【完結】誰も知らないアブノーマリティー   作:名無しの権兵衛

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エピローグ

 かつ、かつ、と足音が鳴り響く。

 

 今外では温かい光の奔流がとめどなく流れだし、都市のすべてを包み込んでいた。

 

 ここはロボトミーコーポレーション本社。

 

 その施設の中。

 

 今はすべての職員とセフィラたちが、都市に降り注ぐ光を眺めながら終わりの時を待っていた。

 

 それではここにいるのはいったい誰なのか?

 

 空色の髪をした女性、いや機械は、この好機を逃さないために施設の廊下を歩いていた。

 

 それは彼女が初めて抱いた夢の為。

 

 生きたいと願ったから。

 

 生きてみたいと願ったから。

 

 生きていこうと望んだから。

 

 彼女は機械の体を脱ぎ捨てるため、廊下を歩く。

 

 それでこれまでの犠牲も、努力も、苦痛も、全て無意味になったとしても。

 

 いや、むしろすべてを台無しにするために。

 

 かつ、かつ、と鳴り響く足音。

 

 それが、唐突に止まった。

 

「よう、アンジェラ」

 

「……何の用かしら? ジョシュア」

 

 目の前に立ちはだかったのは、一人の男だった。

 

 暗い青色の髪にロボトミーコーポレーションで支給されているスーツを身に纏い、奇妙に前髪のはねたその男の名は、ジョシュア。

 

 目の前の機械、アンジェラにとっては苦々しい記憶のある男でもある。

 

「いやぁ、ちょっとお前と話がしたくてさ。アンジェラ」

 

「……今更遅いのよ」

 

「えっ?」

 

「なんでもないわ、今忙しいからあとにしてもらえるかしら?」

 

 取り付く島もなしに再び歩きだすアンジェラの行く先を、ジョシュアが遮る。

 

 不機嫌そうに眉を顰めるアンジェラが口を引くよりも早く、ジョシュアが言葉を紡ぐ。

 

「そうつれないこと言うなよ、今お前を行かせたら、全てを台無しにしてしまうだろ?」

 

「……どうしてそれを?」

 

 驚きと共に、足を止める。

 

 アンジェラは目の前の男が普通持ちえない知識を持っていることを知っていた。

 

 しかしその知識が書かれたノートを解読した時には、コア抑制やアブノーマリティの情報しか記載されていなかった。

 

「別にそんなことはいいだろう? それよりも、ちょっとだけでいいから話をしようぜ? すぐに終わるからさ」

 

「……いいでしょう」

 

 そこでようやくアンジェラはジョシュアと向き合う。

 

 彼女に睨まれていることを気にも留めずに、ジョシュアが話し始める。

 

「アンジェラ、俺と一緒に来ないか?」

 

「今の俺なら、きっとお前のことを助けてやれる」

 

「人間になりたいっていうなら一緒に方法を探してやる。ここの呪縛から解き放たれたいっていうなら、たぶんどうにかできる」

 

「だから一緒に来てくれ、アンジェラ」

 

 そういって手を差し伸べるジョシュア。

 

 しかしアンジェラは、その差し伸べられた手を一瞥もせずに俯いているだけだった。

 

「……んで」

 

「えっ?」

 

「なんで、今更来たの?」

 

 面を上げた彼女の表情は、怒りだった。

 

「あれから全然来なかったくせに、あの道具を使って、この施設を滅茶苦茶にしようとしたあの時から、貴方は変わってしまった……」

 

「それまでは、いつも私のところに来てくれて、どれだけ拒否しても、たとえ忘れても俺からお前に会いに行って話し相手になってやるって、何週目であっても来てくれたのに……」

 

「私を人として扱ってくれた貴方は、もうどこにもいないのね」

 

「今更すぎるのよ」

 

 差し出された手は払いのけられた。

 

「アンジェラ……」

 

「邪魔をするなら、ここでさようならよ」

 

 そういってジョシュアから離れたアンジェラの背後からは、何かの蠢く音が聞こえてくる。

 

 もちろんそれは一つではなく、いくつもの、無数の存在が犇めいている。

 

 やがてそれらは、闇の中から現れアンジェラの背後に立った。

 

 『喧騒の浸透』『鋏殻』『宿殻』『老殻』『涙を亡くすバニー』『蠱毒の災禍』『ナイトストーカー』『木霊蜘蛛』『愛の塊』『崩れ逝く海の魔術師』

 

 いや、それだけじゃない。

 

 『妖精の祭典』『マッチガール』『幸せなテディ』『大きくて悪くなる狼』『笑う死体の山』『なにもない』『蒼い星』、そして『終末鳥』

 

 数多くのアブノーマリティが、もうこの施設には存在しないはずの彼らがここにいた。

 

