「あっ、ジョシュア先輩もどうですか?」
「……? 何を?」
ゲブラーとの特訓を終えて朝食を取りに食堂に行くと、いきなりミラベルに声をかけられた。
彼女の方を見てみると、そこには人だかりができていた。
「何って、占いですよ! 占い!」
「占い?」
とりあえず彼女たちの方に向かってみると、その中心には懐かしい顔が座っていた。
「あっ、はじめまして。カッサンドラです!」
「あっ、あぁ、ジョシュアだ。よろしく」
そこにいたのは、かつて『T-09-i98』*1によって死の運命に捻じ曲げられたカッサンドラだった。
机の上を見ると、大きめの水晶が置いてあった。
そういえば彼女は占いが好きだったな。
「ところで、こんなに集まってどうしたんだ?」
「あっ、実はちょっとした占いができまして……」
「あぁ……」
なるほど、それでみんな占いのために集まっていたのか。
「よかったら、ジョシュア先輩も占っていきますか?」
「そうですよ! この子の占い、すっごく当たるんですよ!」
「ちょっとミラベル……」
「……あぁ、そうだな。せっかくだし占ってもらおうか」
せっかくなので占ってもらおうと前の席に座ると、彼女は目の前の水晶を手をかざし始めた。
「それでは始めますね」
「あぁ、よろしく頼む」
「……」
「……えっと」
「……すごい」
「えっ、何か!?」
俺の言葉には何の返事もなく、真剣な表情で水晶を覗き込むカッサンドラ。
いったい、彼女の眼には何が見えているのだろうか……
「これからあなたは、目の前に大きな壁が立ちはだかることになります」
「その壁にぶち当たったときに、貴方は自らの手でその道を切り拓くことができるでしょう」
「……」
大きな壁…… いったい何だろうか?
もうすぐ訪れる最終日のことだろうか?
それとも、俺の目的に関することだろうか……
「誰かと共に切り拓くか、一人で立ち向かうか、それで道は分かたれます」
「……それは、どうなるんだ?」
「私には、片方しか見えません」
「ただ、一人の道は、とても険しく、悲しく、孤独なものとなるでしょう」
「……そうか」
それは……
「ありがとう、カッサンドラ」
「いえ、これで皆さんの未来が少しでも変わるのであれば……」
そういって微笑む彼女の顔は、どこか儚げであった。
「それじゃあカッサンドラ、またな」
「えぇ、さようなら」
カッサンドラに挨拶をしてその場を離れ、朝食をとる。
その後今日の仕事のために福祉部門のメインルームへと向かっていった。
「さて、さっそく今日の仕事に励むとしようか」
今日収容されたアブノーマリティは『O-05-i69』、今回はいったいどんなアブノーマリティだろうか?
「最近はおとなしめの奴が多かったからなぁ……」
正直、そろそろ揺り戻しがきそうで怖いんだよなぁ。
さっそく『O-05-i69』の収容室に向かって歩いていく。
やはり福祉部門ということもあってか、最近はあまり他の職員とはすれ違わないようになってしまった。
「……おっ、もう着いたのか」
気が付けばもう『O-05-i69』の収容室の目の前にたどり着いていた。
いつものように収容室の扉に手をかけて、お祈りをする。
そして、勢いよく手をかけた扉を引いて、収容室の中に入っていった。
収容室の中からは、なんとなく知っている雰囲気を感じた気がした。
「……うわっ」
収容室の中に存在していたのは、遊園地にでもいそうなウサギの着ぐるみであった。
普通と違う点は、その頭が少し後方にずれており、首元が見えそうになっている点であった。
しかし首元はよく見えず、その付近が赤黒く汚れているのであった。
さらに、手に持っている風船は、何故か人の顔を模したものばかりであった。
「……えっ?」
その着ぐるみ、『O-05-i69』は俺のことを認識すると、手に持っていた風船の一つを俺に差し出してきた。
……なんというか、その風船に描かれている顔が、どことなく俺に似ている気がするんだが。
「えっと…… これ、俺にくれるのか?」
そう尋ねると、体を小さく縦に揺らす。
おそらくはそうだということだろう。
「そっか、ありが……」
いや、これはいいのか?
そう考え、途中まで伸ばした手を止める。
その様子を見て『O-05-i69』は不思議そうに体を傾けるが、こちらはそれどころではない。
今なぜ俺はこいつの風船を何も考えずに取ろうとしたのだろうか?
