「……ジョシュア、おいしい?」
「あぁ、なかなか良い味だな。そっちはどうだ?」
「……うん、こっちもおいしい」
あれからしばらくして、シロの口数は多くなり表情も柔らかくなってきた。とはいえ、俺以外の奴らにはまだよくわからないらしいが。
今日もシロと一緒に昼食を食べている。最近はいつも彼女と一緒に食べている気がする、リッチを誘ってもなかなか来てくれない。そのことを少しさみしく思いながら、シロとの会話を続ける。
「今日来たアブノーマリティーは色々とひどかった。昨日の『O-01-i37』*1も大変だったが、今日は別の意味で疲れたよ」
「……どうして? そんなに危なかったの?」
「いや、生理的に無理だったんだ……」
今日の作業の愚痴を話すと、彼女は俺の話を真剣に聞いてくれた。なにげに彼女は聞き上手だから、こちらも話す話題が尽きない。
「それでこの前『O-03-i07』*2の収容室に行ったらさ……」
「……ふふっ」
『O-01-i33』*3との戦闘以来、シロの笑顔が増えてきた気がする。こうして一緒に笑い合える日が来るというもの、はじめの頃を考えれば感慨深いものがある。こんな職場だ、これからも彼女がこうやって笑って生きていけるように頑張っていこうと思う。
「そういえば……」
この前遭ったひどい話をしようとしたその時、突然食堂の電気が消えた。それは本当に何の前触れも無く、突然の出来事だった。
「なんだなんだ?」
「やだ、停電かしら?」
突然電気が消えたことで、周囲の職員たちがざわついていた。中には懐中電灯をつけようとしている奴もいるみたいだが、どうやら意味は無いようだ。だが、そんな事はどうでも良い。ここに、何かがいる。
「全員一カ所に集まれ! 絶対に一人になるな!」
薄暗い暗闇の中で、何かがうごめいているのがわかった。俺とシロはすぐにE.G.O.を手に持って戦闘態勢に入る。オフィサーたちや新人のエージェントたちは何が起こっているのかわかっていない様子で渋々俺の命令に従っている。だが、それが致命的だったようだ。
「A221、A221! どこに行ったの!?」
「おい、Ω928が消えちまった! さっきまでとなりにいたのに!」
「Π873、どこに行った! 今そんな冗談をしている場合じゃ無いぞ!」
気がつけば、一人、また一人と消えていく。どうやらここにいる何かが、彼らを連れて行っているようだ。
「全員静かにしろ! 周囲の人間と互いが大丈夫か確認し合え! そして違和感があったら報告してくれ!」
パニックになりかけていた職員たちをなんとか黙らせ、ここにいるはずの何かを注意深く探す。俺とシロ以外にも、リッチやルビー姉さん、メッケンナなんかは気がついているようだ。しかし、マオやディクソンなんかは気がついていない。もしかしたら奴を感じ取れる奴には何か条件があるのかもしれない。
「おいおい、こんな時に手をつないでくるのはだ……」
その時、誰かが発言した言葉が途中で切れてしまった。どうやらまた一人消えてしまったらしい。先ほどまで声が聞こえてきた方を観察するが、暗くてよく見えない。すると、一人のオフィサーがついに決壊した。
「い、いやぁぁぁぁ! こんなの助かりっこないじゃない! きっと私たちはこのままアブノーマリティーに殺されて死ぬんだわ! もう私たちは終わりよ!」
「お、おいΘ009、やめとけって……」
「うるさいのよ! どうせこんなところにいてもいつかは死んでしまうんじゃない! それが今来たって…… なにこれ!? い、いや…… 嫌よいやいやいやっ!! 何でこんなことになるのよ! いやぁぁぁぁ……」
恐怖に耐えきれず、ついにオフィサーの一人がパニックになってしまった。そしてその瞬間、彼女は何かに連れて行かれてしまった。
しかし、悔しくもそのおかげで、奴の居場所がようやくわかった。
奴は次に、何かがいることに恐怖して辺りを見回している、サラに目をつけた。彼女は随分と余裕が無いようで、何も見えないはずなのに辺りをしきりに見回していた。そして彼女を今にもつかもうとするそのなにかに、墓標を振り下ろした!
