「ジョシュアちゃん大丈夫? 昨日は大変だったんでしょう?」
「あぁ、もう大丈夫だ。ありがとうルビねぇ」
今日も最悪の業務が始まる。
昨日のことがあったからか、ルビねぇに出会って早々心配された。
彼女は前回の時からこういった気配りのできる人だった。まだ今は出会ってそれほど時間は経ってないが、また彼女に会えたことは素直にうれしかった。
「あら、さっそくあだ名で呼んでくれるなんて嬉しいわ。なんだか距離が縮まったみたいで」
「あぁ、あんたとは仲良くしたいと思ってたんだ。それとも嫌だったりするか?」
「まったく、そんなわけないじゃない! ジョシュアちゃんみたいないい男とお近づきになれてとっても嬉しいわ」
「ははっ、そいつはよかった」
こんなにも気さくに話しかけてくれるのは結構うれしい。まだリッチやシロとは壁を感じるし、マオもまだまだ仲良くなれそうにない。
パンドラ? あれは知らん。
「それで、この仕事には慣れたか?」
「正直化け物の相手をするって聞いてたから覚悟してたけど、ちょっと拍子抜けしちゃったわ」
「油断するなよ、どんな奴にも命の危険があるかもしれないし、これからどんどんやばい奴が出てくるぞ」
「あらやだ、それじゃあ油断しないように気を引き締めていかないといけないわね」
「頼むぞ、それじゃあ今日も頑張ろうぜ」
「お手柔らかにお願いするわね」
ルビねぇと別れて今日収容されたアブノーマリティがいる収容室へと向かう。
今回収容されたアブノーマリティは『F-01-i63』だ。
今回では初めてのフェアリーテイルカテゴリー、知ってる童話ならある程度管理方法を予想できるかもしれないが、前回の胃袋野郎みたいな全く知らないやつに来られるとお手上げだ。
『随分と心配されていたが大丈夫か? 今回の作業は俺が変わってやろうか?』
「黙ってろ、心にもないことを言うんじゃない」
『ぎゃはははっ、ばれてたか』
輪廻魔業が無駄に煽ってくる。まったく、これから集中したいというときにうるさい奴だ。
まぁ基本的にこいつは敵と考えたほうがいいし、気にしないほうがいいな。
さっそく収容室の目の前にたどり着く。頭の中の雑音を意識から除外し、いつものようにお祈りをする。
そして手をかけていた扉を開き、中に入っていった。
「なんだこの匂い…… 随分と甘ったるいな」
収容室の中に入ると、そこにはむせかえるほどに甘い匂いが充満していた。
とても甘くて思わず食べてしまいたいという衝動にかられそうになる。この匂いは…… 桃か。
「こんにちは、初めまして。貴方様が今宵のお客様ですね」
そして収容室の真ん中にたたずむ存在がこちらに声をかけてくる。
それは銀色の髪と透き通るような肌を持つ神秘的な姿をした女性だった。
銀色の髪は上のほうは二つのお団子でまとめ上げ、下のほうはおさげのように結っている。
藍色のチャイナ服を身にまとい、髪に桃を象った髪飾りをつけている。
そして透き通った白い肌からは、先ほど感じたむせかえるほどの甘い匂いが撒き散らされ、少しでも気を抜くと理性を失ってしまうかもしれないと感じてしまう。
『ほほう、こいつは面白い』
「……? お客様、どうかなさいましたか? 私がなにか粗相をしてしまいましたでしょうか?」
輪廻魔業の評価に思わず相手を凝視してしまったが、どうやら不審に思われてしまったようだ。
前回のことがあるから、こいつの話もある程度は信用できてしまう。
できればこいつに振り回されたくはないが、前回のように何かがあるほうが困る。
「いや、別にそういうわけではないが、というか俺は別にお客様じゃないぞ」
「いえ、人間様は等しく私のお客様でございます」
とりあえず『F-01-i63』に返答をすると、彼女はきっぱりと言い放った。
「私は赤子のころから桃の汁のみで腹を満たし、生涯一度も桃以外を口にしたことはありません」
「その桃も、桃源郷でとれたものの中から選りすぐりの最上級品のみをいただいてきました」
「また、肉質を最上のものとするために適度な運動やストレッチ、マッサージやアロマ等によるリラクゼーション等々、努力は全く惜しまず磨き上げてきました」
「さらには知識においても最上級の教養を身に着けております」
彼女は早口でまくし立てるように自己アピールを始めた。正直洪水のように怒涛の勢いだったからうまく聞き取れなかった部分もあったが、さっきとんでもないことを言ってなかったか?
