「お前も俺様を食べる気か?」
「いや、食べねぇよ」
毎度のことながら来たばかりのアブノーマリティーへの作業のトップバッターを務めることになった俺は、意味不明な状況に置かれることとなった。『F-02-i06』の収容室には天井からつるされた茶色い革袋のようなものが、開口早々意味不明なことを言ってきた。よく見ると目と口がついている、ちゃんと考えてもよくわからない生ものだ。
しゃべることもそうだが、こいつを食うという発想そのものが意味不明だった。だが、『F-02-i06』は俺の返答に満足したのかうんうんうなずいている。
「そうか、危うく食べちまうところだったぜ」
「こえぇな、ていうか食えるのかよ?」
「おう、お前なんて一飲みだ」
会話できるアブノーマリティーがいることは知っていたが、初めて出会ったやつがこんなに意味の分からないものだなんて。
とりあえず話しかけてくる『F-02-i06』を無視して作業の準備をする。食う食わないと言っているから、とりあえず本能作業を行っていく。『F-02-i06』に食料を渡すと、やつはおいしそうに食べ始めた。
天井から垂れる縄をみょんみょん弾ませながら、床に置かれている食料を器用に食べていく。なんというかその不思議な食べ方は、なぜか面白くて飽きない光景であった。
そのまましばらく食料を食べる『F-02-i06』を眺めていると、作業が終わるころには『F-02-i06』は少し大きくなったような気がした。
「……なんかでかくなってねえか?」
「あぁ? そういって俺様を食べる気か?」
「いや食わねえよ……」
とりあえず俺はこの情報を持ち帰り、本能作業はなるべく行わないように伝えておく。明らかに面倒ごとになる予感しかない……
「おい、リッチ知らないか?」
「いや、どこかで油売ってるんじゃないんすか?」
「ならいいが…… とりあえず作業行ってくるか」
「いってらっしゃーい」
休憩室でロバートとの会話を終えると、俺は再び『F-02-i06』収容室に向かった。正直面倒だが、早く『F-02-i06』の情報を集めなければ、他のやつらに任せることができないからだ。
「よう、元気……か……?」
「おう、やっぱり俺様を食べる気か?」
『F-02-i06』の収容室に入ると、やつはなぜか一回り大きくなっていた。明らかにおかしい。
「おい、お前なんで大きくなってるんだよ」
「食われそうになったから食っただけだ」
「食った? ……もしかして」
そこで俺は、リッチが俺の前に作業をしていたことを思い出した。まさかこいつ、リッチを食べやがったのか!? 『F-02-i06』の皮が激しく暴れ始める、動き的に明らかに中に誰かいる。
「お前、リッチをどうした!?」
「だから、食べたのさ。そういっただろう?」
「てめぇ、よくも!!」
怒りで我を失いそうになるが、何とか抑えて『F-02-i06』にショコラを突きつける。すると、それを見た『F-02-i06』が怒りをあらわにした。
「お前もやっぱり俺を食べようっていうんだな……」
『F-02-i06』がそう言い終わると、俺は悪寒を感じて収容室の扉に向かって転がるように避けた。すると、さっきまで俺のいた場所にやつの口がかみついているところが見えた。
……やっぱり、さっきのは食らったらまずい奴だった。俺は身の危険を感じて収容室の外に出ようとすると、『F-02-i06』は体を激しく揺らして縄を引きちぎり、床に落ちた。そしてそのまま床を転がりながらこっちに向かってきた。
「はぁ!? なんだそのふざけた移動方法は!!」
「今食ってやるからな!!」
「ふざけるな!!」
収容室を飛び出すと、俺に続いて『F-02-i06』も飛び出してきた。くそっ、収容違反だ! 俺のせいでこうなってしまったことを悔やみつつ、こいつを倒す方法を考える。
「管理人! 『F-02-i06』が脱走した! 他の職員を避難させてくれ!」
『了解! ジョシュア、健闘を祈る』
「ありがとよ!」
ショコラでけん制しつつ管理人にインカムで連絡を取り、職員の避難を行うように伝えるとすぐに緊急アナウンスが鳴った。オフィサーたちが慌ただしく逃げ回る中、エージェントたちが現場に向かって走ってきた。
「お前たち! やつはこちらを丸のみにしてくる、接近するときは気をつけろ!」
「了解っす、やってやるよ!」
「ちょっとまっ、ロバァァァト!!」
俺の忠告を無視して『F-02-i06』に警棒で突っ込んできたロバートは、そのまま転がる『F-02-i06』に飲み込まれてしまった。
どんな食い方だ、キ●ートマトかよ!?
「何しに来たんだ!?」
「あら、これは私はお払い箱かしら?」
「悪いが避難誘導に行ってくれ」
「わかったわ、任せたわよジョシュアちゃん、シロちゃん」
ロバートの末路を見た警棒装備のルビーは、遠距離武器であるショコラを持つ俺とシロにこの場を任せて離れていった。
そうしている間にも『F-02-i06』はオフィサーを飲み込みながらどんどん大きくなっていく。
「ちっ、このままだとまずい。シロ、俺がひきつけるから回り込んでこいつの後ろから攻撃してくれ」
俺の指示を聞いてシロは廊下の向こう側に走っていった。 ……さぁ、ここからが正念場だ。
「来いよ糞ダルマ、ぶっ潰してやるよ」
「お前も食ってやる!」
後ろに下がりながらショコラで撃ちまくり、ダメージを与えていく。最初より明らかに遅い、どうやらこいつは食べれば食べるほど動きが遅くなっていくらしい。
「やることが馬鹿の一つ覚えだな、他にできることはないのか?」
「うるさい、それも食ってやる!」
「やれるもんならやってみな」
そういいながら『F-02-i06』は、廊下に置いてあるものをすべて平らげながらこちらに向かってくる。
「どんだけ大食らいなんだよ……」
「ぐぐぐっ、前も後ろもいてぇ」
どうやらシロが後ろについたようだ。このまま挟撃して終わらせようと考えていると、『F-02-i06』が急激に加速してきた。
俺はバックステップでよけようとして、背中が壁にぶつかってしまった。このままだとやつに食われてしまう、進む先にあるものをすべて食べながら進んでくる『F-02-i06』が目の前まで来て俺を食べようとして思わず目を閉じようとして、せめて最後に一矢報いようと目をそらさずにショコラを向ける。そして大きな口が開いて……
『F-02-i06』は大きくなりすぎた体が壁に引っかかって、動けなくなってしまっていた。
……えぇ
「う、うごけねぇ」
「いや、なんでだよ」
思わず呆然としてつぶやくと、突然『F-02-i06』が破裂して、リッチやロバート、オフィサーや『F-02-i06』が今まで食べたものがすべて出てきて、何事もなかったかのように動き出してどこかへ行ってしまった。それはさっきまで食べられていたやつらとは思えないほど自然すぎる動きであった。
「……いや、本当になんでだよ」
こんな会社に来たのだから、不思議なことに巻き込まれることは覚悟していたが、これほど意味が分からないことになるとは思わなかった。俺は同じように立ち止まっているシロとともに、しばらくその場から動けなかった。
貧しい家族に食べられそうになったそれは、彼らを食べて逃げ出した
それからも道行くものをすべて飲み込みながらどこまでも進んでいく
それは食べられたくなかった、だから進み続けた
しかしそれも長くは続かない、自分が食べたもののせいで破裂してしまった
破裂したなにかは、風に吹かれて転がっていった
転がりながらも考えるそれは、次第に元の形に戻っていった
そしてもう一度転がり続ける、絶対に誰かに食べられないように
F-02-i06 『吊るされた胃袋』