「やぁ、今日も来てくれたんだね。ジョシュア」
「そりゃあ、この前お願いされたからな」
「約束を守ってくれて嬉しいよ」
いつものようにゲブラーとの特訓を終えると、今回は今日収容されたアブノーマリティではなく『O-01-i74』への作業を始める。
管理人への提案として『O-01-i74』への作業をなるべく俺が専属でやることを提案した為、少しでも『O-01-i74』についての管理情報を知るためにも最初の作業を俺がやることになっている。
……まぁ、そもそも今日はツール型の日だから、一番最初でなくてもいいんだけどな。
「それじゃあ今日も洞察作業をさせてもらうぞ」
「……あぁ、ありがとう」
『O-01-i74』の反応が少しおかしいように感じたが、とりあえず洞察作業を行っていく。
と言っても、清掃は昨日やったし、今日は『O-01-i74』に対する観察がメインになるがな。
「……なぁ、ジョシュア」
「うん、なんだ?」
「……いや、なんでもないよ」
そう言う『O-01-i74』の声色は、怯えと喜びがないまぜになったかのようだった。
少し疑問に思ったが、作業を中断するわけにもいかない。
だが、今回の作業はそこまで長くする必要もなさそうだし、そろそろ終わりにしてもいいだろう。
「それじゃあ、今日はここまでにしようかな」
「そうか、今日もありがとう、ジョシュア」
「何に感謝してるんだよ? それじゃあ、また明日な」
「あぁ、また明日」
『O-01-i74』への作業を終えて、収容室を出る。
懲戒部門のメインルームに帰ると、そこにはマイケルが休憩をしていた。
「おぉ、ジョシュアか。『O-01-i74』の作業お疲れ様」
「ようマイケル、そっちもお疲れ様」
「それで、『O-01-i74』はどうだった?」
「あぁ、なんでもエネルギーを渡して依頼すれば、アブノーマリティの鎮圧を手伝ってくれるらしい」
「なるほど、それはかなり便利だな。これからアブノーマリティとの戦いが少しは楽になりそうだ」
「そうはいっても、相手はアブノーマリティだからな。手伝ってもらうにしても十分に気を付けないとな」
「それはもちろん!」
その後、マイケルと他愛のない話をしてから、メインルームを後にする。
今日収容されたツールは、『O-09-i83』だ。
正直ツールとかエネルギーにもならないし、いっそこと使わなくてもいいんじゃないか?
「まぁ、それでも使わないとだめなんだけどな」
独り言を言いながら、懲戒部門の廊下を歩いていく。
とはいっても、この部門の廊下はあまり長くない。
気が付けばもう、『O-09-i83』の収容室の目の前にたどり着いていた。
「さて、それじゃ行くとするか」
いつものように収容室の扉に手をかけると、適当に開け放った。
「……なんだこれ、本?」
収容室の中央には、一冊の本が置かれていた。
皮膚の予言のようなものであろうか?
とりあえず近づいて、本を開いてみる。
すると、ページがひとりでにめくれはじめ、とあるページのところでぴたりと止まった。
「なんだこれ……」
不気味に感じながらも、本の中身を覗いてみる。
すると、以下のような文章が書かれていた。
『英雄ジョシュアは、地獄にて悍ましい怪物相手に一人で立ち向かい、無事に無辜の民を守り切る』
「……なんだこれ?」
とりあえず、なんとなく言いたいことは分かった。
つまり、脱走したアブノーマリティを俺一人で鎮圧するってことか?
