最近どうにも、自分の心がわからない。目の前で彼が話をしてくれているというのに、せっかくの話が耳に入ってこない。
「どうしたんだよ、シロ?」
彼のことを見ていると、胸が高鳴り苦しくなる。彼の声を聞くと安心する、彼と一緒にいると温かい気持ちになる。
「……ううん、何でも無い」
「そうか、それなら良いんだが」
そう言って彼はまたお話の続きを始める。ボクは、この時間がとっても好きだ。彼はボクの知らないことを一杯知っている、ボクが相づちを打たなくてもお話を続けてくれる。こんな愛想のない、話すことが苦手なボクを見限らずに一緒にいてくれる。
気がつけば、ボクの日常は彼が一緒にいる日常になっていた。一体いつからそうなったのかはわからない。はじめのほうは嫌がるどころか認識もしていなかったのに、気がつけば彼はボクの深いところまで潜り込んできていた。
全てがどうでも良かった私の世界をこじ開けて、ボクに世界を見せてくれた。不思議な感情を、人の温もりを、世界の色を……
「それで、この前さ……」
彼は話をするとき、とても楽しそうにしている。きっと話をすることが好きなのだと思うけど、それがボクと話しているからだとしたらとても嬉しい。けど、彼はきっと誰と話すときもこうなのだろう。
彼は優しい、ボクのことをずっと気にかけてくれたし、いつも一緒にいてくれる。それでも、その優しさはボクだけの物ではない。彼は誰にでも優しいのだ。
新人の子たちにはいつも面倒を見てあげてくれているし、あの変な生き物だって見捨てない。だから皆彼のことが大好きだ、それが、なんだかボクの心の中をもにゅもにゅさせる。
「あっ、ジョシュア先輩! おはようございます!」
「おう、タチアナか。おはよう」
「そうだっ、聞いてくださいよ! この前……」
ジョシュアと一緒にお話をしていたというのに、誰かが間に入ってきた。彼女は最近ジョシュアと一緒によくいる気がする。目の前で楽しそうに話をしているところを見ていると、やっぱりもにゅもにゅする。それにこの人のジョシュアを見る目が、なんだか気にくわない。何でなんだろう……
「あっ、すいません! 話し込んでしまいました、それでは失礼します!」
「あぁ、またな」
ジョシュアが彼女と話した時間はそんなに長くは無かったのに、なんだかとっても長く感じた。そもそもボクが話しているんだから、もう少し遠慮をして欲しい。
「さて、それじゃあそろそろ仕事に戻るか」
「……うん」
「またな、シロ」
「……ジョシュアもまたね」
楽しい時間ももう終わり、彼と別れを告げてボクも仕事に戻る。かなうことなら彼と一緒に仕事をしたいと思うが、ボクと彼とでは行う仕事が違う。ボクは危険度の高いアブノーマリティーに作業を行ってエネルギーの回収を優先することが主な業務だけど、彼は未だによくわかっていないアブノーマリティーに作業をしてそのアブノーマリティーがどのような存在かを明らかにしていくのが役割だ。
『T-04-i09』*1へ作業を行うために安全部門へ向かう。途中で薬におぼれた箱形のロボット、ネツァクに出会ったが、お酒に酔いつぶれて転げているため無視をする。これはいつもこんな調子だ。もう壊れかけだし、あまり好きにはなれない。
「……はぁ」
「あらやだ、甘酸っぱい青春の匂いがするわ」
思わずこぼれたため息は、思わぬ人物に拾われた。彼…… 彼女?はルビー、最近覚えた人物の中で一番謎の多い人物だ。ボクは男性だと思っていたが、周りの人物は女性扱いしているので、ボクもそうした方が良いのだろう。彼女はボクの顔を見ると、いきなり目を覗いてきた。いきなりだったので少しびっくりしたけど、彼女は何もしてこないのでどうすれば良いのかわからなくなってきた。仕方が無いので彼女に頑張って話しかけることにする。
