「……はぁ」
「どうしたんだイゴリー?」
何やら新人のイゴリーが悩んでいるようだったので声をかけると、彼は驚いたのか勢いよく立ち上がって頭を下げてきた。
「あっ、おはようございますジョシュア先輩!」
「あぁ、おはようイゴリー。それで、何か悩み事か?」
「いえ、別に大したことではないのですが……」
そうは言うものの、眉間にしわが寄ったままだ。やっぱり何かあったのだろう。
「大したことでなくてもいいさ、誰かに話すだけでもかなり楽になるものさ」
「そういうものですか……?」
「そういうものさ」
俺の説得に応じてくれたのか、イゴリーはさっきまで座っていた椅子に座り直し、ぽつぽつと話し始めた。
「僕、身長が低いのがコンプレックスなんです」
「あぁ」
なるほど、それは確かに人に言いづらいな。
「それで、先輩たちみたいにリーチがあるわけでもないし、度胸もないですから……」
「そういうことなら、別に近距離の武器にこだわらなくてもいいんじゃないか?」
「えっ?」
俺の言葉にぽかんと口を開くイゴリー、どうやら随分と視野が狭まっていたらしい。
「遠距離武器ならリーチも関係ないし、遠くからなら気持ちに余裕をもって戦えるだろう?」
「あっ、そうですね……」
「身長も度胸も人それぞれだ、足りないものは他で埋めていくしかないさ。そのためにも俺たち仲間がいるんだからさ」
「それにほら、この前抽出された“ウィッチクラフト”なんかはかなり使いやすいと思うぞ」
「わかりました、ありがとうございます!」
イゴリーはお礼を言うと、走って武器庫へと向かっていった。
まぁ、何とか解決できたならよかったな。
「さて、そろそろ今日のアブノーマリティのところへ行くか」
今日収容されたアブノーマリティは『T-09-i88』、ツール型のアブノーマリティだ。
正直ツール型はあまり使いたくないが、こればっかりは仕方がない。
「そろそろだな」
気が付けばもう『T-09-i88』の収容室の目の前までたどり着いていた。
俺はいつも通り収容室の扉に手をかけると、適当に扉を開いた。
「……なにこれ?」
収容室の中には、何らかの装置が鎮座していた。
黄緑色のボディにピンク色の扉という奇抜なカラーリング、何らかのカプセルなのか人一人分なら楽々入れそうな外見だ。
「いや、なんとなく使い方は分かるけど、使いたくないなぁ」
同じような形状であの『入ったら居心地がいいのか誰も出てこなくなる装置』を連想してしまう。
……さすがにあれと同じはないよな? 大丈夫だよな?
「よし、覚悟を決めるか」
このままグダグダしていてもらちが明かない。覚悟を決めて『T-09-i88』の扉を開く。
「……うん?」
扉を開くと、内部にはモニターと何らかの入力機器が存在していた。
「とりあえず入るか」
中に入ると自動的に扉が閉まった。
一瞬閉じ込められたかと思ったが、内部にも開閉ボタンが存在する。試しに押してみたらちゃんと開いたので、とりあえず閉じ込められることはなさそうだ。
「さて、この機械は何だ?」
とりあえずモニターを見ると、『スキャン開始待機中』と画面に表示されているだけだった。
入力機器を操作してスキャンを開始してみる。
すると、何らかの機器が下から上へと走り、俺の体をスキャンしてきた。
むずがゆさを感じながらもじっとしていると、モニターの画面が切り替わり、俺の体が映し出された。
「……あぁ、そういうことか」
いろいろと操作してみてわかった。おそらくこいつは、中に入った人間の容姿や身長どころか性別まで変更できるかなり使いどころがありそうなツールであることが分かった。
「でもたぶん何回も使ったらだめなんだろうなぁ」
正直今の体に不満なんてないのだから、この装置を使うメリットを感じない。
下手に触ってやっぱり前のほうがよかったとなったら2回使うことになる。
さすがに2回でどうこうなるとは考えにくいが、少しでも可能性があるのなら避けたいところだ。
「後は元の体から大きく変えすぎたらまずいとかか……? おっ」
ほかに何かないか探してみると、どうやら自身についたギフトも剥がせるらしいことが分かった。
これがペスト医師の時にあれば…… そう思ったが、どうせ奴だけ特別で外せないとかありそうだな。
「まぁせっかくだしいらないギフトでも……」
『まさか俺たちをはがそうとなんてしてないよな?』
「うわっ!?」
“残滓”でも剥がそうかと思っていたら、いきなり輪廻に声をかけられた。
それはそうだよな! いっつも一緒だもんな糞がっ!
