あれから一夜経つ。
結局心の靄は晴れず、最後の日を迎える。
ここは俺の自室。目覚めたばかりの俺は、左目に意識を向ける。
体の中に灯る炎が、熱く燃え上がる。
炎は内側から外側へと広がっていく。
ぼんやりと施設の内部の光景が目に浮かぶ。
目指すは、記録部門だ。
「……っ」
燃える、燃える、燃え広がっていく。
記録部門、その中の、目当ての肉体を見つける。
左目に宿る、崩海の力を引き出す。
緑がかった青白い炎が広がり、その肉体と、俺の全身を包む。
「……出来た」
戻ってきた。
俺の肉体が、俺の本体が。
『ついに取り戻したのか、ジョシュア?』
「……あぁ、元に戻ったみたいだ」
この施設において、俺たちの体は複製のようなものだ。
元の体が保管されていて、そこから作業を行うために必要な体を生成する。
これからの目的を考えても、この体を取り返さないと不都合が起こる可能性がある。
……まぁ、これを取り返せば巻き戻しで復活できない可能性があるため、この最終日にやるべきだと判断した。
「これで、外に出られるのだろうか?」
『まぁ、それはやってみないとわからないだろう』
輪廻の言葉に頷く、こればっかりはぶっつけ本番しかないだろう。
俺の目的は、この施設からの脱出だ。
もちろん、俺だけじゃなく、可能なら他の奴らも助けたい。
そしてそれができそうな瞬間は、この50日目しかないだろう。
目的が達成するこの瞬間が一番の隙だ。
セフィラたちにとっても、アンジェラにとっても。
ただ、俺の目的はそれだけでは終わらない。
しかし、彼女は……
「……」
『ジョシュア、まだあの桃娘のことを悔いているのか?』
「いや……」
確かに、俺は彼女のことが引っかかっている。
しかし、目的のために彼女が必ずしも必要なわけではない。
『ジョシュア、お前の目的はなんだ』
「俺の目的は、みんなでここから脱出することだ」
『もう一つは?』
「……お前たち、アブノーマリティと人間の共存を目指す、楽園を作ることだ」
そうだ、それが俺の望みだ。
こいつらと一緒に生きていける、そんな自分勝手な夢。
本当にこれでいいのかと、ずっと悩み続けている。
本当に大丈夫なのかと、本当にこのままでいいのかと……
「ふふっ♪ なんでそんなことを望んでいるのかしら?」
「……アリス、いつからそこに?」
気が付けば、俺の肩に小さなアリスが座っていた。
彼女は俺の肩からぴょんとベッドに飛び降りると、俺に向き直った。
「貴方は私たちを憎んでいるはずでしょう? 仲間をいっぱい殺されちゃったんだから♪」
「……あぁ、そうだ」
「怖くて、恐ろしくて仕方がないはずでしょう? 自分も何度も殺されちゃったんだから♪」
「……あぁ」
「それなのに、どうして? どうして私たちと一緒にここから出ようとするの?」
「私たちなんてここに閉じ込めておいて、お仲間さんだけ連れて、逃げればいいだけじゃない」
「……」
そうだ、その通りだ。
本当は、それが正しいんだ。
そんなことは分かっている、こいつらを外に出したってどうしようもないことは。
だが……
「外の人間は、今も苦しんでいる」
苦し紛れに、口が開く。
俺にとっての、理想のために。
「路地裏の人間は今日を生きるために必死になって金を集め、未来に希望なんてない」
「そして力なきものは簡単につぶされる、そんな現状を何とかしたいんだ」
「そのために、色々な人間がアブノーマリティたちとかかわり、エンケファリンを得られるような、共生できる場所を作りたいんだ」
今日が終われば、この会社は、L社という一つの翼は、終わりを迎えるだろう。
そうなれば、やってくるのはエネルギー不足。
ライバル企業も存在するようだが、L社の担ってきた電力量はかなり大きい。
環境を汚染しないクリーンなエネルギー。エンケファリン。
さらにそれは、容量さえ守れば精神安定剤としても使える。
……その分廃人になる奴も増えるかもしれないが。
だが、それでも多くの人間がエンケファリンを手にすることができれば、生きるための十分な資金を得ることができるだろう。
そうすれば人々に余裕が生まれ、新たな道が生まれるかもしれない。
もちろん、アブノーマリティとかかわるとなれば命の危険が付きまとうだろう。
しかし、都市にいればどのみち死ぬ可能性は変わらない。
なら少しでも希望のある道を示したい。
「違うでしょう?」
……しかし、俺の上っ面だけの言葉は、幼い青色の瞳に見抜かれてしまっていた。
「もちろん、それも理由の一つだってわかるわ。でもそうじゃない」
「私が知りたいのは、心の底の、貴方の気持ち」
「教えてくれないかしら? 貴方の気持ち、貴方の本音」
……あぁ、きっと彼女はどんな嘘でも見抜いてしまうだろう。
ならば、全部曝け出してもいいのだろうか?
