誰も知らないアブノーマリティー【二周目開始】   作:名無しの権兵衛

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Days-02 T-05-i10『こうすれば、見てくれるんだね?』

今俺の目の前には2人の男が立っている。チャラそうな金髪の男と、赤髪の厳つい男だ。

 

「ロバートでーす! 先輩方、よろしくお願いしまっす!」

 

「ルビーよ、よろしくね。姐さんって呼んでくれると嬉しいわ」

 

 

「……これはまた、個性的だな」

 

個性的すぎる新人に圧倒されながら、今日の業務について説明する。

 

「今日は『T-01-i12』*1と『T-05-i10』の作業を行う。それぞれ順番にロバートとルビーが『T-01-i12』を、『T-05-i10』は俺とリッチとシロが交代で作業を行う」

 

「『T-01-i12』については渡した資料を読んでくれ」

 

「了解っす」

 

「わかったわよ」

 

「それじゃあ武運を祈る」

 

 それだけ言うと俺たちは、それぞれの仕事に向かっていった。

 

 ……まったく、なんで俺がこんなリーダーみたいなことをしなければいけないのか。シロはまず無理だし、リッチが面倒くさがって俺に押し付けさえしなければこんなことにはならなかったのに。

 

「まぁ、文句を言っても仕方がないか」

 

 とにかく俺にできることはあいつらを死なせないように手を尽くすことだ。生きるか死ぬかはあいつら次第でしかない。

 

「さて、ようやくついたな」

 

 ようやく『T-05-i10』の収容室の前につくと、その扉に手をかける。昨日は失態を犯したが、今回も同じではない。いったいどんなアブノーマリティーが出てくるかわからないが、絶対に生き残ってやる。

 

 

 

 

 

「……何だこりゃ?」

 

 収容室の中に入ると、部屋の真ん中にポツンと金魚鉢が置いてあった。金魚鉢の中では歪な形をした魚のような存在が泳ぎ回っている。その小さな体に不釣り合いな目玉がこちらをぎょろりとのぞき込む。

 

 ……なんというか、気味の悪いアブノーマリティーだ。魚のくせして意思があるように感じる。金魚鉢の中から感じる視線を無視して、作業に入る。

 

 とりあえず魚にえさを与えてみる、生き物だから飯を食うだろうという安直な発想だ。

 

「いてっ、もしかして微妙なのか!?」

 

 えさを与えると、いきなり手に傷が入った。なんだよこいつ、もしかして本能作業はお好みではないか? その割には嬉しそうにえさを食べているが……

 

 とにかく作業時間が終わるまで本能作業を行ってみたが、なんというか全身傷だらけになってしまった。ここまでくると、本当にダメな作業だったのかもしれない。

 

「くっそ…… おいシロ気をつけろよ、どうやら本能作業はお嫌いらしい」

 

 俺の話をちゃんと聞いたかは定かではないが、シロは俺を一瞥すると収容室の中に入っていった。

 

 ……本当に何だったんだあのアブノーマリティー、今後絶対本能作業なんてしてやるもんか。

 

 ちなみに傷だらけの状態でメインルームに帰還するとリッチに爆笑された、解せぬ。

 

 

 

 

 

 

 

「あれ、お前なんか元気がなくなってきてないか?」

 

 こいつを収容してから数日経つが、なんだか元気がなくなっている気がする。なんというかこういうのは『美女と野獣』がいるから嫌な予感がする。これ以上弱らせないためにも、何らかの方法をとらなければならないはずだ。

 

 とりあえず思い浮かぶのは、本能作業だ。あの時はダメージが出かかったがこの魚自体は嬉しそうにしていた気がする。それにえさを与えていないから弱っているのかもしれない、とにかくやれるだけのことはやってみよう。

 

「まったく、毎度のことながら面倒だな」

 

 結局、作業が終わるころには傷だらけになってしまった。洞察作業ではここまでではないので、明らかに相性が悪そうだ。

 

 ついでに、えさを与えてみたものの、やつの元気が回復することはなかった。しかしこれでやつの衰弱が弱まればいい。とにかく何かが起こってからでは遅いからほかのやつらにも伝えて情報を共有させておこう。もしかしたらほかにいいアイデアも出てくるかもしれない。

 

 

 

 この情報共有の後、定期的に本能作業を行うこととなり、これ以上魚が衰弱することはなくなった。とりあえずこれで不安要素を取り除くことができた。だから油断してしまったんだろう、まさかあんなことになるだなんて予想もしてなかったんだ……