「それではこちらに、今までにない極上の体験を提供いたします」
そういうと彼女は服をはだけさせ首筋を見せつけてきた。
その白い肌は証明に照らされて、まるで誘蛾灯のようにきらめいていた。
甘く香る桃の匂いが一層引き立ち、そして俺の心を引き寄せる。
俺はこの誘いを……
振り切った。
「さぁさぁ、一思いにがぶっといっちゃってください! ハリーハリー!」
『F-01-i63』が待ちきれないのか、顔を紅潮させながら囃し立ててくる。
……こいつ、すでにキャラが崩れていないか?
「あれ、どうしたのですか? 私を一思いに頂いちゃってくださいよ!? ほらがぶりと一気に!!」
「いや、人を…… 人? を食べるわけがないだろうが常識的に」
「それなら問題ありません! なぜなら私は人間様に食べていただくためだけに生まれ、育てられてきたのですから! ちょっと人と似てて意思疎通ができるだけの家畜ですから!!」
「いやそれもはや人間でしかないから! というかたとえ違ったとしても食べたくねぇよ気持ち悪い!!」
『ぎゃはははっ、最高だなこれ!!』
畜生、こいつが面白いって言ってた理由はそういうことかよ!!
ただただ愉快なだけじゃないか!!
「はて、もしかしてお客様はこういった特別なお食事は初めてでございましたか? よっしゃあ童
「いやいや、今更取り繕われても絶対食べないから安心してくれ」
「大丈夫です、飲むだけですから! 食べるよりハードル低いですから!!」
「どうせ真っ赤で生ぬるい飲み物なんだろ、騙されんぞ!!」
「大丈夫ですから! 赤くないしとっても甘くてフルーティですから!」
「やめろ放せ! 足に縋りつくな、鼻水と涙を俺の服で拭くな!!」
「嫌です、お茶を提供させていただくまでここでみっともなく泣き続けます!!」
「畜生、めんどくせぇ……」
なんだってこいつはこうも必死なのか、正直相手するのも疲れてきた。
頭の中で輪廻の野郎が爆笑してるし、もうさっさと誘いに乗って終わらせるしかないか。
「……本当に大丈夫なんだろうな?」
「はい、初心者の方向けにご用意できる最高のお茶でございます。もちろん人体の一部なんて入っていないので安心してください!」
「…………そこまで言うなら、一度出してみてくれ」
「承知いたしました」
「うわっ、急に冷静になるなよ!?」
本当に何なんだよこいつは……
それにしてもあんな高そうなカップ、どこから取り出したんだ?
でもカップだけでティーポットも出さずにどうやってお茶なんていれるんだ?
すこし興味がわいてきたので、『F-01-i63』の行動をじっくりと観察してみる。
すると『F-01-i63』はなにやらもじもじとし始めた。
「あのぉ、そんなにも情熱的に見つめられると、さすがに私も恥ずかしく思いますので、出来れば後ろを向いていてほしいのですが……」
「あぁ、それは悪かったな。了解した」
とりあえず後ろを向いてみないようにする。
しかし何か変なことをされると困るので、しっかりと耳を澄ませて異常を感知できるようにする。
するとどうやらさっそくお茶を入れる準備を始めたようだ。しっかりを聞き逃さないようにしなくては……
カップを床に置く音
衣擦れの音と床に布の落ちる音
俺は逃げ出した。
「あっ、ジョシュア先輩! 新しいアブノーマリティはどうでしたか?」
「……疲れた、相手したくない」
「えっ、そんなにやばい奴だったんですか? 次の作業予定私なんですけど!?」
メインルームに戻ると、さっそくパンドラが待ち構えていた。
正直あれの後にパンドラの相手はしたくない。とりあえず適当にあしらっておくか。
「あぁ、大丈夫だ。お前が思ってるようなやばいじゃないから、たぶんお前ならうまくやれるから」
「えっと、これは褒められていますね! それじゃあ行ってきます!」
「おう、逝ってらっしゃい」
とりあえず邪魔者が一人消えた、おかげでゆっくりと休憩できる。
ソファに座ってゆっくりとくつろぐ、あの二人が出会うことに一抹の不安を感じるが、もう後のことは未来の自分に任せる。
今はとにかくゆっくりしておきたい。
目を閉じてしばらく休んでいると、どうやら隣に誰か来たようだ。
目を開いて確認すると、どうやらシロが隣にいるようだ。
「ようシロ、元気か?」
「……んっ」
シロに話しかけると、なぜかチョコレートを差し出された。いったいどういうことだろうか?