「……本当は、お前たちを見捨てられなかったんだ」
あぁ、口に出してしまった。
本当なら誰にも聞かれたくなかった言葉が、口から洩れる。
「お前たちアブノーマリティがどれほど危険な存在かは、身に染みてわかっている」
「何度も仲間を殺された、何度も自分も殺された」
「憎しみや怒りはある、でも……」
「どうしたって、憎しみきれないんだ……」
自分の中の葛藤が、曝け出されていく。
自分の中の、醜い姿が。
「お前たちと一緒に過ごすうちに、言葉を交わすうちに、どうにか仲良くなれるのではないかと思ってしまう」
「何度も裏切られてきたはずだ、何度も分かりあえないと突きつけられてきたはずだ」
「でも、それでも、仲良くなれると思ってしまった」
「輪廻が俺の中に入ってきたときから、こうして軽口を叩けるようになって、気が付けば相棒とすら思ってしまった」
「タヌキや魔女、そしてお前とも話しているうちに、気が付けば心を許しそうになって、愛着を持つようになってしまった」
「あの桃娘も?」
「もちろん甘露もだ!」
言った、言ってしまった。
そうだ、俺は気が付けばこいつらのことも仲間のように感じてしまったのだ。
だから、だからこんなくだらない計画を立てた。
人間とアブノーマリティの共存。
そんなこと、できるわけがないのに。
大層なお題目を並べて、誰かのためにと言い訳をして。
本当は、俺の為なのに。
だが……
「違うわ」
「……えっ?」
アリスの言葉に、呆気にとられる。
俺の言葉が、違う?
いったい、何が……
「貴方、本当に気づいてないの?」
『やめろ、耳を傾けるな、ジョシュア』
「うふふっ、これは傑作ね! まさか自分自身まで騙してたなんて♪」
『黙れ貴様! これ以上は……』
「あら、勝手に出てきていいのかしら? そんなことをしたら、苦しむのは彼だけれど……」
『くっ……』
気が付けば、アリスは普通のサイズになってベッドに座っていた。
頬に両手を添えられて、優しく目と目を合わされる。
いつでも振りほどけそうなのに、何故かそれを抗うことができなかった。
「本当は違うんでしょう? 貴方の気持ちは、そんなもんじゃない」
「ここには私たちしかいないんだから、周りのことなんて気にしなくてもいいの」
『やめろジョシュア、聞いてはいけない』
「世間体なんて気にせず、常識なんて考えず、心の赴くままを、教えて?」
『ダメだ、これ以上耳を傾けるな!』
「ジョシュアじゃない、心の奥底の、
俺の、心の底からの、言葉。
だが、本当に話してもいいのだろうか?
俺は、そんなことをして……
『それ以上考えるな、心が壊れるぞ!』
俺は、俺は……
「そうだ、アブノーマリティが、好きなんだ」
『……ジョシュア』
「俺はずっと、アブノーマリティが好きだったんだよ」
気が付けば、声に出していた。
きっとこれは、口に出しちゃいけなかったんだ。
今まで殺されてきた仲間たちの為にも
自分の為にも
「そうだ、俺は好きだったんだ。ここに来る前から、ゲームをしていたあの時から!」
「悍ましい怪物! でもそれだけじゃなくて、それぞれに背景があり、どんどんと謎が解き明かされていくような、あの体験が」
「初見殺しにやられた! 慣れてきたときに不注意でやられた! 結局どうしようもなくてやられた!」
「それでも、あの時の体験が忘れられなくて、楽しかったって感情が忘れられなくて、夢中になって……」
「そうだよ! 俺は結局、ゲーム気分だったんだ!」
「この会社に入ったのも、生活がどうしようもなくなったってのもあった、俺の知識ならどうにかなるって打算もあった!」
「でも、それだけじゃない! 本当のアブノーマリティに会えると思って、内心ワクワクしていたんだ!」
「罪善さんに会ってみたい、キュートちゃんに餌をあげたい、絶望ちゃんに加護をもらいたい、罰鳥に突かれたい、大鳥を寝かせてあげたい、魔弾さんに会ってみたい、オオカミをモフモフしたい、クソ植物を燃やしたい……」
「ゲームで憧れた、アブノーマリティたちに実際に会えるんだって、ワクワクしてたんだよ……」
堰を切ったかのように想いの洪水が溢れでる
