになることを祈る。
もう一人はシロ、白い髪を三つ編みにして常に目を閉じている白い肌の女性だ。常に無言で、特に意思表示もしてこない不思議な奴だ。聞いた話だと精神汚染に桁外れの耐性を持っているとか……
彼らは俺と一緒に今日から配属される、同期というやつだな。俺たちは今日から苦楽を共にする仲間となる、こいつらが死なないように俺も頑張らなくては。
「いや、大丈夫だ。アブノーマリティーってやつらがどんな奴か考えてたらワクワクしてきちまってよ」
「そんな無駄口が叩けるなら大丈夫そうだな」
「おう、それじゃあ行くとしますか」
初期装備である警棒をもって立ち上がる。この施設にはまだアブノーマリティーは一体しかいないらしいので、俺たちが初期メンバーということだ。先輩がいれば生き残る方法をご教授願いたかったが、そう簡単にはいかないらしい。
「さて、最初の相手は誰が行く?」
「どうやら当番制らしい、最初がお前で次が俺、そして最後がこの女だ」
順番は最初から決まっていたらしい。一番最初というのは少し恐ろしいが、何とか俺の知識が生きることを願う。
正直、一番安全な罪善さんでさえ即死の危険性があるのだ。懺悔する実験とか絶対にやりたくない、記憶違いも許さないとか厳しすぎる……
それに、俺のゲームの知識がどこまで通用するかもわからない。その知識に引っ張られて死ぬのはまっぴらだ、とにかくやってはいけないことをやらないことにして、情報から何が正しいかを検証しなければ。
「ところで、今から行くやつの情報はないのか?」
そこでふと、今から作業するやつのことが気になった。ゲームでは罪善さんだったが、本当にそうかもわからない。もしかしたら俺のせいでシェルターが来るかもしれないし、ほかのやつが来るかもしれない。とにかくZAYINでお願いしたい。できればエビ漁船がいい。
「あぁ、資料にはT-01-i12とある。それ以外は自分たちで記録しろとのことだ」
「なんだよ、投げやりだな」
「これを調べるのも俺たちの仕事だぞ?」
「へいへい……」
そういえば最初は番号で出てきていた。正直結構好きだったとはいえ、番号までは覚えていない。せめて台詞が見れるならわかるが、そうでなければほぼほぼ無理だ。罪善さんなら一番最初でないことは意外だったから覚えているが、正確な番号までは覚えていない。それでも一桁だったような気もするが……
まぁ、考えても仕方がない。とにかくやってみるしかないな。
それにしても、なんかおかしかったような……
「さて、それじゃあジョシュア、頼んだぞ」
「おうよ、土産話を楽しみに待ってろよ?」
それだけ言うと、収容室の扉に手をかける。しかし、ここまで来て手が動かない。心臓の鼓動が異様にうるさく感じ、冷や汗が出てくる。
……ここにきて怖気づいてしまった。俺の中を得体のしれない恐怖が支配しようとしたその時、不意に袖を引かれた。
はっとして後ろを向くと、シロが俺の袖を引いていた。それは怖気づいた俺への嘲笑か、単に心配してかはわからないが、俺の緊張をほぐすには十分だった。
「ありがとよ、シロ」
お礼を言うと、彼女は何も言わずに手を離した。リッチは俺たちのやり取りを見ていないという体で行くらしい。本当にいいやつだった。
……これでいけそうな気がする。俺は一思いに扉に手をかけると、一気に開いた。
収容室の中から妙に甘ったるいにおいがあふれる。収容室の中に入るとさらににおいが濃厚になったような気がする。
粘着質な音が響き、何かが動いていることを俺に知らせてくる。
嫌な予感を胸に抱きながら、俺はこの部屋の主に相対する。
甘ったるい濃厚なにおいに濃い茶の体色、そして少女のような見た目。
その何の脅威もなさそうな見た目は俺にとって安堵よりも警戒のほうが勝る。アブノーマリティーは見た目だけで判断してはいけない。特に液体の人型ということであのピンクの悪魔を思い浮かべる。正直見た目からやばい奴のほうが安心する。
そしてその考えが、俺にとって最悪な事態を突き付けてくる。
T-01-i12
俺にとって未知のそれは、心の支えだったゲームの知識が全く役に立たないことを意味していた。