「ジョシュア先輩、何か面白い話をしてくださいよぉ」
「寝ぼけてないで早く作業に行ってこい」
あほなことを抜かすパンドラを適当にあしらい、作業へと向かわせる。
しかしパンドラがそれくらいで引くわけがない。
「そんなこと言わないで構ってくださいよぉ、今日はあのやばい子のところなんですよぉ」
「……正直お前でも苦手な奴とかいたんだな」
「ジョシュア先輩は私を何だと思っているんですか?」
そりゃあやばい奴だと思っているさ。とはさすがに言わずに、無言という返答をする。
するとパンドラはふてくされたのか、ほほを膨らませた。
「わかりましたよ、作業に行ってくればいいんでしょう、この鬼畜先輩!!」
「いや、その作業決めてるの俺じゃなくて管理人……」
しかし俺の言葉はパンドラに届かず、彼女はすでにこの部屋から出て行っていた。
「……はぁ、俺も作業に向かうか」
「さて、今回はどんな奴なんであろうな」
今日収容されたアブノーマリティは『F-05-i60』、またしてもFカテゴリのアブノーマリティだ。
最近面倒な奴ばっかり来ているから、そろそろましな奴が来てほしいところだ。
『まったく、そんなに油断していてどうする?』
「別にいいだろ、希望的観測をすることくらい。それとも心配してくれているのか?」
『心配…… ふむ、見方によればそうだろう。俺は単純にお前のくだらない死にざまは見たくないのだ』
「……それって、俺にできるだけ惨たらしく死ねってこと?」
『まぁ、そうなるな』
唐突に輪廻のやつがデレたとおもったら、結局ゴミみたいな理由だった。
やっぱアブノーマリティはアブノーマリティだ、少しの希望すら望むことができない。
「……さて、もう着いたか」
気が付けば、『F-05-i60』の収容室の目の前についていた。
俺はいつものように収容室の扉に手をかけ、お祈りをする。そして思い切って扉を開き収容室の中へと入る。
「これはまた、メルヘンな奴が来たな」
収容室に入ると、まずはとても甘い匂いが漂ってきた。
それはとても魅惑的な甘いお菓子の香り、幼き日々を思い出す蠱惑の光景。
その発生源は、収容室の中心にあった。
お菓子の家。
それを表現するのにぴったりな言葉だ。
壁はサクサクのクッキー、屋根と扉はチョコレート、窓はキャンディー……
それはまさしく、子供のころに夢見たお菓子の家だった。
「……これはうまそうだな」
その香りは、まるで優しい老婆ができたてのクッキーを手にもってこちらに手招きをしているようだ。
本能を刺激する、魅惑の香り。生半可な自制心では我慢なんてできないだろう。
『F-05-i60』に近づき、クッキーを一つもいで口に入れる。
……あぁ、なんて甘くておいしいのだろうか。うまい、うますぎる!
思わずほかの部分もとって食べる。
とって食べる、とって食べる、とって食べる。
どれだけ食べても、食べたところから再生していく。これなら満足するまで食べることができるだろう。
「ふぅ、そろそろ作業を始めるか」
一通り食べて満足してから、作業を始めていく。
お菓子の家ということで、とりあえず収容室の内部を清掃することにする。
収容室内をとにかくきれいにしていくと、心なしか『F-05-i60』が喜んでいるような気がした。
「ふぅ、そろそろいいかな?」
作業を終えると、『F-05-i60』に呼ばれていることに気が付く。
それは俺を招くと、褒美に食べさせてくれるようだ。
『おいまて、それ以上はまずいぞ』
俺は再び『F-05-i60』からお菓子をもぎ取り、口に含む。
やはりうまい、これほどおいしいお菓子を食べたのは初めてだ。
『いい加減にしろ、ジョシュア!!』
「……はっ!?」
輪廻魔業の声で、ようやく我に返る。
もしかして俺は、お菓子に魅了されていたのだろうか?
