「……はっ!?」
目が覚めると、自室のベッドの上であった。
「はぁ、はぁ、くそっ」
さっきまでのは、夢……?
いや、あの生々しい死の感触がいまだ胸の中にこびりついている。
ということは、おそらくはまた時間遡行したのだろう。
「あんなの、どうすれば……」
死ぬ直前に見た、『O-01-i74』の禍々しい姿を思い出す。
あれほどの怪物との闘い、徐々に減っていく仲間たち、原因のわからない狂暴化……
絶望的な光景が頭の中に浮かんでは消え、浮かんでは消えていった。
『諦めろ、あれは人間にはどうしようもない存在だ』
「……輪廻」
頭の中に、輪廻の声が響く。
その言葉は、心配しているようでどこか嘲笑っているような声色だった。
『人間は群れなければ強大な相手に立ち向かうことすらできない』
『あの怪物相手に大多数で立ち向かうなど、自殺行為に他ならない』
「……あいつのこと、知ってるのか?」
輪廻の言葉に、違和感を抱く。
もしかしてこいつは、『O-01-i74』のことを知っているのだろうか?
『知っている、と言うよりも理解した、と言った方がいいだろう』
「あの戦いでか?」
『そうだとも』
どこか偉そうに語る輪廻に、耳を傾ける。
あの『O-01-i74』について少しでも知っておきたいからだ。
『知る者が多ければ多いほど、奴の存在が固定され、強固になっていく』
『そして一人でも情報が外部に漏れれば、そこから湯水のごとく情報が溢れ伝染していく』
『現に、奴の性質によってお前も情報の拡散に協力していただろう』
「……あぁ」
確かに、気が付けばあいつの情報はそこら中に広まっていたし、思い返せば俺も自然と奴の話を口にしていた気がする……
「それじゃあ、俺たちじゃああいつに勝てないってことか?」
『そうだな、お前たち人間では勝てない』
「……そうか」
『そう、お前たち、人間では、な』
「……どういうことだ?」
随分ともったいぶった輪廻の言い方に、引っ掛かりを覚える。
まるで、何かしらの方法があるかのようだ。
『人間とは、人と人との間のものである。つまりは、人は群れなければ人間にはなれないということだ』
『お前が人間である限り勝つことはできないだろうが、人間をやめるのであれば、あるいは……』
「……つまり、俺一人なら、勝機はあると」
『お前が人の道を外れ、力のみを求めれば、鬼人、魔人ともなれるだろう』
『それに情報の拡散も、お前の“瞳”の力さえあれば対策は容易だ』
『どうする、ジョシュア。人間をやめるか?』
自分一人でやらなければ、『O-01-i74』の鎮圧は不可能に近い。
だがこいつの甘言に乗れば、その先に待つのは破滅……
それならば。
「……輪廻、俺は人間を辞める」
『……そうか』
「だが、人の道を外れる気もない」
『……なんだと?』
どこか残念そうにしていた輪廻の声が、どこか弾んでいるように聞こえた。
「俺は人のままあいつを倒す、そのためには手段は選んでいられない」
『……』
ベッドから立ち上がり、準備を始める。
もう俺の中では、やるべきことは決まった。
「使えるものは何でも使ってやる」
「輪廻、俺と一緒に戦ってくれ」
「あの時言った戯言を、本気で実現させてやる」
『……いいぞ、いいぞジョシュア!!』
『お前の
いつものようにどこか癪に障る楽し気な声色。
もうきっと後戻りはできない。
だがそれでも、俺の夢のために進み続けるしかないんだ……
「……本当に大丈夫なんだな、ジョシュア」
「大丈夫だ、管理人。俺に任せてくれ」
『O-01-i74』が脱走した場合のほか職員の隔離と俺単独での鎮圧、それが管理人への要求だ。
たまに職員用の食堂に忍び込んでくる管理人を捕まえ、直談判した。
最初は面食らっていた管理人だったが、話を聞くうちに真剣な様子になっていっていた。
焦った結果、管理人に記憶の継承がばれてしまったのは、予想外だったが……
「ジョシュア、俺はお前のことを信頼している。今までの実績からもそれは分かる」
「……あぁ」
「だが、現に君は一度負けている。奴の特性が君の言う通りだとしても、勝てるのか」
「もちろんだ、そうじゃなきゃこんな提案はしない」
「……わかった、君に任せよう」
ようやく管理人が納得してくれた。
これで、奴の鎮圧に関しては安心できるところがある。
「ありがとう、管理人。奴が脱走したら、今度こそ絶対に鎮圧してやる」
「あぁ、信じているさ」
管理人と固い握手を行う。
この信頼は、絶対に裏切れない。
