「なぁパンドラ、最近ちょっと調子悪いのか?」
「えっ? いきなりどうしたんですか?」
今日もゲブラーとの特訓を終えて朝食を食べているときに、パンドラが同じ席に座ってきたので最近思っていたことを直接聞いてみることにした。
すると、パンドラは心当たりがないのか、ポカンと間抜けな顔を晒していた。
「いや、最近いつものような奇行を行わなくなっただろ? だからどっかで頭でも打ったんじゃないかと……」
「ちょっと、酷くないですか!?」
パンドラが抗議の目をこちらに向けてくるが、無視をする。
ふざけているように聞こえるが、こっちはこれでも真剣なんだ。
「まぁ、確かに最近は『F-06-i61』*1のこともあるんで、余裕はないですけど……」
「でも、だからってどこかが悪いとか調子がおかしいとかもないんで大丈夫ですよ?」
「それに、もうあまり時間も……」
最後は小さな声であまり聞こえなかったが、そういってはにかむ彼女はどこか寂しそうで、隠し切れない何かを感じた。
「そうか、でもあまり無理はするなよ」
「もちろんですよ!」
だが、そのことについては触れないでおくことにした。
彼女が話したくないのであれば、わざわざ触れてやることはない。
もし彼女が俺に話を聞いてほしいと思うときが来たならば、その時はまた話を聞くことにしよう。
「それよりジョシュア先輩、そろそろお仕事の時間じゃないですか?」
「そうだな、それじゃあお前も頑張れよ」
「ふっふっふっ、もちろんですよ!」
「……なんか急に心配になってきた」
「なっ、なんでですかぁ!?」
パンドラと軽口をたたきながら席を立ち、それぞれ今日の作業へと向かっていく。
今日収容されたアブノーマリティは『T-04-i15』だ。
いったいどういったアブノーマリティかはわからないが、できればあまり危なくない奴であってほしいものだ。
「まぁ、最近おとなしめの奴が多いし、たぶん大丈夫だよな?」
『T-04-i15』の収容室に向かって歩いていく。
福祉部門の静かな青い廊下を歩いていくと、ほどなくして『T-04-i15』の収容室が見えてきた。
「さて、行くか」
いつものように『T-04-i15』の収容室の扉に手をかけて、お祈りをする。
そして、思い切って扉を勢いよく開いた……
「うわっ」
収容室に入るなり、思わず嫌な声を出してしまった。
なぜなら、収容室の中にはいくつもの奇妙なヒマワリが咲いていたからだ。
そのヒマワリは、床や壁から生えているだけでなく、花の中央には人のような目玉まで存在している。
そして、そのヒマワリの視線は、全て俺のほうを向いていたのだ。
だが、別に俺はそのことで嫌な声を出してしまったわけではない。
ただ単純に、こいつが植物であることに嫌な予感がしただけだ。
「なんでよりにもよって植物系なんだよ……」
『うん? 植物だと何か不味いのか?』
「大体植物系は害悪って決まってるんだよ……」
『何を馬鹿なことを』
くそっ、輪廻にすら呆れられてしまった。
しかし、そう思うのも仕方がないじゃないか。
そもそも、本家のアブノーマリティの時点でまともな植物がポーキュバスくらいしかいなかったのに、こっちでも植物系と言えば『T-04-i09』*2がいる。
正直、あまりいい思い出がない奴ばかりなのだ。
「まぁ、とりあえず作業を始めていくか」
とりあえず植物ということで、水を与えて本能作業を始めていく。
なんか物欲しそうな目線を受けている気がするので、たぶんこれが正解だろう。
『T-04-i15』一つ一つにじょうろで水を上げていく。
すると、『T-04-i15』たちは嬉しそうに目を細めて水を受けていた。
「……よし、こんなもんだろう」
水をすべてあげ終わると、『T-04-i15』は嬉しそうに体を震わせていた。
……なんというか、段々可愛く見えてきたな。
「さて、そろそろここからおさらばするか」
とりあえず収容室から退出する。
しかし、違和感のようなものを感じてしまう。
「……? 何か視線を感じるような…… なっ!?」
『T-04-i15』の収容室から退出すると、何故か『T-04-i15』たちが俺の周囲の床や壁から生えて俺のことを凝視していたのだ。
「脱走のアナウンスはないし、おそらくは『T-02-i68』*3とおんなじ感じなんだろうけど……」
それにしても、こうしてじっと見られ続けるというのは、なんとも気味が悪い。
これ、今はまだしもずっと続くようなら精神への負担がかなり大きそうだな……
取り合えず進行方向には生えてないし、俺の邪魔をするつもりはないんだろうけど。
「これ、本当に大丈夫か?」
やはり、そう思わずにはいられなかった。