こうなってしまっては、もう自分では止められなかった
「でも現実は違った!」
「この施設にいたのは俺の知らないアブノーマリティだった!」
「自分の知識が通用しないって理解して、血の気が引いた」
「そこでようやく現実を理解したつもりだった」
「それでも、今度は自分の知らないアブノーマリティたちを一から知れるって思うとワクワクしてしまった!」
「管理人に、初めてのアブノーマリティたちの作業担当を任された、恐怖心よりも興奮が勝ってしまった」
「まるで、本当にゲームの世界に入り込んだみたいで……」
「でも現実は地獄だ! アブノーマリティたちに仲間を何人も殺された! ゲームではゴミだとバカにしていたオフィサーたちも、みんなここでは生きている人間だった、でも目の前で殺された!」
「頭ではわかってたんだ、お前たちが化け物だって、わかりあうことのできない存在だって……」
「でも、それでも、お前たちのことが嫌いになれなかった」
「それでも、お前たちのことを好きになってしまったんだ……」
ゲームだなんだといわれても、こいつらにはわからないだろう
だが、それでも言葉は止まらない
「この施設で2週目に入ってからは特にそうだった」
「記憶を引き継いで、周りと違う疎外感」
「死んでも記憶を引き継いで時間が巻き戻る、俺が管理人のお気に入りだったからだ!」
「そんなこともあって、余計にゲーム感覚が抜けなかった。いや、ゲーム感覚が戻ってきた」
「必死に自分に言い聞かせた! これは現実だって!」
「仲間が殺されたときの怒りは本物だった! これは嘘じゃない!」
「それでも、お前たちへの憧れが消えることはなかった……」
「俺は、俺はどうしようもない人間だ……」
「仲間を殺したはずの、憎いはずのお前たちが、どうしようもなく、好きなんだ……」
「好きだから、お前たちもどうにかしたいと思ってしまった」
「お前たちと、もっと一緒にいたいと思ってしまった……」
心の中の、何か大切なものにひびが入ってしまった気がした
それはきっと、もう元には戻れないのだろう
「辛かったのね、ジョシュア……」
アリスの優しい言葉が、心に染み入ってくる
「それで、貴方はどうしたいの?」
「……えっ?」
彼女の言葉に、再び呆気にとられる
いったい、どういうことだろうか?
「貴方の気持ちも、目的も、アブノーマリティに対する想いも分かったわ」
「でも、一つだけ決まってないことがあるでしょう?」
「貴方が大切だと言った『甘露』ちゃんが、あのぽっと出の『フレディ』とかいう男に居場所を奪われたままなのよ?」
「貴方は彼を、どうしたいの?」
……そうだ
確かに甘露のことは、いまだに心が晴れていない
心の中にわだかまりがあるのは事実だ
しかし、彼女をどうにかする方法なんてない
手段がなければ、時間もない
「どうするの? やっぱり復讐しちゃおっか♪ 貴方の大切な甘露を奪ったあの男を、めちゃくちゃにしちゃいましょう♪」
復讐、その手もあるのか
あのいけ好かない顔を殴るのもいいだろう
……体は彼女の物だが
『アリス、貴様……!!』
「あら、何を怒っているのかしら?」
いや、これからやろうとしていることは、時間との勝負だ
余計なことはできない
『ジョシュアにくだらないことを吹き込むのはやめろ』
「もしかしたら貴方…… ジョシュアをかばっているの?」
『……なに?』
そうだ、結局今のままではどうしようもない
彼女は、諦めるしかない
「貴方ほどの力を持っていても、彼に影響されてしまうのね」
『それの何が悪いというのだ!?』
「いえ、私たちは自分のやりたいままに、あるがままに振る舞うものでしょう?」
『俺は俺のまま、こいつといるだけだ』
「ふふっ♪ それじゃあますます彼と一緒にいることが楽しみになったわ♪ 私はいったい、どんな風に変わってしまうのかしら?」
どうしようもないじゃないか
何もできないのなら、指をくわえてみているしかない!
「ねぇジョシュア、貴方も自分がやりたいようにやりましょう♪」
『ジョシュア、お前は自分の思う正しさを行け。それがお前と言う人間だ』
……やりたいように?
俺が、やりたいこと?
