Days-16 F-01-i34『毒と薬は紙一重さ』
「初めに言っておくと、俺はもともとこの世界の人間じゃない」
「……いや、この世界ではない人間の記憶がある。といったほうがいいかもしれない」
「そこはこの都市よりもはるかに安全で、平和な場所だった」
「もちろん戦争がないわけではないし、犯罪だっていろいろあった」
「だけど俺のいたところは戦争なんてしばらくやってなかったし、ここみたいに毎日犯罪に巻き込まれるようなこともない場所だったんだ」
「俺はそんなところでその世界の一般家庭に生まれて、すくすく育っていった」
「学校に行きながら親に愛されて育って、高校生になったときに、自分のパソコンを買ってもらったんだ」
「初めての自分のパソコンに大喜びでさ、いろいろ調べたり動画を見たり、毎日画面にかじりついてたなぁ」
「そんな時、俺はとあるゲームに出会ったんだ」
「……そう、俺たちのいるこの地獄を舞台にしたゲームだ」
『おい、ジョシュア』
「うん? どうしたんだ輪廻?」
今日の業務が始まる直前、何やら深刻な声色で輪廻に話しかけられた。
こんなタイミングで声をかけられるのは珍しいので、何かあったのだろうかと思わず身構えてしまう。
『あの時の言葉、本気なのか?』
「あの時?」
あの時の言葉とは、いったい何のことだろうか?
こいつと話していて、何かこいつの琴線に触れるような話をしただろうか?
『……いや、なんでもない』
「そうか? なら別にいいけど」
『だが、これだけは覚えておけ』
輪廻の様子を不思議に思いながらも、本人? に言う気がないなら別にいいかと思っていたら、輪廻が言葉を重ねてきた。
その声色は、随分と真剣なものに聞こえる。
『俺も、あの怪物も、どれだけお前に力を貸しても、結局のところ味方ではないということを……』
「輪廻……」
その言葉に、少し寂しさを感じる。
だが、輪廻の言いたいこともわかる。
どうやら、この前の『F-01-i63』*1との会話について言いたかったらしい。
正直、俺だってこいつらにこんな感情を持つことは間違っていると思っている。
……でも、なぜだろうか。
俺はこいつらのことを、どうしてか放っておけないと感じてしまう。
こうして輪廻と一緒に過ごしているからだろうか? それとも……
「まぁ、考えても仕方がないか」
これ以上考えてもどうしようもないので、今日の作業へと向かっていく。
今日収容されたアブノーマリティは『F-01-i34』、また人型の童話型アブノーマリティだ。
収容室へと続く廊下へ向かって歩いていく。
どうせ番号を見てもわからないのであれば、出会ってから覚悟を決めたほうがいいだろう。
「さて、そろそろつくな」
収容室の前までたどり着き、収容室の扉に手をかける。
いつものようにお祈りをしてから、扉を開ける。
収容室の中からは、何かの薬品のにおいが漂ってきた。
「いっひっひっ、どうやらお客さんが来たみたいだねぇ」
「……そういう感じか」
収容室の中では、特徴的な帽子をかぶった老婆が大きな鍋の前に腰かけていた。
その老婆は椅子に座りながら、大きな鍋の中身をかき混ぜている。
「さてさて、あんたは何をお求めかねぇ?」
「……一応聞くけど、お前は俺たちに何かしてくれるのか?」
なんとなく予想はつくが、一応聞いてみる。
すると目の前の老婆は鍋をかき混ぜながら口を開いた。
「そりゃあもちろんクスリさ、あんたたちにも必要だろう?」
……明らかに怪しい、正直予想の範囲内だがもちろん信じられない。
「もちろんただじゃないよ? あんたらの溜めているエネルギーと引き換えだよ」
あぁ、そういうタイプか。正直無償でやられるよりはまだ信じられる。
「なるほどな、それでどういった効果があるんだ?」
「そりゃあもちろんクスリなんだから傷をいやすのさ、体の傷も、心の傷もねぇ」
「そもそも、なんで俺たちに薬なんて作ろうとしてるんだ?」
「それが私の存在理由だからとしか言えないねぇ。魔女は昔から、こうやって鍋を煮るもんだ」
そうは言うが、さすがに抵抗があるな。別に必ず頼まなきゃいけないわけでもないし、別の作業を始めるか。
……いや、別に飲まなくてもいいのか。それに、少しいいことを思いついたかもしれない。
「ならせっかくだし、薬を頼む。できれは体の傷を治せるものを」
「ひっひっひっ、どんな効果になるかは飲んでからのお楽しみだよぉ」
「うわぁ」
今ので一気に信用がなくなった。これはあんまり使わないほうがよさそうだな。
老婆はぐるぐると鍋を混ぜ続ける。その動きは、先ほどまでと変わらないし、何かを入れたりもしていない。
少し不思議に思って眺めていると、彼女もそれに気づいたのかこちらに声をかけてきた。
「なぁに、何事も使い方次第さ。ちょっとしたやり方次第で効果も結果も変わるものさ」
そういって混ぜられ続ける鍋を見ていると、段々色が変わってきた。
最初は紫色の液体だった中身が、段々赤色に変わっていき、やがて輝きだした。
「さぇてこれで仕上がりだよ。よかったねぇあんた」
老婆はいつの間にか赤く輝く液体を瓶に詰めて、こちらに渡してきた。
「あぁ、ありがとう」