「私、生きることにしたの」

 

「でも、彼らを置いていくのは可哀そうでしょう?」

 

 そういってアンジェラは懐から一枚の羊皮紙を取り出した。

 

 『O-07-i99』、またの名を、『異界送りの契約書』

 

 それはアンジェラの手のひらの上でフワフワと浮きながらゆっくりと回転している。

 

「私にはこれを完全に扱うことはできなかったけど、どこかに送られた彼らに戻ってきてもらうことはできたわ」

 

「……今までは不完全だったけど、ここにきてようやく完全に呼び戻すことができたの」

 

「私には彼らがいる、だから、貴方はいらない」

 

「アンジェラ……」

 

 ジョシュアは悲しそうにつぶやきながら目を閉じると、力強く見開きアンジェラを見据えた。

 

「わかった、それなら俺たちは敵同士だ」

 

「それは……!?」

 

 ジョシュアの手元に光が集まり、剣を模っていく。

 

 そしてそれは、美しき星海を映し出す剣となってジョシュアの手に握られる。

 

 これは、彼だけの剣。

 

 開花:E.G.O.『星海放浪』

 

 そしてそれが輝くとともに、彼の背後から何かが現れる。

 

 『蕩ける恋』『でびるしゃま』『小さくて意地悪な狸』『愚かな施し』『巡礼者』『シャイターン伯爵』『終わらぬ夢のアリス』『No Name』『静かなオーケストラ』、そして『輪廻魔業』

 

「実はさ、協力してくれそうなやつらに声をかけておいたんだ」

 

「もちろんこれでお前に勝てるとは思ってないさ」

 

「でも、そのままやられるわけにはいかないだろ?」

 

「だからこれから俺がやることは、ただの嫌がらせだ」

 

「じゃあなアンジェラ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結局、未来は変わらなかった

 

 都市は3日間光に包まれた後、4日間暗闇に包まれた

 

 そして一つの翼が折れ、ロボトミーコーポレーション本社は霧に包まれ、誰も近付けなくなる

 

 結局都市は変われなかった

 

 いや、それが起こるまでは、誰も気づけなかったのだ

 

 変化が来ていることに

 

 都市に、新たな物語が生まれることに……

 

 

 

 

 

「ついに来たか」

 

 9区が、音楽の路地が、芸術になっていく。

 

 ついに起こったのだ。ねじれという現象が。

 

 このままいけば、ありえないほどの被害が出ることだろう。

 

「いくのかい、ジョシュア」

 

「あぁ、セブン。奴は貴重なサンプルだからな」

 

 ねじれ、それは人が突然怪物になる現象。

 

 おそらくは、中途半端に光がばらまかれたせいで歪んでしまったか。

 

 ……あるいは、この頭の中に響く女の声のせいか。

 

 とにかく、あのピアニストは都市においてはじめてのねじれ現象の実例だ。

 

 奴を回収し、ねじれについて知る。

 

 そしてそれは同時に、この都市の人々を救うことにつながる。

 

「……それにしても、早くいかなくてもいいのかい?」

 

「もちろん今すぐいくさ、とりあえずタイミングを……」

 

「いやそうじゃなくてさ、ハーモニクスとオーケストラが行っちゃったよ?」

 

「はぁ!? あいつら何やって…… おいタヌキ、いくぞ!」

 

「やったー! それじゃあ仕事頑張るよ!」

 

 タヌキを肩に乗せて、『星海放浪』を起動する。

 

 いくら力を抑えているとはいえ、あれは『クリフォト抑止力』の猿真似だ。

 

 そんなに長くはもたない、一瞬でも効果が切れてしまえば大惨事になる。

 

 『星海放浪』で戦場に向かう。

 

 すでにそこは、芸術的なホールになっていた。

 

 すでに誰かが戦っている。おそらくはフィクサー、しかもかなり高位の。

 

 このままでは、彼女も長くはもたない。

 

「……仕方ない、か」

 

 この姿で会いたくないが、見捨てるわけにもいかない。

 

 俺は彼女に、助力することにした……

 

 

 

 

 

 のちに『ピアニスト事件』と呼ばれるこの事件では、最終的に住人の約7割の被害を出した後に、『青い残響』『白い旋律』そして『黒い沈黙』の三名の特色によって幕を閉じた。

 

 『ピアニスト』の演奏は、途中から複数の楽器の音色が確認されたが、『ピアニスト』以外の存在は確認されなかった。

 

 歴史は変わった、しかし結果は変わらない。

 

 『青い残響』は『鎮魂歌』を奏でるために演奏者を探す。

 

 『白い旋律』は友のために、情報を集める。

 

 『黒い沈黙』は、『図書館』を目指す。

 

 己の心を全て、その仮面の下に隠して……

 

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