「ジョシュアさん、昨日のアブノーマリティーはどんな感じだったんですか?」
「あぁ、『O-01-i37』*1の事か? アレはまだましな方かもしれないな、色々と作業するときは面倒くさいけど……」
今日も元気にメッケンナがアブノーマリティーの質問をしに来た。奴らについて知ることは非常に大事なことだ、他の奴らにも見習ってもらいたい。
「先輩先輩、何の話してるんですか?」
「お二人ともおはようございます、アブノーマリティーの話ですか?」
「あぁ、ミラベルとナルリョンニャンじゃないか。いやな、昨日来たアブノーマリティーについて話をしていたんだ」
「僕たちじゃまだ作業できない奴ですよね? どんな奴だったんですか?」
「えぇ~、ナルちゃんそんな話を聞いても仕方なくない? 私たちにはまだ関係ないじゃん」
「ミラベルさん、そんな事はありませんよ。もしかしたらそのアブノーマリティーが収容違反をするかもしれません、そういうときのために情報を得ておくことは決して無駄なことではありません」
「メケちゃん先輩もかたいな~もう。そんな事より楽しんで行きましょうよ~」
「ミラベル! 先輩になんてことを!」
「わー、ジョッシュン先輩ナルちゃんがいじめるよ~」
「……はぁ」
メッケンナと話していると、最近入ってきた新人のミラベルとナルリョンニャンがやってきた。ナルリョンニャンは俺たちの話が気になる様子だったが、ミラベルにとっては興味の無い話題だったらしい。
まじめなナルリョンニャンと自由気ままなミラベル、何というか対照的な二人である。あまり相性は良くなさそうだな。
「二人ともそこまでにしておけ。ミラベル、興味が無いならお前も早く仕事しろ、そこのパンドラみたいになりたくなかったらな」
「ひっ」
後ろの折檻されて物言わぬパンドラを見て、ミラベルは顔を引きつらせた。となりにいるナルリョンニャンもドン引きしているが、こんなことでそんな反応をしているようではだめだ。まぁ、どうせそのうち見慣れた光景になるだろう。
「そ、それじゃあ私はお仕事いってきますね~」
「ぼっ、僕も行ってきます!」
しかし、可愛い後輩たちには刺激が強すぎたようだ。彼らはそそくさと自分の仕事に戻っていった。
「ジョシュアさん、さすがに可哀想ですよ」
「これで可哀想だったらこいつはどうなんだ」
「妥当ですね」
「だろ?」
メッケンナが文句を言ってきたのでパンドラを指さしたら、即答で帰ってきた。正直俺もそう思う。
「よし、そろそろ時間だし、俺たちも仕事に行くか」
「そうですね、それじゃあ僕も失礼します」
メッケンナと別れて俺も仕事に向かう。今日来たアブノーマリティーは『T-02-i29』だ。久しぶりに人型以外を見るのでなんだか緊張してしまう。
「あっ、ジョシュア先輩」
「あぁ、マキか。どうしたこんなところで」
懲戒部門に向かって歩いていると、途中で自信のなさげな少女、マキに出会った。彼女は教育部門のコア抑制前に新しくやってきた職員だ、その経緯から彼女にとっての後輩は皆能力が上であり、彼女の自信のなさにつながってしまった。
「あっ、私今から『F-04-i27』*2の作業に行くんですよ」
「なっ!? お前アレがどういう存在か知っているのか?」
「はい、でも私どんくさいから仕事もあまりうまく出来なくて、そんなだから『F-04-i27』の特殊能力は発動しないだろうって。だからサラさんの見つけたギフトのもらえる方法が合ってるか確かめようって話になりまして……」
「……そうか、なら気をつけてくれよ」
「はい、ありがとうございます」
そういって彼女はぺこりとお辞儀をして早足で去って行った。彼女をすれ違う瞬間、そのからだが震えていることに気がついたが、声をかけれなかった。
「……考えても仕方が無い、仕事に向かおう」
取り合えず『T-02-i29』の収容室に向かう。意外と距離があって時間がかかってしまった。
「さて、それじゃあ今日も始めるか」
『T-02-i29』の収容室の前に付き、扉に手をかけて祈りを捧げる。その後に力を入れて収容室の扉を開き、中に入る。
「うえっ、キモチワルッ」
収容室の中に入ると、この部屋の主がすぐに視界に入ってきた。