老婆から液体を受け取って、収容室から退出する。
廊下を歩いてメインルームへ向かい、標的がいないかを探し出す。
「どうしたんだ、ジョシュア?」
「あぁ、リッチか。ちょっと探し物だよ」
「そうか」
「一体誰をお探しですかジョシュア様?」
「うわっ、いつの間に脱走してたんだお前!?」
いきなり会話に入ってきた『F-01-i63』に飛びのくリッチ。
一方俺はというと、目的の相手がやってきて思わず笑みがこぼれてしまった。
「あぁ、『F-01-i63』じゃないか。ちょっと失礼」
「あぁん! 昨日はあんなに優しかったのに今日は鬼畜❤」
手に持つ普通のナイフで適当に『F-01-i63』の腕を切りつけ、傷をつける。
うまくいけばこいつで実験できるかもしれない。
「悪い悪い、お詫びにこいつを飲んでみてくれないか?」
「えっ、でも桃以外はちょっと……」
「いいから飲め」
「あぁん強いムグッ」
とりあえず『F-01-i63』に『F-01-i34』から受け取った赤く輝く液体を飲ませてみる。
そう、俺が考えていたのは『F-01-i63』による実験だ。
今までの報告から、こいつの肉体は基本的に人間のものと同一であることがわかっている。なので毒の有無等は一応こいつで確認できる。
「むぐっ、むぐっ、ぷはぁ! ちょっとジョシュア様! これで私の風味に雑味が混じったらどうするつもりですか!?」
とりあえず半分ほど飲ませて様子を見る。この瞬間だけはこいつが収容されていてよかったと思えた。
「悪い悪い、ところで体は大丈夫か?」
「えぇ、特に問題は…… あれ、さっきの傷が徐々に治ってる!?」
彼女の言葉を聞いて傷口を見たら、確かにゆっくりではあるが傷口が徐々にふさがって来てる。
なるほど、どうやら本当に傷がふさがるようだ。
「すごいすごいっ! でも少し複雑な気分です……」
ピョンピョンはねたかと思うと、一気にテンションが下がり始めた。なんだこいつ、情緒不安定か?
「さて、しばらくたっても大丈夫そうだし、俺も試してみるか」
「あれ、もしかして私、お客様の実験台にされました?」
先ほどのナイフで自分の腕を切り、先ほどの薬品を飲んでみる。
なるほど、すっきりした味で微炭酸、意外と飲みやすい。
「さてと、これで…… うわぁ、本当に徐々に傷が治ってる」
どうやらあの老婆の薬は本物のようだ。
さすがに多用するつもりはないが、今後選択肢には入るだろう。
それからというもの、『F-01-i34』の薬品の実験が行われた。
薬品の色もいくつかあり、また輝いているものといないものがあった。
赤色は肉体の、青色は精神をいやす効果があり、輝いているものにはリジェネ効果、輝いていないものには即効性があることが分かった。
何度か明らかに毒々しい見た目の薬品が出来上がったことがあったが、試しにアブノーマリティに投げてみると体力が全快してしまい、鎮圧に余計な時間がかかってしまった。
どうやら毒々しい見た目に反して、飲めば体力も精神力も全快する効果があったらしい。というか、『F-01-i63』以外のアブノーマリティにも効くのか……
こうしてある程度『F-01-i34』の薬品についてわかってきて、職員にも浸透していった。
「ようロバート、また『F-01-i34』のところに行ってきたのか?」
「あっ、ジョシュア先輩! 見てくださいよこれ、今日のはすごい見た目ですよ!!」
ロバートに声をかけると、どこか興奮気味に手に持つ薬品を見せてきた。
なんだかテンションが高いなぁと思っていると、その薬品を見てなんとなく気持ちもわかってしまった。
「なんだこれ、今まで見たことないなぁ」
その薬品は、赤と青の光り輝く透き通った液体が、マーブル模様のように混ざりきらずに入っていた。
今までの内容からして、体力と精神力のリジェネ効果だろうか?
「でしょう!? きっとこれはすごい効果ですよ!!」
「おいおい、興奮するのは分かるが気をつけろよ? そもそも初めてのものなんだからとりあえず『F-01-i63』で実験してからだな……」
「えぇ~、レアものっすよ? そんなもったいないこと……」
『『T-02-i46』*2が脱走しました。近くにいる職員は鎮圧に向かってください』
「あっ!?」
そのアナウンスが来るとともに、『T-02-i46』がロバートにとびかかってきた。
何とか彼をかばおうと体を動かすが、このままだろ間に合わない。くそっ!!
「ひっ!?」
「ぴぎゃあぁぁぁぁ!?!?」
その時、ロバートが手に持っていた薬品が手から零れ落ち、『T-02-i46』に降りかかる。
すると『T-02-i46』はもだえ苦しみ、やがてピクリとも動かなくなった。
「「……」」
その光景を見た俺たちは、思わず目を合わせる。
そしてすぐに他の職員たちと情報を共有し、赤と青の液体は絶対に飲まないように伝えるのだった。
ひっひっひっ、今日は何をお求めだい?
えっ? この前渡したクスリを飲んで死んだ奴がいる?
何を言っているんだい、わたしゃちゃんといったじゃないか。
何事も使いようだってね。
薬も過ぎれば毒となる。
結局のところ、毒と薬は紙一重さ、ってね。
F-01-i34『古い森の魔女』