こうして取り決められた密約により、『O-01-i74』との再戦はタイマンで決定した。
奴との再戦は、そう遠くない未来で実現することとなる……
「……またこうして会えたな、『O-01-i74』」
「……」
目の前には脱走した『O-01-i74』、周囲には約束通り誰も居らず俺一人。
花のような頭をこちらに向ける『O-01-i74』は、何を考えているのかわからず不気味なほどだった。
……だが、そんなことは関係ない。
「“墓標”“骸”」
両手に“墓標”と“骸”を握り、力を引き出す。
「輪廻」
『あぁ』
輪廻の力を借り、己の体を改造していく。
骨はどこまでも硬く、軽く、しなやかに。
筋肉は密度を高め、より強靭に。
肉も、内臓も、外皮も改造し、より戦闘に適した体に作り替える。
たとえ不可逆の変化であっても、もう躊躇わない。
「“残滓”」
最後に“残滓”を口に咥え、全身とE.G.O.に炎を纏わせる。
これで、準備は万全だ。
「……行くぞ」
“残滓”の炎ブースターによる急接近に反応して、『O-01-i74』が銃を構える。
『ジョシュア、来るぞ』
「任せる」
炎の制御を輪廻に任せる。
迫りくる銃弾を、炎を左右に噴出しながら微調整し、最小限の動きで避けていく。
「“骸”」
左手の“骸”による一撃を、『O-01-i74』が花弁の一つを肥大化させて避けようをする。
「……!? …!?!? ……!?」
しかしそれはすでに知っている。
ならば狙うべきは起点となる“頭部”
その部分に思い切り“骸”をたたきつける。
「蝕」
叩きつけた瞬間に、“骸”の肉を開放して『O-01-i74』を拘束する。
「捉えたぞ、“墓標”」
蝕で捉えた頭部の中心に、“墓標”を突き立てる。
もちろん、これで終わるとは思っていない。
『O-01-i74』が両手の銃をこちらに突きつける。
「咲け」
『O-01-i74』の発砲と共に、骨の華を咲かせる。
鎮圧が終わるも、死の銃弾が外皮を切り裂き俺の肉を蹂躙し、何とか途中で止まる。
『待ってろ、今取りだす』
体内の肉を輪廻が操作し、体内に残った銃弾を押し出す。
そのおかげで、少し楽になった。
「……輪廻、俺は人か?」
『くくくっ、どうだろうなぁ?』
「そうか、俺は人か」
輪廻の声を聴いて安心したのか、膝をつく。
空腹と、精神的な疲れと、肉体的な疲労、そしておそらく生命的な何かの消耗、それらがすべて同時に襲い掛かってくる。
『どうしてそう思う?』
何やら不思議そうに聞いてくる輪廻に、気力を振り絞って言葉を返す。
目の前が真っ暗になり、体が崩れながらも。
「なぜって、お前が嬉しそうだからな」
「よう、また会ったな」
「……ジョシュアか」
『O-01-i74』の鎮圧後、一度倒れてしまってから回復してすぐにこいつの収容室に向かっていった。
あれほど暴れたのだ、変化がないか確かめなければならないと思ったからだ。
「随分と、迷惑をかけたみたいだな」
「いや、そうでもないさ」
「だが、肉体が変わってるぞ」
何を感じ取ったのか、外見上は変化がないはずなのに気づきやがった。
それがこいつの特性かどうかは分からないが、あまり考えすぎないようにしよう。
「気にするな、遅かれ早かれ変わってただろうからな」
「……そうか」
どこか切なそうにそう呟く『O-01-i74』は、見えない瞳を俺に向けた。
「なぁ、ジョシュア。頼みがあるんだ……」
「……どうした?」
どこか、懇願するように、震える声で口を開く『O-01-i74』。
何やら景色がゆがむような、懐かしい感覚に襲われる。
これは、もしかして……
「俺は、怖いんだ…… また暴走して、誰かを傷つけてしまうかもしれないって……」
「だから、安心できるものが欲しい。何があっても自分を見失わないための……」
「俺の、俺だけの、『名前』が……」
「頼む、こんなことを頼めるのはお前しかいないんだ!」
「友達の、お前しか……」
必死に、縋り付く『O-01-i74』。
彼の泣きそうな声を聴きながら、先ほどのことを考える。
このあやふやな怪物に、名前を与えていいのか。
世界に、固定して、確定していいのか……
そんな考えを頭に巡らせて、俺は……
彼に、名前を与えた
「……ありがとう」
そういって彼は、一筋の涙を流して眠りについた。
気が付けば左腕には腕時計が付いている。
きっとこれから、彼の心には平穏が訪れることだろう……
O-01-i74 『NO NAME』 或いは 『