「まさかそんなわけないだろ? 冗談だ冗談!」
『冗談には聞こえなかったがな……』
とはいえ、どこかいじらないとまずいよな……
さすがに何もなしでこいつの性能の説明なんてできないし……
「……じゃあちょっとだけ」
『おい、なんで2センチ伸ばすんだ?』
「……いやぁ、せっかくだからキリがいい数字にしようと」
『せっかくだからもっと伸ばせばいいものを。10センチくらい伸ばせ10センチくらい』
「それだとさすがに支障が出るだろ!?」
『だがこの程度の変化でわかるのか?』
「……べ、別にいいじゃないか。身長計で測ればいいだけだし」
とりあえずキリがいい数字まで伸ばす。いいじゃんべつに! だってさっき後輩に身長なんて関係ないような話したばっかなのに伸ばしたのばれたらかっこ悪いじゃん!
『まぁ、お前がそれでいいなら別にいいがな』
「……よし! これで完了!」
とりあえず必要な入力を終えて開始ボタンを押す。
するとさっきまで出ていたモニターや機器が引っ込んでいき、代わりに周囲からエアバッグみたいなものが膨らんで俺の体を包んできた。
「あっ、なんだか眠く……」
そのまま何らかのガスでも噴出されていたのか眠くなってきた俺は、そのまま眠気に体を預けるのであった……
「さて、なかなか悪くない使い心地だったな」
実際に『T-09-i88』を使用してみた感想だが、とりあえず体の不調はないし、むしろ体が少し軽くなった気さえする。
もしかしたらついでに体を正常なものにしてくれているのかもしれない。
「あっ、ジョシュア先輩じゃないですか!」
「うげっ、パンドラ」
「ちょっ、ひどくないですか!?」
『T-09-i88』の収容室から出て廊下を歩いていると、運悪くパンドラに出会ってしまった。
面倒だから逃げようと思っていると、パンドラが俺の顔、性格には頭のてっぺんのほうを凝視していることに気が付いた。
「……どうした?」
いやまさかと思いながらも聞いてみる。なんだか背筋がぞぞってする。
「いやぁ、もしかして先輩身長が伸びました? 具体的には2センチくらい」
「いやこえぇよ! なんでわかるんだよ!?」
「そりゃあ先輩のこといっつも見てますし」
さらっと怖いこと言わないでくれよ、お前のこともう普通に…… 元から見てなかったわ。
「あぁ、実は今日収容された『T-09-i88』を使ってきたんだ。肉体をかなりの自由度で変化できるみたいだ、あんまり悪用するなよ?」
「しませんよ、そんなこと」
「……シンジテルゾ」
「全然信じてない!?」
いいかパンドラ、お前の胸に手を当てよく考えてみろ? お前の行動のどこに信じてもらえる要素があった?
「もう、本当に使いませんから安心してください」
「わかったわかった」
「だって……」
適当にいなそうとして、いつもと少し雰囲気が違うことに気が付く。
不思議に思って彼女のほうを見てみると、パンドラは胸に両手を当てて、少し物悲しそうな顔をしていた。
「勝手にそんなことしたら、怒られちゃいますからね……」
「ジョシュア先輩ぃ、失敗しましたぁ」
「……なんでも欲をかいたらいいことないぞイゴリー」
「うわぁぁん!!」
あの後イゴリーが『T-09-i88』を使った結果、身長220センチのゴリゴリマッチョな筋肉ダルマになって帰ってきた。
いきなり身長も体重も変わったせいでまともに歩けなくなるし、そもそもその身長は普通に日常生活に不便だと思うのだが、どうやらそこまで頭が回らなかったらしい。
とりあえず一日に何度も使うと危険がありそうなので、明日以降に使うようにアドバイスをするしかなかった……
この装置を使えば、あなたは何者にでもなれるでしょう
ハンサムな細マッチョにグラマラスな女性、ダンディな老紳士に無邪気な子供の体にまで……
いっぱい使って素敵な体をいっぱい楽しんでしまいましょう!
今日はどの体にしますか? 明日はどんな体にしますか?
さぁさぁ、もっといろんな体を試しましょう!
……ふふっ、いっぱい使ってしまいましたね?
もう、今まで使ってきた体がどんなものだったかも覚えていませんよね?
さて、それではあなたに質問しましょうか?
本当のあなたは誰ですか?
T-09-i88『存在変換カプセル』