Days-01 T-01-i12『ただ、貴方に食べて欲しい』
収容室に入った瞬間、甘ったるい香りが鼻腔をくすぐり、思わずむせそうになる。その甘い香りは収容室の中にいる存在から常に放たれており、粘着質な音が響き渡る。
甘ったるい香りを注意してにおうと、ずいぶん懐かしい香りがする。……これは、チョコレートの匂いだ。ずいぶん久しぶりに嗅いだからか、気づくのが遅くなってしまった。
そこで気持ちを切り替えて、収容室の中心に陣取っている存在に注意を傾ける。濃茶の体色に不定形ながらも少女の形を保っているこの存在が、『T-01-i12』なのだろう。彼女? はこちらの存在に気づくと、嬉しそうに手を振ってきた。……どうやら歓迎はされているようだ。
「……なんというか、不思議な奴だな」
見た目と香りから主にチョコレートでできていると考えられるが、それで無害だと断定できるわけではない。少なくとも口に入れる勇気はないな。
とりあえず離れて遠くから観察してみることにする。『T-01-i12』は遠くから見ている俺に手を振って呼んでいるようにふるまっていたが、やがて俺が動かないと悟ったのか、手を腰に当て頬を膨らませた。どうやら抗議しているようだ。
ずいぶんと表現豊かなアブノーマリティーだが、さすがにいきなり近づくのは危ない。ここは鉄板の洞察作業が安定だろう。
『T-01-i12』は構ってくれない俺に気を悪くしたのか、こちらをにらんでくる。すると、なんだか少し気分が悪くなってきた。……これは、もしかして精神攻撃だろうか?
「おいおい、もう少し手加減してくれてもいいんじゃないか?」
さすがに少し気分が悪くなってきた。アブノーマリティー相手に言っても通じないとわかっていても、思わず文句を言ってしまう。
すると、『T-01-i12』はすこしバツが悪そうにしながらうつむいてしまった。それと同時に精神攻撃も少し弱まってきたような気もする。
「おいおい、まさか俺の言うことがわかるのか?」
『T-01-i12』は何も言わなかったが、何となくだがこちらの言葉を理解しているように感じる。もしかしたら赤頭巾みたいにコミュニケーションが可能なのかもしれない。
「……さて、それじゃあまたな」
作業の時間が終わり、収容室から出る。精神的にだいぶ疲れた、もしかしたらあまりいい作業ではなかったのかもしれない。
「お疲れ、どうだった?」
リッチが話しかけてくる。正直今話す気分でもないが、次はこいつだから気力を振り絞って口を開く。
「なんていうか、構ってほしそうだった。無視して遠くから眺めていたが、不機嫌にしちまった」
「そうか、どんな見た目だった?」
「チョコレートでできた女の子だった」
「……はぁ?」
本当のことを言ったのに、全然信じてないなこいつ。そんなやつはもう知らん、勝手にしてろ。
「嘘だと思うんだったら自分で見てこい、俺は疲れたから休憩してくる」
「……そうか、気をつけろよ」
それだけ言うと、リッチは収容室の中に入っていった。
……とにかく疲れた、早くメインルームに行って休憩したい。そう思いながら体を引きずっていき、メインルームの休憩室に入るとぐったりとしながら眠ってしまった。
「……ううん、いつの間にか寝てたのか?」
体を伸ばして体調を確かめると、もう大丈夫そうだった。しかし、精神攻撃があんなにも気持ちの悪いものだったとは思いもよらなかった。
そこで、ふと視線を感じたのでそちらに目を向けると、誰かがテーブルにつきながらじっとこちらを見ていた。
「うおっ」
そこにいたのはシロだった、どうやらずっとここにいたらしい。寝顔を見られていたのかと、何となく気まずく感じていると、休憩室にもう一人誰かが入ってきた。
「ようシロ、ここにいたのか」
「リッチか」
「ジョシュアか、もう大丈夫か?」
「あぁ、そっちは?」
「一緒に遊んでやったらずいぶん喜んでいたよ、それでもいくつか精神攻撃は食らったがな」
「そうか、とりあえず休んどけ」
「いわれなくてもそうする」
リッチが席に着くと、入れ替わるようにシロが立ち上がり、何も言わずに休憩室から出て行った。すると、リッチは彼女が出て行った扉を見つめながら口を開いた。
「まったく、本当に不愛想な女だな」
「そういうなよ、やつにも事情があるんだろうよ」
「どうだか……」
それだけ言うと、リッチは懐からチョコレートを取り出して食べ始めた。
……チョコレート?