「貴方が思うままに、貴方が赴くままに、貴方を曝け出しましょう♪」
『アブノーマリティのことなんて気にするな。お前が後悔ないように、悔いが残らぬように進むのだ』
あぁ、そうだ
やりたいようにやろう
身勝手に、自分勝手に、欲望の赴くままに
「さぁ、変化を恐れないで、私たちと共にいきましょう!!」
そして、傲慢に
「……素敵だわ、ジョシュア」
「……はて、なぜあなたがここにいるのでしょうか?」
ここは設計部門のメインルーム。
傍らには“骸”で用意した偽りの死体。
それにつられて、フレディはのこのことやってきた。
「確かあなたとは収容室で出会ったはず、そもそも私に調達作業を頼んだのは貴方自身だった……」
「先回り? いや彼は収容室に留まっていた。それなら瞬間移動?」
「あぁ、別にそんなことは気にしなくてもいい」
“転生”で新しく作った俺の肉体を、輪廻に動かしてもらっていただけだ。
ただの影武者でしかない。
それよりも、今は大事なことがある。
「フレディ、本当にお前の中に、甘露はいないのか?」
「甘露? ……あぁ、この体の前の持ち主ですね。もちろんいませんよ」
「そうか、わかった……」
フレディとの距離を、一歩詰める。
すると奴も何かを感じ取ったのか、包丁を構えた。
「とりあえずやるべきことは、あいつを拾い上げて、お前を吹き飛ばす。単純だな」
「いったい何を…… もしかして、あの怪物を助けようとしているのですか?」
フレディは冷や汗をかきながら口を開く。
決まったことを言うな。
「もちろんだ」
「……何を馬鹿な、言葉を交わせ、同じ人型だからと絆されてしまったか?」
「目を覚ましてください! あんな人型の獣よりも、私の方があなた達と寄り添い、ともに行くことができますよ!」
そういって胡散臭い笑みを浮かべるフレディ。
そういうところが気に食わないんだ。
「そうか、それじゃあ……」
「なぜ、お前の包丁はそんなに赤く汚れているんだ」
そういって包丁の汚れを指さす。それはどう見ても、人の血だ。
俺の指摘にフレディは眉をピクリと動かすと、ようやく仮面をはがした。
「……はぁ、もうバレてしまいましたか」
「お前、いったい何人殺った」
「たったの3人程度です。でも別にいいでしょう? 全員非戦闘員でしたし」
「それとも誰も殺すなと? バカバカしい、貴方が助けようとしている女だって、何人も殺してきたでしょうが!」
「そもそも、この都市で誰も殺さずにいられる人間がいますか? 殺すことに人間も怪物もない!!」
「それなのに、どうして私だけを否定しようというのです……!!」
「結局は貴方の印象で左右されるだけのこと」
「それを傲慢と言わずして、なんというのですか!?」
そういって勝ち誇ったような卑しい笑みを浮かべるフレディ。
だが、そんなことは関係ない。
「だから、なんだ」
「……はぁ?」
「そうだよ、俺は傲慢だ」
もう一歩
すると、フレディも一歩下がる。
「身勝手で、自分勝手な人間だ」
「な、なにを……」
「だから」
「俺は、俺がやりたいようにすることにした」
右手に光が集まる。
それは、崩海の力とは違う、暖かな光。
「結局のところ、俺は自分勝手な人間だった」
「人間もアブノーマリティも、俺が好きな奴だけ助けたい」
「それが俺の、ハッピーエンドってやつだ」
「なっ、なんと身勝手な……!?」
「ノーマルエンドじゃ物足りない、バッドエンドなんてくそくらえだ」
「だから俺は、ハッピーエンドをつかみ取りたい」
「たとえそれが、夜空に輝く、星を掴むようなことであっても」
「いくぞフレディ……」
「ここがお前の墓場だ」
名前:ジョシュア
体力:600
混乱抵抗値:400
速度:2~7
耐性:体力 混乱抵抗値
斬撃:普通 抵抗
貫通:普通 抵抗
打撃:普通 抵抗
◇パッシブスキル
・ランクⅤ職員
毎幕ごとにカードをもう一枚引く。光が0の場合は光を最大まで回復する。
・速度3
速度ダイススロット+1。感情レベルが3以上のとき、追加で速度ダイススロット+1(重複不可)
・星海放浪の剣
マッチ勝利時、相手に『つながり』*1を付与。マッチ時に威力+1。
・崩海の鍵穴
幕の開始時に『つながり』が10ある相手がいる場合、その相手の一番早い速度ダイスを代わりに自分が使用してその相手の『つながり』を0にする。
幕の終了時に火傷、麻痺、出血、腐食を受けている場合、すべての相手に同じ数の火傷、麻痺、出血、腐食を与えて自身の数値を0にする。
・輪廻
使用不可
・転生
使用不可