奇妙な料理人に対峙している子どもの手には、美しく輝く剣が握られている。
長方形の剣の腹は、夜空に輝く星々を切り取ったように光り輝いている。
それはまるで、手の届かない星明りを手元に手繰り寄せようとする子どもの心情を表しているようだね。
自身の心を形にしたその武器を、純粋な人の心の『E.G.O.』を見たのはこれで3人目。
この子どもはカーリーと違って、防具ではなく武器として発現したみたいだけど……
「いくぞ、フレディ」
あっ、子どもが料理人に切りかかったね。
以前とは全く違う、今まで以上に洗練された動き。
子どもが振り下ろした剣と、料理人の二振りの包丁が鍔迫り合いしている。
お互いにすぐに距離を取って再び切りあってるけど…… 料理人の方が押されているように見えるね。
「くそっ、ふざけるな! なぜただの人間が、私の動きについてこれるのだ!?」
可哀そうに、彼はまだ自分が優位に立っていると思っているんだね。
自分が狩られる側だということにも気付かずに……
もちろん子どもは、そんな戯言は意にも介さずに切り結んでいく。
子どももいい動きをしているけど、カーリーと比べたらまだまだだね。
「くそっ、くそぉ!?」
「うるさいぞ、フレディ」
子どもの切り上げで、肉切り包丁が宙を舞う。
料理人は宙を舞う包丁を目で追いながら子どもと距離を取り、拾いに行こうとする。
でも、それは悪手だよ。
ほら、子どもはもう力の使い方を理解しているんだ。
「『星海放浪』」
構えた剣の腹の部分が煌めく。
するとさっきまで料理人が追いかけていた包丁が消えて、一瞬で子どもの手元に現れたんだ。
「なっ、何をするんだ!?」
「悪いがお前の武器とはすでにつながりができたんだ」
「つ、つながり……?」
子どもは種明かしをするみたいだね。
なんでわざわざそんなことを話すんだろうって思うけど、自信の表れなんだろうね。
現に、あの料理人にはもう、ほとんど勝ち筋がないだもん。
「この『星海放浪』は、俺の物なら何でも探し出せる。こいつで見つけて繋げちまえば、あとは俺の崩海の力で好きに場所を移動できる」
「そして『星海放浪』と触れ合ったものは、触れれば触れるだけ俺との間につながりができるんだ」
「そ、それがなぜおまえの力に関係するようになるんだ!! だって、お前の力は自分の物にしか効果がないんだろう!?」
「何言ってるんだよ」
子どもは楽しそうに笑う。
まるで覚えたてのマジックの種明かしをする少年のようにね。
「俺とのつながりができて、お前が手放したんだったら俺の物だろうが?」
「こ、この、泥棒が!!」
随分と程度の低い罵倒だけど、その間に子どもが用意していた偽物の死体に近づいていたみたいだね。
偽物とはいえ、一応肉と骨がある結構大掛かりなものだから、彼の『料理』の為には十分かな?
「だけど甘いな、私の料理をとくと味わうがいい!!」
そういって一瞬のうちに出来たのは、人食いソーセージだ。
体中のありとあらゆる穴から体内に侵入して、内部から食い荒らす逆料理。
一応一緒に切りかかるくらいの能はあるみたいだけど、そんなもので大丈夫なのかな?
「そうか、それじゃあこれはお前に返すよ」
子どもはさっきもらった肉切り包丁を思い切り料理人に投げつけると、人食いソーセージに切りかかりに行った。
料理人はとっさにとんできた包丁を切り払うけど、その一瞬の隙が頂けなかったね。
子どもは力を使うまでもなく、人食いソーセージを一瞬で切り刻んでしまった。
うわぁ、一応あれでもWAWくらいはありそうだったのに……
そのついでに人食いソーセージの鋭い歯を持つ頭部を料理人の頭上に転移させて、かみつくように落としていった。
へぇ、それってそんなこともできるんだね。
「……くっ!」
料理人が頭上の人食いソーセージに対処している間に、子どもは再び肉切り包丁を手元に戻しちゃった。
こういうチャンスをものにできない時点で、彼には勝ちの目がないのかもしれないね。
まぁ、そもそも料理人らしいし仕方がないのかも。
「フレディ、まだいけるか?」
「ふ、ふざけるなよ…… 俺を見下してんじゃねぇよ!!」
随分と頭に血が上っているみたいだね、子どもの簡単な挑発にも引っかかっちゃってる。
どれだけ強い力も持っていたとしても、しょせんは人のころの残滓が色濃く残った紛い物でしかないみたい。
彼なんかよりも、子どもの方がよっぽど見ていて楽しめそうだね。
そもそも、比べるまでもなかったかも。
「この施設にも俺の作品が存在するのが運の尽きだな! 来い! 俺の作品たちよ!」
そういって料理人が片腕を天高く掲げるけど、何の変化も起こらない。
どうやら、自分の作品がいることには気が付いても、今この場所がどうなっているかまでは分からなかったみたいだね。
あんなに自信満々だったのに、とっても狼狽えちゃって可哀そう……
「な、なぜだ!? なぜ俺の呼びかけに応じない!?」
「……はぁ、まさか気が付いてないのか? ここがすでに切り離された空間になっているって」
「……へっ?」
随分と間抜けな表情をする料理人に、子どもは優しい表情で答えてあげる。
そうはいっても、その微笑みの裏では、どう猛な顔を隠しているみたいだけどね。
「そもそも俺は、ここを舞台としたゲームを何百時間とやりこんだんだ」
「それも管理人と言う設定でだぞ? それってつまり、この施設は俺の物でもあるってことだよな?」
「後は簡単だ、崩海の力で一時的にこの空間を切り取る。よそからは分からない形でな」
「なっ、何を言っているんだ……?」
本当に何を言っているんだろうね?
