最近どうにも変な感じがする。この教育部門で収容されたアブノーマリティーたちの反応が、なぜか引っかかる。ほかの職員の話ではいたって普通にしており、初めに警戒されているという話は聞かない。彼らは一体俺の何に反応しているのだろう?
「ジョシュア先輩、どうしたんですか?」
「あぁ、ハルか。すまん考え事してた」
「なんかわかりませんが、あんまり無茶しないでくださいね。先輩に倒れられたら大変なんですから」
「大丈夫だよ、それよりお前も早く作業に行ってこい」
「はい!」
ハルは教育部門に新人で入ってきた職員だ。明るくムードメーカーで、来て早々みんなになじんでいる。
ハルが走り去っていく姿を見て、俺も今日の作業に向かうことにする。いつまでもうじうじ考えていても仕方がない、そんなことよりも前を向いて歩くしかないのだ。
「さて、今日のアブノーマリティーはっと…… げぇ」
資料を確認すると、今日収容されたアブノーマリティーは『O-02-i23』、またオリジナルに分類されるアブノーマリティーだ。先ほどまで前の二体について悩んでいたので、なんとなく気が重くなる。
重い足を引きずりながら歩いていると、気が付けば『O-02-i23』の収容室の目の前まで来ていた。気持ちを切り替えて収容室の扉に手をかける、そして何が来ても動揺しないように注意して扉を開いた。
「……おや、こんなところでも君たちに出会うとは」
「……おいおい、完全に関係者だろ」
懐かしい磯の香りの漂う収容室には、巨大なエビが存在していた。それはこれまた大きなライフルを持っていて、自分の肩? に立てかけるように担いでいた。その海産物のフォルム、明らかに銃を撃ちそうな持ち物、そして今まで通りしゃべる点からも、こいつが今まで収容されてきたアブノーマリティーたちと関連している可能性がかなり高いことがわかる。
俺はいつも通り食料を渡して、慎重に会話を試みる。
「あんた、さっきの言葉の意味はなんだ?」
「その質問に答える前に、わしの質問に答えてほしい」
「まて、今は俺の……」
「おぬし、この世界の存在ではないな?」
「……!?」
今、こいつは何を言った? もしかして俺が転生しているということを…… いや、そんなはずはない。なるべく動揺を悟られないようにしなくては。
「何を言っている、それよりもお前のほうが別の世界から来たんじゃないのか?」
「ふむ、その可能性もなくはないかもしれんのう。しかし、おぬしの場合は、なんというか中身と器が別々なような気がしてのう」
「なんだよそれ……」
「つまりは、おぬしの魂は別の世界のものじゃな?」
……まずい、こいつは何かを知っている。話題をそらすか、収容室から出ていくのも手かもしれない。
「別に警戒する必要はないぞ? ただわしらは異界の存在にちと敏感でな、異界の存在というだけで警戒してしまうのだ。別におぬしの秘密まで探ろうというわけではない」
「……それを、どうやって信じろと」
「ふむ、それならおぬしの質問になんでも答えよう。答えられる範囲でじゃがな」
うーん、それなら確かに聞きたいことはいくらでもある。だが本当にこいつの言うことを信じていいものだろうか? 少なくとも保険くらいはかけておくべきだろう。
「それなら約束してくれないか? 俺のことは誰にも話さないと」
「それくらいならお安い御用じゃ。約束は必ず守ろう」
「わかった」
とにかく信じないことには話は進まない。それに、俺の知らない情報を得るための絶好の機会だ。この機会を逃す手はない。
「それじゃあ、なんで俺が別の世界の存在だと思ったか教えてくれないか?」
「それは単純じゃ、おぬしらが外郭と呼ぶところにあるわしらの住んでいた場所では、おぬしのように異界からくる招かれざる客がよく来ておった」
「招かれざる客?」
「うむ、わしらの故郷である『崩海』では、異界とつながってしもうたせいで恐ろしい存在たちが跋扈するようになってしまったのじゃ。異界の存在はなぜか我々を目の敵のように襲ってきた、それ故にわしら兄弟はこの世界の存在でないものに対して敏感になりにおいで判別できるようになったのじゃ」
「その兄弟っていうのは……」
「おぬしもあっただろう? わしと同じくらい大きなカニとヤドカリじゃ」
「!?」
こいつ、なぜほかの二体がここに収容されていると知っている? こいつにそれを知るすべはないはずだぞ!?
