「よう、元気か?」
「うおぉぉぉぉおうぅ」
『O-01-i75』*1、いや『巡礼者』の収容室に訪れた俺は、彼に話をしながら作業を始める。
モップを手に持ち、丁寧に清掃を行っていく。
「どうだ? 何か不便なところとかないか?」
「あ゛ぁい」
「そうか、良かった。それじゃあちょっとは慣れてきたか?」
「おぉあぃ」
「やっぱり怖いよな、でも安心してくれ。少なくともここの中は安全だ」
「いあぁあ゛ぁ」
「そりゃあそうだよな、こんなところに閉じ込められてばっかじゃなぁ」
「いあ゛ぁうぅ」
「え?」
「い゛んあ、あうぅえうぅ」
「……そんなに、頑張らなくてもいいんだ」
掃除も終わり、別れの挨拶をしてから収容室から退出する。
収容室から出るとき、彼は少し悲しそうに見えた。
「……まぁ、考えても仕方ないよな」
今の俺とあいつとではいろいろと変わってしまった。
あの時のように仲良くすることも許されない。
それはやっぱり、寂しいな……
「あら、どうしたのそんなに悲しそうな顔をして?」
少し暗い顔をしていたからか、可愛らしい金髪の少女に声をかけられる。
……いや、もともと男だった少女といった方がいいかもしれない。
「あぁ、アリs…… ロバートか。いや、なんでもないよ」
「……? 私はアリスよ?」
ロバート、いやアリスは不思議そうに首をかしげる。
もう、完全にアリスに飲まれてしまったのだろうか?
「……なぁ、アリス。ちょっとだけ……」
「あっ、用事を思い出したわ! 失礼!」
“残滓”を呼び出して異能部分だけ炎で焼き尽くそうかと思ったが、感づかれたのか逃げられてしまった。
まったく、勘のいいやつだ。
「……あれ?」
その時、彼女の首筋に紫色のキスマークのようなものがあることに気が付いた。
あれはいったい……
「あら、あなたも気が付いたの?」
「お前はアリス…… じゃないな」
気が付けば隣にいた存在に目を向けると、その正体におおよその見当が付いた。こいつは本当に油断もできない。
「うふふっ、それはどうかしら?」
「それで、何の用だよ『F-06-i61』*2?」
俺は隣の怪物に声をかける。
こいつ、いったいどうやってアナウンスもなしに脱走しやがった?
「うふふっ、大丈夫よ? ちょっとお散歩してるだけだから」
「散歩って……」
「それに、さっきのアリスを見た?」
「……」
「あのクラゲのマーキングがされていたでしょう? 本当に、嫌になっちゃうわ」
「……いい加減に帰れよ」
「もう、せっかく教えてあげたのに。もういいわよ、帰る!!」
『F-06-i61』は拗ねてしまったのか、そのまま帰っていってしまった。
まぁ、自分から帰ってくれるのであれば別にいいか。
とりあえず近くに生えていたキノコを処理して、収容室のほうを確認した。
どうやらちゃんと収容室には帰っているらしい。
「それにしても、クラゲか……」
クラゲということは、『O-02-i71』のことだろう。
あいつ、なんかろくでもなさそうな予感がしていたが、やっぱりヤバい奴だったのか。
「……さて、どうするか」
とりあえず『O-02-i71』の収容室へといった方がいいだろうか?
「よう、ジョシュア。どうしたんだ?」
「よう、マイケル。いやぁ、次はどこの作業に行こうかなって思ってさ」
悩んでいるとマイケルが話しかけてきたので返事をする。
ふとその時マイケルの首元を見ると、そこには紫色のキスマークのようなものが付いていた。
「おいマイケル、それは一体どうしたんだ?」
「うん? あぁこれか、これはさっき『O-02-i71』に愛着作業をしたときにつけられたんだ。まったく気持ち悪い……」
そういって紫色の刻印部分をさするマイケル。
……なんかこれはまずい気がする。
「とりあえずどうにかしてみよう、ちょっと見せて……」
『『O-02-i71』が脱走しました、付近にいる職員はすぐに鎮圧に向かってください』
「くそっ、仕方がない。先に鎮圧に…… って、あぶなっ!?」
アナウンスを聞いて『O-02-i71』の鎮圧に向かおうとしたその時、背後からマイケルが襲い掛かってきた。
「おい、どうしたんだマイケル!?」
「……」
「おい、目を覚ませ!」
マイケルの瞳を見ると、目はうつろで紫色に怪しく輝いている。
よく見れば、首元の刻印も同じように光っていた。
「……すまん、手荒にいくぞ」
“残滓”を手元に持ってきて炎をまく。
それに対してマイケルは、自分が燃えることも気にせずに突っ込んできた。
「くそっ、人の体を何だと思ってやがる!」
おそらく操られているようであるマイケルは、自身に火が燃え移っていることにも気にせず手に持つ“金貨”を振るってくる。
それを何とかよけつつ、次の作戦を考える。
いくら“残滓”の炎が物理的ではなく精神への攻撃だとしても、負担は大きくなるだろう。
こうなったらあの刻印に直接叩き込むしかない。
しかし相手はマイケルの体の負担を無視して突っ込んでくる。
これはかなり厄介だ。
「……ならっ!」
マイケルの攻撃に合わせて“金貨”を打ち上げ、体勢を崩す。
そしてそのまま足を払って倒れたところで、刻印に“残滓”を突き立てた。
「お前だけが燃えやがれ!」
刻印だけを意識して炎を流し込む。
すると刻印から火が漏れ出し、そのまま刻印のみを焼き尽くしてしまった。
「……ふぅ、大丈夫かマイケル? ……よかった、気絶しているだけか」
返事がなくて一瞬焦ったが、ちゃんと息はある。このままでも大丈夫だろうか?