「それにしても、ガキのお守りをするだけでいいなんて、楽な仕事だな」
「……おいリッチ」
「仕事の前に随分と脅されたが、やつからはそれほどの脅威は感じなかった。これなら、ほかのやつらの程度も知れる」
「……、だから、リッチ」
「なんだよ、ほんとのことだろ?」
「そうじゃなくて……」
俺はあまりにも当たり前にやつが食べているものを指さした。もしかしたら売店で個人的に買ったやつかもしれないという一抹の期待を込めて、リッチに問う。
「そのチョコレート、どうした?」
「……あぁ、これか。あのアブノーマリティーからもらった」
「なぁにやってんだよ!?」
得体のしれない存在からもらったものを食べるなと注意したが、やつは聞く耳を持たなかった。そのあとチョコレートをもって帰ってきたシロが普通に食べているのを見て、もう注意するのはあきらめた。
とりあえず、俺はもらっても食べない。そう決心するのであった……。
「さて、今日も元気にしてるか?」
それからというもの、とりあえず大丈夫と仮定して、『T-01-i12』とは一緒に遊んだりするようになった。中でも頭を撫でられることが好きなようで、よく頭をこちらに差し出してくる。
……まずいな、このままだと愛着がわきそうだ。アブノーマリティーにそんな感情を抱くのは悪い兆候だ。少し距離をとったほうがいいかもしれない。
「……さて、そろそろ時間だな」
『T-01-i12』の遊び相手をしていると、作業終了の時間が近づいてきた。
『T-01-i12』はいつも通り体の一部を切り離すと、俺に差し出してきた。どうやらこれは、『T-01-i12』なりの感謝の気持ちらしい。
「いや、いつも言っているがいらないよ」
いつも食べているリッチとシロに特に変化がないところを見ると、食べても大丈夫なのだと思う。しかし、自分の一部をちぎって渡すというのは、少しショッキングな光景だった。大丈夫だとしても食べる気にはならない。
「……おいおい、なんだよ」
いつも通り拒否していると、『T-01-i12』が指をさしながら何か騒ぎ出した。指をさすほうを見てみると、どうやら俺の傷を見つけたらしい。そういえば『T-05-i10』の作業をしてそのままこっちに来たんだった。やつがRダメージだったから大丈夫だろうと思っていたが、面倒なことになったかもしれない。
「おい、何するやめろ!!」
『T-01-i12』は一通り騒ぐと、手に持ったチョコレートを俺の口に押し込もうとする。俺は必死に抵抗しようとするが、もともと液体の『T-01-i12』には無意味だった。
「もがっ、もがっ ……何をするんだ!?」
無理やりチョコレートを食べさせられ、思わず『T-01-i12』から離れる。
……油断した。今までこちらの嫌がることは積極的にしなかったからと、無害だと無意識に考えていたらしい。吐き出そうと口に手を入れようとして、思わず手を止める。
自分の腕をよく見ると、さっきの傷がなくなっていた。そこまで深い傷ではなかったとはいえ、こんなにも早く治るのはおかしい。思い当たることといえば……
「おい、『T-01-i12』 これはお前がやったのか?」
俺がさっきまで傷があった腕を指さすと、『T-01-i12』は満足そうにうなずいた。どうやらこのチョコレートには傷を治す力があるらしい。
「……ありがとよ」
お礼を言うと、彼女は嬉しそうにうなずいた。その笑顔は、邪気を全く感じなくって、思わず笑ってしまう。
もちろん油断はできない、だか彼女は俺のことを心配して行動したのだ。もしかしたらそのうち間違った親切を受けるかもしれない、いつか牙をむくかもしれない。
それでも、たまには彼女のチョコレートを食べてあげてもいいかもしれない。口の中に残るチョコレートの味を確かめながら、俺はそんな風に考えるのだった……
バレンタインデーが嫌いだった
大切な人のために毎年チョコレートを作るのに、それを渡す勇気がない
いつも渡せずにチョコレートを溶かしてしまうのだった
だから今年も、同じことの繰り返しだと思っていた
だけど、そんな時間は、永遠に帰ってこなかった
ちょっとした喧嘩だった
そこで、貴方の為ではないと言ってしまった
そんなことないのに、傷つけてしまった
貴方の笑顔が見たい、そう思って作ったのに
もうそのことを伝えることもできない
私はもう食べる人のいないチョコレートを抱えて眠る
流れる涙はチョコレートに落っこちて、そこからとろりと蕩けてしまった
蕩けるチョコレートは私にかかり、蕩けた私と一つになって混ざり合う
もし次があるならば、今度こそ自分の気持ちに素直になろう
ちゃんとチョコレートを渡して、そして伝えるんだ
ただ、貴方に食べて欲しいって
T-01-i12 『蕩ける恋』