「なぜ、という顔をしておるのう。それはわしら兄弟がどこにいるか互いにわかるからなんじゃが、別にそんなことはよい」
「なに?」
「ほかにも知りたいことがあるじゃろう?」
「そんなに話してくれるのか?」
「うむ、別に話しても困ることなんてあるわけではないのう。それに、こうやって信頼関係を築いておいたほうがここでの生活はいいものになりそうじゃしのう」
「……そうか」
こいつ、ほかの二体と違ってだいぶ理性的というか、会話ができるな。正直かなり恐ろしいが、まだ話せる分ましなのかもしれない。だが、こいつらが本当に安全と決まったわけではない。いや、必ずどこかに裏があるはずだ。俺にできることは、その裏が表面に出ないように努力することだけだろうか。
「それじゃあ次の質問だ。お前たちの目的はなんだ、なぜこの施設に来た?」
「ふむ、わしらはここに連れてこられたのじゃがな。とはいえいつまでも『崩海』にいては、命が足りなくなってしまうのでなぁ。別によいかと思ってくることにしたのだ」
「なら目的は?」
「そうじゃのう、腹いっぱいご飯を食べさせてもらえたら、それで十分じゃ」
「お前たちはみんなそうだな」
「ふぉっふぉっふぉっ、みな育ち盛りでのう」
こいつらの目的はみな一致している。口裏を合わせたという可能性もなくはないが、少なくともあのカニはそんなことできるようには見えない。しかしやっぱり何か裏があるような気がしてならない。
「それじゃあ、次の質問だ。その異界の存在っていうのは、どんな奴らなんだ?」
「ふむ、語れることは多くない。明らかに異様なものもいれば、わしらと大差ないものもいる。中でも恐ろしいのは『異界の主』じゃ」
「『異界の主』?」
「あれは眠り続けているが、遠くから見ただけでも恐怖を感じた。あれを目覚めさせてはならないのじゃ」
「なるほどな……」
それからもいくつか疑問に思ったことを『O-02-i23』に質問していく。こいつはいろいろなことを知っており、俺の質問のほとんどに答えた。
「なんというか、随分と物事を知っているな」
「もちろんじゃ。なぜなら、豊富な知識は身を助けるのだ。身に着けておいて損はないのじゃよ」
「……それもそうだな」
確かにこいつの言うことも一理ある。俺もゲームの知識があったから助かったことが何度かある、それにこっちに来てからも学び続けたおかげでここまで生きていけたのだ。
「さて、それじゃあそろそろお開きにさせてもらうぞ」
「おぉ、少し待ってくれ」
「なんだ?」
『O-02-i23』の言葉に足を止めると、『O-02-i23』は肩にかけていたライフルを手に持ち、上に向けた。
「何か困ったことがあればわしに言うがよい、必ず助けになろう」
「その銃で援護してくれるのか?」
「うむ、もちろんだ」
その言葉を聞いて、今度こそ収容室から出ようとする。そこで、ふときき忘れていたことを思い出した。
「すまん、最後に聞いておきたいことがあるんだが……」
「うん、なんじゃ?」
「『黒い森』って知ってるか?」
『黒い森』、それはある意味において、ロボトミーコーポレーションの重要な設定だ。この世界に転生してからいろいろと情報を集めてきたが、俺の情報収集能力ではどうしても限界があった。結局『黒い森』に関する情報を集められず、彼らがいるのかもわからなかったが、もしかしたら『O-02-i23』なら何か知っているかもしれないと、淡い期待を寄せていた。
「『黒い森』とな…… すまんのう、わしは聞いたことがないのう」
「そうか、同じ外郭なら知っているかもと思ったんだけどな」
「……ほう」
『O-02-i23』はそれっきり何も話さなくなってしまった。俺ももう聞くべきことは聞けたので、収容室を後にした。
様々な有益な話は聞けたが、結局『黒い森』の情報については何も得られなかった。あれほどの知識を持つ『O-02-i23』でも知らないということが、多少引っかかったりもしたが、それも仕方がないと考える。まだ今の俺では知ることができないか、もしかしたら『黒い森』自体がないのかもしれない。
だが、もし『黒い森』がないのなら、ここはどこなのだろうか?
そんな一抹の不安を抱えながら、俺は次の作業に向かっていく……
O-02-i23 『おいしそうなエビ』