「……さて、待ってはくれないか」
気が付くと、廊下の入り口から何かがやってきていた。
……それは、大きな紫色のクラゲだった。
紫色の笠からいくつもの触手を伸ばし、そしてその周囲には何人もの職員がうつろな目で立っていた。
オフィサーたちにアリスとなったロバート、さらにいつの間にか脱走していた『T-02-i46』*3。
どうやら奴は人間だけでなく、アブノーマリティすら支配下に置けるらしい。
「くそっ、どうやって戦えば……」
「お゛お゛ぉう゛ぅぅぅぅぅぅお゛お゛お゛お゛お゛」
「なっ!?」
そんなことを考えていると、背後の収容室からいきなり『O-01-i75』…… 『巡礼者』が飛び出してきた。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁあ゛!!!!」
「ぎゅえおええぇぇぇぇぇ!!!!」
そして気が付けば、『巡礼者』と『O-02-i71』が互いに咆哮をあげ、戦闘が始まった。
くすんだ緑色の粘液を吐き出して杖を槍のように構えて突撃する『巡礼者』は、いつもと違い狂乱しているように見えた。
一方の『O-02-i71』はオフィサーたちを盾にしつつ、毒針を飛ばして触手を鞭のようにふるっていた。
こちらも、いつもの余裕ぶった態度はどこにもなく、怒りにとらわれたかのように『巡礼者』に攻撃を加えていた。
「大丈夫か!?」
一瞬呆気にとられそうになるも、慌てて職員たちの刻印に“残滓”を突き立てていく。
拳銃のオフィサーたちはまだしも、“苺”を使ってくるアリスはかなり厄介だったが、何とか制圧して廊下から連れ出してメインルームへと連れていく。
「お゛ぉあ゛ぁぁぁぁぁぁあ゛!!!!」
「ぎいぃぃぃえぇぇぇx!!!!」
そうしている間にも、『巡礼者』と『O-02-i71』は激しく争っていた。
槍のように杖を巧みに使って攻撃し、粘液をはいたり串刺しにしたりと攻め立てる『巡礼者』。
毒の霧をはき、水の鎧をまとい、毒針や水の大砲を打ち付けてくる『O-02-i71』。
両者一歩も引かないが、少しづつ『巡礼者』が押されているように感じた。
「まずい!!」
『O-02-i71』を“残滓”で切り刻むも、あまり効果はないように見える。
炎を吐き出しても、水を操ってすぐに鎮火される。
……このままでは、まずい。
『何をしているのだジョシュア?』
「……輪廻」
そんなときに、輪廻が俺に話しかけてきた。
いったい何だろうか?
『お前には、それ以外にも力があるだろう?』
「それ以外って、“残滓”のことか?」
『それ以外に何がある?』
……確かに、あの時は“残滓”以外にも使っていたな。
しかし、今“墓標”を使うことは難しいと本能が警告している。
ならば、それ以外なら。
「助かったよ輪廻」
『ふん、全て俺の一部だ。忘れられるのは癪だからな』
胸に手を当てて、左目に意識を集中させる。
左目の中から目的のものを探り当て、ようやく見つける。
……これさえあれば、きっと行ける。
「いくぞ、“骸”」
左目から“骸”を取り出し、右手に持つ。
おぞましい肉塊の槌からは、咀嚼音が延々と垂れ流されている。
「ふんっ!」
左手に持った“残滓”から火を吹かし、一気に『O-02-i71』と距離を詰めて“骸”を叩きこむ。
「ギャアァァァァ!!!!」
“骸”に殴られた『O-02-i71』の体の一部が消失している。
もしかして、食ったのか?
「あ゛あ゛ぁぁぁぁぁ!!!!」
そして、その瞬間を見逃す『巡礼者』ではなかった。
彼はそのまま飛び上がり、『O-02-i71』を串刺しにした。
すると『O-02-i71』は世にも悍ましい悲鳴を上げた後に、ピクリとも動かなくなった。
「助かったよ、ありがとう『巡礼者』」
「……あぁ」
助けられたお礼を言うと、『巡礼者』は気まずそうに返事をして収容室へと戻っていった。
しかしその背中は、少しうれしそうであった。
「よし、それじゃあメインルームにでも戻るか」
とりあえず安全部門のメインルームに戻る。とりあえずさっき避難させたやつらの安否を確認しないとな。
「さて、戻ってきたぞ、『O-02-i71』」
『O-02-i71』の収容室に戻ると、『O-02-i71』は待っていましたといわんばかりの雰囲気で漂っていた。
それはそのまま俺のほうへと近づいてくると、その触手を俺のほうに伸ばしてくる。
それは隷属の触手。
数多の奴隷を作り出すもの。
崩れ逝く海の『暴君』
そんな怪物の伸ばした触手。
まるで握手をしてくださいとでもいうようなその触手に対して、俺は……
その触手を、手に取った。
しかし、それは隷属の印でもなく、友好の証でもない。
対等で、反抗的で、挑戦的な握手だ。
隷属できるものならやってみろ、俺はそれに全力で抗うと。
そんな思いが奴にも伝わったのか、どう猛な笑みを浮かべたように感じた。
「……うっ」
その時、俺の頭上に魔法陣のようなものが現れた。
おそらくは、こいつに認められたということだろうか?
「あばよ」
触手から手を放し、収容室から出ていく。
頭上に広がる魔法陣は、怪しく紫に光り輝いていた。
O-02-i71 『崩れ逝く海の魔術師』