「ひゃあっ!」
「見つけたぞ! こいつが見えない奴は全員離れろ! 見える奴だけで攻撃するぞ!」
ようやくとらえたそれは、そこにいるとわかっているのに姿がわからなかった。真っ暗な、完全な闇。それがそこにいるとわかる唯一の方法は、そこに大量のなにかが浮かんでいると言うことだけであった。
それは、大量の手であった。手、手、手、手、どこを見渡してもそれだけだ。年齢も性別も人種も何もかもが別々の大量の手が一カ所に集まり、巨大な手を形成している。この見た目には見覚えがあった。それは中央本部で最後に収容したあのアブノーマリティー、『T-06-i30』であった。
そして、それはこちらに指を向けて近づいてくる。どうやら随分とやる気のようだ。
「来るぞ!」
俺の言葉を皮切りに、『T-06-i30』が動き出した。それはこちらに殴りかかるように突撃してきた。俺はそれをよけて返しの一撃を与えてやった。それにしても、食堂という場所なだけあって随分と戦いにくい。
「うおっ!?」
「……ジョシュア、気をつけて」
「すまないシロ、助かった!」
「……気にしないで」
周囲に気を取られてその瞬間に、『T-06-i30』から無数の手が伸びてきて俺につかみかかろうとしてきた。それをシロが信仰による攻撃で防いでくれた。暗闇でほとんど見えないというのに、よくやってくれる。あの日から射撃の腕前も上がってきたように感じる。
「ジョシュアちゃん、避難はさせた方が良いかしら!?」
「いや、なにが起こるかわからない。ルビねえはそのまま皆を守りながら警戒してくれ!」
「わかったわ!」
種子で遠距離から攻撃してくれているルビねえが避難を提案してきたが、動く途中で何が起こるかわからない。特にこいつが複数いる可能性があるうえに、種子の攻撃が全く効いていないためそのまま見張っていてもらう。
そのままリッチとメッケンナが接近して『T-06-i30』に斬りかかる。『T-06-i30』がその二人に気を向けている間に、俺も背後?から攻撃する。
「こいつ、俺たちを引きずり込もうとしてるぞ! 気をつけろ!」
「わ、わかりました!」
シロやリッチ、メッケンナの攻撃を受ける度に『T-06-i30』がもがき苦しむ。どうやら随分と効いているらしい。
「いい加減に終われ!」
墓標による最後の一撃により、ついに手で構成されていた体が崩れ落ち、暗闇が霧散していく。それと同時に、食堂の明かりも元に戻った。
「ふぅ、随分と面倒な奴だった」
「……大丈夫?」
「あぁ、俺は大丈夫だ」
「おいジョシュア、どうやら大丈夫じゃない奴がいるみたいだぞ?」
リッチに言われた方を見てみると、膝を抱えて震えている新人のエージェントがいた。なにかをぶつぶつと言いながら目を見開いている。
「まずいな、今すぐ休憩室に連れて行こう。精神汚染中和ガスの用意を頼む」
「わかった、そっちは頼んだぞ」
「あぁ」
そのまま彼を担いで休憩室に向かう。彼の瞳には、すでに光は無かった……
「相変わらず辛気くさい場所だな」
あれから、俺はまた『T-06-i30』の収容室に来ていた。こいつは随分とやっかいな奴だった、そのためなるべくこいつの情報が欲しかった。
「おいおい、またか……」
収容室に入ると同時に、不思議な感覚に包まれる。この感覚は何度経験しても慣れることは無い。
ここは暗闇、皆が怖がっている
だけど大丈夫、ずっと一緒にいてあげるから
ここにいれば一人じゃ無いよ、一人じゃなかったらこわくなんて無い
皆で一緒に遊べるし、悲しい思いなんて無いよ
ねぇ、だから友達になってよ
そう、手を差し出される。俺はその手を……
取らなかった
なんでなんでなんで? どうしてそんな事をするの?
どうして? おかしいよおかしいよおかしいよ!
……そうか、そういうことなんだね
邪魔をするんだね、そんな事許さない……
絶対に許すもんか
その瞬間、俺は収容室からはじき飛ばされた。
あの手を取れば、きっと俺は戻ってくることが出来なかっただろう。
結局情報は手に入らなかったし、これからは俺が手に入れるのも難しそうだ。
これから奴には別の意味で目をつけられたかもしれないが、それも仕方が無い。
俺の前に立ちはだかるなら、何度でも倒してやる。
俺はそう誓って、収容室を後にした。
T-06-i30 『常夜への誘い』 鎮圧完了