 

 

 

 

 

 

 

 『T-05-i10』の収容室では、今ロバートが作業をしている。彼にとって、今はお楽しみの時間であった。

 

「よっ、ほらっ、どうなんだっ、よっ!」

 

 手には警棒を持ち、魚をいたぶり続ける。いつもと変わらない調子で、とても楽しそうに。

 

 彼には加虐願望があった、特に抵抗できない相手を一方的に嬲る事が好きだった。しかし、同時に常識があったから今まで表面に出ることはなかった。

 

 だが、ここでは作業として暴力をふるうことができた。しかも、相手は不死身の存在だ、やりすぎるということがない。彼にとってここでの業務はとても楽しいものだった、特に抵抗できない相手に暴力をふるうのは最高の気分だ。

 

 わざわざ警棒を使っているのも、少しでも長く楽しむためだ。

 

「おらっ、おっ? なんか反応がなくなってきたな」

 

 魚の反応が悪くなってきたことを不思議に思ったロバートは手を止めると、魚をつかんで確認した。すでに魚は見るも無残な姿となり、完全にこと切れてしまっていた。

 

「おいおい、俺っちもしかしてやっちまったか? まぁこいつ等はすぐに復活するから別にいいか」

 

 魚が事切れてもその程度の反応だった。彼は手に持った魚を投げ捨てると、機嫌が良さそうに鼻歌を歌う。先ほどまでの暴力に酔いしれ、高ぶってしまっていた。

 

 だからこそ、彼は気づくことができなかった。鼻歌を歌いながら収容室を後にしようとするその背後で、金魚鉢の中の水が魚もいないのに波打っていることに……

 

 

 

 

 

「……あれ? ロバートのやつ、ずいぶん時間がかかっているな」

 

 『T-05-i10』に定期的に本能作業を行うようになってから数日後、リッチと一緒に昼食を食べているときに、ふと思ったことを口に出す。もう昼食時だというのにロバートのやつがまだ飯を食いに来ていないのだ。

 

「あぁ、それならたぶんお楽しみ中だ」

 

「お楽しみ?」

 

「あぁ、本人は隠しているようだが、あいつは抑圧作業を行うといつもより長いんだ。たぶんはまっちまってんだろうな」

 

「なんだよそれ、どれにやってんだ?」

 

「今日は確か『T-05-i10』だな、それにしても時間がかかりすぎな気もするが……」

 

「……なんだか嫌な予感がする」

 

 そもそも不死の存在であるのがアブノーマリティーだ。あの魚がだんだん弱っていっていたことは、何かのトリガーな気がしてならない。それに対して抑圧作業を行うことが、俺にはどうしても危ないことに感じた。

 

「リッチ、ちょっとついてきてくれ。急いで確認しにいかないと」

 

「はぁ? いきなりどうしたんだジョシュア、どこに行こうっていうんだ?」

 

「わかるだろ? 『T-05-i10』の収容室だ」

 

「……わかったよ」

 

 俺の雰囲気を感じ取ったのか、リッチはすぐに行動してくれた。念のためにお互いにE.G.O.を手に持って急いで収容室に向かう。

 

 収容室に近づくにつれて嫌な予感はどんどん大きくなり、危機感が募る。

 

「ついたぞ、ジョシュア」

 

「よし、せーので行くぞ」

 

「わかった、せーの」

 

 二人で勢いよく『T-05-i10』の収容室のドアを開ける。すると中にはすでに、ロバートの姿は見当たらなかった。部屋の中央ではいつものように金魚鉢の中で魚が泳ぎまわり、収容室の中は鮮血で彩られて遺体どころか肉片一つ見当たらなかった。

 

「ロバート!! 大丈夫か!?」

 

「だめだな、どこにも見当たらない。それどころか、この出血量なら生きてても長くはないな……」

 

「……いや、ちょっと待て」

 

 部屋を観察していると、奇妙なものを発見してしまった。それは、金魚鉢の中で泳いでいるはずだった魚の遺体であった。

 

「これは、あの魚か? しかし、すでにここに……」

 

「いや、違う」

 

 そこで、手元の魚と金魚鉢の中の魚を見比べてしまった。金魚鉢の中の魚は手元の魚より一回り大きく、その体のパーツの中に、金色の髪の毛が混じっていた。よく見ると肉の間にもE.G.O.の切れ端が挟まっている。これらは、どれもロバートのものだった。

