Days-41 T-02-i48『我々を慈しんでください』
「実は俺、パンドラのことが好きなんだ」
「……えっ?」
記録部門が解放され、いざ記録部門のメインルームに向かおうと席を立とうとしたその瞬間、一緒に朝食を取っていたリッチがいきなりそんなことを言ってきた。
あまりの衝撃にこの前の話の続きだということに気が付くまでかなり時間がかかってしまった。
……いや、それでもよく事態を飲み込めない。
えっ? こいつ今なんて言った?
誰を好きだって?
こいつは? 誰を?
「ジョシュア? 聞いてるか?」
「……あぁ、一応聞いてるぞ?」
理解が追い付いてないだけで。
……一応、もう一度聞いてみよう。
「それで? 誰が好きだって?」
「だから、パンドラだよ」
「……マジ?」
あのパンドラ? 珍獣だぞ?
こいつ本気で言ってるのか?
「あいつのどこに惚れる要素があるんだよ?」
「ちょっと言いすぎじゃないか?」
言いすぎなくらいがちょうどいい奴だぞ、あいつ。
確かにいい奴ではあるけど、そういう対象には……
……いや、あれは前の週だしノーカン、だよな?
「まぁいい、何処に惚れたかっていうと、あいつの自由奔放なところに惚れたんだよ」
「自由奔放……」
確かに、そういう見方もあるか。
……そう見れなくな、ないよな?
「この都市において、あの姿は唯々輝いて見える」
「それがたまらなく愛おしく思えて、心惹かれてしまったんだ」
「……」
確かに、あいつはこの都市において輝かしい、何物にも縛られていないように見える。
そう考えれば、心惹かれるのは分からなくもない。
でも……
「それは分からんでもないが、あの奇行を受け入れられるのか?」
「……まぁ、あいつに振り回されるのも悪くないと思ってるよ」
「なるほど……」
こいつは重傷かもしれない。
……いや、人の恋路にあれこれ言うものではないか。
これが、相手がパンドラでなければ素直に応援できたが、リッチがそういうのであれば仕方ないか。
「まぁ、そういうことなら応援はするよ。なにも手伝わないけど」
「そうか、まぁこうして話を聞いてくれるだけでもありがたいよ」
「それじゃあ、そろそろ仕事に行くとするか」
「あぁ」
とりあえず話を切り上げて、今日の作業に向かう。
今日収容されたアブノーマリティは、『T-04-i48』だ。
あんまり04の奴にいい思い出がないが、大丈夫であることを祈ろう。
今日解放されたばかりの記録部門へと向かい、どこか寂れた様な色の廊下を歩いていく。
メインルームから出ると、『T-04-i48』の収容室にはすぐについた。
いつものように扉に手をかけて、お祈りをする。
そして、思い切り収容室の扉を開いて中に入った。
「……うわぁ」
収容室の床が花畑になっていた。
植物系とか、いやな予感しかしない。
「とりあえず作業をするか……」
収容室の内部に一歩踏み出す。
そして床に生えた花を避けて草を踏んだ瞬間、恐ろしいほどの後悔に襲われた。
「うわあぁぁぁぁぁ!!??」
俺は、なんてことをしてしまったんだ!?
こんなちっぽけで、一生懸命生きている草花を、踏みにじってしまうなんて……
どうしよう、後悔と涙が止まらない。
どうして、どうしてこんなひどいことを……
『……っ!? ジョシュア、何をしている!?』
「俺は、俺は……」
なんて醜い人間なんだ……
手元に“墓標”を取り出し、自らの首を掻っ切る。
あぁ、これで愚かな俺は許される……
「はっ!? はぁ、はぁ……」
気が付けば、俺はベッドに戻っていた。
この感覚は覚えがある……
「また死んだのか……」
思わず首筋に手をやる。
いまだに自分を切った感触が手と首筋に残っている。
『大丈夫か、ジョシュア?』
「……輪廻、大丈夫だよ」
本当のことを言えば、あまり大丈夫じゃない。
やはりいつまでたってもこの死ぬ感触は慣れない。
そもそも、本来は一度しか体験することがないことなのだから。
『ジョシュア、今回の死因が何かわかるか?』
「あぁ、おそらくはステータス制限…… 俺の能力に反応して力が反応していた」
どのステータスに反応したのかはわからないが、踏み入れただけで能力が反応したし、俺より前に誰も作業をしていない。
それならばステータス制限と考えるのが妥当だろう。
「とりあえず、管理人には新人に任せるように伝えておくか」
とりあえず水を一杯飲んで、無理やり気持ちを切り替える。
そしてもう一度今日を始めるために、扉を開くのだった……
「なぁジョシュア、話があるんだ」
あっ、このこと忘れてた。
もう一度話を聞かないといけないのか……
あっ
「あっ、ジョシュア先輩!? ちょっと「実は俺、パンドラのことが好きなんだ」……えっ?」
……これ、どうしよう。
タイミング悪く、パンドラがやってきてしまった。
「……」
「……」
「……」
重い沈黙が空間を支配する。
どうしようと頭の中で考えていると、真っ先にリッチが動き始めた。
「パンドラ!」
「うぇっ!? は、はい!?」
「今聞いた通り、俺はお前のことが好きだ!」
言った!? 男だよお前!?
「あっ、いやっ、ええっと、ええぇぇぇ……」
それに対して、パンドラの反応は意外なものだった。
顔を真っ赤にさせて、あたふたしている。
そんな可愛らしい反応ができたのか……
「そ、その、リッチ君の気持ちは嬉しいけど、その……」
「その?」
「ええっと、この体は、予約済みというか……」
「……恋人がいるということか?」
「あっ、私に恋人がいるわけではないのだけど、その、なんていいますか……」
「他に好きな人がいるのか?」
「その、そう言えるような、言えないような……」
なんというか、非常に気まずい状況だが、はたから見ている状況なら他人の恋路は面白いな。悪趣味だけど。
それにしても、もしかしてパンドラって押しに弱いのか?
「無理なら無理とはっきり言ってくれ、それくらいの覚悟はできている」
「ええっと、嫌というか、まんざらでもないのですか、なんというか、状況が悪いというか……」
「……何か問題があるのなら、俺がその問題の解決を手伝う」
「あの、ええっと…… そもそも、本当の私を知ってしまったら、きっと失望してしまいますよ?」
意外にも、パンドラは少し怯えるような表情をしている。
……何か、あるのだろうか?
「そもそも、リッチ君はこの体が目当てなんでしょう? 男の人は全員そんなものだと聞いてます」
「いや、そんなわけ」
「それなら、私が化け物みたいな見た目になっても、愛せますか?」
あれ、なんか雲行きが怪しくなってきた。
もしかしてこいつ、結構重いタイプか?
「……それは、その時になってみないとわからない」
「ほらやっぱり「でも」」
「でも、もしそうなっても愛せるのなら、受け入れてくれるか?」
「……全部終わって、何もかもうまくいったら、その時に考えます」
そういってパンドラは踵を返して去ってしまった。
その姿をリッチは落ち込んだ様子で見送っていたが、あいつの耳、真っ赤になってたぞ。
……いや、そもそも俺は何を見せられていたんだ?
私たちは誰にも見向きもされません
ただただ一生懸命咲いているだけです
しかしもしも私たちのことを気にかけてくれるのならば
その時には何も物はいりません
ただ ほんの少しだけ
我々を慈しんでください
それだけで 十分ですから
T-04-i48 『イノセントガーデン』