『このままブクブクと肥え続けるつもりか、それとも俺が相棒と呼んだ男はこの程度だったか?』
「いや、すまん。助かった」
……これ以上はまずい、そう判断して収容室からすぐに退出することにした。
「……ジョシュア、大丈夫?」
メインルームに返ると、そこにはシロが待っていた。
どうやら俺を見るなり違和感を感じ、声をかけてくれたようだ。
まぁ確かにお菓子を食いすぎて魅了されていたようなので、心配されても仕方がないだろう。
「あぁ大丈夫だ、どうやら新しく入ってきたやつがかなり厄介な奴らしい」
「……そんなに?」
「あぁ、お菓子の家だったんだけど、食べると魅了されるみたいだ。シロは甘いもの好きだからあまり作業をしないほうがいいかもな」
「……わかった、ありがとう」
「いやいや、どういたしまして」
お礼を言うシロがかわいくて、思わず頭をなでる。
シロは突然のことに驚いたのかわずかに目を見開いたが、しばらくすると受け入れたのか目を細めてされるがままになっていた。
「……こほん、お二人ともそろそろよろしいかな?」
そこで俺たちの間に入ってきたのは、マイケルだった。
突然声をかけられて思わずシロから手を離すと、シロは少し残念そうな顔をしていた。
「あー、仲のいいところにすまないが、次の作業について聞きたいところがあるのだが……」
「おう、了解だ。たしかマイケルの次の作業は俺と同じ『F-05-i60』だったな、それなら……」
とりあえずマイケルに『F-05-i60』についてわかったことを伝えていく。
最初は真面目に聞いていたマイケルも、途中で俺がお菓子の家を食べたところあたりからドン引きされ始めた。
「ジョシュア、それはさすがに衛生的にどうかと思うのだが……」
「いや、上のほうは地面と接していないし」
「そもそもアブノーマリティだ、食べるのはよろしくないだろう」
「はい、そうだよな」
『F-05-i60』の説明からなぜかダメ出しが始まった。
いや、俺もだめだとは思うよ。正直誘惑にまったく抗えなかったけどさ……
「とりあえず、お前も誘惑されないように気をつけろよ」
「もちろんだ、さすがに床に落ちた食べ物を食べることは精神的にきつすぎるからな」
そういってマイケルは、『F-05-i60』の収容室へと向かっていった。
「……ジョシュア、もう一回いい?」
「えっ、別にいいけど」
マイケルが去ると、まさかのおかわりが来たので思う存分なでることにした。
「ただいま戻った…… あぁ」
「あっ、お帰りなさい。私以外はおいしかったでしょうか?」
マイケルが作業から最悪のタイミングで帰ってきた。
まさか『F-01-i63』*1が脱走したところに返ってくるとは、運がない奴だ。
「お帰り…… って、結局お前も食べてきたのか」
「……仕方なかったんだ、どうしても抗えなくて」
どうやらよっぽど嫌だったらしい、マイケルは今にもはきそうな顔をしている。
というか、それほど嫌がっていても抗えないのか。
「……大丈夫?」
「あぁ、大丈夫だ」
あまり周りに関心のないシロにすら心配されるとは、相当具合が悪く見れるようだ。
「まったく、私を食べないで変なものを食べるからこうなるのです。女性のお客様、そちらのお客様を押さえておいてください」
「……?」
一体こいつは何を言っているんだ? 俺は今すぐ『F-05-i60』の収容室へと向かわなければいけないというのに。
とりあえずこいつのことは無視して『F-05-i60』の収容室へと向かう。
マイケルの奴も一緒に行こうとしたが、『F-01-i63』に抑えられてしまった。そのまま引きずっているが……
俺も一緒に行こうとするが、裾を引かれて止まる。振り返るとシロが裾をつまんで見上げていた。
「……ジョシュア、ごめん」
何の謝罪かと思ったら、思いっきり地面にたたきつけられた。
一体どういうことかと思ったら、ほほを思いっきりはたかれた。
「いつっ、シロ、いったい何を……?」
「ジョシュア、これで目が覚めた?」
「目が覚めたって……」
あれ、そういえばどうして俺は『F-05-i60』の収容室に行こうとしていたんだ?
今日はこれ以上奴の作業に行く予定はないはずなのに……
「このっ、浮気者っ、これで目が覚めたかっ」
R 0 Damage!
R 0 Damage!
どうやらマイケルは周りのオフィサーたちに取り押さえられて、そのうえで『F-01-i63』にビンタされていたようだ。
まったく痛くはなさそうだが、ある程度の衝撃はあったのか正気には戻ったようだ。
「……もしかしてまた魅了されたのか」
かなり厄介な奴が来たようで、思わずため息をついてしまうのであった……
「……よし、そろそろ今日のノルマも終わりだな」
『F-05-i60』の魅了騒動からしばらくたち、そろそろ今日の作業をすべて終わりそうだ。
結局あれ以降、さらなる被害を防ぐために今日のところは『F-05-i60』への作業はしない方向で行くようだ。
「それにしても甘いものでも食べたいなぁ」
『O-04-i31』*2への作業も終わり、あとはほかの奴がエネルギーをためるだけで終わりだ。
さて、もう時間もたったことだし、最後に『F-05-i60』の収容室へと行こうかな。
『……ジョシュア、いったいどこに行く気だ?』
「もちろん『F-05-i60』のところだよ」
輪廻が変なことを聞いてきた。早く『F-05-i60』の収容室に行かないと、ほかの奴に先を越されてしまうからな。
『……はぁ、できれば教えたくはなかったんだがな』
何やら輪廻が渋々といった感じで声を上げた。
どうやら不本意なことが起こっているらしい。
『ジョシュア、あのイカ野郎にもらったギフトを覚えているか?』
「……あぁ、そんなのもあったな?」
『それに意識を集中しろ、自分の中にある異物に向けて使ってみろ』
「……?」
とりあえずいわれるままに行動をする。
自分の瞳の奥のそのまた奥、鍵穴の向こうに意識を向けると、そこにはやつがいた。
奴は力の使い方を示し、そのまま力が俺の中に流動する。そしてその力を俺の中の異物に向けて流していく。
どうやらそれは俺の腹部のあたりにあるらしい。
それを慎重に取り除くと、随分と思考がクリアになってくる。
「……ってこれ、もしかしてまた魅了されたのか!?」
もうこんな奴の作業なんて絶対しないからな!!
それは森の中でひたすらに獲物を待っていた。
かつての持ち主が内部で朽ち果て、役目を終えたとしてもそれを全うしようとする。
迷い込んだものを誘い、肥えさせ、そして懐へ招き入れる。
たとえどれだけ自身の自制心が高かろうとも……
食せば元には戻れない。
F-05-i60『お菓子な家』