「うおっ、ちょ、やめろよ!」
すると、俺が風船を受け取らないことに業を煮やしたのか、『O-05-i69』がずいっと顔を寄せて風船を押し付けてきた。
「いや、別にいらないから! 本当に要らないから!」
『O-05-i69』の要求を断固として拒否していると、ようやくあきらめたのか『O-05-i69』が離れていった。
「……まったく、なんて面倒なやつなんだ」
とりあえず洞察作業を行っていると、どうやら『O-05-i69』がかなり嫌がっているらしく、徐々に身体的なダメージが俺の体を襲ってきた。
「……くっ」
どうやら外れ作業だったらしい。
しかし、途中で作業を変更するとどんな影響が出るかわかったものではないため、洞察作業を最後までやりきる。
『O-05-i69』の様子を見ると、何とか普通程度の作業結果は得られたようだ。
「よし、それじゃあそろそろおさらばとするか」
急いで収容室から退出して、扉を閉める。
……できれば、今後も扱いを間違えないようにしないといけなさそうだな。
「あっ、ジョシュア先輩、お疲れ様です!」
「あぁ、カッサンドラか。もしかして……」
「はい! 今から『O-05-i69』の作業に向かうところです!」
「そうか……」
どうやら、今からすぐに『O-05-i69』の作業をするようだ。
なら、少しでも彼女に助言をしておこう。
「なら、とりあえず風船を受け取らないほうがいいと思う。圧が強いから、気を付けてくれ」
「えっと、はい」
「それと、洞察作業はかなり危なかったから、やるなら別の作業にしたほうがいいぞ」
「はい、ありがとうございます!」
そうお礼を言って手を振る彼女は、すぐに俺に背を向けて『O-05-i69』の収容室へと向かっていった。
「……カッサンドラ」
結局彼女は、帰ってくることはなかった。
『O-05-i69』の収容室から帰ってきた彼女は、頭が奴の持っていた風船に置き換えられて活動をしていた。
まるで死んでなんていないように活動する彼女は、それでも頭部を見れば正常ではないことが理解できた。
……おそらくは、あの風船を受け取ってしまったのだろう。
押しの弱そうな彼女のことだ、きっと『O-05-i69』の圧に折れてしまったのだろう。
「ジョシュア先輩、どうしたんですか?」
「……パンドラか」
うなだれる俺に声をかけてきたのは、パンドラだった。
「お前、それって……!?」
顔を上げてパンドラの方を見ると、彼女はなぜか風船を手に持っていた。
この施設で風船を渡してくるような奴なんて、俺は一体しか知らない……
しかし、驚いている俺のことなんて気にも留めずに、彼女はあっけらかんとした表情で、話し始めた。
「あぁ、これですか? これは古い友人からもらったんですよ」
「古い友人……?」
確かに、『O-05-i69』の持っている風船と違って、普通の風船に見える。
ということは、たまたま職員の中に友人がいたということだろうか?
それにしても、このタイミングで風船だなんて……
そんなことを考えていると、彼女は何故か唐突にその風船を手放した。
「いいのか?」
「いいんですよ、これは決別みたいなものですから……」
風船はふわふわと上に向かって飛んでいくと、すぐに天井に突き当たって止まってしまった。
「それに、もう私には、大切なものがありますから」
すると彼女はいつの間にか手に持っていたナイフを風船に向かって投げると、その風船はいとも簡単に割れてしまった。
投げたナイフもどこかに消えてしまい、まるで夢でも見ていたかのように元通りになっていた。
「……カッサンドラちゃんのこと、あんまり気にしすぎないでくださいね」
「えっ、あぁ……」
突然の彼女の言葉に、思わず生返事をしてしまう。
どこか悲しそうな声を発する彼女の表情は、どこか寂しげであった。
「きっと彼女は、覚悟できていましたから。だから、彼女は大丈夫ですよ」
ここは楽しい遊園地
遊具に乗り物観覧車
メリーゴーランドにスペシャルショー
極めつけには大サーカス!
ここは楽しいでいっぱいだ!
そう、ここは笑顔の溢れる
待ちゆく人の笑い声、笑顔の絶えないこの町で
僕の大好きな友だちは、いつも仮面を被っていたよ
ある日素敵なピンクのドロドロが
街のみんなを覆ったよ
みんなで楽しく遊んでいたら
どこかに消えたよ、僕の友だち
急いで友達探したら、素敵な扉を見つけたよ
思わず扉をくぐったら、とっても楽しそうなお友だち
一緒に遊ぼうと思ったけれど
きっとそれは叶わない
だって僕は檻の中
見ているだけしかできないもの
だったら僕はお祈りするよ
友だちが最期まで幸せなようにって
さぁ、それじゃあ僕は僕のお仕事をしようかな
着ぐるみバニーのお仕事は、子どもたちへのプレゼント
おや、どこかで子どもの泣いた顔
今すぐ涙を亡くさなきゃ!
さぁさぁもう大丈夫だよ
泣かないで、ほら風船でもどうぞ
O-05-i69『涙を亡くすバニー』