「えっ、ていうことは、もしかしてアブノーマリティが脱走するのか?」
……いや、もしかしたら試練の話かもしれないし、何事も悪い方向に考えてはいけないな。
「と、とりあえず大丈夫だよな?」
一応何事も起こってないか待ってみたが、特に脱走したというアナウンスもないな。
それなら、とりあえずここから出てメインルームに向かうとするか。
そう考えながら収容室を出るが、特に何も起こってなくてホッと胸をなでおろすのだった。
……ちなみに、試練はいつもより早く倒せた気がした。
「ナルリョンニャンくん、よろしくね!」
彼女、マナは優しくて正義感のある子だった。
「私、みんなを守れるような人になりたいんです!」
「ここにいる怪物たちからだって、私がみんなを守ります」
だが、少し向こう見ずなところがあり、アブノーマリティたちに一人で立ち向かうところがあった。
「見てくださいよ! この力があれば、私はあんな怪物たちに負けませんよ!」
「でもマナ、ツールとはいえアブノーマリティ、そんな便利に使うことはできないよ?」
「何を言っているのナルリョンニャンくん、それでもみんなを助けるため使えるものは使っていかないと!」
だから、『O-09-i83』を使い始めた彼女を見て、言い知れぬ不安に襲われた。
……今思えば、その時に止めておくべきだったんだ。
「マナ、そろそろそれを使うのはやめた方がいいなじゃないか?」
「で、でも、これを使わないとみんなの役に立てないし……」
「大丈夫、鎮圧だけが役に立つ方法じゃない。現に先輩たちは鎮圧以外にも作業でだってみんなに貢献してる」
「……でも、それじゃあ英雄にはなれないよ」
「マナ? どうしたんだ?」
彼女は日に日に『O-09-i83』への依存を深めていった。
まるで、英雄を望む病にでもかかってしまったかのように。
「はぁ、はぁ、なんで、なんで平和なの? これじゃあ私のいる意味がない…… 英雄になれない!」
「ま、マナ? 大丈夫……」
「ダメだよ、このままじゃ、英雄に、平穏は必要ないんだよ……!」
「マナ? マナ!!」
そして、彼女はついに限界に達した。
自ら英雄を目指すものは、その病に侵されてしまうのだ。
「あはは、あははははっ!! 見てくださいよ、怪物たちがこんなにも呆気なく散っていきますよ!!」
「やめろマナ! ボクたちは敵じゃない、戦わなくていいんだ!」
「やめろナルリョンニャン、あいつはもう人間じゃない」
「ジョシュア先輩、でも!!」
施設に平穏が続いたある日、マナはついに怪物へと変貌してしまった。
それは英雄と言うよりも、英雄譚に出てくる化け物に近かった。
「ナルリョンニャン、今すぐ逃げろ! ここは俺たちが……」
「そ、そんな……」
「早く、逃げろ!!」
ジョシュア先輩に言われるがままに、僕は逃げるしかなかった。
その間、マナとの思い出があふれかえる。
一緒に初めてこの施設に来たこと。
同期だから何かと情報交換したり、不安を語り合ったりしたり。
楽しい日々を、思い出す。
そして……
「……ここなら」
僕は気が付けば、『O-09-i83』の収容室に来ていた。
「ここなら!!」
収容室に入って『O-09-i83』を開く。
先輩たちの役に立ちたい気持ちもあったが、何より一番は、彼女を、マナを放っておいて、一人で震えながら待つことなんて出来なかったからだ。
確かに『O-09-i83』は恐ろしいツールだ、たぶんマナの変化もこれのせいだろう。
だが、彼女と戦うには、今の僕にはこれを使うしかなかった。
しかし……
「……えっ?」
そこには、何も書かれていなかった。
「そ、そんな……」
ページをめくってもめくっても、何も書かれていない。
「どうして、僕じゃダメなのか……?」
絶望して、崩れ落ちそうになる。
だが、最後までページをめくると、たった一文だけ、文字が書かれていた。
『汝の物語に、我は不要』
その一文だけで、十分だった。
「ジョシュア先輩」
「なっ、ナルリョンニャン! どうして戻って…… どうしたんだよ、それ?」
「勝手なことしてごめんなさい、でも、どうか彼女は、僕に任せてくれませんか?」
「……わかった、どうか悔いのないようにな」
「ありがとうございます」
ジョシュア先輩は僕の姿を見て、すぐに相手を代わってくれた。
本当にこの人は、優しい人だ。
ごめんね、マナ。待たせてしまって。
そして、さようなら
「……ごめんね、ナルリョンニャン君」
「そして、ありがとう」
決着は、一瞬だった。
そして、お別れの時間が来る。
「……僕こそ、ごめんね、マナ」
「そして、さようなら」
O-09-i83『いずれ英雄へと至る病』