「あっ、ジョシュア様、ご機嫌麗しゅう」
「……なんでお前はいっつも勝手に脱走してるんだよ」
「お客様がいるところに私はいるのです」
そう誇らしげに語る『F-01-i63』は、脱走の常習犯だ。
ぶっちゃけ脱走してもほとんど悪影響がないため放置されているが、『F-06-i61』がいるからできるだけ脱走してほしくないのだが……
「ところで、そちらの変わったお友達は……?」
「えっ、お前が変わったとか言っちゃうの?」
『F-01-i63』が『T-04-i15』のことを見ながらそんなことを言ってくるので、思わず本音が漏れる。
しかし、『F-01-i63』は気にも留めずに話し続ける。
「ふむふむ、どうやら貴方様に悪意や害意はないようですよ?」
「いや、それって善意で俺に害を与える可能性が残ってるよな?」
「ほうほう、なんと! ジョシュア様をみまもっていると……」
「物は言いようだな……」
それって結局、俺に対してストーカー行為を働いているようなものじゃないか。
まったく、なんとはた迷惑な……
「というか、お前『T-04-i15』の言っていることがわかるのか?」
「いえ、なんとなくわかる程度で詳しくは……」
「いや、十分すごいじゃないか」
まさか『F-01-i63』にそんな特殊能力があったとは。もしも彼女の言う通りなら、これから他のアブノーマリティの管理もかなり楽に……
……いやいや、そもそもアブノーマリティのいうことだ。
鵜呑みにするには危険すぎる。
「というかお前が脱走してて『F-06-i61』は大丈夫なのか?」
「あっ、たぶん大丈夫ですよ? なんかクリフォト暴走? とか何とかで扉が開いてただけなんで……」
「……いや、それはそれでまずいだろ」
コントロール部門の奴らは何をやってるんだ?
まぁ、無理にこいつの作業をして『F-06-i61』のクリフォトカウンターを減少させるよりは、そっちの方がましなのか?
「まぁまぁ、そうカッカしていてはうまくいくことも行かないものですよ? ここはひとつお茶でも……」
「結構です」
『『T-05-i14』*4が脱走しました、近くの職員は直ちに鎮圧に向かってください』
『F-01-i63』の提案を丁寧に断っていると、『T-05-i14』の脱走アナウンスが流れてきた。
ここから結構近いし、すぐに鎮圧に向かった方がいいだろうな。
「さて、ちょっと待ってろ。すぐに鎮圧に……」
「その、もういらっしゃったみたいですよ?」
「えっ?」
そういって『F-01-i63』の指さす方を見ると、すでに『T-05-i14』がこのメインルームに侵入している所であった。
「僕の思い出を探すの手伝ってよぉぉ!!」
「危ない!」
『T-05-i14』が『F-01-i63』に対して腕を振り下ろそうとしているのを見て、とっさに彼女をかばう。
「うおっ、ジョシュア様何してるんですか! 私アブノーマリティですよ!? というかケガは!?」
「わ、わるい、思わず体が動いて…… いてて」
少しかすり傷を負ってしまったようだが、とりあえずは大丈夫そうだ。
それにしても、なんだかんだ言ってこいつのことを助けようとしてしまうとは、さっき気を付けようと考えていたばかりなのに……
「いや、それよりも『T-05-i14』は!?」
手元に“残滓”を呼び寄せて『T-05-i14』に視線を向けると、そこには予想外の光景が広がっていた。
「うぎゃあぁぁぁ!!!!」
「なっ、『T-04-i15』!?」
そこには、もだえ苦しむ『T-05-i14』と、血走った目で真っ赤な視線を『T-05-i14』に向ける『T-04-i15』の姿があった。
『T-04-i15』は怒ったように花びらを回転させながら、まるでレーザーのような視線を『T-05-i14』に向けている。
それを受けて、『T-05-i14』はもだえて動けないようだが……
「とりあえず、これは好機だな」
そういって、手元の“残滓”で『T-05-i14』を切りつけて鎮圧すると、『T-04-i15』は通常の状態に戻り、また視線を俺の方に向けていた。
「……なんというか、ありがとう、でいいのか?」
よくはわからなかったが、なんとなく『T-04-i15』は嬉しそうにしている気がした。
こんな太陽の光も当たらない地下では、本来我々は花開くことすらできなかっただろう
しかし、そんな我らがなぜ花咲くどころか、顔を上げることができたのか
それは、ひとえにあなたのおかげだ
だから、どうかそんな顔をしないでほしい
我々は、貴方にこれほど救われているのだから
あなたは輝いている
太陽なんかよりも、ずっと
T-04-i15『君は太陽』