「……どうしたんだよこれ、くれるのか?」
「……ん、だって元気なさそう」
「あー、確かに元気なかったが、これで元気でそうだよ。ありがとうな、シロ」
「……よかった」
なんとなく、シロがはにかんだような気がした。
そして一瞬、前回のシロと重なって見えて、ちょっとだけ自己嫌悪した。
「……ジョシュア?」
「いや、何でもない。それよりもこの前さ……」
シロに心配されたので、とりあえず世間話に切り替える。
俺が話してシロは何も言わないが、相槌はたまに打ってくれてるしちゃんと聞いてくれているようだ。
「……ジョシュア先輩」
しばらくシロと話していると、パンドラが戻ってきた。
どうやら『F-01-i63』の作業を終えて帰ってきたようだが、なにやら様子がおかしい。
あのパンドラが疲れているだと!? ……いや、そんなはずはない。
おそらくは俺の幻覚かアブノーマリティの特殊能力、または誰かのなりすましか、判断に困るな。
「聞いてくださいよあの女!! やばいんですよ自分を人間に食べさせようとするなんて、正気じゃないです! おもちゃにしようと思ったら逆におもちゃにされた気分ですよ!?」
「あっ、たぶんパンドラだ。でもお前が言うな」
『こいつにこれほど言われるとか、どれだけだよ』
どうやらあのパンドラでもダメだったらしい。
……もうこれどうしようもないのでは? そりゃあ変な化学反応起こされてやばいことになるよりはましだけど、これじゃああいつを担当できる
「全く、自分を食べてほしいとかいう考えがあんなにも気持ち悪いなんて…… これからは気を付けるようにします」
どうやら随分とフラストレーションがたまったようで、延々と愚痴をたれこぼしている。
珍しい光景をみてびっくりしていると、シロがいきなり口を開いた。
「……そんなにいやなら、どうして連れてきたの?」
「へっ、何を言って…… ぎゃあぁぁぁ!?」
「えへっ、きちゃった♡」
『『F-01-i63』が脱走しました、職員の皆様は至急鎮圧に向かってください』
気が付けばパンドラの背後には、脱走した『F-01-i63』が立っていた。
パンドラは一瞬でこちら側に飛び退いて、戦闘態勢に入る。もちろん、俺もシロも準備は万端だ。
くそっ、アナウンスが遅すぎるだろうが、管理体制はどうなってるんだよ!?
「お客様方、今宵はこのような素敵な宴の席を設けていただき、誠に有難く存じます」
『F-01-i63』が仰々しく礼をしてこちらに視線を向ける。
その顔は先ほどまでと打って変わって、傲慢な、狩人のような目をしていた。
「それではただいまよりメインディッシュの『屠畜ショー』に移りたいと思います。どうか今宵は、最後までこの最高な宴をご堪能ください!!」
『F-01-i63』は手を広げ天井を仰ぐ、それと同時にものすごい圧をこちらに向けてきた。
……まずいな、こちらの武装は“綿毛”のみ、たいして相手は最低でもTETH、3人いるとはいえ場合によってはまずいかもしれない。
まさか先ほどまでのが演技で、逆に俺たちのことを家畜のように思っていたとは……
くそっ、やっぱりアブノーマリティはアブノーマリティだったか!!
『F-01-i63』は手を広げた状態のままこちらに視線を向け続ける。
俺たちはいつ『F-01-i63』が攻撃してもいい様に、相手の動きを警戒している。
そしてにらみ合いが1分、2分と続き……
「……あのぉ、そろそろ『屠畜ショー』を始めていただいてもよろしいでしょうか?」
「「「……はぁ!?」」」
何を言っているんだこいつは?
まさかあれだけ今から戦います感出しておいて、結局食べてもらおうとしていただけなのか!?
いやまさかそんな……
「あっ、もしかして無抵抗だとあんまりそそらない感じですか? それなら抵抗しますよ、拳で!!」
そういうと『F-01-i63』はシュッシュッといいながらシャドーボクシングを始めた。
……とりあえず無視してみると、パンチをしてきたが、全くいたくなかった。たぶん猫よりもひ弱なパンチだ。
「ほらほらどうしたんですか? 早く反撃して私を屠畜しないと、その大切なお体があざだらけになりますよ!!」
R 0 Damage!
R 0 Damage!
どうやら随分と自己評価が高いらしい。
『F-01-i63』はなぜか自分が殴ってというのに涙目になっていた。
……というか、息上がってないか? さすがに体力がなさすぎだろ。
「はあっ、はあっ、本当に、大変なことになっちゃいますよぉ、早く反撃しましょうよぉ……」
『こいつが言ってるようなことにはならん、無視して大丈夫だ』
「OK」
こいつのことは無視することに決定した。
何故か長くなりすぎたので、5日目に分割します。