新人の教育とは面倒なものである。
「ジョシュア先輩、その素敵な瞳はなんですかぁ?」
「こ、これは『O-05-i18』*1からもらったギフトだよ」
「ふふっ、知ってますよぉ」
この蠱惑的な声で話しかけてくるのは新人の一人、エマだ。彼女はアブノーマリティーに対する興味が強く、ギフト持ちの俺によく絡んでくる。凄いグイグイ来るので、正直食われそうで怖い。
「せんぱぁい、その目、舐めさせて貰ってもいいですかぁ?」
「ヒェッ」
「こらエマ、そろそろやめなさい。ジョシュア先輩がドン引きしてますよ」
エマの猛烈なアタックを受けていると、もう一人の新人で、一番まともなメッケンナがやって来た。
「そんなことないですよぉ、でも今は忙しそうですし、ここまでにしておきますねぇ」
エマは俺の瞳を名残惜しそうに見つめながら今日の作業に取りかかっていった。必ず助けるから『F-02-i06』*2にでも食べられて、大人しくしててくれないかなぁ……
「悪いな、助かった」
「いえ、僕もジョシュア先輩に用事があったんで」
「どうした、何かあったか?」
「はい、以前お聞きしたアブノーマリティーなんですが……」
メッケンナは仕事熱心だ。ただ単に死にたくないだけとも言えるが、この仕事場では大事なことだ。次に作業するアブノーマリティーの注意点を聞いて、疑問点を解消していく。
「すいません、ありがとうございました」
「いいさ、俺もそれくらいちゃんとしてくれていた方が良い」
メッケンナが走り去っていく姿を見ながら、廊下を歩いて行く。今日のアブノーマリティーは『F-02-i04』だ、変なのでない事を祈ろう。
「さて、即死はやめてくれよっと」
『F-02-i04』の収容室の前まで来ると、いつも通りお祈りをしながら収容室の中に入っていく。
収容室の中には一匹の亀がいた。その亀はボロボロであり、ひどい有様であった。体中が傷ついており、血を流している。片方の目玉はこぼれ落ち、もう片方の瞳も濁りきっていた。
甲羅はひび割れ、割れ落ちた部分は内蔵がむき出しになっていた。その見るに堪えない姿から目を背けたくなるが、なんとか踏みとどまる。やつから目を背けずに近づいていくと、『F-02-i04』は俺の存在に気がついたのか顔を上げた。その濁った瞳が俺の姿を写す、そして弱々しくも口を開いた。
「たす……けて……」
「お前、しゃべれるのか?」
助けを求める言葉に、思わず驚いてしまう。俺の記憶では、言葉を話せるアブノーマリティーは少なかったように思える。だが、これでこいつがどんなアブノーマリティーかわかってきた気がする。
「とりあえず、落ち着け」
「あっ、りが……」
「しゃべるな」
とりあえず傷の手当てをする。この傷は『F-02-i04』にもとからあるはずであるから、意味のないものかもしれない。ただ、さすがにこの痛々しい姿をそのままにしておく気にはなれなかった。
「これくらいで良いだろう」
「ありがとう……」
「気にするな」
とりあえずの手当を終えると、俺は収容室を後にした。今回のやつはそれほどまずい相手ではなかった、だからといって油断は禁物だが。
「ようジョシュア、今回はどうだった?」
「マイケルか、今回はまだ楽だったよ。これなら今日は久しぶりに『T-09-i97』にでもゆっくり浸かろうかな」
「うえっ、他人と一緒に裸で湯船に入るとか考えられん」
「そう言うなよ、お前もやってみればはまるって」
「そうかい、そんな事天地がひっくり返ってもあり得んがな」
収容室から出たらたまたまマイケルと出会ったので、適当に会話しながら廊下を歩いて行く。次の作業するアブノーマリティーが何だったか、それを思い浮かべながらメインルームに向かっていった。
「いつも、ありがとう」
「何度も言っているが、気にしなくていい。これも仕事だ」