それは、巨大な蚊であった、それはそれは大きな蚊であった。俺よりも大きなそれは、蚊特有の羽音を収容室内に響かせながらそこに佇んでいた。……いや、もしかしたら大きすぎて飛べないのかもしれない。
それは顔だけこちらに向けてじっとしている。何かをしようとする様子は見られなかった。
「やめてくれよ、俺虫は苦手なんだ」
蚊なんて小さいからまだましだったが、ここまで大きければ見たくない部分まで見えてくる。こんなにも大きくて虫感が出てくると正直直視したくない、早く作業を終わらせてしまいたい……
「もうさっさと出よう」
俺が動くと顔だけこちらに向けてくるのが余計に不気味だ。掃除用具を持って早速洞察作業を始めて行く。
初手洞察は封印したはずだったが、触れられない作業がこれくらいしか思いつかなかった。愛着は効果が薄そうだし、本能作業はそもそもやばい気がする。抑圧は殴ったらなんか飛び散りそうだし、精神安定上これが一番な気がする。
「はぁ、なんでこんなことになったのだろうか」
愚痴を言いつつも意識は『T-02-i29』に向ける。何もしてきそうに無いとは言え、顔がずっとこっちに向いているのが何か怪しい。そもそも虫は複眼なんだから顔を向ける必要も無いはずだ、一体何が目的なんだろうか?
「やっぱり動物系の清掃作業は面倒だな」
いくらアブノーマリティーとはいえ、出る物は出る。人型なら自分でなんとかしてくれることが多いが、動物たちはそうとも行かない。そのまま垂れ流しのため定期的な清掃は大体必要になる。
……まれに清掃作業で即死とかもあったりはするけどな。
「さて、こんな物で良いだろう…… んっ?」
清掃の作業が終わり早々に収容室から退散しようとすると、『T-02-i29』が口のストローをこちらに向けていた。一瞬何かしてくると思い警戒するが、何もしてくる様子は無い。だが、その先端からは何か粘度のある液体がしたたっていた。その液体は見ていると、何か魅力的に見えてくる。どうやらこれは、ポーキュバスと同じタイプのご褒美なのかもしれない。
そんな物に触れればどうなるかは、大体わかっていることなので触れないようにしておく。さすがにこれに突っ込めば碌な事にはならない、他の奴らにも言っておくべきだろう。
「さて、さっさとおさらばしよう」
正直精神的に大分疲れた。この後は『T-01-i12』*3に作業してチョコをもらってから、『O-03-i07』*4にプレゼントして『T-09-i97』*5に浸かろう。
これからすることを考えながら気分を切り替え、収容室を後にした……
「あれ? マキ、最近少し雰囲気変わったか?」
「えへへ、そうですか?」
あれから数日たって廊下でたまたまマキに出会ったが、なんだか以前見たときよりも様子が変わっていることに気がついた。前は少し暗い雰囲気で、おどおどしていたが、最近は明るく綺麗になってきた。どうしたのだろうか?
「最近お肌のケアの仕方を変えたんです、そしたら大分お肌が綺麗になってきたんですよ」
「おいおい、まさかパンドラが言っていたみたいに『T-09-i96』*6でお肌パックとかしてないだろうな?」
「いやいや、そんなことしていませんよ! そんな物よりももっと効き目がありますからね!」
「そうか……」
やっぱりマキの様子がおかしい。彼女の急激な変化が良い方向とは言え、この施設においては警戒すべき事柄だ。これは彼女の最近の行動をチェックして何かおかしな行動が無いか見る必要がありそうだ。
「それじゃあ私、もう行きますね!」
「あぁ、またな」
一瞬『F-04-i27』の事が頭によぎったが、奴とは手法が違う気がする。俺はそんな事を考えながら、情報部門へ向かっていった。
その後、彼女が『T-02-i29』の収容室へ足繁く通っていることが判明し、彼女に『T-02-i29』への接触禁止が伝えられた。これで収まれば良いが、禁断症状などの可能性も考えられる。これから経過を見ていかなくては行かないだろう。もうデボーナの二の舞はごめんだよ……
餌は自分の欲望に忠実だ
それが欲する物を用意してやったら自分からやってくる
美の追究はいつの時代になっても終わることが無い
その先にあるのが破滅であったとしても止まることが無い
今日もまた哀れな餌がここに来る
誰も、その欲求には抗えない
T-02-i29 『美溶の渇望』