 

 そして、金魚鉢の中の魚と目が合う。まるで何かを訴えているように……

 

「……まさか、ロバートなのか?」

 

「おい、どうしたジョシュア?」

 

 手元の魚を床に置くと、金魚鉢に近づく。うまく体に力が入らずふらふらとしてしまうけれど、何とか動くことができた。

 

「何やってんだ、今そいつに近づくな!!」

 

「はなせ、あそこにロバートがいるんだよ!!」

 

「あそこにいるのはただの魚だ、それにあいつを出したら何があるかわからんぞ!」

 

「ロバート、ロバートォォォ!」

 

 結局、俺はリッチとほかの職員に押さえつけられ、カウンセリングを受けることとなった。

 

 さらに、その後の調査であの魚から人間と同じDNAが検出され、それがロバートと同じものであることが分かった。

 

 俺は、ついに古くからの仲間を失ってしまった。仲間の死には慣れているつもりであったが、それでも大きなショックを受けてしまった。もっとやつのことを見ていれば、『T-05-i10』の危険な可能性についてもう少し話していたら。そんな考えが出ては消えていく。

 

「……ジョシュア」

 

 ロバートのことを考えていると、リッチが話しかけてきた。正直、今は誰とも話したくはなかった。

 

 だが、リッチはそんなことはお構いなしに話しかけてきた。

 

「ロバートのことは残念だったな」

 

「……」

 

「俺は何も言わない。ただ、お前を待っている奴らもいるってことを、忘れるなよ」

 

「……そうか」

 

 リッチはそれだけ言うと、どこかへ行ってしまった。彼の少ない言葉は、今の俺にはありがたかった。もう少し気持ちに整理がついたら、ちゃんと話をしよう。そうおもって立ち上がると、ばったりシロに鉢合わせてしまった。

 

「……よう、シロ。奇遇だな」

 

「……」

 

「なんだよこれ、チョコレート?」

 

 シロは何も言わずチョコレートを俺の口に押し付けてきた。口を閉ざしたままだとぐりぐりといつまでも押し付けてくるので、仕方なく口を開くとチョコレートをねじ込まれた。甘くて優しい味が口の中に広がる。

 

「ブオッ!? もう少し優しく頼むよ……」

 

「…………元気出た?」

 

「……えっ? あ、あぁ、元気出たよ?」

 

「…………そう」

 

 それだけ言うと、シロは何も言わずにどこかへ行ってしまった。シロの声、初めて聴いてびっくりしたが、意外とかわいい声だった。もしかしたらさっきのは、彼女なりの励ましだったのかもしれない。

 

 俺を待っている人がいるか…… ならばせめてそいつらだけでも助けていこう。もう二度と、こんなことを起こさないように……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 昔はよかった、みんながボクを見てくれたから

 

 あの子が生まれたお祝いに飼ってたお魚のお世話をするために、毎日僕を見てくれた

 

 あの子の笑顔が好きだった、ボクを大切にしてくれてうれしかった。

 

 だけど、お魚が死んでしまって、ボクは家の外の倉庫にしまわれてしまった

 

 もうずっと誰も見てくれなくて、悲しくってずっとほこりをかぶっていた

 

 そんなとき、水がいっぱい流れてきて、ボクのいた倉庫も水浸しになってしまった

 

 でも、偶然ボクの中に珍しい魚が入っていたんだ

 

 あの子はまた喜んでボクを見てくれた、ボクはそれが嬉しかった

 

 だけど、それもまた長くは続かなかった

 

 魚が死んだらボクはお払い箱だった

 

 それだけは嫌だ、何とかしなければ

 

 何とかして珍しい魚をボクの中に入れれば、またボクを見てくれる

 

 そんな時、ボクの倉庫の中に泥棒が入ってきた

 

 ボクは思った、彼で魚を作ろうと

 

 初めて作った魚は不格好だったけれど、あの子は喜んでくれた

 

 そうか、こうすれば、見てくれるんだね?

 

 ボクはあの子のために魚をいっぱい作った、ボクは幸せだった

 

 そんなある日、あの子はボクを捨てようとした

 

 なんで? わからないよ

 

 君のために魚をいっぱい用意したのに、君は全部捨ててしまった

 

 君と離れるのは嫌だ、だから

 

 

 

 

 

 ボクはもう一度魚を作ることにした

 

 

 

 

 

 T-05-i10 『幸せな金魚鉢』

 

*1
『蕩ける恋』


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