「…………どうしたの?」
「いやね、あなた悩み事があるんじゃない?」
「…………そんな事は無い」
「でも、ジョシュアちゃんがほかの子と一緒にいると変な気持ちになるんでしょう?」
「…………なんでっ」
「あら、鎌かけたら当たっちゃったわ」
……やっぱりこの人は苦手だ。ボクが言うのも何だけど、何を考えているのかわからない。必要以上に距離を詰めてこないくせに、なんだかこっちの内面を見透かされているような気がする。見た目も性格も、ボクには合わないんだと思う。
「やっぱりジョシュアちゃんのことが好きなのね?」
「…………貴方には関係ない」
いきなりそんな事を言われてびっくりする。そもそも好きとか嫌いとか、よくわからない。強いて言うならあの変な生き物が嫌い、というか苦手なくらいだ。
「それって言ってるような物よ、せっかくだから恋バナしましょ、恋バナ!」
「…………それに意味があるとは思えない」
「意味なんて無くても良いのよ! それよりも誰かの話を聞いたり、話をした方が自分のためになることもあるのよ」
「…………でも、仕事が」
「そんなの後でも良いのよ、それよりもエージェントのメンタル管理のほうが大事よ」
有無を言わさぬ感じ手を引かれ、無理矢理休憩室に連れて行かれる。正直ジョシュア以外と話した事なんてほとんど無いから、すこしドキドキしてしまう。
「さて、それじゃあ何から話をしましょうか?」
「…………何も話す事は無い」
「そんなつれないことを言わないでよ、ジョシュアちゃんのことが好きなんじゃないの?」
「…………そもそも、好きって言う感情がわからない」
「あらあら」
仕方が無いので正直に話すと、彼女は意外そうな顔をしてから、なにか納得したようにうなずいた。
「そうね、それじゃあいくつか質問して良い?」
「…………もう、勝手にして」
どうせ何を言ってもすることになるのだろう。それならもうあきらめて、素直に従って早く終わらせた方が良い。
「もしもジョシュアちゃんがほかの子と一緒にいたら、どんな気持ちになる?」
「…………なんだか、心がもにゅもにゅする」
「も、もにゅもにゅ? まぁ、なんとなくわかるわ」
本当にもにゅもにゅするのだが、どうやら彼女にはわからなかったらしい。好きを知っている彼女にわからないのであれば、この感情は好きでは無いのかもしれない。
「それじゃあ、彼と一緒に居ると、どんな気持ち?」
「……すごく、心が暖かくなる」
「あら、それは良いじゃない。それじゃあ次は、彼が他の女の物になっちゃったらどうする?」
「…………他の女の物? 彼は物じゃない」
「ふふっ、言葉の綾よ、そんなに怒らないで。彼に恋人が出来ちゃったらどうするのって言ってるのよ」
「…………えっ」
そんな事考えたことが無かった。彼が他の人のところに行っちゃう、それはきっと今までのような関係では居られなくなってしまう。そう考えると、なんだか心の中がずしっと重くなって、気持ちが悪くなってしまう。
「あらあら、随分重傷ね。大丈夫よ、今の彼にそんな気は無いみたいだから」
「…………どうしよう、どうしたら良いの?」
今まで考えもしていなかったけど、一度でも考えてしまったらどんどん考えてしまう。するとどんどん悲しくなってどうしたら良いのかわからなくなってしまった。
「そうね、それならあなたが彼の恋人になったら良いんじゃ無いかしら」
「…………ボクが?」
それもまた、盲点だった。しかし、ボクが彼とそんな関係になることが出来るのだろうか? 正直に言えばボクは恋人になるってどういうことかわからない。そんなボクが彼と一緒にやっていくことは出来るのだろうか?