でも、子どもはそれを本気で信じて、こうして実際に操って見せている。
彼は本気だ、たとえ彼が狂人であったとしても、その思いの力は正しく作用するだろうね。
「あんまり好きな考え方じゃないけどな、それでも使えるものは使っていかないとな」
そういって笑う子どもの顔を見て、料理人はようやく自分が狩る側ではなく狩られる側の人間だと気が付いたみたいだ。
まぁ、もうすでに遅いんだけどね。
ほら、気を付けないと残った包丁も滑り落ちちゃうよ?
「それで、これからどうする?」
あーあ、残りの武器も取られちゃった。
ここからどうする?
諦めて這いつくばって頭でも下げる? 背中を向けて無様に逃げちゃう? それとも無謀にも素手のまま立ち向かっちゃう?
「うっ、うわああぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」
結局彼は、逃げる選択を取っちゃったみたいだね。
でも、結局どれを選んでも変わらなかっただろうね。
「『星海放浪』」
ほら、無様に背中を見せながら逃げ惑うだなんて、それは自ら負けを認めた様なものだからね。
負けを認めたということは敗北者になったっていうこと。
敗北者になったってことは、勝者にすべてを奪われるということ。
それはつまり、子どもの物になったって言っても、過言じゃないよね?
「あぁぁぁぁっ!!!! へっ? えっ!?」
気が付いたら、料理人のお腹から子どもの剣が飛び出している。
料理人は必死になってこの場から逃れようと藻掻いているけど、無駄な足掻きだよ。
彼は刺されたことにびっくりして自分が子どもの手元に来てしまったことに気が付いていないみたい。
そのことに気が付いていれば、何処まで逃げても意味がないってわかったのにね。
「悪いなフレディ」
「ひいっ!? い、いやだ、いやだあぁぁ!!」
子どもが剣の力で料理人を固定しながら、空いた左手を料理人の胸に突き刺す。
一瞬子どもの左腕が剣と同じように星々の輝きを放っていたけど、もしかしたら剣の力の影響が子どもの腕にも出ていたのかな?
その証拠に、かなり奥まで突き刺した子どもの腕は、反対側から飛び出していないからね。
「さて、何処にいるかな……」
「や、やめてくれ! せっかく人の体に戻れたんだ! もう嫌なんだ! あんな冷たいだけの四角い箱に戻るのは!?」
どうやら子どもは、料理人の中から哀れな怪物の魂とも呼べるものを探しているようだね。
でもそれは、並大抵のことでは成すことができないよ。
それはまるで、たった一つの輝きを探して星の海を巡るように
途方もなく大変で、無謀なほどに小さな可能性。
それでも子どもは、一切不可能だとは思っていないみたいだね。
「……見つけた」
そして、子どもはあっさり見つけて見せた。
まるで最初から、そこにあることがわかっていたかのように。
「帰って来い、甘露」
「なっ!? あいつはちゃんと捨てたはずだ! 確実に処分したはずなのに!?」
「悪いな、俺も捨て物だったからさ、なんとなく捨てられたものがどこに行くかわかるんだ」
子どもの剣の光が、一層煌めく。
これは、すごいものが見れるかもしれないね。
「あばよフレディ」
光は収束し、可能性をつかみ取る。
「お前は……」
「ひっ、いやだ、いやだあぁぁぁぁ!!!!」
「クーリングオフだ!」
そしてこの場に、光が満ちる。
光が収まったころには、そこにはもう料理人はどこかへ消え去って、食べられるためだけに存在する、哀れな怪物だけが残ってしまった。
「……えっ、ジョシュア、様?」
「戻ってきたか、甘露」
「……えぇ、えぇ、甘露は、貴方様のもとに、帰ってきましたよ」
怪物は甘い甘い涙をこぼす。
それは雰囲気も相まって、一層甘そうに感じちゃうね。
「甘露、いろいろ言いたいことはあったけど、時間もないから単刀直入に言わせてもらう」
「俺と一緒に、来てくれないか?」
「……はい、甘露はもう、身も心も貴方様の物です。ジョシュア様」
ふふふっ、どうやら彼の望み通りの結果に落ち着いたみたいだね。
でも、そのままで大丈夫なのかな?
もう時間もあまりないけれど……
それでも、ちょっとくらいはこのままでいさせてあげてもいいのかもね。
……それにしても、すごい力だね。
自分の心をありのままに曝け出して、理性をもって感情を鍛え上げ道具とし、人の形を保ったまま巧みに操る。
でもそれって、とっても危険じゃないかな?
だって、道具が壊れてしまったら、その人の心まで壊れてしまうってことだもんね。
それなら、もっといい方法があると思うの。
理性なんてかなぐり捨てて、感情のままに、あるがままに、自分の為だけに振る舞うの。
そうしたら、きっとそれは素敵なことだと思う。
あぁ、もしもこの声が彼に届いたのならば……
彼をもっと、素敵な姿にしてあげられたのに
開花:E.G.O.『星海放浪』