あれから何度も『F-02-i04』に作業をしていく内に、『F-02-i04』も言葉を大分はっきりと話せるようになっていった。こういった変化は悪い事への予兆な気がしてどうにも嫌な予感がする。
「いえいえ、それでも嬉しいのです。私もそろそろあなた様にお礼をしたいと思っていまして……」
その言葉を聞いた瞬間、俺は収容室から退出する事にした。先ほどの予感、そしてお礼という言葉。俺はこれがどうしても恐ろしいものであると感じてしまった。
「あれ、どうしたのですか?」
「もう時間だ、すまんな」
「そうですか、それなら仕方がありませんね……」
『F-02-i04』は思ったよりもあっさりと引いていった。俺は早足で収容室から出ると、メインルームに向かった。もうこれ以上、『F-02-i04』の収容室に通うのはやめた方が良いかもしれない。そんな事を考えていると、前方から誰かが歩いてきた。
「よっす、ジョシュア先輩! 今日はどんな感じですか?」
「ハルか、今『F-02-i04』を終わらせたところだ。そっちは?」
ハルは、この前入ってきた新人だ。明るい性格で、早くも皆から愛され始めている。彼はこの陰鬱な職場において得がたい存在であった。
「はい! 俺も今から『F-02-i04』の収容室にいくんですよ!」
「そうか、なんだか嬉しそうだな」
「えへへっ、実はこの前『F-02-i04』にお礼をしてもらえるって言われて楽しみなんですよ! どんなものかなぁ……」
その言葉を聞いて、俺の背筋に寒気が走った。そして、先ほどの予想がさらに強いものとなって俺を襲う。
「ハル、悪いことは言わない。もう『F-02-i04』の収容室にはいくな、なんだか嫌な予感がする」
「そうですか? でも嫌だって言ってもいくしか無いじゃ無いですか」
「……そうだな、それじゃあせめてお礼は受け取るなよ?」
「先輩が言うなら、そうすることにします……」
ハルは、俺の話を聞いてくれた。これでなんとかなるかはわからないが、せめて彼が無事でいられる事を願った。
しかし、その願いが叶うことは無かった。ハルは、この会話を最後に行方不明となったのだ。
「おい、『F-02-i04』。ハルをどこにやった?」
「ハル様ですか? 彼ならとても素晴らしいところにいますよ?」
あれから俺は、もう一度『F-02-i04』の収容室に入ることにした。行方不明のハルの所在をつかむためだ。
「素晴らしい場所とはどういう意味だ?」
「えぇ、あなたたちの職場はとても恐ろしい場所なのでしょう? ハル様からそのようにお聞きしたので、私に何かできないかと思い、この場所から脱出するお手伝いをさせていただこうと思いまして……」
「そんな事はどうでも良い、ハルは帰ってこれるのか?」
無駄話をそこそこに、本題に入る。正直望みは薄いが、それだけは知っておきたかった。
「いえ、かえってこれませんよ? そもそも、帰れるとしても帰ってきたいとは思えませんが……」
そう言いながら『F-02-i04』は物思いにふける。正直予想していたため、驚きは無かった。だが、これで俺がこれからすべきことが決まった。彼の犠牲を無駄にするわけにはいかない。
俺は、手に持つ警棒を握りしめる。
「そういえば、あなた様にも随分とお世話になりました! 私めに出来る事と言えば、楽園にお連れすることだけですが……」
「いや、いい」
「まぁまぁ、そう言わずに……」
「もう、良いんだ」
俺は心を無にして、警棒を振り下ろした。
ある日浜辺に出た私は、幼子たちに囲まれて暴行を受けた
殴られ、蹴られ、棒で叩かれた
海に引き返そうにも、彼らが邪魔をする
私が何をしたというのだろうか? 私はただそこにいただけなのに
誰かが助けてくれることを待った、誰も助けてくれなかった
必死になって声を上げた、誰も助けてくれなかった
生きるために必死に声を張り、なんとか助かろうと行動を起こす。
けれど、誰も助けてくれなかった
F-02-i04 『救われぬ亀』