「大丈夫よ、彼もあなたの事悪く思ってないはずだから」
「…………それじゃあ、どうしたら良いの?」
「それはね、一回彼と会って話をしてみなさい。あなたがどうしたいか、何をしたいのかを言葉にするの。こんな職場だから、ちゃんと伝えないと手遅れになっちゃうわ」
「…………けど、ボクの気持ちが好きじゃなかったら」
「そんなに心配なら、彼と会ったときに自分の気持ちに向き合ってみなさい。そしてその感情に名前をつけてみるの、その気持ちにぴったりの名前」
「さて、ちょっとお話が長くなっちゃったわね。それじゃあ私はもう行くわ」
そう言うと彼女は立ち上がって、休憩室から出ようとした。そして、出る直前にこちらを向いて口を開いた。
「命短し恋せよ乙女ってね、私たちの命はもっと短いんだから、後悔しないようにね」
それだけ言うと、彼女は去って行った。……全く、嵐のような人であった。だけど、どこか心は温かくなった気がする。
「…………とりあえず、一回会いに言ってみようかな」
とりあえず『T-04-i09』の作業が終わった後に、もう一度彼に会いに行こう。そう思うと、なんだか心が軽くなった。
「ねぇティファレト、また賭けをしましょうよ」
「いいよティファレト、それじゃあ今回も僕は助かる方にかけるよ」
「そう言って前も同じほうにかけたじゃ無い」
「でも次はいける気がするんだ」
中央本部に着くと、悪趣味な双子のロボットが居た。彼らはよく精神汚染のひどい職員が助かるかどうかをかけている。正直そんな事をされたら、見世物になっているようであまり好きでは無い。
ジョシュアからたまに話を聞くけど、基本的に彼らセフィラはあまり職員から好かれていないらしい。まぁ、薬におぼれた奴やいらないことを強要してくる奴、見下している奴や彼らなど、出会ってしまえばその理由はわかる気がする。
ボクはそうそうに彼らから離れ、ジョシュアを探す。すると、どこからかぬるっと奴が現れた。
「あれ、シロちゃんじゃないですか!」
あぁ、やっかいな存在に出会ってしまった。この変な生き物は何をしでかすかわからない、大変危険な存在だ。よく予測不可能な行動をしてジョシュアを困らせる、彼にとっての悩みの種だ。とても危険だ。
「どうしたんですかシロちゃん、なんだかいつもと雰囲気違うくないですか?」
戯れ言は無視して廊下を進む、せっかく仕事が一段落ついて彼のところに行こうと思っているのに、こんな奴にかまっている暇なんて無い。しばらくすれば飽きて他の獲物を探しに行くはずなので、こうするのが一番だ。
「あっ、わかった! シロちゃん恋してますね!」
「…………はぁ?」
「あっ、その反応は結構傷つきます」
ルビーに言われたときはそうでもなかったのに、これに言われるとなぜか嫌な気分になる。どうしてだろうか?
「もしかして愛しの彼を落とす方法をお探しですか?」
「……完全無視は結構傷つきますよ? 今ならとっておきの情報を教えてあげますよ!」
どうせこれの言うことはたいしたことは無いだろう。だが、ルビーが言っていたように誰かの話を聞いてみることも大切だろう。こんなのでも有益な情報を持っているかもしれない。
「あっ、やっとこっちを見てくれましたね! それじゃあとっておきの情報をお伝えしますね!」
「ちなみに、誰が好きなんですか?」
さすがにこれにそんな事を伝える必要は無い。別に伝えても問題は無いと思うけど、なんだか負けた気になるからやめておく。
「うーん、シロちゃんの好きそうな人なんてジョシュア先輩くらいしか思いつきませんね」
「彼を落とすにはお酒で酔わせるのが一番ですよ! もちろん密室で二人きり、出来れば彼の部屋か自分の部屋が良いですよ! 特にシロちゃんみたいなひとがそんな事をするなんて思わないはずですから、奇襲が成功するはずです!」
「酔わせてしまえばこっちのもんですね、あとはやりたいことは何でも出来るし、何でもしてもらえますよ!」
「ジョシュア先輩意外と強くないですし、酔わせたら結構言うこと聞いてくれますからね!」
「ようパンドラ、面白そうな話をしているじゃ無いか」
「あっ……」
パンドラがマシンガンのように話をしていると、その背後から彼がやってきた。ボクの心を埋め尽くして止まない、彼が。
「ぎゃあぁぁぁ!! 頭を握りつぶそうとしないでください! 割れちゃいます!!」
「いいからシロに変なことを吹き込もうとするんじゃ無い!!」
変な生き物のくせに、ジョシュアに頭を触ってもらえるなんてずるい。私も彼に触れてもらいたいって思うことは、いけないことだろうか?
「まったく、何を言われたかわからないが、パンドラの言うことはあまり信じるなよ?」
「……うん」
アレへの折檻を終えて、ジョシュアがこっちに話しかけてきた。目が合うだけで心が熱くなり、心臓の鼓動が早くなる。
「この後暇か? もし良かったら、もうすぐ仕事も終わるし、今日は一緒に飯でも食べるか?」
ルビーが言ったようにこの感情の名前を考える。彼と出会ってから、ボクの
今のボクにはまだわからないけど、もしもこれが好きって感情なら嬉しいと思ってしまった。
「うん!」
とりあえず、彼と一緒に食事をしよう。ルビーが言っていたようにしっかりとお話をして、この気持ちを確かめよう。
そして、その後に二人っきりになって一緒にお酒を飲もう。そうしたら、きっと彼はボクの言うことを聞いてくれるはずだから。
そうしたら、きっと頭をなでてくれるよね?